2015/03/10(火) [n年前の日記]
#1 [anime][game][neta] 仮想現実恋愛シミュゲーの夢を見た
妙な夢というか、しょーもない夢を見た。恋愛シミュレーションゲームを原作にしたアニメの中に自分がサブキャラとして入ってしまった、みたいな夢で。主人公キャラとヒロインがギクシャクしてたから「そういうシナリオを見たいわけじゃないんだよなあ…」と思って本来のシナリオに無かった行動や台詞を繰り出して引っ掻き回していたら主人公キャラとヒロインに別イベントが発生して「お。フラグが変わった?」と思ったところで目が覚めた。
で。寝起きのぼんやりとした頭で、どうでもいいくだらないことを考えてしまったり。
で。寝起きのぼんやりとした頭で、どうでもいいくだらないことを考えてしまったり。
◎ ネットアイドル復権。 :
Oculus Rift のようなものが発展・普及したら、似たような体験が当たり前のようにできるんだろうなと。例えば、学校から帰宅しようと校舎を出たら幼馴染設定の女の子が歩いていたので「たまには一緒に帰らない?」と声をかけてみたら「えー。噂になると困るし」と拒否されるそんな体験も、って古過ぎて何のネタか分からん上にソレってVR的にプレイしていて面白いの? ダメージが大きくないか? 何にせよ、そんな感じのゲーム体験が Oculus Rift 次世代機あたりならできちゃうんでしょうなと。
ていうか、既存のその手のゲームのシナリオを、Oculus Rift で誰か勝手に再生して実験していたりはしないのかな。ときメモ、To Heart、サクラ大戦あたりのキャラや台詞がそのまんま出てくるだけで破壊力ありそうだけどってどれも古いか。なら、アイマスとか、艦これとか。いや、艦これは全然違うんじゃないか…。
現状では表示のアレコレを作るところで手一杯なのだろうか。あるいは、アレを触っている人達って世代的に若くて、その手のゲームに触れたことが無いからそういう方向の興味は無かったりするのかな。それとも、そういう実験をしてるところを見られちゃうと世間から偏見を持たれそうだから今はまだ自粛してる段階なのかしらん。
もっとも、権利的にヤバイ既存ゲーのソレをパクってくるならともかく、オリジナルで真面目にちゃんと作り込もうとすると、主にシナリオ面で物量的に大変なことになりそうなので、そういうゲームを実現するならブレイクスルーが必要だよなと。プレイヤーの行動・選択に応じたシナリオの自動生成を…。
自動生成って難しそう。なら、人力で。人件費の安い国でオペレーターをたくさん雇って、プレイヤーの行動に対応したアドリブ台詞を、キーボードからガンガン打ち込んだり、マイクに喋ったり。なんだかちょっとアレな話になってきた…。
そのうち、○○国の○○さんに当たると、実に心を掴む台詞を言ってくれる、みたいな口コミが広がって。…なんかネット世界で吉原っぽい何かが生まれそう。
待てよ。男性客には女性オペレーターが対応しなきゃいけない、というわけでもないのだな。ボイスチェンジャーを使って男性オペレーターが女性の演技をしてもいいわけで。もちろん、女性客相手に女性オペレーターが男性の演技をするのも全然アリ。む。ネットの中に宝塚が発生する…。
仮想現実技術の発達により、かつて一世を風靡したバーチャルネットアイドルが、一部のジャンルで復権を、みたいな与太話、ですな。何かのラノベで書かれてそう。SAOの一エピソードとして既に書かれてたりするんじゃないのか。そういや、サイコパスでも似たような話があったような。
ていうか、既存のその手のゲームのシナリオを、Oculus Rift で誰か勝手に再生して実験していたりはしないのかな。ときメモ、To Heart、サクラ大戦あたりのキャラや台詞がそのまんま出てくるだけで破壊力ありそうだけどってどれも古いか。なら、アイマスとか、艦これとか。いや、艦これは全然違うんじゃないか…。
現状では表示のアレコレを作るところで手一杯なのだろうか。あるいは、アレを触っている人達って世代的に若くて、その手のゲームに触れたことが無いからそういう方向の興味は無かったりするのかな。それとも、そういう実験をしてるところを見られちゃうと世間から偏見を持たれそうだから今はまだ自粛してる段階なのかしらん。
もっとも、権利的にヤバイ既存ゲーのソレをパクってくるならともかく、オリジナルで真面目にちゃんと作り込もうとすると、主にシナリオ面で物量的に大変なことになりそうなので、そういうゲームを実現するならブレイクスルーが必要だよなと。プレイヤーの行動・選択に応じたシナリオの自動生成を…。
自動生成って難しそう。なら、人力で。人件費の安い国でオペレーターをたくさん雇って、プレイヤーの行動に対応したアドリブ台詞を、キーボードからガンガン打ち込んだり、マイクに喋ったり。なんだかちょっとアレな話になってきた…。
そのうち、○○国の○○さんに当たると、実に心を掴む台詞を言ってくれる、みたいな口コミが広がって。…なんかネット世界で吉原っぽい何かが生まれそう。
待てよ。男性客には女性オペレーターが対応しなきゃいけない、というわけでもないのだな。ボイスチェンジャーを使って男性オペレーターが女性の演技をしてもいいわけで。もちろん、女性客相手に女性オペレーターが男性の演技をするのも全然アリ。む。ネットの中に宝塚が発生する…。
仮想現実技術の発達により、かつて一世を風靡したバーチャルネットアイドルが、一部のジャンルで復権を、みたいな与太話、ですな。何かのラノベで書かれてそう。SAOの一エピソードとして既に書かれてたりするんじゃないのか。そういや、サイコパスでも似たような話があったような。
◎ もしかしたら育成ゲーだったのかも。 :
にしても、自分、主人公キャラになった夢を見るならともかく、何故にサブキャラになった夢を見たのだろう。ゲームと言うのはえてしてプレイヤーが主人公キャラに感情移入・シンクロしてプレイできるのが望ましいとされているわけだから、その手の夢を見るとしても主人公キャラになった夢を見そうなものなのに。何故にそこでサブキャラ。
つまるところ、自分はその手のジャンル・コンテンツに対してハッピーエンドを望んではいるけど、そのハッピーエンドが自分の身に起きてほしいと願ってるわけではなく、周囲でハッピーエンドがポンポン発生してるその様子をニコニコしながら眺めているほうが楽しいのかもしれない。まあ、漫画やアニメを楽しむ際にはそういう位置で楽しむしかないので、別に変わった感覚というわけでもなさそうだけど。
あくまで傍観者として楽しみたいという点では、もしかするとBL好きな方々と共通するのかもしれず。BLも、自分がイケメンキャラからチヤホヤされたいわけではなく、自分が気に入ったキャラ同士がイチャイチャしてるのを見るのが楽しいのだ、てな感覚があるとどこかで見かけたような記憶もあるし。もちろん多様な楽しみ方があるはずなので、「私はソレだ」「私は違う」と言われそうな話だけど。
などと考えると、自分が夢で見たソレは、恋愛シミュゲーではなく、育成ゲーの類だったのかもしれないなー、と思えてきたりもして。自分が活躍したいわけではなく、活躍するキャラを作っていく、みたいな。
そこで唐突に、映画のBTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)を思い出したり。
あの映画もの主人公は、飛んだ先の世界において、あくまで異邦人・旅人でしかなく。その世界で異性をゲットして自身がハッピーエンドに、みたいな話ではなかった。設定上必要に迫られて動いているものの、要は、その世界で本来人間関係が成立するはずだったのにしなかった状況を苦労して修復していくその作業を通じて、最終的には観客に安堵感を与えていたわけで。映画を見ている観客は傍観者と言えるだろうけど、BTTFの主人公もまた傍観者の類であり、フィルムの中の傍観者が目的を達成した時、観客と言う傍観者も一緒になって喜ぶという状況がそこにあった、ような気がしてきたり。
ということは、ゲームにおいても、プレイヤーが主人公キャラと同一になるスタイルだけではなく、傍観者としてその世界に参加して快楽を得るというスタイルもアリだよなと。それがアリではないとしたら、BTTFはヒットしなかったはずで。
まあ、それが、ゲームジャンルで言えば育成ゲーなのかなと思ったりもするのですけれど。
待てよ。BTTFの主人公は傍観者という点で観客とシンクロ率が極めて高いような気がしてきましたよ。となると結局は、コンテンツの中に観客が自分を投影できる対象が何かしら存在しないとあかんよ、ということになっちゃうのかな。よくわからなくなってきました。
つまるところ、自分はその手のジャンル・コンテンツに対してハッピーエンドを望んではいるけど、そのハッピーエンドが自分の身に起きてほしいと願ってるわけではなく、周囲でハッピーエンドがポンポン発生してるその様子をニコニコしながら眺めているほうが楽しいのかもしれない。まあ、漫画やアニメを楽しむ際にはそういう位置で楽しむしかないので、別に変わった感覚というわけでもなさそうだけど。
あくまで傍観者として楽しみたいという点では、もしかするとBL好きな方々と共通するのかもしれず。BLも、自分がイケメンキャラからチヤホヤされたいわけではなく、自分が気に入ったキャラ同士がイチャイチャしてるのを見るのが楽しいのだ、てな感覚があるとどこかで見かけたような記憶もあるし。もちろん多様な楽しみ方があるはずなので、「私はソレだ」「私は違う」と言われそうな話だけど。
などと考えると、自分が夢で見たソレは、恋愛シミュゲーではなく、育成ゲーの類だったのかもしれないなー、と思えてきたりもして。自分が活躍したいわけではなく、活躍するキャラを作っていく、みたいな。
そこで唐突に、映画のBTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)を思い出したり。
あの映画もの主人公は、飛んだ先の世界において、あくまで異邦人・旅人でしかなく。その世界で異性をゲットして自身がハッピーエンドに、みたいな話ではなかった。設定上必要に迫られて動いているものの、要は、その世界で本来人間関係が成立するはずだったのにしなかった状況を苦労して修復していくその作業を通じて、最終的には観客に安堵感を与えていたわけで。映画を見ている観客は傍観者と言えるだろうけど、BTTFの主人公もまた傍観者の類であり、フィルムの中の傍観者が目的を達成した時、観客と言う傍観者も一緒になって喜ぶという状況がそこにあった、ような気がしてきたり。
ということは、ゲームにおいても、プレイヤーが主人公キャラと同一になるスタイルだけではなく、傍観者としてその世界に参加して快楽を得るというスタイルもアリだよなと。それがアリではないとしたら、BTTFはヒットしなかったはずで。
まあ、それが、ゲームジャンルで言えば育成ゲーなのかなと思ったりもするのですけれど。
待てよ。BTTFの主人公は傍観者という点で観客とシンクロ率が極めて高いような気がしてきましたよ。となると結局は、コンテンツの中に観客が自分を投影できる対象が何かしら存在しないとあかんよ、ということになっちゃうのかな。よくわからなくなってきました。
◎ 人間関係を修復していくという快楽。 :
人間は社会と言う群れを作る生物で。群れに所属するほうが自身の生命を維持しやすくなるので、群れを維持する方向で動くようなプログラミングが本能レベルでされていて。
なので、人間関係が壊れてる状況を見るとストレスになる。その状況を放置しておくと群れが崩壊する可能性が高まるし、群れが崩壊すると自身の生命を維持しにくくなるから、できれば円滑な人間関係が望ましい、他者とのトラブルは減らしたいと常に思うわけで。
てなわけで、壊れた人間関係を修復するその様子を目撃すると、それは快楽になるんじゃないか、という気がしてきたり。まあ、恋愛ドラマなどは大体がフツーにそんな感じだけど。最初は喧嘩してた男女が最後のあたりで仲良くなると、それはハッピーエンドとして扱われる。その展開自体が観客にとっては快楽。だからコンテンツとして成立してる。
で。ゲームも快楽を提供することで商売が成り立つわけだから…。人間関係を修復することを目的としてプレイヤーが動く、そんな仕組みを作ったら、それもゲームとして成立するのかなと。もちろん自分が無知、あるいは忘れてるだけで、既にそういうゲームは多々あるはず。
そんなこんなで、自分が夢の中で見た「コイツとコイツを良好な関係に持っていきたい」という思い・振舞いは、実はそういった快楽を得ようとしていた、ということになるのかなと。
もしかして、アレかな。大昔はたくさん居たらしい、見合いを薦めてくるおじさんおばさん、みたいなもんかな。話がまとまると嬉しくなるもんだよな。たぶん。ということは、「見合いゲー」というジャンルだって作れるのだろうか。…ソレもまた育成ゲームの一種になるのかな。たぶん。
それにしても、自分、起きた直後はどうでもいいくだらないことばかり考えるな…。
なので、人間関係が壊れてる状況を見るとストレスになる。その状況を放置しておくと群れが崩壊する可能性が高まるし、群れが崩壊すると自身の生命を維持しにくくなるから、できれば円滑な人間関係が望ましい、他者とのトラブルは減らしたいと常に思うわけで。
てなわけで、壊れた人間関係を修復するその様子を目撃すると、それは快楽になるんじゃないか、という気がしてきたり。まあ、恋愛ドラマなどは大体がフツーにそんな感じだけど。最初は喧嘩してた男女が最後のあたりで仲良くなると、それはハッピーエンドとして扱われる。その展開自体が観客にとっては快楽。だからコンテンツとして成立してる。
で。ゲームも快楽を提供することで商売が成り立つわけだから…。人間関係を修復することを目的としてプレイヤーが動く、そんな仕組みを作ったら、それもゲームとして成立するのかなと。もちろん自分が無知、あるいは忘れてるだけで、既にそういうゲームは多々あるはず。
そんなこんなで、自分が夢の中で見た「コイツとコイツを良好な関係に持っていきたい」という思い・振舞いは、実はそういった快楽を得ようとしていた、ということになるのかなと。
もしかして、アレかな。大昔はたくさん居たらしい、見合いを薦めてくるおじさんおばさん、みたいなもんかな。話がまとまると嬉しくなるもんだよな。たぶん。ということは、「見合いゲー」というジャンルだって作れるのだろうか。…ソレもまた育成ゲームの一種になるのかな。たぶん。
それにしても、自分、起きた直後はどうでもいいくだらないことばかり考えるな…。
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以上です。