2014/06/29(日) [n年前の日記]
#4 [zatta][neta] サイコって何だろう
_「このタイミングでサッカー嫌いを表明する人間はサイコ」
なる言説を目にして、先日このタイミングでサッカー嫌いをわざわざ表明する羽目になってしまった自分としてはちょっとグサッときたのだけど。
Firefoxが毎回起動するたびにサッカー画像をネット上からロードして表示してしまうから、自分だってそんなことをわざわざこのタイミングで表明する羽目になったわけで。あっちから強制的に見せつけといて、「いや、俺はソレ興味無いんで。ていうか嫌いなんで」と少し洩らしただけなのにサイコ呼ばわりなんて酷いなー、てなことを思いました。
それはともかく、そこで言ってるサイコって何だろう? と疑問が湧いたわけで。言葉としてはよく聞くのだけど、恥ずかしながら正確な意味・定義を知らないのですよ…。
Firefoxが毎回起動するたびにサッカー画像をネット上からロードして表示してしまうから、自分だってそんなことをわざわざこのタイミングで表明する羽目になったわけで。あっちから強制的に見せつけといて、「いや、俺はソレ興味無いんで。ていうか嫌いなんで」と少し洩らしただけなのにサイコ呼ばわりなんて酷いなー、てなことを思いました。
それはともかく、そこで言ってるサイコって何だろう? と疑問が湧いたわけで。言葉としてはよく聞くのだけど、恥ずかしながら正確な意味・定義を知らないのですよ…。
◎ ググってみたけどよくわからず。 :
_サイコ - Wikipedia
を眺めたら、たくさんあり過ぎて、何が何やら。
とりあえず、 _サイコ (1960年の映画) のヒットで、この単語が普及したらしいけど。恥ずかしながら自分は未見で。映画を見ていれば定義が分かるのだろうか。でもホラー映画だから…今後も怖くて見ないであろう予感。
「サイコパス」で辿ってみたら、 _精神病質 - Wikipedia に転送されたのだけど、眺めているうちにゲンナリ。これに全く当てはまらない人が居たら、ソイツはもう人間じゃねえよ…。いやまあ、それぞれの要素について社会的許容範囲を超えたらこういう分類されちゃうよ、という話に過ぎないのだろうけど。
よくよく読んでみると、「サイコパス」と「サイコ」は違うんじゃないかと思えてきたり。件の文章に「サイコパス」の定義を当てはめてみると、文として成立しない感じ。
とりあえず、 _サイコ (1960年の映画) のヒットで、この単語が普及したらしいけど。恥ずかしながら自分は未見で。映画を見ていれば定義が分かるのだろうか。でもホラー映画だから…今後も怖くて見ないであろう予感。
「サイコパス」で辿ってみたら、 _精神病質 - Wikipedia に転送されたのだけど、眺めているうちにゲンナリ。これに全く当てはまらない人が居たら、ソイツはもう人間じゃねえよ…。いやまあ、それぞれの要素について社会的許容範囲を超えたらこういう分類されちゃうよ、という話に過ぎないのだろうけど。
よくよく読んでみると、「サイコパス」と「サイコ」は違うんじゃないかと思えてきたり。件の文章に「サイコパス」の定義を当てはめてみると、文として成立しない感じ。
◎ 正確な定義を知っていても意味が無いことに気付いた。 :
考えてみたら、「サイコ」発言してる各人にとって、「サイコ」の定義がそれぞれ違うだろうから、調べてみても意味が無いような気がしてきたり。
例えば、「ハッカー」「ホームページ」「インターネット」と呼んでる人相手に、「クラッカー」「Webサイト」「電子メール」等の正しい定義を持ち出してみても意味が無いわけで。「サイコ」も同じだよなと。相手がどんな定義で使ってるつもりなのか、こっちが空気を読んで察してあげないといかんのではないか、と。
おそらくだけど、世間一般では、「キチガイ」の代わりに、上品(?)ぶって「サイコ」と言ってるだけじゃないか、という気もしてきたり。「お前、おかしいよ」と言いたいけれど、そのままだとあまりに素朴な物言いでダサイから、「サイコ」という外来語を持ち出してちょっとカッコイイ物言いをしたつもりになってみました、みたいな。
コンサルタントが「ソリューション」「シナジー」「コンプライアンス」とかその手の単語をやたらと使って武装するソレに近いんじゃないか。たぶん。まあ、自分もそういう物言いはよくやっちゃってる気がしますけど。
てな想像をしているうちに、もしかするとそのうち「サイコ」という単語も余計なトラブルを招くことが多くなって、別の単語を使い始めたりしないだろうか、てなくだらない妄想を。…星新一作品等で既にそういう作品がありそうな。
その手のくだらない妄想を作品レベルまで持っていける・昇華できる人なら、サイコ呼ばわりされずに済むのかしら。例えば宮崎駿監督が名監督と呼ばれてるように、創作側になれたら社会的に許容される幅が大きくなるような気がする。というか創作者なら、サイコ呼ばわりされても、それがむしろ、ある種の称号・褒め言葉になる時もありそうな。
こんな風にどうでもいいことをだらだらメモってるだけで、またサイコ呼ばわりされそう。ていうか長文ブロガーと呼ばれる方々も、ほとんどがサイコ扱いされそうな気もしてきたり。気がするだけで実際どうかは分かりませんが。
例えば、「ハッカー」「ホームページ」「インターネット」と呼んでる人相手に、「クラッカー」「Webサイト」「電子メール」等の正しい定義を持ち出してみても意味が無いわけで。「サイコ」も同じだよなと。相手がどんな定義で使ってるつもりなのか、こっちが空気を読んで察してあげないといかんのではないか、と。
おそらくだけど、世間一般では、「キチガイ」の代わりに、上品(?)ぶって「サイコ」と言ってるだけじゃないか、という気もしてきたり。「お前、おかしいよ」と言いたいけれど、そのままだとあまりに素朴な物言いでダサイから、「サイコ」という外来語を持ち出してちょっとカッコイイ物言いをしたつもりになってみました、みたいな。
コンサルタントが「ソリューション」「シナジー」「コンプライアンス」とかその手の単語をやたらと使って武装するソレに近いんじゃないか。たぶん。まあ、自分もそういう物言いはよくやっちゃってる気がしますけど。
てな想像をしているうちに、もしかするとそのうち「サイコ」という単語も余計なトラブルを招くことが多くなって、別の単語を使い始めたりしないだろうか、てなくだらない妄想を。…星新一作品等で既にそういう作品がありそうな。
その手のくだらない妄想を作品レベルまで持っていける・昇華できる人なら、サイコ呼ばわりされずに済むのかしら。例えば宮崎駿監督が名監督と呼ばれてるように、創作側になれたら社会的に許容される幅が大きくなるような気がする。というか創作者なら、サイコ呼ばわりされても、それがむしろ、ある種の称号・褒め言葉になる時もありそうな。
こんな風にどうでもいいことをだらだらメモってるだけで、またサイコ呼ばわりされそう。ていうか長文ブロガーと呼ばれる方々も、ほとんどがサイコ扱いされそうな気もしてきたり。気がするだけで実際どうかは分かりませんが。
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以上です。