2013/12/10(火) [n年前の日記]
#2 [anime][neta] 刑事コロンボと魔法少女アニメ
「境界の彼方」の感想を書いてるうちに、ふと思い出したことがあるのでメモ。思考メモです。結論は無いです。結論は無いです。大事なことなので二回言いました。
◎ 刑事コロンボの異質さ。 :
昔、平成ライダーシリーズのプロデューサーさんが、blogを書いてた時期がありまして。そのblogの中で、刑事コロンボの異質さについて述べていたのです。たしか、こんな話で…。
「一般的な刑事ドラマは、犯人がラスト直前まで分からない」「しかし、刑事コロンボは、いきなり冒頭で、誰が犯人なのか説明してしまう」「それでいて、ドラマとして、ちゃんと面白い」「刑事コロンボ、パねえ。アレ、ヤバイ」みたいな話で。
その記事を読んだ時に、「ああ! ライダー555って、そういう構成だったのか!」と、ようやく気づくことができまして。一般的な特撮ヒーロー番組は、そのほとんどがコロンボ方式なのだなと。どうして主人公が変身できるのか、大体は第1話で説明しちゃう。仮面ライダーシリーズも、その構成をえてして踏襲してる。でも、ライダー555は、ちょっと違う。あえて、非・コロンボ方式で構成してみた作品だったのだなと。「ライダーシリーズを使いながら、そんなところでも大冒険してたのか…。チャレンジャーだなあ」と自分は感心させてもらったのでした。
で。それから幾年が過ぎて。
「一般的な刑事ドラマは、犯人がラスト直前まで分からない」「しかし、刑事コロンボは、いきなり冒頭で、誰が犯人なのか説明してしまう」「それでいて、ドラマとして、ちゃんと面白い」「刑事コロンボ、パねえ。アレ、ヤバイ」みたいな話で。
その記事を読んだ時に、「ああ! ライダー555って、そういう構成だったのか!」と、ようやく気づくことができまして。一般的な特撮ヒーロー番組は、そのほとんどがコロンボ方式なのだなと。どうして主人公が変身できるのか、大体は第1話で説明しちゃう。仮面ライダーシリーズも、その構成をえてして踏襲してる。でも、ライダー555は、ちょっと違う。あえて、非・コロンボ方式で構成してみた作品だったのだなと。「ライダーシリーズを使いながら、そんなところでも大冒険してたのか…。チャレンジャーだなあ」と自分は感心させてもらったのでした。
で。それから幾年が過ぎて。
◎ 魔法少女アニメを見て悩んでしまった話。 :
ついこないだまで、とある魔法少女アニメ? 変身ヒロインアニメ? が放送されてたのです。これが、既存作品をつまみ食いしたようなアニメで。タロットカードがどうとか、心の闇を持った少女達が怨念のようなものと戦うとか、「CCさくら」+「まどかマギカ」なのかなと。や、ただの邪推ですけど。
そのアニメの中で、最終回ちょっと前に、主人公に対して「実はあなたの出自は…」「ガーン」みたいなやり取りがありまして。
それを見て、自分はかなり白けちゃったのです。
最終回ちょっと前に、「重大な秘密が、今、明かされる!」てのは全然OKで。「まどかマギカ」だってそうだし、先日見た「境界の彼方」もそうだし。やっぱりラスト前は盛り上げないといかんよなと。
でも、主人公の出自がどうとか、そんなの別に重大な秘密でも何でもないよなー、と。例えば、「青の祓魔師」なんか1話目でさっさとバラしてるわけで。「仮面ライダー」だって1話目でさっさとバラしてる。それどころか、毎回OPで「本郷猛は改造人間である!」とナレーション使って自己紹介までしちゃってる。
そういった作品群を思い返すと、このアニメは何をやっとるのかなあ、と。OPで毎回自己紹介したっていいぐらいの設定を、1クールの終わり頃まで後生大事に隠しておく意味あったのかなと。このスタッフ、「コレはスゴイ秘密だぞ! きっと視聴者もビックリだあ!」と思いながら構成してたのかなと。
薄いわ…。何もかも薄いわ…。頭の中身ペラッペラだわ…。ジャンル中では後発だから、何か勝算を見出しつつ取り組んでるのかなと期待しつつ眺めてたけど。実は何も武器持ってないじゃねえか。最後に出してきた秘密兵器がコレか。なんだこの企画。いやー、コレは薄いわあ。「まどかマギカ」という、ジャンル中では「ガンダム」クラスの後だから、せめて「ダグラム」「ボトムズ」を出してくるのかなと思ってたら「ガンガル」出てきちゃったヨ。みたいな。
しかし、そんな失礼極まりない不遜な感想を持った直後に、考え込んじゃいまして。ソレって、ライダー555と同じ構成じゃないのかと。要は、非・コロンボ方式だよなと。じゃあ、同じ方式をやってみせたライダー555はつまんなかったのか。とんでもない。結構面白かった記憶があるわけですよ。
同じレベルの設定を、似たようなタイミングで明かしたのに、片方は面白くて、片方はつまんない。これってどういうことだろう。一体何が違うんだろうと。
ライダー555の井上脚本は、おそらく何かをちゃんと抑えつつ書かれていて、「実はこうでした」ってところまで見事に持っていった。件のアニメは、そこを抑えてない脚本を平気で書いてた。ということじゃないのかなと。さて、一体何が肝だったのか…。どこに勝利の鍵があるのか…。
そのあたり、なんだか考え込んでしまったのでした。
そのアニメの中で、最終回ちょっと前に、主人公に対して「実はあなたの出自は…」「ガーン」みたいなやり取りがありまして。
それを見て、自分はかなり白けちゃったのです。
最終回ちょっと前に、「重大な秘密が、今、明かされる!」てのは全然OKで。「まどかマギカ」だってそうだし、先日見た「境界の彼方」もそうだし。やっぱりラスト前は盛り上げないといかんよなと。
でも、主人公の出自がどうとか、そんなの別に重大な秘密でも何でもないよなー、と。例えば、「青の祓魔師」なんか1話目でさっさとバラしてるわけで。「仮面ライダー」だって1話目でさっさとバラしてる。それどころか、毎回OPで「本郷猛は改造人間である!」とナレーション使って自己紹介までしちゃってる。
そういった作品群を思い返すと、このアニメは何をやっとるのかなあ、と。OPで毎回自己紹介したっていいぐらいの設定を、1クールの終わり頃まで後生大事に隠しておく意味あったのかなと。このスタッフ、「コレはスゴイ秘密だぞ! きっと視聴者もビックリだあ!」と思いながら構成してたのかなと。
薄いわ…。何もかも薄いわ…。頭の中身ペラッペラだわ…。ジャンル中では後発だから、何か勝算を見出しつつ取り組んでるのかなと期待しつつ眺めてたけど。実は何も武器持ってないじゃねえか。最後に出してきた秘密兵器がコレか。なんだこの企画。いやー、コレは薄いわあ。「まどかマギカ」という、ジャンル中では「ガンダム」クラスの後だから、せめて「ダグラム」「ボトムズ」を出してくるのかなと思ってたら「ガンガル」出てきちゃったヨ。みたいな。
しかし、そんな失礼極まりない不遜な感想を持った直後に、考え込んじゃいまして。ソレって、ライダー555と同じ構成じゃないのかと。要は、非・コロンボ方式だよなと。じゃあ、同じ方式をやってみせたライダー555はつまんなかったのか。とんでもない。結構面白かった記憶があるわけですよ。
同じレベルの設定を、似たようなタイミングで明かしたのに、片方は面白くて、片方はつまんない。これってどういうことだろう。一体何が違うんだろうと。
ライダー555の井上脚本は、おそらく何かをちゃんと抑えつつ書かれていて、「実はこうでした」ってところまで見事に持っていった。件のアニメは、そこを抑えてない脚本を平気で書いてた。ということじゃないのかなと。さて、一体何が肝だったのか…。どこに勝利の鍵があるのか…。
そのあたり、なんだか考え込んでしまったのでした。
◎ とりあえず違いをリストアップしてみる。 :
具体的に違いを洗い出してみないと見えてこない気もするので、思い出せる範囲でリストアップしようかなと。ただ、それぞれが、実際にポイントかどうかは、これはさっぱりわからないのですが。
まず、主人公自身が秘密を知ってたかどうか、てな面はあるのかなと。ライダー555は、主人公が秘密を知ってた。件のソレは知らなかった。このへん、地味に関係ありそうな気もしたり。
秘密を知っていて、しかもそれを隠し持ち続けていると、主人公は苦悩するわけで。
そういや「まどかマギカ」もそうだったなと。秘密を ―― 心に秘めた想いを押し殺しながら振る舞ってるキャラが居て、その秘密が明かされた時に、視聴者はそのキャラの言動の謎・心情が理解できて…。不可解に思っていた分が一気に氷解するから、そのキャラに対する、視聴者側の感情の反転が起きる。それが雪崩のように感情移入へと繋がり、心を揺さ振られてしまう。という構成だったような気がしてきたり。
しかしそもそも、キャラが自身の秘密を知らないと、そういう葛藤はゼロだなと。視聴者が秘密を知った瞬間が、主人公が秘密を知った瞬間になるのだから…。そこまでは、ソレについての葛藤が何一つ描けない。コレ、結構痛手な気もしたり。ストーリー面で、まるで手錠をかけられてる状態のような。「秘めた想い」とか「苦しみ」とか何も付随できない。地味に厳しい気がします。
秘密そのものには、実は大して価値はないのかもしれない。「この秘密を明かせばビックリだあ!」なんてレベルで止まってちゃいけない。その秘密が明かされることで、周囲のキャラがどんな変化を見せるのか、あるいは、そこに付随していた感情を視聴者が理解できることが大事、だったりするのかなあ…。
そういや…。そもそも、開示のタイミングも全然違ってた気も。ライダー555は、中盤前後で開示してたんじゃなかったかな…。
もしかすると、ライダーのスタッフ間では、「これは最後まで引っ張れるほどヘビーな設定じゃないだろ」という意識があったのかしら。たくさんヒーロー番組を作ってきた職人さん達だから、客観的に、あるいは感覚的に、その設定の重さを正確に判断できていたのかも。
そして、件のソレは、そこを読み違えてしまった…。いや、もしかすると、二期の制作も視野に入れてて、一期目の1クールの最後が全体の中盤と考えていたのかな…。それならまだ分からんでもないような…。
秘密の開示の仕方も違ったような。ライダー555は、映像を使って開示してたけど。件のソレは、先生役の台詞だけで開示しちゃってた。画を使って、バーン!ドギャーン!と説明されるのと、言葉で説明されるのでは、似たような内容でも印象がガラリと変わるよなあ…。
キャラの人間関係も、ライダー555は複雑だった気がしたり。ライダー側の仲間達と、そのまま対になる敵側の仲間達を用意して。見るからに「コレは考えたなあ」って感じで。しかも、「実はコレ、ライダー側が正義の味方ではなくて、敵側が正義の味方だったりしねえか?」と思わせる話も時々あったような。そのあたり、戦うトレンディドラマと称されたジェットマンを手掛けた井上脚本の手腕が遺憾なく発揮された面もあるのでしょうけど。要するに、「見ていて考えさせられる」シチュエーションが散りばめてあったなと。
件のソレは…別に複雑な人間関係ではなかったような…。昨今のアニメにありがちな、とにかく女の子ばかりたくさん出せや、みたいな安易さが漂うキャラ配置だったし…。善と悪の描き方も、別にコレと言って…。「ああ、よくある設定ですね」てな感じで。
そもそも、長さが違うか…。4クール近い作品と、1クール作品では、詰め込める量は最初から違うし。あらかじめ用意しておく設定の複雑さは違ってくるよな…。
考えてみたら、ライダー555は群像劇になってたけど。件のソレは、「魔法少女モノ」「変身ヒロインモノ」という分類以外の分類が、何も思いつかない…。結局、秘密の開示云々以前に、「コレは面白い」と思える部分が、あまり…。
うむ。わかりません。何を抑えてたら面白くなりそうなのか、さっぱり分からないや。せいぜい、どのキャラにどんな秘密を持たせておいて、どの程度までそのキャラに知らせておくのか。あるいは、どんな形で開示するのか。そこはよく考えておかないといかんのかもしれんなあ、ぐらいの漠然としたことしか…。
要するに、ライダー555は面白いのです。井上脚本はスゴイです。この記事にオチはないです。ゴメンナサイ。
まず、主人公自身が秘密を知ってたかどうか、てな面はあるのかなと。ライダー555は、主人公が秘密を知ってた。件のソレは知らなかった。このへん、地味に関係ありそうな気もしたり。
秘密を知っていて、しかもそれを隠し持ち続けていると、主人公は苦悩するわけで。
- 秘密を周囲に知られないように振る舞うから、場合によっては、なかなか周囲に心を開けなかったりする。
- それはつまり、周囲と打ち解け、信頼関係を築いていく流れも、少しずつ書けることに繋がる。
- そうしてせっかく積み上げた信頼関係が、「止むに止まれぬ状況下で秘密がバレる」ことで、崩壊していく様子も描ける。
- そこからまた関係を再生していく流れも描ける。
そういや「まどかマギカ」もそうだったなと。秘密を ―― 心に秘めた想いを押し殺しながら振る舞ってるキャラが居て、その秘密が明かされた時に、視聴者はそのキャラの言動の謎・心情が理解できて…。不可解に思っていた分が一気に氷解するから、そのキャラに対する、視聴者側の感情の反転が起きる。それが雪崩のように感情移入へと繋がり、心を揺さ振られてしまう。という構成だったような気がしてきたり。
しかしそもそも、キャラが自身の秘密を知らないと、そういう葛藤はゼロだなと。視聴者が秘密を知った瞬間が、主人公が秘密を知った瞬間になるのだから…。そこまでは、ソレについての葛藤が何一つ描けない。コレ、結構痛手な気もしたり。ストーリー面で、まるで手錠をかけられてる状態のような。「秘めた想い」とか「苦しみ」とか何も付随できない。地味に厳しい気がします。
秘密そのものには、実は大して価値はないのかもしれない。「この秘密を明かせばビックリだあ!」なんてレベルで止まってちゃいけない。その秘密が明かされることで、周囲のキャラがどんな変化を見せるのか、あるいは、そこに付随していた感情を視聴者が理解できることが大事、だったりするのかなあ…。
そういや…。そもそも、開示のタイミングも全然違ってた気も。ライダー555は、中盤前後で開示してたんじゃなかったかな…。
もしかすると、ライダーのスタッフ間では、「これは最後まで引っ張れるほどヘビーな設定じゃないだろ」という意識があったのかしら。たくさんヒーロー番組を作ってきた職人さん達だから、客観的に、あるいは感覚的に、その設定の重さを正確に判断できていたのかも。
そして、件のソレは、そこを読み違えてしまった…。いや、もしかすると、二期の制作も視野に入れてて、一期目の1クールの最後が全体の中盤と考えていたのかな…。それならまだ分からんでもないような…。
秘密の開示の仕方も違ったような。ライダー555は、映像を使って開示してたけど。件のソレは、先生役の台詞だけで開示しちゃってた。画を使って、バーン!ドギャーン!と説明されるのと、言葉で説明されるのでは、似たような内容でも印象がガラリと変わるよなあ…。
キャラの人間関係も、ライダー555は複雑だった気がしたり。ライダー側の仲間達と、そのまま対になる敵側の仲間達を用意して。見るからに「コレは考えたなあ」って感じで。しかも、「実はコレ、ライダー側が正義の味方ではなくて、敵側が正義の味方だったりしねえか?」と思わせる話も時々あったような。そのあたり、戦うトレンディドラマと称されたジェットマンを手掛けた井上脚本の手腕が遺憾なく発揮された面もあるのでしょうけど。要するに、「見ていて考えさせられる」シチュエーションが散りばめてあったなと。
件のソレは…別に複雑な人間関係ではなかったような…。昨今のアニメにありがちな、とにかく女の子ばかりたくさん出せや、みたいな安易さが漂うキャラ配置だったし…。善と悪の描き方も、別にコレと言って…。「ああ、よくある設定ですね」てな感じで。
そもそも、長さが違うか…。4クール近い作品と、1クール作品では、詰め込める量は最初から違うし。あらかじめ用意しておく設定の複雑さは違ってくるよな…。
考えてみたら、ライダー555は群像劇になってたけど。件のソレは、「魔法少女モノ」「変身ヒロインモノ」という分類以外の分類が、何も思いつかない…。結局、秘密の開示云々以前に、「コレは面白い」と思える部分が、あまり…。
うむ。わかりません。何を抑えてたら面白くなりそうなのか、さっぱり分からないや。せいぜい、どのキャラにどんな秘密を持たせておいて、どの程度までそのキャラに知らせておくのか。あるいは、どんな形で開示するのか。そこはよく考えておかないといかんのかもしれんなあ、ぐらいの漠然としたことしか…。
要するに、ライダー555は面白いのです。井上脚本はスゴイです。この記事にオチはないです。ゴメンナサイ。
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以上です。