mieki256's diary



2014/05/08(木) [n年前の日記]

#1 [anime] 「ゴムのバリアーだよ!」に感心

キルラキル最終回を見ていて感心したシーンがあったことを急に思い出したのでメモ。

電波塔を生命繊維が覆って 攻撃を跳ね返すシーンで、メガネをかけたインテリキャラが延々と仕組みについて解説するのだけど。途中でマコが「わあ。ゴムのバリアーだよ!」の一言でまとめちゃって、笑いながらも感心を。キルラキルにはそういうシーンが各所にあって、これも中島かずき脚本の技なのかしらと思って見てたのですが。

考えてみれば、見てるこっち側にとって、そこにある細かい設定なんて結構どうでもいいことだよなと。ただ、何も設定が無さそうに見えてしまうと、御都合主義を感じてしまって冷めてしまうので、ちゃんと設定はあるっぽいと少しは匂わせておかないといけなくて。かといって、延々と本気で説明しちゃうと、それもそれで見てる側は飽きてしまう。

キルラキルの上手いところは、本気で長々と説明するのかなと一旦思わせておきながら、「そろそろ見てる人飽きてくるかな?」と思える的確なタイミングで「要するに○○だよ!」とまとめてしまうあたりかなと。それって、脚本家、もしくはコンテや演出さんが、客がそのシーンをどう捉えているか想像しながら作っていないとできないことで。客の反応を予測して先手を打って見事に当ててるあたり、なんてことのないシーンのように見えるけど、かなりの技じゃないのかなと。

例えば、ラノベ原作のアニメなどは、本気で長々と説明するけどやっぱり設定がよく分からない、なんて場面が頻繁にあって。おそらく、そういった作品の脚本家さんは、見てる側はこのシーンをどう捉えるだろうか、てなあたりをさほど考えずに書いてるんだろうなと想像するわけですよ。神山監督が言うところの、「情報量のコントロール」ができてない状態とでもいうか。

もしかすると、中島かずき脚本のそういった部分は、演劇という、お客さんの反応をその場でチェックできる表現方法に接していたからこそ身に着いた技、だったりするのかな。とも思ったけれど、あまり関係ないのかな。どうなんだろう。

何にせよ、キルラキル、面白かったです。脚本も、演出も、作画も、技の満漢全席、だったような印象も。

以上です。

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