2005/10/14(金) [n年前の日記]
#1 [comic] _活字中毒R。 - 「のび太のくせに!」誕生秘話
ところで、これを読んでいちばん意外だったのは、「このー、のび太のくせに!」というジャイアンの「のび太への罵倒の言葉」が、「悪い言葉を使わないために」という善意から生まれた、ということでした。僕の感覚としては「バカヤロー」よりも「のび太のくせに!」のほうが、はるかに「全人格を否定されている」ような印象があって、これは本当に容赦のない、インパクトの強い「罵倒」だなあ、と感じていたものですから。だって、「のび太」は、自分が「のび太」であることから、どうやっても逃げられないのだもの。だよなぁ。「このバカ」と言われたら「バカじゃない」と反論できるけど。「のび太のくせに」と言われたら…「のび太じゃない」とは反論できないし。活字中毒R。 より
綺麗な言葉を使おうとして、より残酷な言葉を生み出してしまったあたり、なんだか考えさせられる話。たしかに、これは深い。 _(via あさってのほう)
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#2 [web] _メールアドレス収集ロボット対策
色々あるんだなぁ…。
_(via void GraphicWizardsLair( void ); //)
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#3 [web] _一週間寝込むほどショックだったのなら、どうして2.0はソースを公開しようとしないのか、インタビュアーはツッコむべきだと思うんだが。
そのとおりだよなぁ、とついつい思ってしまった一文だったのでメモ。
Sleipnir もまた、親の付属物であり、親が亡くなれば無理心中させられる子供、なのだろうか。うーん。
Sleipnir もまた、親の付属物であり、親が亡くなれば無理心中させられる子供、なのだろうか。うーん。
◎ _「ソースコードが入ったパソコンを盗まれた時は1週間寝込んだ」- Sleipnir作者 フェンリル代表取締役 柏木泰幸氏:IT Pro :
会社を作り,チームで,しかもSleipnirの開発に専念できるようになりました。開発スピードはやはり全然違います。チームで開発してたのか。であれば、この人が、仮に明日、過労で倒れて亡くなったとしても、チームの手元にソースは残り、Sleipnir は育って、世界に羽ばたいていけるのだな。…なら、問題はなさげなのかも。「ソースコードが入ったパソコンを盗まれた時は1週間寝込んだ」---Sleipnir作者 フェンリル代表取締役 柏木泰幸氏:IT Pro より
◎ _窓の杜 - 【特別企画】「Sleipnir」開発者 柏木泰幸氏インタビュー :
会社設立前から、朝から寝るまで仕事をしています。毎週110時間労働かもしれません。たまに仕事の関係で飲みに行きますが、その後も帰宅してから開発です。会社最寄り駅の終電の都合で帰宅は早いのですが、自宅でも開発して、翌朝各開発メンバーによるソースコードの変更箇所を統合しています。今は開発する時間が1分でも惜しいので、予定がなければ土日も開発しています。開発以外の仕事もすごく増えています。忙しいですが、辛くはありません。_燃え尽き症候群 という単語が脳裏をかすめてしまったり。しかし、仕事に燃えまくってしまう時期ってあるというか、そういうときってシンドイけど楽しいというか。特に、ネットを通じてダイレクトに反応が返ってくると、尚のこと奮い立つものなんだろうなと想像。…でも、体・精神を壊さない適度なペースを見出し、それを維持できてこそ、本当のプロと呼べるのかもしれないと、そんなことをぼんやり思ったりもする。 _(via オレンジニュース(2005-10-13))
◎ _これからどんどん訃報を目にすることになる - ただのにっき (2005-10-11) :
おれが「パソ通」やってた頃は20代前半だったから、当時すでに"フリーウェア"活動をしていた人たちはもうちょっと上の世代だとすると、今はもう、そろそろ50〜60代にさしかかろうというところだろう。平均寿命が70〜80歳とはいえ、この世代からも亡くなる人が出始める。これからどんどん、DOS時代に一世を風靡した人たちが逝去しはじめるはずだ。もちろんおれも、だんだんそのあたりに足を突っ込み始めるわけで。へこむなぁ。………。あまり考えたくない話…。
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#4 [zatta] _think =或るCG屋の呟き=: 嫁が来たぜ(結婚式〜披露宴編)
_think =或るCG屋の呟き=: 嫁が来たぜ(二次会編)
_think =或るCG屋の呟き=: 嫁が来たぜ(ホテル編)
_think =或るCG屋の呟き=: 嫁が来たぜ(入籍編)
末永くお幸せに。な記事であります。いいなぁ…。羨ましい…。
ホテル側のサービスの話に、感心。最初からそのあたりのコストも込みだったりするのだろうか、などと身も蓋も無い邪推をしつつも、なんだか「粋」という言葉を連想したりもして。これこそ、真にサービス業。
でも、結婚式って、色々と大変そうだなぁ…。想像するだけでクラクラしてくる。こういうイベントを乗り切れるバイタリティを持った人達だけが、幸せを手にすることができるのだろうな。世の中はスゴイ人達ばかりだ。
_think =或るCG屋の呟き=: 嫁が来たぜ(ホテル編)
_think =或るCG屋の呟き=: 嫁が来たぜ(入籍編)
末永くお幸せに。な記事であります。いいなぁ…。羨ましい…。
ホテル側のサービスの話に、感心。最初からそのあたりのコストも込みだったりするのだろうか、などと身も蓋も無い邪推をしつつも、なんだか「粋」という言葉を連想したりもして。これこそ、真にサービス業。
でも、結婚式って、色々と大変そうだなぁ…。想像するだけでクラクラしてくる。こういうイベントを乗り切れるバイタリティを持った人達だけが、幸せを手にすることができるのだろうな。世の中はスゴイ人達ばかりだ。
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#5 [web] _ARTIFACT@ハテナ系 - 2ちゃんねるでのパクリやパロディにオリジナルへのリスペクトはあるか?
興味深い話なのでメモ。
ふと思ったけど。件の説明画像を見て「そーなんだ」と思ってしまうトホホな人が出てきても、かの人は、「嘘を嘘と見抜けない人は〜」の一言を吐けば済んじゃう・それら誤解した人達をスッパリ切り捨てることができるのだなと気づいたり。…いいポジションを得ているというか、便利な言葉を広めた(?)というか。そのへん素直に感心。そういった、ある種の狡猾さを兼ね備えてないと、ああいう場所の管理人は到底できないのだろうな。
散々リスペクトがあるとは思えないパクリをしてきたのに、他人がやると怒るというダブルスタンダードに対して、皆突っ込んでいる。だよなぁ。
◎ _のまネコ問題2005年10月13日 :
「モナー」などのアスキーアートと「のまネコ」の関係がわかりやすい画像があったので、流れのわからない人のために掲載しておきます。件の説明画像を目にして、「これは説明として不適切だな」と思ったり。以下の2点が綺麗に抜いてあるから。
- 2chが、「あめぞう」から「モナー」を盗んで(インスパイアされて?)、勝手に使ってた。<仮にあの画像にそのへんの説明が入るなら、『「みんなのもの」「共有財産」だそうです』てな感じの注意書きでも入るのかしら?
- avexが権利を有する楽曲(…なの?)を盗んで(インスパイアして?)、FLASHデータを作った。
ふと思ったけど。件の説明画像を見て「そーなんだ」と思ってしまうトホホな人が出てきても、かの人は、「嘘を嘘と見抜けない人は〜」の一言を吐けば済んじゃう・それら誤解した人達をスッパリ切り捨てることができるのだなと気づいたり。…いいポジションを得ているというか、便利な言葉を広めた(?)というか。そのへん素直に感心。そういった、ある種の狡猾さを兼ね備えてないと、ああいう場所の管理人は到底できないのだろうな。
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#6 [web] _Hypertextと知 : A Study around Super Heroes
リンクが意味を持つためには、ある思想を信じていなければならない。「知恵は個人のものだが、知識は人類のものである」って思想を。個人の知恵を知識として相互参照し、共有し合うことでさらに個々の知(知識/知恵)を後押しし、全人類的な知が底上げされるのだというような。
そうすれば人類の知が発展するとか、そもそも知とは発展するものだとかいう予測には根拠がない。一種の思い込みであり、夢であり、宗教なのであって、だからこそ西洋からしか生まれえなかった概念だと思う (中略) 人類が一元的に発展しうるし、すべきだという歴史観自体は、西洋人ならぬわれわれが受けつけるべきではない。よかれと思って他国を蹂躙できるのは、その同じ思想にもとづく心性だ。
けど、「発展しうる」というポジティブシンキングにだけは共鳴したい。とくに「知」というジャンルにおいては。
どういう「知」のありかたが Hypertext によって形成されうるか。2つの道がある。1つは「総合的な知」であり、もう1つは「個人的な知」である。で、私個人は前者を断固支持する。 (中略) 前者を採り、Hypertext というネットワークと不可分のメディア形式に、何か新しいものを生み出しうる可能性を期待するなら、どこかで個の能力を超えなければならない。そしてその活路は、「ネットワーク」にあるはずだ。ネットワークの弱さ ―― あまりに流動的で、時間的・空間的な固定(アーカイブ)がほとんど不可能に近い ―― は、ここでは強みとなる。もしも「知」が一元的に発展するという思想を前提するなら、流動性は問題にならない。流動しなければ発展もないし、むしろ流動性こそが発展性を保証する。非常に興味深い内容、と思ってしまったのでメモ。
(中略) ただ一点、それが自己満足にとどまらない可能性があるとすれば、「全人類的」でありうる要素を、流動するネットワークに提供できるかどうかの一点に集約される。
こういう場面で「メモ」と称して丸々コピペしてしまう自分の行動は、結局のところ文中に出てくる「流動性」に関係するのだろうなと想像。「流動」するから、せめて自分の管理できる場所に「固定」しておきたいと願うが故の行動、なのだろうし。しかし、そこで「固定」を試みると言うことは、「流動性」の持つメリットを未だ自覚・認識できていないということにも繋がってしまうのだろうか。少なくとも自分の中では、『「知」が一元的に発展するという思想を前提するなら、流動性は問題にならない』のくだりが全然理解できてなかったり。「流動性が問題になる」場面は容易に想像できても、「流動性が問題にならない」場面は想像が難しく。おそらくは、ネットにおいて新参者故、単にそういう場面を見ていない・見ていても意識できていないため、だろうけど。…もしかすると、この「流動性」とは、「TV番組におけるライブ感の重要性」とも関係してくる話なのであろうか。いや、それとは別種な気もする。うーむ。
何にしても、長年ネットに触れている先輩方の考察・思想は勉強になるというか。それらを公開してくれることに感謝の念を。ありがたや。
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以上、1 日分です。