mieki256's diary



2011/12/19(月) [n年前の日記]

#1 [zatta] 高校時代のクラブ活動について唐突に思い出したのでなんとなくメモ

ただの懐古話なのでオチは無いです。唐突に思い出したのでメモ。

高校時代、「クラブ活動」という授業時間があった。たぶんそんな感じの授業名だったと思う。放課後の部活動ほどではないけれど、毎週、1回、本業(?)とは違うことに触れる時間が用意されていた。

色々な選択肢があったけれど、コンピュータ大好きっ子だった自分は、「コンピュータクラブ」を選んだ。工業高校だったので、実習室には40台ほどコンピュータが並んでいた。そのコンピュータを使わせてもらえるかもしれない。ワクワクした。

当時、そこに置かれていたのは、SHARP製のマイコン、MZ-2000。グリーンディスプレイだから緑1色しか表示できないが、640x200ドットのグラフィック画面が使える凄いヤツ。MZ-80Bの系譜だ。

SHARPのMZシリーズには2つの系譜があった。1つは、文字しか表示できない MZ-80K2E、MZ-1200、MZ-700等。もう1つは、グラフィックも表示もできるが、更にお値段が張るMZ-80B、MZ-2000。…今調べてみたら、後者はグラフィックRAMを追加しないとグラフィック表示できなかったらしいが。もう一つ、ビジネス用の系譜もあったと思うが、そちらは値段が更に凄いことになるのでほとんど覚えていない。また、後にSHARP製マイコンは、TV事業部の出したX1シリーズが主流になってしまい、MZシリーズは落ち目になっていくのだけど、それはまた別の話。

自分は、MZ-80Bに妙な思い入れがあった。

自分が住んでいた福島県須賀川市周辺では、SHARP製マイコンは滅多に見かけなかった。置いてあるのはNEC製マイコンばかり。自然と、「MZシリーズってどんなマイコンなんだろう」と夢が膨らんだ。唯一、須賀川商店街に向かう坂の途中にあった、小さな電気屋さんの店内に、MZ-80Bが置いてあるのを見つけたけれど。個人でやっているお店のようで、店内は暗くて狭く、とてもじゃないが見た目貧乏そうな子供が「触らせてください」なんて言える雰囲気ではなかった。

だからいつも、店の前を通る度に、ガラス越しにMZ-80Bを1〜2分ぐらいじっと見つめて、「いつか触ってみたいなあ…」と思いを募らせていた。まるで、ショーウインドウに飾ってあるトランペットの前で、いつかソレを手に取ってみたいと憧れ続ける黒人少年のようだった。

後に自分は、親にMZ-731を買ってもらったのだけど。当時の自分は、マイコンのスペックについて全く無知だったので、値段が安いのにプリンタがついているという理由でMZ-731を選んでしまった。MZ-731は、グラフィック画面が存在せず、文字しか出せないことを認識できたのは、購入後のこと。かなり後悔した。広告内で表示されていたスタートレック・エンタープライズ号の画面は、全部キャラグラ(キャラクターグラフィック)だった。見事に騙された。いや、それはそれで匠の技ではあるのだが。

そんなわけで、MZ-80Bの系譜には憧れがあった。だから、コンピュータクラブを選んだ。ガラス越しにじっと見ていたあのマイコンが使える。憧れていたグラフィック画面が使える。さあ、何をしてやろうか。何を表示してやろうか。

ところが。クラブ活動の時間になって実習室に行ってみると、既に満席だった。どのコンピュータの前にも別の生徒が座っていた。空いているコンピュータは1台も無い。どうやらコンピュータクラブは、定員オーバー状態だったらしい。仕方がないので、隣の実習準備室(?)で暇を潰すしかなかった。

実習室と、実習準備室は、ガラスで区切られていた。ガラス越しに、他の生徒がMZ-2000を弄るのを、ぼーっと見ているしかなかった。せっかく何十台も、憧れの、MZ-80Bの系譜が目の前に並んでいるのに。自分がやれることは相変わらず同じだった。

次の週も、次の週も、いつまで経っても、実習室は満席だった。

あぶれる生徒も固定してしまったようで、実習準備室は、少年漫画雑誌を読み耽る生徒、友人とトランプゲームに興じる生徒、教科書を開いて勉強している生徒、そんな感じの風景が当たり前になった。あぶれることが前提でなければ、それらアイテムをわざわざ持ってこないはず。だから、あぶれる生徒は固定していたのだと思う。

自分は、マイコン雑誌を持ち込むことにした。キーボード配列が印刷された紙を机の上に広げて、それを叩いて時間を潰した。トレーシングペーパーの方眼紙に漫画キャラをトレスして、LINE文用の座標値を一つ一つ調べて、ノートにメモしていった。そんなことしかできなかった。

ガラスの向こうでは、おそらく上級生なのであろう、体格のいい生徒達が、MZ-2000でいつもゲームをしていた。それも、キャラグラのみのゲームだった。

見ていて腹が立った。文字だけのゲームなら、MZ-80K2Eでも動かせるではないか…。どうしてそんなものをわざわざMZ-2000で動かすのか。こっちはグラフィック画面を使ってみたくてたまらないのに。どうせやるならグラフィック画面を使ったゲームで遊べよ。だったらまだ納得するのに。

いや、そもそも、せっかくマイコンが自由に使えるのに、どうしてプログラミングをしないのか。君達、カーソルキーとスペースバーしか押してないじゃないか。ゲームだけならファミコンで十分だ。わざわざ何十万もするマイコンでしょぼいゲームを遊ぶ必要はないだろう。

おそらくその時期に、マイコン・パソコンを使ってゲームしかしない層への憎しみのようなものが、自分の心の中で生まれてしまったのだと思う。この気持ちは、後々まで尾を引いてしまった。

大学のマイコンクラブに顔を出した時も、MSXで市販ゲームしか動かしていない先輩達の姿に幻滅してしまって、次第に足が遠ざかってしまうことになった。ここには仲間は居ない。自分が軽蔑するタイプの人間しか居ないのだと。しかし実際には、自分と同様、何かしらを作ることに価値を見出し、在学中、プログラミングその他にずっと熱を上げていた先輩・同学年の学生が多々参加していたのだけど。それに気づくのは、卒業間際になってから。今考えると、少し惜しいことをしたように思う。

閑話休題。高校時代のクラブ活動の時間は、1年、2年と、そんな感じだった。あの時間帯にMZのキーを叩くことができた記憶はない。

もっとも、2年間ひたすら悶々としていたわけでもなかったように思う。実習準備室でノートにメモした座標値データは、家のMZ-731のプロッタプリンタで絵を描くことに使えたし。また、高校2年だか3年だかの時期に、親に頼んで SHARP X1 turbo を買ってもらった記憶もある。640x200(400?)で8色表示ができるマイコン。しかもPCGつき。グラフィック画面でアレコレ描くことに夢中になったが、もしかすると、MZ-2000に一切触れなかったある種の恨みのようなものを、X1 turbo にぶつけて解消していたのかもしれない。また、ある意味ではこの時期に、コンピュータグラフィックというジャンルへの想いのようなものを、妙にこじらせてしまったのかもしれない。それが結果的に良かったのか悪かったのかは分からないけれど。いや、今の状態を考えると、結果としては悪かったのだろうか。

高3時は、コンピュータクラブを選ばなかった。もうこんな時間の潰し方は嫌だと思って、自主的に変えたのか。それとも定員オーバーで選べなかったのか。そのあたりの記憶がない。もし、先生が選別するとしたら、2年間も同じクラブを選択し続けた生徒は、率先して外すだろう。今まで十分過ぎるほどコンピュータに触ったはずだから。まあ、実際には一度も触ったことが無かったわけだが…。何にせよ、後者だった可能性はあり得る。

とにかく、3年時は、漫画クラブを選んだ。今まで、ノートの片隅に落書きする程度で、本格的な漫画なんて描いたことは無かったけれど。ずっとそういう分野に興味はあった。

漫画クラブは、ちゃんと先生が教室に現れて、毎回お題を出してくれた。コンピュータクラブの放置状態とは雲泥の差。ただし、お題にはゲンナリした。基本的に、1コマ漫画か4コマ漫画の形で描けという。

当時の自分にとって、漫画と言えばストーリー漫画。1コマ漫画や4コマ漫画なんて、まともに取り組むものじゃない、とすら思っていた。なんてつまらないお題を出すんだろう、このクラブを選んで失敗だったかもしれない。そう思った。

しかし。実際にやってみたら、とにかく頭を抱えた。自分の描いたものは、全然これっぽっちも何一つ面白くない。普段つまらないと切り捨てていた新聞の4コマ漫画が、いかに優れた作品群なのか思い知らされた。しかも4コマ漫画家は、これを1日1本分必ず描くのかと。まとめて描き貯めるのか、毎日1本ずつ描いていくのかは知らないが、なんという偉業なのだろう。

約1年間 ―― いや、3年時だから、期間は1年2年時より短いはずだが ―― 4コマ漫画を描いてみて、その難しさを知ることはできた。楽しい時間だったかと言うとそんなことはなく、ひたすら辛い時間だった。自分には4コマ漫画の才能なんてこれっぽっちもないのだと毎週思い知らされるのだから、楽しいわけがない。…本当は、漫画は才能で描くのではなく、ある程度のレベルまでは知識量と訓練で描くのだけれど。当時の自分はそんなことを欠片も知らなかったので、ただひたすら才能が無いのだと結論付けるしかなかった。何にせよ、漫画クラブのソレは、方眼紙の上に描かれた漫画絵の座標取り作業に比べれば、はるかに得るものが多い時間だったと思う。

あの時期に、もっと真剣に4コマ漫画を描くことにのめり込んでいたらと思ったりもする。まさかこれほど、萌え4コマ漫画が普及する時代が来るとは夢にも思ってなかった。あの時期に、この状況を予測して、何か身につけられていたら、その後の展開も多少違ったのではあるまいか。…いや、そんなに甘いものではないだろう。

そんなことを思い出してしまったのでメモ。オチはないです。スミマセン。

以上、1 日分です。

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