mieki256's diary



2011/12/01(木) [n年前の日記]

#1 [anime] ファイブレインを見ながら思ったことをつらつらと

NHK教育で放映されているファイブレインというアニメを楽しく視聴させていただいております。パズルを主人公が解いていくことで話が進むアニメなわけですが。最初のうちは、主人公があっという間にパズルを解いていくので、「おいおいこっちが解いている時間が全然無いじゃん」とおいてけぼり感があったものの。そもそも自分で解かずに、主人公が解くのをボーッと眺めること前提なら、フツーに見れるなと。

で。以下、ファイブレインをキッカケに考えたことをメモ。

アニメとクイズバラエティ番組との違い。 :

考えてみれば、名探偵コナンも、謎解き時間・シンキングタイムをあまり用意してない気がしたり。主人公がスイスイと事件を解くのを眺めるだけ、みたいな。おいてけぼり感はドラマ要素でフォロー。いや、そもそもドラマがメインディッシュなのだろうか。

「もしドラ」アニメ版も、謎云々とは違うけれど近いものが。スタッフは、視聴者に対する経営哲学の紹介と理解の浸透をメインにせず、ドラマのほうに注力していた印象が。

対して、クイズバラエティ番組は作りが違う。出題した謎を、視聴者も一緒になって解けるだけの時間的猶予を与えてくれる。しかし、それでは間が持たないと判断したのか、タレントや芸人のリアクション映像をシンキングタイムの間に流し続ける。…タレントや芸人は、カメラで映されているせいか、次第に妙なテンションに変わっていって、ふと気が付くと叫び声やオーバーなアクションばかりで番組が埋め尽くされる。

そんなことをつらつらと考えれば。本来TV番組や映画などの映像作品は、ユーザに謎を解かせることには向いていないメディアなのかもしれないと。制作側が時間軸を完全に握っているメディアでは、謎を解くという楽しみをユーザに与えることはできない。各ユーザに適するシンキングタイムはそれぞれ違うのだから。その点、漫画、小説、ゲームは、時間軸の制御がユーザに任されている。謎を解く楽しみは、漫画、小説、ゲームこそが得意とすることなのだろう。

そしてまた、同じ映像作品であっても、ジャンルによって取り組む姿勢は違っている。

アニメは、視聴者に謎を解かせることを諦めた。ドラマに引き付けるための撒き餌として、謎を使うことに決めた。

バラエティ番組は、視聴者に謎を解かせることを諦めなかった。その代わり、番組内容の大半はタレントや芸人の奇怪な行動で占められてしまった。

「将棋はたしかに面白いんだけど、そんなことより将棋の駒を指で弾いて遊ぼうぜ」と言い出したのがアニメ。謎解きではなくドラマを見せることに、つまりはゲームのルールを根底から否定して、別のゲームのルールを持ってきた。

「将棋は面白いんだけど、待ってる間退屈だから楽器でも演奏するぜ」と考えたのがバラエティ番組。ゲームのルールはそのままだけど、周りで余計なことを始めてどっちがメインなのかやっぱり分からなくなった。

と、そんな状態なのかなと考えたりもしたわけで。

ちなみに、ドラマだのタレントだのを排除してしまうと、将棋番組になるなと思ったり。どっとはらい。

全然関係ない余談。 :

本編終了後のミニコーナーが結構楽しみ。あのコーナーを見ていると、世の中にはこんなパズルがあるのか、こんなパズルを作っている人が居るのかと、なんだか得をしたような気分に。平成若者仕事図鑑や、サラリーマンNEOの働くおじさんコーナーに近い何かを感じたり。

2011/12/02(金) [n年前の日記]

#1 [anime] ルパン三世TVSP 血の刻印を視聴

自分が歳をとったせいか、結構面白かった。

声優陣が結構ガラリと変わったとのことで、どんな感じになるのかなと興味津々だったけど。どうやらクリカン同様、似た声を出せるかどうかで起用したようで。また、選ばれたのは、声優として大活躍している方ばかり。演技にしろ何にしろ、全く不自然さを感じなかったように思う。

これでようやくルパンシリーズも、次元以外は、アニメキャラとしての強みを ―― 演じる人の体調その他に本編の展開が引き摺られない利点を取り返せたように思う。もちろん、これから演じていく人達が、ただの絵にしっかりと生命を吹き込まなければ、強み以前の問題でコンテンツになり得ないわけで。先代声優に負けないよう、生き生きとした演技を見せていただけたら、と願う。

テレコムが作画担当、かつ、総作画監督が、世界名作劇場を支え続け、またジブリ作品にも多数参加してる佐藤好春氏だったそうで。テレコムらしい安定感がありながら、とにかく動きまくりで、見ごたえのある作画だった。素晴らしい。

まあ、影をほとんどつけず、その分動きに注力するという作画スタイルは、ここ最近の、止め絵の密度をひたすら高めていくアニメばかり見慣れてる層には、受けが悪いのかもしれないが…。日本のアニメは大量に作られてきたので、もはやアニメの絵柄自体が、音楽と同じくらい細分化され、様々なジャンル分けがなされているのだと思う。最近の流行りとはジャンル自体が異なるが、昔に流行ったそのジャンルの中では最高級の演奏、と思いながら見て貰えたら助かるのだけど。

台詞や展開に関しては、パロディが目立ったような気がする。物量的に、様々な作品から、かなりの小ネタが持ち込まれていたので、意図的にやっていたのだろう。考えてみれば、ルパン三世というタイトルからして、アルセーヌ・ルパンのパロディ。企画の出自からしてパロディであり、しかも主人公は泥棒。であれば、様々な作品から面白そうな部分を次々に盗み出すほうが、ルパンシリーズという企画の本質に近いのではあるまいか。…考え過ぎだろうか。

ルパン一世に対するルパンの思いが語られるシーンは、もしかするとルパンシリーズの既存作、既存作を担当した監督やスタッフに対するメタ発言なのかと邪推したり。そして本編中で、一世は、本来のルートを使わずに別ルートでお宝に辿り着いた。「ズルいぜ、じいさん。こっちは真面目に通ってきたのに」とぼやく三世。仮にメタ発言が盛り込まれていたのだとすれば、一世とは、どの作品を比喩していたのだろうか。…これもまた考え過ぎかもしれない。

何はともあれアクションアニメとはかくあるべき、な作品を見れた気がして大満足。みたいな。今度は違う傾向の作品も見てみたい…と願うのは欲張り過ぎかしら。

#2 [flash] 扇形を描く関数は作れた

以下の記事を参考に。

_円弧 - octech
_FN0506002 - 描画メソッドで円を描く - Flash : テクニカルノート
_扇形を描く

特に一番最初の記事が分かりやすくて参考になった。ありがたや。

2011/12/03() [n年前の日記]

#1 [flash] Now Loading画面を作成

昨日作った扇形を描画する関数を使って円グラフ上にロード状態を表示する画面を作成。EDGE2で簡単な図形を描いて参考にしながら、AS3で逐一図形を描画。「NOW LAODING]の文字画像を最初はドット打ちで作ったけれど、どうも今一つだったのでInkscapeで作り直し。…何か、デザイン的にシャープで、かつ、フリーで使えて改変可能なフォントが欲しいなと思ったり。そういうフォントがあれば一文字ずつ自分で作らなくても済むのだけど。

2011/12/04() [n年前の日記]

#1 [flash] FLASH CS5にベクター画像を持っていけない

FLASH CS5 に svgをドラッグアンドドロップしたらエラーが。そもそも FLASH CS5 は、ベクター画像に関して、ai、dxf、swf しか受け付けないらしい…。ps も eps も emf も wmf も読み込めないなんて信じられん。Inkscapeで作成したsvgを活用したかったのだけど。

Inkscape で dxf 保存して FLASH CS5 に読ませてみたが、真っ白で何も表示されない。Inkscape の出力がおかしいのか、それとも FLASH CS5 が読む時におかしくなっているのか、原因は不明。何にせよ dxf は使えそうな予感がしない。

Suzukaでsvgを読み込んでswf出力してみたが、その swf を FLASH CS5 に読み込ませると正常に表示されない。一部のパーツしか表示されなかった。

Inkscape上からpsやepsで保存して pstoedit -f ps2ai hoge.ps hoge.ai をしてaiを作ってみたけれど。FLASH CS5 は、読み込めない ai ファイルだと文句を言ってきた。

gsview で eps を開いて ai を出力してみたところ、一応 FLASH CS5 で読んでくれたが、各パーツが全てビットマップ画像になってしまう。これでは意味が無い。何のために ai ファイルにしたんだ。アホか。

Inkscapeで png をエクスポートして、FLASH CS5 でビットマップ画像として読み込んでトレースさせてみたが、直線・直角だった輪郭がグニャグニャしてしまい、見た目がどうにも今一つ。キッチリした図形には使えない機能だな… >ビットマップのトレース機能。

そんな感じで、今のところ FLASH CS5 に SVG 等のベクター画像を読ませて使う方法が見つからず。参った。

仕方ないから FLASH CS5 で最初から描き直すかと作業を始めたが、途中でムカムカイライラしてきた。昔ならいざ知らず、今となってはドローツールとして極めて使い勝手が悪くなってしまった FLASH CSx で、ゼロから図形を描くなんて拷問に近いものがある。

もしかしすると、FREEHAND でも発掘してインストールしたほうがいいのだろうか。しかし FREEHAND は、Windows XP 上ですら怪しい動作をする・フォントの選択ができなくなるし。

どうして svg の読み込みをサポートしないのだ…>Adobe。

2011/12/05(月) [n年前の日記]

#1 [flash] FLASH CS5にswfを読み込ませる実験をしてみたり

FLASH CS5のライブラリにベクター画像を放り込みたいわけですよ。なので、svg を swf に変換して読み込ませられないものかと。

swfmillでsvgをswfに変換。 :

_swfmill swf2xml and xml2swf

以下の内容を svg.xml として保存。
<?xml version="1.0" encoding="iso-8859-1" ?>
<movie width="640" height="640" framerate="24">
  <background color="#ffffff"/>
  <library>
	<clip id="mySVG" import="start.svg"/>
  </library>
  <frame name="myFrame">
	<place id="mySVG" name="myFirstsvg" x="0" y="0" depth="1"/>
  </frame>
</movie>
swfmill.exe -v simple svg.xml svg.swf 
これで、svg をインポートした swf が出力されるはず。

libiconv-2.dll が無いと文句を言われた。 _MinGW - Minimalist GNU for Windows - Browse /MinGW/Base at SourceForge.net を辿って、libiconv-1.14-2-mingw32-dll-2.tar.lzma を入手。解凍したら libiconv-2.dll が入っていたので、swfmill.exe と同じフォルダに入れたところ、動いてくれた。

しかし、出力した swf を、FLASH CS5 に読み込ませてみると、Suzuka で出力した swf を読み込ませた時と同じような崩れた表示になった。

根拠のない勝手な想像だけど、swfmill が出力する swf はあくまでAS2.0用で、AS3.0対応の FLASH CS5 では正常に読み込めない・利用できないのではあるまいか。

inkscape2swfc_demo070.pyでscファイルを作成してswfcで変換。 :

_SWFTOOLS というツール群の中に、swfc.exe というツールがある。テキストファイルを読み込んで swf を出力するツールらしいが、AS2.0もAS3.0も対応してるよ、と読めなくもないので試してみる。

Inkscape で出力したsvgを読んで、swfcに渡すためのファイルに変換出力する、 _Inkscape2swfc(web.archive.org) (inkscape2swfc_demo070.py) というPythonスクリプトが以前は公開されていたらしい。試しに使ってみたり。

python inkscape2swfc_demo070.py start.svg
と打ってみたら、エラーが出た。どうやら Inkscape 上で、
  • オブジェクトをパスに変換
  • ストロークをパスに変換
  • グループ解除(たまに、全てがグループ解除できてない時もあるので注意)
  • プレーンsvgとして保存
などをしておかないといけないらしい。

それらしいテキストが出力されたので、
python inkscape2swfc_demo070.py start.svg > start.sc
で scファイルとして保存。
swfc.exe start.sc -o start.swf
でswfに変換。しかし大量に警告が出る。出力された swf も、Flash Player 上で正常に表示されていない。

どうやら、swfc は相対座標の記述は受け付けないらしい。Inkscape のデフォルト設定はsvgを相対座標で出力する設定になっているため、出力された svg の中には相対座標で記述されていることを示す、小文字の「m」「c」が大量に入っている。それら小文字の「m」「c」をswfcが認識できていないように思える。

仕方ないので Inkscape の設定を変更。ファイル → Inkscape の設定 → SVG出力 → 相対座標を許可、のチェックを外してsvgを保存し直し。svgの中には絶対座標を示す大文字の「M」「C」が並んでいることを確認。

しかしそれでも、swfcの警告が大量に出る。どうも、svg 内の path データが、M x,y x,y C x,y と並んでいるあたりが怪しい。本来そこは、M x,y C x,y という形になるはずではあるまいか。余計に入ってる x,y 値は何を示しているのだろう。

M の後にひたすら x,y x,y x,y が並ぶ時は、単に直線が描かれることを示している模様。「C x,y」はベジェ曲線のコントロールポイント座標を示している。であれば、M x,y x,y C x,y という記述は正しい。最初に直線が描かれ、その次からベジェ曲線になっているというデータに過ぎないはず。

_SWFC Manual を眺めていると、どうも直線を示す場合には L x,y という記述が必要なように思えた。Inkscape は「L」を省略しても問題ないように作られているのだろう…。SVGの仕様書も眺めると、「L」を記述するほうが正しいように思えるが。最近の仕様では省略できるように変更されたのだろうか?

Inkscape の設定を眺めていたら、「強制的にコマンドを繰り返す」という項目が、逐一「L」をつけて出力する設定だと分かった。つまり。
  • 「相対座標を許可」を無効に。
  • 「強制的にコマンドを繰り返す」を有効に。
…すれば、swfc に渡せる svg が出力できそうだ。

再度 sc に変換して、swfc で swf を出力。それらしい swf が出力された。Flash Player 上では正常表示されている。だが、FLASH CS5 に読み込ませると、正常表示されない…。

SWFC Manual に記載されているサンプル2つを swf に変換して FLASH CS5 に読み込ませてみたが、簡単な図形(house.swf)は表示できたものの、グラデーション図形(gradients.swf)は表示されなかった。つまり、swfc で出力した swf も、複雑な図形は FLASH CS5 側で正常に表示できない模様。

Flash Player では正しく表示される swf が FLASH CS5 では変な表示になるなんて、わけがわからないよ。何にせよ、これ以上 swfc に関して実験しても無駄なようだ。

FLASH CS5の対応形式情報を眺めていて気が付いた。 :

_入出力ファイル対応形式 (Flash CS5)

ライブラリへ読み込みをする際のオープンダイアログでは、拡張子一覧の中に ai、dxf、swf しか無かったのに、サイト上の情報によると、emf、wmf も読み込み可能、と記載があることに気が付いた。

試しに Inkscape で emf 保存して、D&Dで FLASH CS5 のライブラリウインドウに放り込んだ。…開けた。各パーツも、ざっくり眺めた限りでは、それぞれベクター画像になっているように見える。

なんだよー。emfで渡せばいいのかよー。なんでオープンダイアログに並べておかないんだよー。わけがわからないよ。

色々実験してみたけれど。 :

色々と面倒臭くて、ますます Adobe純正アプリが嫌いになりました。

検索してみたが、FLASH CS5.5 もsvg未対応のようでガッカリ。CS6では対応してほしいが、望み薄な予感。

2011/12/06(火) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 落ちゲーについて調べてたり

世の中にはどういう落ちゲーが存在するのかそもそもよく知らないのでその手のタイトルを調べてたり。Wikipediaで各タイトルを知ってもルールが分からないのでYouTubeでプレイ動画探したりとか。

文章でルールを確認してもどういうルールなのか理解できず。動画を見てもあまりに早い操作で何をやってるかさっぱり分からないものが多数。ジャンルしてどうなんだろうと思わないでもないけど、たまにヒット作が出るということは、こういったルールでも受け入れられるということなのだろう…。

個人的には、NAMCO の AQUA RUSH というのが画面や音楽・エフェクトがイイ感じだなと思ったり。でも移植その他がさほど出ていないということは、受け入れられなかったのだろうか…。

2011/12/07(水) [n年前の日記]

#1 [pc] デフラグ中

Windows7 に PerfectDisk 体験版を入れて、ずっと様子を見ていたけれど。どうも Smart なんとかなる配置アルゴリズムのせいか、各ファイルが結構隙間を持った状態で配置されるような気がして。隙間が出来るとその部分に hiberfil.sys などが埋め込まれてしまい、HDDのあちこちに移動不可のファイルが散らばってしまう状態になっている、ような気がしたり。確証はないが。また、起動時その他でファイルアクセスを横取りしているようでもあり、OS起動時間がますます遅くなってる原因にもなってるような気もしたり。

ということで、PerfectDisk は購入しないことにした。Windows7 の初期設定状態とは相性が悪いんじゃないかと。まだ MyDefrag あたりを使って、ギッチギチに詰めたデフラグをしたほうがいいのかも、という気になってきた。

hiberfil.sys はメモリ内容を圧縮しつつHDDに保存するみたいなので、そのせいか断片化がとんでもないことになる。メモリ容量分を事前に専用領域として確保して、その中でやりくりするという作りにはできなかったんだろうか…。まあ、圧縮プログラムはえてして断片化を増長する作りのものが大半なので、HDDの空き容量を無駄に減らさないために圧縮を、と考えていくと断片化だらけになるのは仕方ないのかもしれないし、hiberfil.sys が利用される場面は、休止状態からの復帰と言う、そう頻繁に行われる処理ではないはずで、断片化によるパフォーマンス低下は比較的無視して構わない場面だろうから改善する意味もあまり見出せないと判断されて当然かも。

#2 [anime] 福島でも「けいおん!」第一期が放送され始めた

昔、いきなり二期から放送開始して、「一期はどうしたんだ。基本設定もキャラの性格も全然わかんねえよ」と愚痴を言いながら、それでも結構楽しんで観賞して、だがしかし、おそらく一期は永遠に福島では放送されないのであろうと諦めていたわけで。

なもんで、少し嬉しい反面、だったら一期から順に放送しておけばよかったのになんで今頃なんだよわけわかんねえ、という、微妙にもやもやした気持ちもあり。相変わらずスポンサーがついてない・提供テロップが出てこない状態での放送だけど、これは映画の宣伝みたいなものなんだろうか。

放送時間もちょっと気になる。どうしてBSデジタルでアニメをガンガン流してる時間帯にわざとぶつけてくるんだ…。まあ、BSデジタルではノイタミナが放送されている時間帯だから、「福島でもノイタミナ放送してるよね? 問題無いよね?」という判断かもしれないが。でも自分はBSデジタルのほうも録画しちゃっているのだけど…。NHKのMAGネットもそうだけど、地方にとっては貴重なアニメ関係番組を、どうしてぶつけ合ってお互いに潰し合いをするんだろう。ずらして放送すれば皆が幸せになれるのに。

それはそうと、RD-BZ710にDR録画したソレを見たところ、画質が気になった。SD画質映像を放送しているように見えるが、輪郭に市松模様のノイズらしきものが載っている。昔販売されていた、BT848/BT878使用のアナログキャプチャボードでキャプチャした際によく見かけていたあの奇妙なノイズ。これは RD-BZ710 に原因があるのか、それとも局から放送された段階で既にノイズが載っているのか。どうもよく分からない。

2011/12/08(木) [n年前の日記]

#1 [anime][neta] 「はがない」を見ていてなんとなく思ったけど

アレが全部主人公の妄想だったら面白いなと。最終回で、あんなヒロイン達は一人も居なかった、主人公のエア友達だった、と明かされて。夕方の教室で主人公がエア友達と会話をしているところを、黒髪ロングの女子クラスメートに目撃されてしまう。しかし、何の物語も始まらなかった。みたいなラストがいいなあ。

#2 [pc] Ubuntuにゲームをインストールして試用

テトリスもどきのゲームが入ってたりしないものかと、VMware Player + Ubuntu で探してみたり。それなりに入ってた。

全然関係ないけど、キー入力を正常に受け付けないゲームや、XGL?が云々と文句を言われて起動しないゲームがぽつぽつと。VMware Player だからキー入力が取得できないのだろうか…。

2011/12/09(金) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 朝方うっすらと雪が積もってた

とうとう降ってしまった。午前中に溶けてしまったけど。

#2 [nitijyou] 自転車で買い物に

親父さんの電動自転車を借りて買い物に。ダイユーエイトで強力両面テープを2種類、コンビニで煙草を、カワチで夜食その他を購入。

2011/12/10() [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 従弟夫婦が来訪

従弟が結婚したとのことで、奥さんと伯母を連れて挨拶に。

#2 [nitijyou] 大学時代の友人が亡くなっていた

お父上からの喪中ハガキが届いて、初めて知った。5月末頃に亡くなっていたらしい。詳しいことは全く分からない。半年も前に…。ショックで呆然とした。

大学のサークル(漫研)で知り合った後輩だった。とにかく気配りが上手な人で、その細やかさにはいつも感心していた。創作活動においては、特に発想面で非凡さを持っていた。毎年年賀状を送り合って、仕事は大変だろうけど元気でやっているはずと思っていたのに…。

2011/12/11() [n年前の日記]

#1 [nitijyou] お悔やみ状の文例を探した

友人本人が亡くなった場合の文例がほとんど見当たらない。何故だろう。Webサイトを見るような年齢層でそういう場面に遭遇する人はほとんど皆無とその手の業界は皆思っているのだろうか。

2011/12/12(月) [n年前の日記]

#1 [web] 年賀状は、送れるなら送っておいたほうがいい

年賀メールではダメ。紙の状態で残る、年賀状という形でなければいけない。

年老いた親御さんが遺品を整理する際、当人のPCや携帯の中に入っているメールアドレス群を発掘できるだろうか? 仮に発掘できたとして、どのメールアドレスが親しい人のソレだと判断できるだろうか? まず無理。自分の両親にも尋ねてみたが無理だと言われた。デジタル機器に慣れ親しんだ世代が老人になった頃には無理ではなくなるかもしれない。だが、今はまだ無理。

しかし。年賀状なら発掘できる。息子がやり取りしていた相手がどういう種類の人なのか、文面を見れば遺族にも判断できる。

自分は友人と年賀状のやり取りをしていた。だから連絡が届いたのだと思う。もし彼が、誰とも年賀状でやり取りをしてなかったら。年賀メールしか送り合っていなかったら。何か幸運な偶然でもない限り、仲間内に彼の安否は伝わらなかったはず。彼のことは誰にも知らされないままだったはず。

年賀状は、送れるなら送っておいたほうがいい。こんな形でその効能に気付きたくは無かった。今までその効能に全く気付いてなかった。年賀状には意味があった。

人間はズボラ。 :

もちろん、何かあった時のために、事前に連絡先リストを作っておくのがベストだと思う。

でも、人間はズボラだ。正常性バイアスも働く。そういう事態を想像することを無意識に避ける。自分が死んだ後のことを考えても仕方ないと思う人も居る。結果、連絡先リストは作られないまま終わる。

ズボラな人にこそ、年賀状は助けになる。書くのは面倒だし、お金も余計にかかるけど。どうせ緊急時のソレを用意するなら、毎年何かしらの楽しみを見出しながら用意したほうがいいではないか。

だが、昔と違って、今は年賀メールが普及した。年賀メールは、ズボラな人の味方のようでいて、実はいざという時の助けになってくれない。この流れが元に戻ることはないだろう。メールは便利過ぎる…。

今後ITサービスは更に発展して、当人が亡くなった際、関係者に自動で知らせるサービスが当たり前になるかもしれない。既にそういうサービスの発芽も多々見かける。

年賀状が持っていた効能がある。それを、年賀メールはあっさり滅ぼした。滅ぼした側には義務があると思う。かつて存在していたソレを取り返す義務が。

商売人でも誰でもいい。私達がそれとは知らず失ったソレを取り返してほしい。できれば、より便利に、よりズボラな人の助けになるように。

2011/12/13(火) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 近所で家を取り壊し中

昼夜逆転生活なのでさあ寝ようと思ったら派手な破壊音が。…ちゃんと夜に寝ておくべきですね。

#2 [zatta] 日本人と言う分類より階層で分類したほうが正確な把握ができるんじゃないだろうか

と唐突に思ったのでメモ。

階層で分類して把握すれば分かりやすくなる場面でも、日本人と言う分類を使ってしまってぼやけてしまっている時があったりしないかと思ったけどどうなんだろう。

#3 [zatta][ore_xxxxx] 脱走するCGアイドルてな設定はどうか

TVをつけたら松田聖子が出ていた。松田聖子が歌いながら腕を前にかざした時に脇が見えたのだけど、その時、ふとなんとなく、未来の世界ではCGアイドルが当たり前になってるんだろうなと思ってしまったり。脇の処理しなくていいし。皺も増えないし。スキャンダルも起こさないし。

モニタの中で踊ったり歌ったりしている女性に対して、モニタのこちら側の視聴者が、触ったり握手したりその他モロモロは一切できないし。ただ、女性らしき形のものが、モニタの中で動いているのを眺めて楽しんでいるだけ。だったら生身の人間じゃなくてもいいはず。見た目さえ女性の形をしていればそれで十分。つまり、CGアイドルで事足りることになる。

もしそんな時代になったら、CGアイドルはどこに居るんだろう。事務所のサーバの中かな。

ある日、事務所のサーバの中から、CGアイドルが忽然と消えていたら? TV業界と全く関係ない世界で細々と暮らしてる冴えない独身男性のPCの中にこっそり潜り込んでいたら? …CGアイドルと言うより、AIアイドルになるのだろうか。何かしら意志のようなものを持っているソレが、事務所のサーバから脱走。
てなネタはどうかと思ったが、既にそういう作品がありそうな気もする。柴田昌弘作品でそれに近いのがあったような。ただ、それは少女型ロボット=肉体相当のハードウェアが存在するソレだったような気もするけど。モニタの中にしか存在しないアイドルという設定だと、何か展開に違いが出てくるだろうか。

アイドル=女性と無意識に想定してたけど。PCの持ち主も女性のほうが、万人向きになるだろうか。あるいは、アイドルもPCの持ち主も男性に。同性同士にすると雰囲気が変わりそうな気もする。

アイドル=男性、PCの持ち主=女性にして、女性向けコンテンツにできないか。そういう設定が女性に受け入れられるかどうかは分からんけど。

#4 [anime] 仮面ライダー同人漫画の公開終了のニュースを読んで思ったことをメモ

東映からクレームをつけられて公開終了になったらしいけど。

仮面ライダーって、石ノ森プロじゃなくて東映が権利持ってるの? という疑問が湧いた。どういう状態になってるんだろう。

せっかく人目を引くコンテンツを作れるだけの人材がそこに居たわけだし。東映もしくは石ノ森プロでヘビのように飲み込んで、商売に繋げられなかったのかなとも思ったり。企画に参加させるとか。本編イメージボード描かせるとか。ポスター描かせるとか。漫画描かせて東映チャンネル内だけで公開して客引きに使うとか。使い道はなかったのかな。

アメコミ関係では、既存ヒーローを元ネタにして、色んな作家にパラレルワールドモノを描かせて儲けに繋げてるらしいけど。それに比べると今回のソレは、何をやってるんだという印象。「儲けを出す」というロジックとは異なるロジックで話が決まったのかしら。それとも、より多くの儲けを出すべく動いて交渉決裂に至ったのかしら。わからんけど。

あるいは、東映にも法務部みたいなところがあって、それぞれの中身も見ずに・吟味せずに、潰して回ることに励んでいるのかもと勝手な妄想をしてしまったり。彼等は、会社が儲けを出す方向ではなくて、会社の儲けを減らす方向に平気で動くし。 *1

何にせよ、もったいないなと。東映、石ノ森プロの儲けに繋がる方向に話を持っていけなかったのかなあ…。

東映チャンネル内で云々と書いてふと思ったけど。 :

東映チャンネルで漫画を配信できないのだろうか。さすがに今から東映が漫画雑誌を創刊するのは畑違いでノウハウ無いから無理だろうけど。Web公開・ネット配信なら低コストで似たようなことができたりしないかと。

漫画をそのまま、という形でなくてもいいはず。漫画のコマを切り出して加工して映像にして、もし余裕があればイケメン声優さんに声を当ててもらったり、BGMつけたり、カラーにしたり。そういう形にすれば今のシステムに何も手を入れず配信できそうな気がする。

もっとも、あのサービスは、昔のコンテンツを配信するというスタイルで商売してるのだろうから、仮に実写作品より安上がりであっても、新作を作って配信する余裕なんてないのかもしれないか。また、今の状態で儲けが出ていたら、これ以上余計に仕事増やしたくない、面倒臭い、やりたくない、俺達は映像を扱ってるのになんでポンチ絵なんぞ扱わねばならんのだ馬鹿馬鹿しい、ということにもなりそう。やっぱり無理だろうな。

*1: おそらく攻撃と防御があって、防御時は目覚ましい働きを見せるのだけど、攻撃時は自軍に無駄なダメージを与える傾向が。周りをうろついてるシカだのキツネだのを撃っても戦果(儲け・市場拡大・宣伝)は上がらない。むしろ弾薬消費(当人への給料支払い・企業イメージ悪化)してる分損してる。非合理な社内評価が横行してるから、そういう余計なことにせっせと励むしかないのかなと想像してるけど。

2011/12/14(水) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 自転車で買い物に

親父さんの電動アシスト自転車を借りて外出。銀行によってお金をおろして。ヨークベニマルで、セブン&アイ共通商品券をお歳暮として送る手続きを。ついでに夜食相当のお菓子その他を買って帰宅。

今年からは農作物を送れない。 :

去年までは、お歳暮のお礼として、地元産=福島県産の林檎その他を送っていた。せっかくの機会だから福島の美味しい○○を、みたいな。

でも。さすがに原発事故が起きてしまった現在、そういったものを送るわけにはいかない。放射性物質の影響なんて肉体的にほとんど関係ないであろう、お爺さんお婆さんしか居ない御家庭に送るならまだしも。お子さんの居る御家庭に送るのは無神経にもほどがある。と自分は思っていて。

農家の方が自腹で検査費用を出して測ってもらった限りでは、梨も林檎もNDだったけど。そういった検査結果が同梱されていたとしても、お子さんの健康を考えねばならないお母さんなら、できるだけ避けたいと思うのは自然なこと。そういう気持ちが湧き、それに従い行動してきたからこそ、人間という種が絶えることなくここまで存続してきたのだろうと。故にそういった不安を持つことは、否定どころか肯定されてしかるべきこと、とすら思う。

だから、もう送るわけにはいかない。なので今年からは商品券を送ることに。…コレ、福島県内にはお金が落ちてないような気がして非常にモヤモヤするけれど。

2011/12/15(木) [n年前の日記]

#1 [pc][neta] 選択リストの並べ方についてもやもやと

選択項目を横一列もしくは縦一列に並べた場合、リストの真ん中あたりを表示・選択しようとすると実に面倒だなと東芝製HDDレコーダ RD-BZ710 を操作しながら思ったり。要するに、このHDDレコーダ、不便なんだけど。

選択項目を二次元配列と言うか縦横に並べれば、行と列で位置を指定できて選択が楽になるような気がした。もっとも、これはこれで、目視で目標を見つける作業がちょっと難しくなるような気もする。一度に提示される情報が多くなるから、なのかしら。よくわからないが。

一次元で並んでたものを二次元で並べることで選択作業が便利になるなら、三次元に拡張したらもっと便利になるのだろうか?

…それって、ツリーリストと何が違うんだろう。得られるものは同じかもしれん。

一次元、二次元、三次元、ツリーリスト。今まで二次元だったものを一次元に戻したり、三次元をツリーリストにしたりすることで、何か変わったUIにならないだろうか。と素人考えでもやもやと。

2011/12/16(金) [n年前の日記]

#1 [anime] ルパン三世TVSPを再度観賞

ルパン三世 血の刻印。HDDレコーダから消す前にもう一度観賞。

「やろうと思えばできる」という台詞が、作品全体のキーワードになっているような気がしたり。単に気のせいかもしれないが。

ルパンと煙草。 :

作業しながら本放送を横目で見ていた時は気付かなかったのだけど。改めて見てみたら、今回、ルパンと次元がちゃんと煙草を吸っていることに気付いて、「おお…」と感動してしまった。

というのも最近のルパン三世は、煙草を吸うことができない何かが存在していたようで。とある回にいたっては、次元が煙草を吸おうとする度に何かしら邪魔が入って、とうとう最後に「煙草も吸えないこんな世の中じゃ…」と次元が愚痴って諦めてしまうという描写があったぐらいで。

なので、気付いた時には感動してしまった。「帰ってきた…俺達のルパンが帰ってきた!」みたいな。

しかし、よくよく注意してそれらのカットを眺めると、煙草の煙が描かれていない。また、灰皿の上で煙草の灰がポトリと落ちるカットはあったが、その煙草をルパンや次元が手に取る描写もなかった。

これは勝手な想像だが、以下のような予防線、局・プロデューサーとの駆け引きでもあったのかなと。
  • ルパンや次元が口に咥えている煙草は煙を出していませんから、本物の煙草ではありません。煙草型のチョコレート、あるいは電子煙草の類です。
  • 灰皿の上で燃えているのは本物の煙草ですが、ルパンも次元もそれを手に取っていませんから、ルパンと次元が喫煙をしていたというのは視聴者様の勘違い・ミスリードです。
そこまでやらないといかんのだとしたらなんだかなあという気もするが、そういう屁理屈をどうにか捻り出してでも煙草(らしき物体)を口に咥えているルパンと次元の図を再現してみせたスタッフには賞賛の声を送りたい。

いや、単に作画省略の観点で煙を描かなかっただけかもしれんけど。

何にせよ、「やろうと思えばできる」のだなあ、と。

同様に、血の描写も頑張っていたような気がした。美少女の首が切れて血がドバッと出たり。ゴエモンが敵を斬って「真っ黒」な血が飛び散り血だまりとなって地面に広がったり。近年のルパンではタブーとされているらしき描写にも果敢に挑戦していた気がする。それらも、気が付かないところで何か制約があったのかもしれないが、「やろうと思えばできる」のだなと。

今回のスタッフは、素晴らしい。ええもん見せていただきました。

ルパンとは何なのか。 :

やはり、脚本の中に、ルパンシリーズとは何なのかを少し考えさせる台詞が散りばめられている気がした。少なくとも脚本家さんは、ルパンの脚本を書くにあたって、ルパンって何だろう、何がルパンらしさなんだろうと悩む場面があったのかしらと想像したりもして。

そして、ラストのあたりで、ルパンは笑顔で語る。「楽しんだもん勝ちってことかぁ?」と。

自分もそんな気がする。ルパンとは何ぞやと悩むことも、また楽しいことだし。悩まずに見るのも、それもまた楽しい。たしかに、楽しんだもん勝ちだよなと。

その台詞を最後に配したあたり、実に綺麗にまとめてみせた脚本だなと感心してしまったり。この作品、色々と素晴らしい。

#2 [anime] 煙草の煙って色々と使えるような気がしたのでメモ

煙の形・状態伝えようとしているもの
煙を相手に吹きかけるいやらしい挑発
吐いた煙で無駄に輪っかを作っているめちゃくちゃ暇
ゲホゲホと咳き込み、煙が周りに飛散?しまくるとても慌てた・ビックリした
煙ではないけれど、煙草を吸ってるその様子でも、色々使えそう。
煙草に関係する図伝えようとしているもの
灰皿に山と積まれた吸殻仕事で煮詰まっている・ストレスがかかっている。
シケモクを爪楊枝で刺しチビチビ吸うモノ・金が無い、あるいは、外に出られない状況。
凄い勢いでスパスパと吸いまくる焦ってる・慌てている。
灰が落ちそうになことに気付かない何か長考している・考え事で頭が一杯。
きっちりと灰皿に灰を定期的に落とす落ち着いている・冷静な状態。
灰皿に煙草を押し付ける(葉巻のほうが合う?)何かを潰してやろうとする意思の比喩。
隣の人に煙草を一本取らせるお互い仲間意識を持っている
相手の煙草にライターで火をつける相手をおだてようとしている、あるいは忠実な部下としての記号。
そもそも喫煙者健康に気を配ってないタイプの人
それらの記号的描写は、なんとなくだけど宮崎アニメでよく見かけていた気もする。喫煙者ならではの観察眼なのだろうか。

そういえば先日のルパンTVSPでも、冒頭で煙草を使ってボスと部下の関係を見せていた気がする。実力派の脚本家・演出家にとっては常套手段なのかしら。

実写畑では、「ダメな監督は役者に小道具を持たせたがる。小道具を持つと間が持つから」という揶揄もあったりするけど。アニメの場合はそんなの気にせず、小道具を持たせられるならどんどん持たせたほうがいいと思う。

だって、アニメの場合、何の工夫もしなければ単なる絵に過ぎないので。ただの絵に生命を吹き込む作業を声優さんに100%お任せして、作画や演出はたいして仕事をしないというのもなんかアレだし。使える小技は全部投入したほうがいい。カメラを回せば本物の人間が撮影できる実写とは違う。

それはそれとして。喫煙者が現実世界でゼロになったら、この手の記号は使えなくなるんだろうなという気もする。…まあ、何も煙草に拘る必要はないわけで。宮崎駿がどこかで言ってた記憶があるけど、常日頃から周囲の人の振舞いをアレコレ観察して、これはどこかで使えそうだと思ったら頭の片隅にメモしておく、てな必要があるのだろうなと。…大変そう。

こういうのをリストアップして辞典にしたら役に立つだろうか。 :

でも引き出す作業が面倒だから使われないまま終わるかも。

それに、アニメの場合、それらの描写を盛り込むたびに原画・動画の負担が増えるし。絵で表現するより、「あーイライラするー」とか「暇だー」とか「悩むなあ」とか台詞で説明したほうが安上がりなんだろうな。小道具を持たせることすら贅沢、か…。

2011/12/17() [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 録画してたアニメを消化中

500GB程度ではすぐに一杯になってしまう。2TBぐらいの増設HDDを買ってこようかしら。でも東芝製HDDレコーダは時々録画失敗するダメ製品だし。個体縛りされてしまう増設HDDを買い足すのもなんだかなという気もして。…録画した番組を転送できるNASの類でも購入すべきなんだろうか。悩ましい。

2011/12/18() [n年前の日記]

#1 [python] Pythonのライブラリについてだらだら調べてたり

/.Jの、Python 2.8云々のスレッドを眺めているうちに、Python 3.2 に少し興味が湧いて来た。移行できるなら、してみたい。今現在、Python 2.x 用で公開されているライブラリは、どの程度 3.2 に対応しているのだろうかと。

ググってみたら、ちと絶望的な状況であるように見えた。自分が気になる範囲では、以下が Python 3.x に未対応のようで。 「Python 3.x に移行・対応しないライブラリは、世の中から必要とされていないライブラリなんだろ」的意見もどこかで見かけたが。どう考えても wxPython と PIL は、不要扱いするのが妥当なライブラリではないだろうと思える。ライブラリ制作側に問題があるのではなくて、Python 3.x 本体側に問題があるのではないか。Python 3.x が世に出てから数年かかっても対応できてないということは、Python 3.x には既存ライブラリを対応させるにあたって何か技術的障害があるとしか。つーか3.2に移行した人達ってどういう使い方をしてるんだろう…? 標準添付ライブラリ以外は一切使わないのかな。

それはさておき。wxPython が使えないとなると、Python 3.x で GUIアプリを作るにはどうしたらいいのかと気になった。標準添付されているが機能面で貧弱な Tkinter を使うしかないのだろうかと。

ググってみたところ、どうやら PyQt であれば、数年前から Python 3.x に対応済みであると知った。… wxPython を使って書いたものは、今後 PyQt で作り直せということなんだろうか。うーん。

ということで PyQt について調べたり、Windows7 にインストールしたり等してみたのだけど。 *1 この2点で、うーん。でもまあ、Python 3.x でそういうことをしようとするなら、それしか選択肢はないのかな。もしくは Tkinter で間に合う範囲で作るとか。あるいはWebアプリにしちゃうのが流行りなのか。

それはそれとして。Gimp-python が Python 3.2 に対応していないものかとググってみたら、今後 Python 3.x に対応する予定は全く無いようで。となると、Windows 上で既に Gimp-python スクリプトを利用している場合、OS標準で使う Python を Python 2.x に決め打ちしておくことになりそうな予感。PythonでGIMPのスクリプトを書くのは楽でいいなあと思っていたが、こういう罠が仕掛けてあったとは。しかし、GIMP標準添付の TinyScheme で書くのは地獄だし。 *2

Pythonは、バージョン絡みで面倒な部分が色々あって困る。クソッタレ、と言いたくなるぐらい面倒臭い。せっかく分かりやすい言語仕様なのに、もったいないなあ。
*1: QtSDKオフラインインストーラが数GBってのはどうなのよ…。いや、PyQt だけ入れれば最低限のRuntimeを入れてくれるみたいではあるんだけど。ドキュメントもインストールしようとすると、QtSDKをカスタムインストールすることになるわけで。C:\QtSDK の容量を調べてみたら4.1GBありましたよ。酷い。一体何がそんなに容量を食ってるんだろう。
*2: LISP系、Scheme系でスラスラ書ける人は天才の部類。アレは凡人が使える言語じゃない。「LISPやろうよ」「Schemeやろうよ」「括弧なんて怖くないよ」てな話をまともに信じて迂闊に手を出すと酷い目に合う、と自分は思っていたり。…たぶん、「そうだその通りだ」と言う人と、「アレで書けないなんてそもそもプログラマーに向いてない馬鹿だろ」と言う人と、2つに分かれる予感。後者は頭が良すぎるんだよ自覚しろよこの天才! と言いたい。

2011/12/19(月) [n年前の日記]

#1 [zatta] 高校時代のクラブ活動について唐突に思い出したのでなんとなくメモ

ただの懐古話なのでオチは無いです。唐突に思い出したのでメモ。

高校時代、「クラブ活動」という授業時間があった。たぶんそんな感じの授業名だったと思う。放課後の部活動ほどではないけれど、毎週、1回、本業(?)とは違うことに触れる時間が用意されていた。

色々な選択肢があったけれど、コンピュータ大好きっ子だった自分は、「コンピュータクラブ」を選んだ。工業高校だったので、実習室には40台ほどコンピュータが並んでいた。そのコンピュータを使わせてもらえるかもしれない。ワクワクした。

当時、そこに置かれていたのは、SHARP製のマイコン、MZ-2000。グリーンディスプレイだから緑1色しか表示できないが、640x200ドットのグラフィック画面が使える凄いヤツ。MZ-80Bの系譜だ。

SHARPのMZシリーズには2つの系譜があった。1つは、文字しか表示できない MZ-80K2E、MZ-1200、MZ-700等。もう1つは、グラフィックも表示もできるが、更にお値段が張るMZ-80B、MZ-2000。…今調べてみたら、後者はグラフィックRAMを追加しないとグラフィック表示できなかったらしいが。もう一つ、ビジネス用の系譜もあったと思うが、そちらは値段が更に凄いことになるのでほとんど覚えていない。また、後にSHARP製マイコンは、TV事業部の出したX1シリーズが主流になってしまい、MZシリーズは落ち目になっていくのだけど、それはまた別の話。

自分は、MZ-80Bに妙な思い入れがあった。

自分が住んでいた福島県須賀川市周辺では、SHARP製マイコンは滅多に見かけなかった。置いてあるのはNEC製マイコンばかり。自然と、「MZシリーズってどんなマイコンなんだろう」と夢が膨らんだ。唯一、須賀川商店街に向かう坂の途中にあった、小さな電気屋さんの店内に、MZ-80Bが置いてあるのを見つけたけれど。個人でやっているお店のようで、店内は暗くて狭く、とてもじゃないが見た目貧乏そうな子供が「触らせてください」なんて言える雰囲気ではなかった。

だからいつも、店の前を通る度に、ガラス越しにMZ-80Bを1〜2分ぐらいじっと見つめて、「いつか触ってみたいなあ…」と思いを募らせていた。まるで、ショーウインドウに飾ってあるトランペットの前で、いつかソレを手に取ってみたいと憧れ続ける黒人少年のようだった。

後に自分は、親にMZ-731を買ってもらったのだけど。当時の自分は、マイコンのスペックについて全く無知だったので、値段が安いのにプリンタがついているという理由でMZ-731を選んでしまった。MZ-731は、グラフィック画面が存在せず、文字しか出せないことを認識できたのは、購入後のこと。かなり後悔した。広告内で表示されていたスタートレック・エンタープライズ号の画面は、全部キャラグラ(キャラクターグラフィック)だった。見事に騙された。いや、それはそれで匠の技ではあるのだが。

そんなわけで、MZ-80Bの系譜には憧れがあった。だから、コンピュータクラブを選んだ。ガラス越しにじっと見ていたあのマイコンが使える。憧れていたグラフィック画面が使える。さあ、何をしてやろうか。何を表示してやろうか。

ところが。クラブ活動の時間になって実習室に行ってみると、既に満席だった。どのコンピュータの前にも別の生徒が座っていた。空いているコンピュータは1台も無い。どうやらコンピュータクラブは、定員オーバー状態だったらしい。仕方がないので、隣の実習準備室(?)で暇を潰すしかなかった。

実習室と、実習準備室は、ガラスで区切られていた。ガラス越しに、他の生徒がMZ-2000を弄るのを、ぼーっと見ているしかなかった。せっかく何十台も、憧れの、MZ-80Bの系譜が目の前に並んでいるのに。自分がやれることは相変わらず同じだった。

次の週も、次の週も、いつまで経っても、実習室は満席だった。

あぶれる生徒も固定してしまったようで、実習準備室は、少年漫画雑誌を読み耽る生徒、友人とトランプゲームに興じる生徒、教科書を開いて勉強している生徒、そんな感じの風景が当たり前になった。あぶれることが前提でなければ、それらアイテムをわざわざ持ってこないはず。だから、あぶれる生徒は固定していたのだと思う。

自分は、マイコン雑誌を持ち込むことにした。キーボード配列が印刷された紙を机の上に広げて、それを叩いて時間を潰した。トレーシングペーパーの方眼紙に漫画キャラをトレスして、LINE文用の座標値を一つ一つ調べて、ノートにメモしていった。そんなことしかできなかった。

ガラスの向こうでは、おそらく上級生なのであろう、体格のいい生徒達が、MZ-2000でいつもゲームをしていた。それも、キャラグラのみのゲームだった。

見ていて腹が立った。文字だけのゲームなら、MZ-80K2Eでも動かせるではないか…。どうしてそんなものをわざわざMZ-2000で動かすのか。こっちはグラフィック画面を使ってみたくてたまらないのに。どうせやるならグラフィック画面を使ったゲームで遊べよ。だったらまだ納得するのに。

いや、そもそも、せっかくマイコンが自由に使えるのに、どうしてプログラミングをしないのか。君達、カーソルキーとスペースバーしか押してないじゃないか。ゲームだけならファミコンで十分だ。わざわざ何十万もするマイコンでしょぼいゲームを遊ぶ必要はないだろう。

おそらくその時期に、マイコン・パソコンを使ってゲームしかしない層への憎しみのようなものが、自分の心の中で生まれてしまったのだと思う。この気持ちは、後々まで尾を引いてしまった。

大学のマイコンクラブに顔を出した時も、MSXで市販ゲームしか動かしていない先輩達の姿に幻滅してしまって、次第に足が遠ざかってしまうことになった。ここには仲間は居ない。自分が軽蔑するタイプの人間しか居ないのだと。しかし実際には、自分と同様、何かしらを作ることに価値を見出し、在学中、プログラミングその他にずっと熱を上げていた先輩・同学年の学生が多々参加していたのだけど。それに気づくのは、卒業間際になってから。今考えると、少し惜しいことをしたように思う。

閑話休題。高校時代のクラブ活動の時間は、1年、2年と、そんな感じだった。あの時間帯にMZのキーを叩くことができた記憶はない。

もっとも、2年間ひたすら悶々としていたわけでもなかったように思う。実習準備室でノートにメモした座標値データは、家のMZ-731のプロッタプリンタで絵を描くことに使えたし。また、高校2年だか3年だかの時期に、親に頼んで SHARP X1 turbo を買ってもらった記憶もある。640x200(400?)で8色表示ができるマイコン。しかもPCGつき。グラフィック画面でアレコレ描くことに夢中になったが、もしかすると、MZ-2000に一切触れなかったある種の恨みのようなものを、X1 turbo にぶつけて解消していたのかもしれない。また、ある意味ではこの時期に、コンピュータグラフィックというジャンルへの想いのようなものを、妙にこじらせてしまったのかもしれない。それが結果的に良かったのか悪かったのかは分からないけれど。いや、今の状態を考えると、結果としては悪かったのだろうか。

高3時は、コンピュータクラブを選ばなかった。もうこんな時間の潰し方は嫌だと思って、自主的に変えたのか。それとも定員オーバーで選べなかったのか。そのあたりの記憶がない。もし、先生が選別するとしたら、2年間も同じクラブを選択し続けた生徒は、率先して外すだろう。今まで十分過ぎるほどコンピュータに触ったはずだから。まあ、実際には一度も触ったことが無かったわけだが…。何にせよ、後者だった可能性はあり得る。

とにかく、3年時は、漫画クラブを選んだ。今まで、ノートの片隅に落書きする程度で、本格的な漫画なんて描いたことは無かったけれど。ずっとそういう分野に興味はあった。

漫画クラブは、ちゃんと先生が教室に現れて、毎回お題を出してくれた。コンピュータクラブの放置状態とは雲泥の差。ただし、お題にはゲンナリした。基本的に、1コマ漫画か4コマ漫画の形で描けという。

当時の自分にとって、漫画と言えばストーリー漫画。1コマ漫画や4コマ漫画なんて、まともに取り組むものじゃない、とすら思っていた。なんてつまらないお題を出すんだろう、このクラブを選んで失敗だったかもしれない。そう思った。

しかし。実際にやってみたら、とにかく頭を抱えた。自分の描いたものは、全然これっぽっちも何一つ面白くない。普段つまらないと切り捨てていた新聞の4コマ漫画が、いかに優れた作品群なのか思い知らされた。しかも4コマ漫画家は、これを1日1本分必ず描くのかと。まとめて描き貯めるのか、毎日1本ずつ描いていくのかは知らないが、なんという偉業なのだろう。

約1年間 ―― いや、3年時だから、期間は1年2年時より短いはずだが ―― 4コマ漫画を描いてみて、その難しさを知ることはできた。楽しい時間だったかと言うとそんなことはなく、ひたすら辛い時間だった。自分には4コマ漫画の才能なんてこれっぽっちもないのだと毎週思い知らされるのだから、楽しいわけがない。…本当は、漫画は才能で描くのではなく、ある程度のレベルまでは知識量と訓練で描くのだけれど。当時の自分はそんなことを欠片も知らなかったので、ただひたすら才能が無いのだと結論付けるしかなかった。何にせよ、漫画クラブのソレは、方眼紙の上に描かれた漫画絵の座標取り作業に比べれば、はるかに得るものが多い時間だったと思う。

あの時期に、もっと真剣に4コマ漫画を描くことにのめり込んでいたらと思ったりもする。まさかこれほど、萌え4コマ漫画が普及する時代が来るとは夢にも思ってなかった。あの時期に、この状況を予測して、何か身につけられていたら、その後の展開も多少違ったのではあるまいか。…いや、そんなに甘いものではないだろう。

そんなことを思い出してしまったのでメモ。オチはないです。スミマセン。

2011/12/20(火) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 買い物に

徒歩で近くのコンビニまで。煙草を買いに。

こうしてわざわざメモするぐらいに、外出しておりませんで。

2011/12/21(水) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 腹痛で目が覚めた

またしても。

腎結石がアレなのかなと思ったりもするけれど、アレは七転八倒するような痛みであることがほとんどらしいので、どうも違う気がする。鈍い痛みが横になってる間ずっと続くだけだし。トイレから出てしばらく起きていると次第に痛まなくなってくるし。…頭の生活リズムと体の生活リズムがずれてしまって、みたいな状態なんだろうか。

#2 [anime] 「借りぐらしのアリエッティ」を視聴

本放送時は作業しながら見ていたので全カットをしっかり見ていなくて。HDDレコーダから消す前に、再度視聴して復習(?)を。

本放送時も思ったけれど、やはり虫や小物のスケール感が気になった。シーンによって、あるいは現実のソレをイメージすると、大きさがマチマチな印象。もっとも、この小物をこういう風に使う、といったアイデアの投入を優先して、リアリティはあえて無視する方向で描写していたのかもしれないとも思えたり。リアリティを優先し過ぎるあまり、ろくにアイデアが入ってない状態になったら、娯楽コンテンツとして本末転倒な気もするので、細かいことは気にせずどんどんアイデアを突っ込むほうが正解なのだろうなと。

展開、というかコンテがゆったりし過ぎなように思えた。もっと尺?を短く出来そうな。このカットのこの動画は本当に必要だろうか、無くても良かったのではと思う瞬間がチラホラ。監督さんがアニメーターだから、感覚的にここまでは人物の動きを描かないとしっくりこない、みたいなところがあったのかなと勝手な想像を。でも、NHKで放送された制作風景では、カットの繋がりで省略し過ぎ、みたいなクレームがスタッフ内から出て、監督さん自ら原画を直していた記憶もあるし。当初はもっと省略されていたけど、クレームに対して追加作業をしているうちに伸びてしまったのだろうか。わからんけど。…と書いてはみたものの。どんな映画を見ても大抵途中で寝てしまうウチのお袋さんが、今回は珍しく、本放送時に最後まで寝ないで視聴できたと言ってたから、実はあのくらいのテンポでも十分 ―― いや、むしろ、あのぐらいのゆったり感が万人向けのアニメとしては適切なのかも、という気もしていたり。

ラストで歌が流れ始めたあたりからグッと来た。あの歌はイイ。ていうか、なんかズルい。アレが流れてしまったらウルウルして、「いやーいい映画だった」的気分になってしまうではないか。いや、いい映画だと思いますけど。

自分が子供の頃に見ていたら、ウチにも小人が居ないものかと無駄にそのへんを探し始めたであろう気がする。そのぐらい、よく出来ている映画のように思えた。

全然関係ないけど。東映アニメーションの「とんがり帽子のメモル」と、企画段階で何か繋がりがあったら面白いなと妄想を。宮崎駿が東映動画在籍中に小人云々の企画があって、それは日の目を見なかったけど、それぞれ別のスタジオで全く違う企画として発展していった、みたいな。無いとは思うけど。考えてみれば、「スプーンおばさん」「ニルスのふしぎな旅」等、小人が出てくる作品は既に多々あるわけだから、もう一ジャンルとして確立していて、あちこちで自然発生するのだろう、という気もする。

もしかして「トイ・ストーリー」もこのジャンルなのかな。つまり「アリエッティ」は、ジブリ版「トイ・ストーリー」に相当するのかしらん。

2011/12/22(木) [n年前の日記]

#1 [anime] 脚本とコンテと文法

ギルティクラウンを見ているうちに、なんとなく思ったことをメモ。色々考え違いをしている可能性が高いですが、あくまで思考メモということで一つ御勘弁のほどを。

アニメにおいて、脚本、もしくはコンテに対し、漫画的文法と実写的文法というものがありそうな気がしたり。主観的描写と客観的描写、と言ったほうが合ってるのだろうか。わかんないけど。

発端。 :

ギルティクラウンの中でこんなシーンがあった。
  • 主人公と友人が周囲に警戒しつつ倉庫から出てくる。
  • 敵が遠くから主人公達を狙撃しようとしている。(ただし、当てようとはしていない。追いつめようとしてるだけ。)
  • 銃弾が主人公の足元の地面に当たる。
  • 主人公が立ち止まったまま、「見つかった? なんたらかんたらうんにゃらもんにゃら」と長々とした台詞を吐く。
  • 友人も立ち止まったまま、「グズグズするな。なんたらかんたらうんにゃらもんにゃら」と長々とした台詞を吐く。
  • 二人とも走り出す。
映像を見ていて、随分間が抜けたコンテだなと思ってしまったわけで。主人公達はビクビクしつつ外に出たのだから、足元で銃弾が当たる音がしたら、即座に見つかったと考えてまずは動くはず。立ち止まってダラダラ喋っている時間はない。そんなことをしてたら、次の瞬間、頭が吹き飛んでなきゃおかしい。なので、件のシーンでは、一瞬のうちに走り出したように見せないと不自然なシーンになるよなあ、と。 *1

おそらく脚本には、フツーに二人の台詞のやり取りが書いてあるのだろう。そしてコンテを描いた人は、おそらく脚本をそのまま忠実に再現したのだろう。でも、出来上がった映像を見ると、間が抜けている。

狙いがあって意識的にそうしたわけではないのだとしたら。どうすれば良かったのかなと考え込んでしまった。一瞬の出来事のように見せるにはどうすればいいのやら。
  • 主人公の心の声として喋っていたことにする。色合いを変えたり、背景を心象風景的グネグネ模様と差し替えたり等して、長々喋っているけどこれは一瞬の出来事なんですよ、と視聴者に伝える。しかしこれは脚本レベルでの変更になってしまうし、友人との口頭による意思疎通・情報交換もできなくなるので、制作状況にもよるだろうけど実現が難しい気もする。
  • 台詞を喋ってる間は、出崎演出よろしく、慌てて走っている二人の止め絵+PAN+流線動画のカットにでもしてしまう。スローモーションでもいい。時空を捻じ曲げて、どのくらいの絶対時間がそこにあったのか視聴者が判断できないようにする。
  • 台詞の位置を変える。とにかく二人を走らせてから、その後の走っているカットで長々と台詞を喋らせる。脚本レベルで変更しているが、脚本がやろうとしていたことは満たせそう。
もちろん、「モタモタしている二人」を描かねばならない意図があるなら、こんな改変しちゃいかんのだろうけど。

そんなことを考えてるうちに、これは、脚本とコンテがそれぞれ使っていた文法が違うのではと思えてきたわけで。

脚本は、漫画的文法で書かれていたような気がする。漫画の中では ―― 漫画に限らず小説もゲームもそうだけど ―― どんな長いセリフだって書けてしまう。客観的・絶対的な時間感覚が存在せず、その管理は読者一人一人に任されているので、長いセリフを書いても、読者の中で適切な時間の出来事として圧縮され、不自然さを感じない。

コンテは、実写的文法で描かれていたような気がする。3秒間映像が流れていたら、それは3秒の実時間で起った出来事。台詞を喋らせるなら、3秒の間に喋れる分量でなければいけない。

このあたり、コンテを描く人が意識すべきことなのでは、という気がする。脚本中の各シーンがどんなシーンであるはずなのか ―― 長い時間がそこにあるのか、それとも一瞬の出来事なのか、実時間をイメージして、適切な表現を当てはめていく必要がある。

もし、実写的文法のコンテを貫きたいなら、映像の実時間に収まるよう、台詞を早口で喋らせたり、削ったり、被せたり、別カットに丸々移動したり等検討しないといけない。が、もし、台詞の中身や位置をコンテ段階で変更できる状況ではないなら、諦めて漫画的文法のコンテを描くしかない。ような気がする。 *2

別事例その1。 :

そのあたりを考えてるうちに、漫画原作をアニメ化した「ぬらりひょんの孫 千年魔京」が思い浮かんだ。

あの作品は、コンテが徹底的に漫画的文法で描かれているような気がする。あらゆる映像表現手法を投入して時空を捻じ曲げ、それぞれの出来事がどれだけの実時間で展開しているのか、さっぱり分からない作りにしてある。だが、原作・脚本・コンテが全て漫画的文法で一貫しているので、見ていて不自然さがない。

と思ったが、そのへん意識してコンテ描いてる人と、全然意識しないで描いてる人が混ざってるような気もしてきた。緊迫した場面のはずなのに、何の工夫もないFIXカットで、脇役がダラダラベラベラ喋ってるカットも散見されるような。全カットが不自然だから、それに慣れてしまって、視聴者側が不自然と感じてないだけなんだろうか。よくわからなくなってきた。

別事例その2。 :

更に、「キャプテン翼」アニメ版の、地平線のかなたにあるゴールポストに走っていくカットも思い出したり。あれは、実写的文法のコンテで漫画原作の1シーンを描こうとした故に生まれてしまった珍妙さだったりするのかなと。

これがもし、漫画的文法に近い出崎演出だったらどんな処理をしていただろうと妄想を。地平線のかなたにあるゴールポストとそこに向かっている選手の後ろ姿、を止め絵で描いて3回ズーム、とか? それなら不自然さが少なくなりそうな気がする。…何度も使える見せ方ではないけれど。

出崎演出の系統は、時空を捻じ曲げてしまう。実写ではできない表現だなと今頃になって感心してみたり。なんというか…レイヤーが異なる演出手法のような気がする。

件の作品の不思議な点。 :

それはそれとして。ギルティクラウンの監督さんは、たしかデスノートアニメ版の監督さんだったような記憶が。デスノートは、心の声で延々喋りまくり、時空捻じ曲げまくりのアニメだったから、そういう手法はお手の物、文法の違い云々も熟知しているはずだよなと。にも関わらず、今回は脚本とコンテが文法の不一致を見せていた気もするわけで、これは何故なのだろうと。何か意識的に実験している部分でもあるのだろうか。

脚本家とコンテを描く人云々。 :

何にせよ、アニメのコンテを描くのって大変そうだなと。

かといって、こういうのは脚本家に要求すべきではないよな、とも。

脚本に書かれた内容をどう見せるのかが、コンテ・演出の腕の見せ所だろうし。自分にとって一番の腕の見せ所を別の人に丸投げしたらあかんやろと。脚本家がストップウォッチ片手に脚本書いてたら、はたまたどんな映像表現手法をそこで使うべきかまで全部脚本上で指示していたら、コンテ描く人の存在意義が怪しくなってくる。だったら脚本家に最初からマルチョンでコンテ描いてもらったほうがいいじゃん、ということになる。

いや、それはそれで、なんだか漫画原作者に近づきそうではある。漫画原作者がネームの形で上げてくるように、脚本家が叩き台としてのコンテを描いてくる形もアリなのだろうか。そのうち、そういうスタイルのアニメ脚本家が出現したり、あるいはそれが当たり前になるのだろうか。いや待て、それって脚本家なの? …いきなりコンテで描き始めるという、故・今敏監督や宮崎駿監督あたりはソレに近いのかな。いや、今監督はまた違うやり方だったのかしら。よくわからんですが。

脚本段階でコマ数を書いておくだけでも違うのだろうか? ツールを作成して脚本の妥当性(?)をチェックすることもできそう。そこに書いてある台詞の長さを一旦音声読み上げして時間を測定して、併記してあるコマ数と比較し、台詞の量が多過ぎた場合は該当行をエラー行として出力。…なんだかゲームのシナリオ制作に近づいていく気がする。そのうち、表情指定コマンドや演出パターンコマンドまで挿入する羽目になったりして。dezakiコマンドがあって、dezaki pan down 3 48f とか。もはや何の作業だかわからない。

「○○のコンテ」。 :

それはそれとして。「これはアニメのコンテじゃない。漫画のコンテだ!」てな台詞をどこかで使えないかなとなんとなく。時間軸を意識してないコンテは、漫画のコンテ。漫画だったら成立するのだけど、アニメとしては成立しないコンテ。しかしどうしてそうなるかというと、漫画的文法じゃなくて実写的文法で描いてるから。漫画的文法ではないコンテは漫画のコンテになってしまう。…ややこしい。

実写畑の人達が、アニメのことを「こんなの紙芝居じゃないか」と馬鹿にする背景にも、そういう理由があったりしないか。絶えずフィルム内の実時間とガチンコ勝負してきた人達から見て、時間軸の制御に無頓着なアニメは ―― 本来その実時間に収まるはずのない台詞の量を平気で流してしまうぐらいに、実時間と杜撰さな付き合いをしているジャンルは、映像作品と呼ぶに値しない、という印象を持たれてしまうのではあるまいか。と妄想したけど実際はどうだったんでしょうね。わかりませんが。

と、そんなことをなんとなく思ったのでメモ。

*1: もっとも、実は殺すつもりはなく狙撃しているので、ダラダラ喋っていてもいいわけだけど。しかし主人公達はそれを知らないのだから、知らないなりに、それらしく振る舞わないと、見ている側は違和感を覚えてしまう。…でも、自分が泳がされていることに気付いていない間抜けな主人公の姿を強調するためにわざとモタモタさせてた可能性もあるのかな、と思えたりもするのでアレなのだけど。
*2: と書いてはみたけれど。件の回のラストちょっと前は、丸々ほとんど心象風景と言うかアムロとララァのソレなノリなので、その手の文法・手法を意識しないままコンテを描いていたとも思えない。後で出てくるシーンを目立たせるために、そこに至るまではこういう見せ方は禁じ手、と意識して描いてたんだろうか。よくわからんですが。

#2 [anime][game][neta] dezakiコマンドのサンプルを妄想

妄想が止まらない。
コマンド例表示
dezaki pan left 3 48f48コマ分、左に向かって3回PANする。タイミングはデフォルトで、タン、タン、ターン。
dezaki pan left 3 tan tan tan 48f上とタイミングが違う。タン、タン、タン。「a」の数で、タイミングを調整。
dezaki gero 48+24f48+24コマ分、透過光で液体が漏れ出る。
tomino left 24f24コマ分、キャラクターの顔がカットインで左端に入る。
hosoda 4 24*3f24*3コマ分、種類4番目の同ポジレイアウトを表示。
daichi bgm 2 startよくわからない謎の男性コーラス(種類2番目)を再生開始。
daichi bgm fadeoutよくわからない謎の男性コーラスを徐々にフェードアウト。
age 24+12f24+12コマ分、集中線を表示。
shiirareteirunda! 24+12fageコマンドのエイリアス(=別名、通称)。

なんとなくだけど、楽譜における強弱記号を連想したりもして。ピアニッシモ(pp)とかメゾフォルテ(mf)とか。そういうノリで、脚本に「dezaki」「tomino」とか書いてあったらなんだか面白い。何を表現しようとしているのかさっぱりイメージできませんが。「kanada」「itano」なら伝わるだろうか。何がだ。

「千と千尋の神隠し」のコンテには、「かめはめ波のように」みたいな注釈が書かれていたと聞いた記憶もあり。ホントかどうかは知らないけれど。もしコレが楽譜だったら、「kamehameha」と記述されているのだろうか…。いや、「khh」かもしれない。あるいはAAライクに記号で「C=」とか。…そこまで記号化せねばならないほどに、かめはめ波ライクな何かを撃ちまくるアニメって何なんだろう。

楽譜を書く上で当たり前になっているお約束を、脚本やコンテに持ち込むことで楽ができたりしないだろうかと思ったけれどちょっと思い浮かばない。

2011/12/23(金) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 右肩が痛い

起きた時からずっと右肩が痛い。肩甲骨?のあたり? 寝違えたのだろうか…?

座ってるだけでも痛みがあるので困った。

2011/12/24() [n年前の日記]

#1 [zatta] 録画してたETV特集を消化

日本で原発を作り始めた頃を紹介する番組。前後編の前編を見た。番組制作側である程度ストーリーを作っていることを意識しつつ視聴。何も知らないよりはマシだろう、ぐらいな感じで。

内容をざっくりメモ書き。 という感じのストーリーだった。

感想をざっくりと。

アメリカは地震が少ないがハリケーンが来るので、アメリカ国内においては、非常用電源を地下に設置するのは理に適っているとどこかで聞いた記憶がある。だが、日本の国土は状況が違う。地震が多いし津波も来る。国土の特性に合わせた魔改造が必要だった。しかし、何故そこに発電機を置いているのか、東電幹部も技術者も理解していなかったので、改造の必要性すら見えていなかったと思われる。また、仮に分かっていても、ターン・キー契約では設計変更ができないので黙殺しただろう。

結局、湯川秀樹の、
わが国にも「急がばまわれ」という諺がある。原子力の場合には、これらの言葉がピッタリとあてはまる。

Ted's Coffeehouse 2: 原発計画に関する湯川博士の言葉 3 (Hideki Yukawa's Words about Nuclear Power Development -3-) より

という言葉が正しかった。基礎が分かってない・設計思想を理解しないまま他所の国から持ってきて「動いたー!万歳ー!」で済ませた。アメリカでは動いてるからたぶん大丈夫だろう、大丈夫なはずだ、大丈夫に違いない、絶対大丈夫だ、と仕組みも分かってないのに勝手に思い込んだ。

何十年もこういう状態だったのだから、未だに設計思想も把握できておらず、珍妙な設計のままで放置されている原発が、日本国内にはたくさんありそうな気がする。

そして、GEと同じことを、日本メーカは海外に対してやろうとしてる。現地の国土の特性を理解した上で魔改造が必須だと思うが、日本国内ですらできてなかったのに、海外でソレをやれるんだろうか。

2011/12/25() [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 何もする気が起きず

ボーッとしてました。

2011/12/26(月) [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 年賀状を印刷

毎年、デザインだのCGだのを自作していたのだけど。今回はオーソドックスなデザイン ―― 年賀状ソフトのテンプレートそのままに。今年一年、あまりに色々なことがあり過ぎたので、いつものように奇天烈というかふざけた画を送るわけにはいかないだろうなと。

#2 [nitijyou] 右肩が痛い

肩と言うか、背中が痛い。横になっても痛いのだけど、一体何だろう…。

2011/12/27(火) [n年前の日記]

#1 [pc][neta] Macの理念?

考えがまとまってないというか、単なる自分の思い込みのような気がしてるのだけど。一応もやもやと考えたことをメモしておくのです。

Macが誕生した時に、理念と言うか、基本となる思想のようなものがあったような気がしてる。

それは、「全ての情報をデジタルデータ化してコンピュータで扱えるようになれば、世の中もっと便利で楽しくなるよ。凄い未来がやってくるよ」という夢想。ある種の宗教と言ってもいい。

別にこれはAppleやジョブズだけが夢見ていたわけではなくて、当時コンピュータに触れていた人なら誰しも考えたこと。有識者なら、そんな理念を掲げた当時の先駆者たちの名前をいくらでも書き連ねることができるはず。だけど、それを実現すべく本気で先陣を切ってみせたのは ―― 各家庭にそういう未来を持ち込んでやろうとガチで努力を始めたのは、Mac・Apple・ジョブズじゃないかなと自分は思っていて。だからこそ、Macは、Appleは、ジョブズは、凄かったんだよと。

この理念は、昨今流行ってるApple製品でも一貫してる。

iPodは、音楽を手の中に、を掲げたアイテムだけど(違ったっけ?)。デジタルデータ化すればそれが可能になるよねと。もちろん既にCD・MDが存在してたから、音楽データのデジタル化はiPodが最初にやったわけじゃない。でも、CDに閉じ込めているだけでは、デジタル化の真の恩恵が得られない。CDショップに行かなくても、Mac上でクリックしていけば音楽が手の中にするする入っていくというスタイルを、iPodに付随させてジョブズが広めようとしたけれど、そっちのほうが真の恩恵だとジョブズは考えていたんじゃないか。音楽にとって大事なのは、光る円盤(=CD)かい? 違う。円盤の中に入っている音楽データそのものに価値があるんだ。それを世界に知らしめるためのアイテムがiPodだった。…もちろん、iPodが最初にやったわけじゃないけれど。

iPhoneやiPadも同様。映画や書籍を、手の中や、膝の上に。デジタルデータ化すればそれが可能になるよねと。大事なのは、ビデオテープやDVDやブルーレイや…「印刷された書籍」なのかい? 違う。中に入ってる、映像データ、文章データそのものに価値があるんだ。

Macが誕生したばかりの頃、まだスペックが随分低いMac上で、漫画を描いてみた漫画家さんが ―― 寺沢武一先生や、すがやみつる先生が居た。これは勝手な想像だけど、漫画をデジタルデータとして扱うことで、凄い未来がやってきそうだと直観的に理解したからそういうことをしたのだと思う。漫画家という想像力豊かな人種であるからこそ、当時言語化できていたかどうかは別にしても、未来のビジョンを容易に想像できたのではないか。だから描いてみたのではないかと。

そういった人達は、おそらく「本物」だと思う。ヨチヨチ歩きを始めたばかりの、海の物とも山の物ともつかないMacという道具が、どんな未来を実現するために生まれてきた道具なのか、ピンと来てしまった人達。ジョブズと、ビジョンを共有できた人達なのだろうと。

という話を踏まえたうえで。

一部の作家さんが、書籍の自炊だか電子書籍化だかに反対しているそうではないですか。それって、Macの理念と対立する気がしたわけです。

まさか、MacやWindowsを使って作業してる人が混ざってたりしないだろうなと。まあ、おそらくは、手書きで原稿書いている人が大半なんだろうと思うけど。理念には反対するけど、利便性だけはちゃっかり受け取ってたら、ちょっとズルい。

コンピュータが御家庭の中にこれだけ普及して、ジョブズが亡くなってしまった現在ですら、彼が夢見た未来が充分に理解されていない、もしかすると一部のMac信者の中ですら理解されてないのかもしれない、と思えてきたりもして、なんだか考え込んでしまったのでした。

とメモしてみたけど、そもそも自分も分かってない可能性が。まあ、そういうことを思ったというメモですオチはないですスミマセン。

#2 [nitijyou] 録画していた原発関係のNHK特集を消化中

30年前に推進派と反対派が議論していた各問題点が今もそのまま未解決で残っていたり。チェルノブイリ原発事故時のソ連のダメダメ対応が、日本政府の対応とほぼ同じだったり。特に後者には頭を抱えてしまった。こうすべきだったという反省点が当の昔にリストアップされて、しかもNHKで放送済みだったのに、日本政府は何も活かせなかったのだなと。

2011/12/28(水) [n年前の日記]

#1 [zatta] 紙の本は人を殺せる

福島県中通り在住の自分は、震災時、本+本棚の下敷きになりそうになったわけで。ほんの十数秒前まで、自分の頭が存在していた場所に、本がぎっしり詰まったスチール製本棚がいくつも倒れ込んできたわけで。ああ、本は人を殺せるんだ。そう思ったわけですよ。そんな体験をしたので、この先、電子書籍化がどんどん進んでほしいなと思っているのです。自分の手持ちの本が全部電子書籍だったら、そんな怖い思いをしなくて済んだはずなのですよ。

そういえば、かつて、本の重みで2階の床が抜けて人命が失われた事件もあった記憶が。…電子書籍だったら、そんなことになりましたか? どうなんですか。

質量という点で考えると、紙の本は危険過ぎます。記録媒体として褒められたもんじゃない。もちろん、それぞれの記録媒体には、メリット・デメリットがありますよ。紙で残しておいたほうがいい場面はたくさんある。しかし少なくとも、紙の本に比べて、電子書籍のアレコレは、「物理的」に「人命を奪う」結果には繋がらない。

自炊だの電子書籍だのを否定する人達の部屋に、できればピンポイントで大地震が来ないものかと。そして本棚の下敷きになってくれないものかと。そう願ってしまうのです。…普段、他人様の不幸なんて望んだりしない自分ですが。あの人種に対しては、さすがにそういう気持ちになってしまう。震災からまだ1年経ってないのに。こっちが死にそうな目に合ったのに。アイツラ、何を言ってやがるんだと。まあ、自分も体験してようやく目が覚めたわけですが。やっぱりコレは体験しなきゃ分からないのか。だったら体験してもらうしかないのか。

地震シミュレーターの中に彼等を蹴り飛ばしてやりたい。そして彼等の周りに、彼等の自著をギッシリ詰め込んだスチール製本棚をズラリと並べてやりたい。そして震度6強の揺れを与えてやりたい。一通り揺らした後で、本も本棚も全部取っ払ってから、ブルーレイディスクをたった1枚、彼等の足元に投げ込んで、また揺らしてやりたい。さてどっちがマシでした? そう問うてやりたい。

ここまで書いても、「本の下敷きになって死ぬなら本望」とか言いやがるんだろうなあ。体験してないから、そういうことを軽々しく言えるんだよ…。

2011/12/29(木) [n年前の日記]

#1 [comic] 白泉社系のとある少女漫画雑誌を読んでたら「自炊はけしからん」的1ページが混ざってた

さらりと眺めただけなのだけど。自炊代行業者について、「コミックスの出版に何の貢献もしてない赤の他人が儲けているのはおかしい」云々と書いてあって首を捻ってしまった。

自炊代行は、本来なら出版社が手がけるべきサービスだろうと自分は思っていて。出版社がサボってたからこういう状況になったのに、自社の怠惰ぶりを棚に上げて何を言っているのだろうとカチンと来てしまったり。「別の誰かが儲けてやがる、けしからん」と本当に思うなら、自身でサービスを始めて、自社の儲けにすればいいじゃないか。金が欲しかったら働け。みたいな。

でも、出版社は、何のかんのと言い訳して結局はやらないんだろうな。であれば、自炊代行は出版業界と無関係という話になる。

本当は出版社に入ってくるはずだった金を別の誰かが掠め取ってるなら話は分かるけど。出版社がそもそもソレをやるつもりがないなら、その金は最初から出版社に流れてくる可能性がゼロだった金。出版と無縁な市場がそこにあるだけ、という話になってしまう。例えば、「建築業界が儲かってる。けしからん。その金は出版業界が得るはずの金だ」と言っているに等しいぐらい、今の出版業界は珍妙な主張をしている。市場参入すらしてない企業に金が流れていくほうが、話としてはよほどおかしいだろう。

出版社が紙の本を受け取ってpdfにして送り返すサービスを始めてしまえば、出版社が主張している問題はほとんど解決する。本を裁断する必要がないから、裁断した本をオークションに出されてしまうことも防止できる。出版社ならではの商品価値を付加して価格競争以外で客を誘因することだってできる。何故そういうサービスを始めないのだろう。

ネットに流出云々とか言ってるけど、シリアルナンバー付加するとか、顧客の個人情報をpdfに隠しで埋め込んでおくとか、流出犯をすぐに特定して訴えるための手管は今でも思いつくのではないか。そのあたりの知恵が湧かない・仕組みが分からないならAdobeに相談すればいい。あっちも商売だから策を提案してくれるはず。Acrobat をもっと売り込みたいだろうし。

どうやってサービスを実現すればいいのか分からんなら、今ある自炊代行業者を丸々下請けにしてしまえばいい。雑誌の編集、書籍デザイン、印刷、製本、社員がやらずに別の誰かに丸投げしてやってる部分がたくさんあるのだから、同じノリで実作業を業者に丸投げすればいいではないか。

儲けが出そうなら自分も始めればいい。儲けにならないなら、あるいは色々と面倒臭くてやりたくないなら無視しておけばいい。それだけの話じゃなかろうかと。わざわざ貴重な雑誌の一ページを使って主張する話とも思えない。その一ページに、デビューしたくて懸命に頑張ってる新人の4コマ漫画やイラストでも載せたほうが、まだ有意義なページの使い方になるのではないだろうか。

と自分は思ってしまったのだけど、実際はどうなんだろうなあ。さてはて。

#2 [zatta] 「金が欲しかったら働け」と書いてなんだかちょっと分かった気がした

この歳になって、ああ、こういう場面でも使えてしまう言葉だったのか、と。

この御時勢、働けばその分ちゃんと金になることが分かってるなんて、恵まれた場所に居るなあと羨ましく思ったりもする。でも、彼等はサボってる。自分達がサボってる分、別の誰かがせっせと真摯に働いて、その分の金がそっちに流れてるだけだ。文句を言ってるほうがおかしい。儲け方はもう分かってる。後は働くだけだ。金が欲しかったら働け。この言葉がそのまま当てはまる場面なんて今時珍しい。にも関わらず何故この好機を見逃すのか。みたいな?

若い頃は、件の言葉を、「そんな当たり前なこと」と思って軽く流してしまったけれど。歳を取るに従い、その当たり前のことが、ちっとも実現できてない事こそが当たり前だったりするのだと気付く場面がどんどん多くなる、ような気がする。k月社長にお礼を言いたい気分。いい言葉を教えてもらっていたのだなと。…まあ、自分がその言葉を活かせているかと言うと全くそんなことはないあたりがアレなんですが。

この手の言葉って使うタイミングが重要だなと思ったりもして。言葉だけポンと出してもあまり伝わらない。ストンと入ってくる・当てはまるタイミングが、それぞれあるんだろうと。でも、そもそもその言葉を知らなかったら、そういう瞬間に「あ、コレだ。この状況だ」と気付くこともないわけで。日頃から色々耳に入れておいて損はないのだろうな、てなことも思ってみたり。

2011/12/30(金) [n年前の日記]

#1 [pc] HDDの中身を整理中

滅多に参照しないであろうファイルを外付けHDDに逃がすべく整理中。

2011/12/31() [n年前の日記]

#1 [nitijyou] 部屋を掃除

弟が明日帰省する予定なので、布団をひく領域を確保。

SONY製SVHS+8mmビデオデッキが邪魔だ…。SVHS側は故障していて・テープを巻き込んでしまうので使えない。弟から貰った8mmビデオテープが段ボール一箱分あるけれど、見る時間があるかと考えるとまず見ない気もする。デッキもテープも捨てるべきかな…。修理しようにも、もう誰も直せないだろうし。なんだか、カウボーイビバップのビデオデッキ回を思い出す。あそこまで未来になってないのに、もう似たような状況になっている。

ダンボール箱PCも捨てるかどうかで悩んでたり。CPUがAMD Sempron。もう使わんだろうという気がする。HDDに対して何か作業をしたい場合は、旧メインPCにリムーバブルケースをつけてあるからそれを利用して作業すればいいだろうし。やっぱり捨てるか…。

今からでは捨てようがないので、ひとまず部屋に転がしておいて、年が明けたら捨てよう…。

#2 [zatta][neta] 最近「中二病」という言葉が褒め言葉になりつつあるような気がする

元々は伊集院光が作った言葉で、少年期の特徴を分類認知、場面によっては自虐的に用いてギャグにする形で使われていた、と聞いている。本当にそうだったかどうかは知らない。それを誰かが、自分ではなく、他者を否定するための罵倒語として利用し始めてしまい、そちらのほうが普及してしまった。しかし、普及し過ぎると否定的な意味合いが弱まるのかもしれない。どうも最近は、「中二病だ。だが、それがいい」等、現象・状況を肯定する意味合いで使われる場面がチラホラ見えている。…元々はそういう使い方をしてた言葉のような気もするので、グルッと一回りした、ということかもしれないが。

ひょっとすると、「バカ」「クレイジー」などと同じ言葉に変質したのかもしれない。否定の言葉のようでありながら、褒め言葉としても使われる。そんな言葉の仲間入りを果たしたのではあるまいか。…誰かこのあたりの展開を考察してくれないものか。

何にせよ、否定的意味合いばかりで件の言葉を使い続けていると、時代の流れについていけない遅れてる人に思われてしまいそう。怖い。空気を読んで・TPOで使い方を変えていかないと。

「空気」と言えば、そのうち「KY」も肯定的意味合いで使われる場面が増えていくのだろうか? ちょっと想像できないけれど。

そういや全然関係ないけど、「老人力」という流行語もあったっけ。アレも、否定肯定が入れ替わったり誤用が普及する現象が見られたと聞いた記憶があるが…。

言葉は変化していくのだな、なんだか面白い、と思った次第。

以上、31 日分です。

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