2020/01/08(水) [n年前の日記]
#3 [anime] 「Re:ゼロから始める異世界生活 」新編集版1話を視聴
BS11で放送が始まったので、録画していたソレを視聴。
やはり面白い…。異世界召喚、異世界転生モノは山ほどあるけれど、これほど面白い作品はなかなか…。
やはり面白い…。異世界召喚、異世界転生モノは山ほどあるけれど、これほど面白い作品はなかなか…。
◎ 今の時代だから受け入れられる設定。 :
以下ネタバレ。と言っても、番宣CM内で「死に戻り」なる単語を何度も連呼してるから今更アレなんだけど。
基本設定が、とにかく良いと思うのだよな…。いやまあ、似た設定なら「All You Need Is Kill」もあったりするけれど。自分が知らないだけで、他にもたくさんあるだろうなと。
古来、人が作るお話と言うものは、主人公が死んだらそこでお終い、だったであろうと思うわけで。一応、冥界その他に行って帰ってくる系のお話もあることはあるけれど、その手の復活劇(?)はえてして一度あるかないか、ぐらいだろうし。 *1
ところが、TVゲームが世に出てきたことで、主人公の扱いに奇妙な変化が生じたわけで。
それらは、ゲームと言うメディアでのみあり得た特徴だったし、ゲームを制作する側も、「そんなの当たり前」だから、誰も気にも留めずスルーしちゃっていたわけだけど。 *2
しかし、ここ最近、ゲーム制作者ですらスルーしちゃっていたその特徴を、小説の中に取り込んで、見事にお話にしてみせた事例が出てきているわけで…。それが「Re:ゼロ」「All You 〜」なのだろうと。
「人が作るお話」の歴史、「主人公が死んだら話は続かない」という前提から眺めると、これはかなり画期的な発明ではないのかなあ。まあ、実際は、発明と言うよりも、別メディアが持つ特徴に着目して、小説と言うメディア向けに翻訳・アレンジした形だろうけど…。
自分達はTVゲームを既に知っているから、そういった設定を「アリ」と思えるけれど。おそらく、TVゲームが登場する前の時代であれば、そういった設定はかなり叩かれたのではあるまいか…。「どうして主人公が死んでしまったのに話が続くんだ」「どうして同じ話を何度もやり直すんだ」「この作者は頭がおかしい」「狂人だ」ぐらいのことは言われていたかもしれない。
そう考えると、TVゲーム出現以前・以後で、「お話」にもパラダイムシフトが起きた、とすら言えるのかもしれないよなと。今、自分達は、「人が作るお話」の前提・お約束が変化していく時期を、目撃・体験しているのかもしれない。
なのに、出自が「ラノベ」「なろう系」だから、とか、キャラがウザい、とか、そんな理由でそれら作品を馬鹿にするなんて、ちょっと安易だよなと…。少なくとも、目利きのやることではないよなと。
もっとも、このあたり、生まれた時からTVゲームが身の回りに存在するのが当たり前、という世代にはピンとこない話なのかもしれない…。「主人公が死ぬのもフツーにアリ」と捉えてるかもしれんし…。子供の頃にようやくファミコン誕生を目撃したおじさん世代にとっては、まさかゲームのソレをこんな形で昇華してしまうとは、的な驚きがあるのだけど…。
もちろん、設定だけがあってもダメで。その設定を活用して、話を面白くできないと…。その点、それらの作品は、ちゃんと面白い話を作れているように見えるわけで。なかなかたいしたもんだなあ、と思うわけですが。
他にも色々あるのだろうなと。別のメディアでは当たり前過ぎて誰も気に留めてないけれど、まだ小説や漫画等に取り込めていない何かしらが…。
さて、次は、誰が、どこから、一体何を見つけてくるのか…。
基本設定が、とにかく良いと思うのだよな…。いやまあ、似た設定なら「All You Need Is Kill」もあったりするけれど。自分が知らないだけで、他にもたくさんあるだろうなと。
古来、人が作るお話と言うものは、主人公が死んだらそこでお終い、だったであろうと思うわけで。一応、冥界その他に行って帰ってくる系のお話もあることはあるけれど、その手の復活劇(?)はえてして一度あるかないか、ぐらいだろうし。 *1
ところが、TVゲームが世に出てきたことで、主人公の扱いに奇妙な変化が生じたわけで。
- 主人公(に相当するはずのプレイヤーキャラ)が、ちょっとした操作ミスや選択ミスで、すぐに死ぬ。
- なのに、そこで話は終わらない。
- 主人公が死んだら、ステージの最初からやり直し。
- 手持ちの100円玉が続く限り、延々と難関にリトライできる。
それらは、ゲームと言うメディアでのみあり得た特徴だったし、ゲームを制作する側も、「そんなの当たり前」だから、誰も気にも留めずスルーしちゃっていたわけだけど。 *2
しかし、ここ最近、ゲーム制作者ですらスルーしちゃっていたその特徴を、小説の中に取り込んで、見事にお話にしてみせた事例が出てきているわけで…。それが「Re:ゼロ」「All You 〜」なのだろうと。
「人が作るお話」の歴史、「主人公が死んだら話は続かない」という前提から眺めると、これはかなり画期的な発明ではないのかなあ。まあ、実際は、発明と言うよりも、別メディアが持つ特徴に着目して、小説と言うメディア向けに翻訳・アレンジした形だろうけど…。
自分達はTVゲームを既に知っているから、そういった設定を「アリ」と思えるけれど。おそらく、TVゲームが登場する前の時代であれば、そういった設定はかなり叩かれたのではあるまいか…。「どうして主人公が死んでしまったのに話が続くんだ」「どうして同じ話を何度もやり直すんだ」「この作者は頭がおかしい」「狂人だ」ぐらいのことは言われていたかもしれない。
そう考えると、TVゲーム出現以前・以後で、「お話」にもパラダイムシフトが起きた、とすら言えるのかもしれないよなと。今、自分達は、「人が作るお話」の前提・お約束が変化していく時期を、目撃・体験しているのかもしれない。
なのに、出自が「ラノベ」「なろう系」だから、とか、キャラがウザい、とか、そんな理由でそれら作品を馬鹿にするなんて、ちょっと安易だよなと…。少なくとも、目利きのやることではないよなと。
もっとも、このあたり、生まれた時からTVゲームが身の回りに存在するのが当たり前、という世代にはピンとこない話なのかもしれない…。「主人公が死ぬのもフツーにアリ」と捉えてるかもしれんし…。子供の頃にようやくファミコン誕生を目撃したおじさん世代にとっては、まさかゲームのソレをこんな形で昇華してしまうとは、的な驚きがあるのだけど…。
もちろん、設定だけがあってもダメで。その設定を活用して、話を面白くできないと…。その点、それらの作品は、ちゃんと面白い話を作れているように見えるわけで。なかなかたいしたもんだなあ、と思うわけですが。
他にも色々あるのだろうなと。別のメディアでは当たり前過ぎて誰も気に留めてないけれど、まだ小説や漫画等に取り込めていない何かしらが…。
さて、次は、誰が、どこから、一体何を見つけてくるのか…。
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以上です。