2025/07/09(水) [n年前の日記]
#1 [nitijyou] 自宅サーバ止めてました
雷が鳴ったので、18:20-20:00の間、自宅サーバを止めてました。申し訳ないです。
ひっきりなしに雷が鳴って、落雷でエアコンが壊れたらどうしようとハラハラしてました…。
ひっきりなしに雷が鳴って、落雷でエアコンが壊れたらどうしようとハラハラしてました…。
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#2 [movie] 「ゴジラ対ヘドラ」を視聴
BS12で放送されていたものを録画していたので視聴。昭和のゴジラシリーズの中の一作。
視聴中はなんだか色々ショボいなと思ってしまったのだけど、視聴後にWikipediaを眺めてみたらかなり印象が変わってきた。
_ゴジラ対ヘドラ - Wikipedia
ゴジラ第1作への原点回帰が企画に含まれていたのだな…。人類が核実験で産み出してしまった怪物がゴジラ。人類が公害で産み出してしまったのがヘドラ。今、人類が怪物を産み出してしまうとしたら、きっとコレが原因になるのではないか、みたいな発想なのだろう。
不景気になって予算がめちゃくちゃ減らされた時期の作品らしくて、最終決戦が只の原野だったのはそのせいらしい…。制作期間も圧倒的に短いようで…。登場人物が絞られていたのも予算の関係らしい…。そんな状況でよくまあここまで作ったなと逆に感心してしまった。
担当した坂野義光監督は実験映像が得意?っぽい監督さんのようで、イベント向けの映像作品も色々手掛けていたらしい。アニメで言えばシャフト演出みたいなものなのかな、などと思いながら眺めてしまった。
ヘドラの形態が変化していくあたりは「シン・ゴジラ」がオマージュしていたような気もするのだけど、実際はどうなんだろう。日本中から電力をかき集めて云々は、エヴァンゲリオンのヤシマ作戦っぽい。いや、他のゴジラ作品でも出てきそうな設定だけど。
ゴジラの飛行シーンは…。ううーん。しかし、ガメラだって飛んでることを考えたらアレも一応アリなのかなあ。もっとも、田中友幸プロデューサー的には完全にナシだったみたいだけど…。とはいえ、あの飛行シーン、いかにもなゴジラの各カットと比べると、たしかにスピード感はあるんだよな…。
さておき。日記を検索したら2004年頃に視聴していたらしい。完全に忘れてた。
_mieki256's diary - ゴジラvsヘドラ
今回の視聴とは全然違う感想が書いてあった…。同じ作品を視聴しても、時間が経っているとここまで違う感想になるのか…。もっとも、「シン・ゴジラ」や「ゴジラ-1.0」を見てしまった後だし…。近年のゴジラの映像を見てしまうと、昭和ゴジラの映像なんて見れたもんじゃないよな…。
視聴中はなんだか色々ショボいなと思ってしまったのだけど、視聴後にWikipediaを眺めてみたらかなり印象が変わってきた。
_ゴジラ対ヘドラ - Wikipedia
ゴジラ第1作への原点回帰が企画に含まれていたのだな…。人類が核実験で産み出してしまった怪物がゴジラ。人類が公害で産み出してしまったのがヘドラ。今、人類が怪物を産み出してしまうとしたら、きっとコレが原因になるのではないか、みたいな発想なのだろう。
不景気になって予算がめちゃくちゃ減らされた時期の作品らしくて、最終決戦が只の原野だったのはそのせいらしい…。制作期間も圧倒的に短いようで…。登場人物が絞られていたのも予算の関係らしい…。そんな状況でよくまあここまで作ったなと逆に感心してしまった。
担当した坂野義光監督は実験映像が得意?っぽい監督さんのようで、イベント向けの映像作品も色々手掛けていたらしい。アニメで言えばシャフト演出みたいなものなのかな、などと思いながら眺めてしまった。
ヘドラの形態が変化していくあたりは「シン・ゴジラ」がオマージュしていたような気もするのだけど、実際はどうなんだろう。日本中から電力をかき集めて云々は、エヴァンゲリオンのヤシマ作戦っぽい。いや、他のゴジラ作品でも出てきそうな設定だけど。
ゴジラの飛行シーンは…。ううーん。しかし、ガメラだって飛んでることを考えたらアレも一応アリなのかなあ。もっとも、田中友幸プロデューサー的には完全にナシだったみたいだけど…。とはいえ、あの飛行シーン、いかにもなゴジラの各カットと比べると、たしかにスピード感はあるんだよな…。
さておき。日記を検索したら2004年頃に視聴していたらしい。完全に忘れてた。
_mieki256's diary - ゴジラvsヘドラ
今回の視聴とは全然違う感想が書いてあった…。同じ作品を視聴しても、時間が経っているとここまで違う感想になるのか…。もっとも、「シン・ゴジラ」や「ゴジラ-1.0」を見てしまった後だし…。近年のゴジラの映像を見てしまうと、昭和ゴジラの映像なんて見れたもんじゃないよな…。
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#3 [anime] 「瑠璃の宝石」1話を視聴
録画していたソレを視聴。漫画原作のTVアニメ。内容は、ひょんなことから女子学生が鉱物採集にハマっていく物語、みたいな感じなのだろうか。
PVを目にして作画面は期待できそうだなと思っていたけれど、本編映像を見て驚いた。動く。動く。とにかく動く。どこまでも動く。いつまでも動く。作画がとんでもなく頑張ってる…。フツーのアニメならキャラを棒立ちにして止め絵で済ませてしまうであろうカットでも、このアニメはたった1カットの中でもキャラが色んなポーズを取りまくってる。
例えば、ヒロインがお小遣いの前借りを母親にねだってドタバタした動きを見せている間、母親が唐揚げを皿一杯に淡々と上げていく動きを延々描いていて…。そんな動きまで、この長さで描くのかと…。
他にも、図解で説明するカットがチラホラ出てくるのだけど、その図解内の、単なる矢印まで、わざわざ作画でアニメにしていたり…。そこまで動かすんかい! このアニメ、とんでもないな…。
鉱石云々が絡んでくるせいか、石の種類の違いまでしっかり表現していて感心。フツーのアニメはそんなところまで表現しない…。いや、このアニメは内容的に表現しないとダメだからやってるわけだけど…。また、採集できた鉱石の光り方が実にそれらしくて…。宮崎駿監督が「天空の城ラピュタ」を作った時、飛行石の光らせ方について、若い演出助手の方々と一緒になって試行錯誤していたと聞いた記憶があるけれど。このアニメもソレに近い試行錯誤があったのではないかと想像してしまった…。 *1
何にせよ、カットが切り替わるたびに感心することしきり。よくもまあ、こんな映像を作り上げたものだなと…。このアニメはスゴイ…。とんでもないアニメを見せてもらった…。素晴らしい。
PVを目にして作画面は期待できそうだなと思っていたけれど、本編映像を見て驚いた。動く。動く。とにかく動く。どこまでも動く。いつまでも動く。作画がとんでもなく頑張ってる…。フツーのアニメならキャラを棒立ちにして止め絵で済ませてしまうであろうカットでも、このアニメはたった1カットの中でもキャラが色んなポーズを取りまくってる。
例えば、ヒロインがお小遣いの前借りを母親にねだってドタバタした動きを見せている間、母親が唐揚げを皿一杯に淡々と上げていく動きを延々描いていて…。そんな動きまで、この長さで描くのかと…。
他にも、図解で説明するカットがチラホラ出てくるのだけど、その図解内の、単なる矢印まで、わざわざ作画でアニメにしていたり…。そこまで動かすんかい! このアニメ、とんでもないな…。
鉱石云々が絡んでくるせいか、石の種類の違いまでしっかり表現していて感心。フツーのアニメはそんなところまで表現しない…。いや、このアニメは内容的に表現しないとダメだからやってるわけだけど…。また、採集できた鉱石の光り方が実にそれらしくて…。宮崎駿監督が「天空の城ラピュタ」を作った時、飛行石の光らせ方について、若い演出助手の方々と一緒になって試行錯誤していたと聞いた記憶があるけれど。このアニメもソレに近い試行錯誤があったのではないかと想像してしまった…。 *1
何にせよ、カットが切り替わるたびに感心することしきり。よくもまあ、こんな映像を作り上げたものだなと…。このアニメはスゴイ…。とんでもないアニメを見せてもらった…。素晴らしい。
*1: 「ラピュタ」の頃はアナログ素材をアレコレ試す作業だったけど、今はPCのディスプレイ上でアレコレ試す作業に代わってる、という違いはありそう。しかし、何をどうしたらそれらしく見えるのか、研究していく姿勢については、昔も今も変わらないのではないかなあ、と…。
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#4 [anime] 「CITY THE ANIMATION」1話を視聴
BS11で放送されていたソレを録画していたので視聴。漫画原作のTVアニメ。京都アニメーション作品。京都アニメーションは、昔、「日常」というギャグアニメを制作したけれど、その「日常」の原作者さんの別作品をアニメ化、ということらしい。
これまた作画がスゴイ…。独特な絵柄というか…。
通常なら撮影処理で済ませそうなところを作画で試しているような気もする…。例えば、背景にフォーカスを当てていた状態から手前のキャラにフォーカスを移す場合、通常は撮影処理でぼかしフィルタを使って表現すると思うのだけど。このアニメは、何故かキャラをぼかしてある状態を斜線の輪郭線で表現していたりして…。何故そんなことを…。原作がそういう表現をしていたのだろうか…? 何にせよ、そんなところまで作画で処理するのかと驚いてしまった。それとも、そのあたりも撮影処理なんだろうか…?
これまた作画がスゴイ…。独特な絵柄というか…。
通常なら撮影処理で済ませそうなところを作画で試しているような気もする…。例えば、背景にフォーカスを当てていた状態から手前のキャラにフォーカスを移す場合、通常は撮影処理でぼかしフィルタを使って表現すると思うのだけど。このアニメは、何故かキャラをぼかしてある状態を斜線の輪郭線で表現していたりして…。何故そんなことを…。原作がそういう表現をしていたのだろうか…? 何にせよ、そんなところまで作画で処理するのかと驚いてしまった。それとも、そのあたりも撮影処理なんだろうか…?
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#5 [anime] アニメにおけるキャラと背景のタッチについて
思考メモ。
京アニ新作の「CITY THE ANIMATION」は、背景が、キャラと同じようにセルルックに若干近い絵柄で表現されているけれど。
これはやっぱり見辛いなと…。いやまあ、漫画原作の絵柄を再現しようとして、あえてこうしているのだろうと想像してはいるけれど。
京アニ新作の「CITY THE ANIMATION」は、背景が、キャラと同じようにセルルックに若干近い絵柄で表現されているけれど。
これはやっぱり見辛いなと…。いやまあ、漫画原作の絵柄を再現しようとして、あえてこうしているのだろうと想像してはいるけれど。
◎ 別のタッチのほうが良いのではないか :
アニメ業界の中では、「手前のセルルックと背景の手塗りタッチが別々なのはおかしい」「統一するべき」と考える方が時々出てきて、そういう映像が稀に出現するのだけど。
個人的には、アニメはキャラと背景を別のタッチにしたほうがいいのではないかと思っていて。
たしかに漫画や絵画なら統一されてるほうがいいのではないかと思うのだけど、それは見る側がじっくり気が済むまで眺め続けて、そこに何が描かれているのか認識してから次に進むことが可能なメディアだからで…。
しかしアニメは、見る側の意思と関係なく、どんどん映像が流れていってしまうメディア。
作ってる人達は、制作中にそのカットと延々付き合ってるので、どこがキャラでどこが背景かよく分かっているから、タッチが同じでも何ら問題無いと感じてしまうのだろうけど。視聴者は、そうではない…。そのカットは、あっという間に目の前に現れて、あっという間に流れて行ってしまう。キャラと背景の区別ができるまでじっくり眺めてるわけにはいかない。
だから、アニメにおいて、キャラと背景のタッチが同じだと、どれが何なのか分かりづらいままアニメを眺め続けることになる。これは結構辛い。
ということで、区別しやすいように別のタッチのほうがいいんじゃないかなあ、と個人的には思っているのです。
個人的には、アニメはキャラと背景を別のタッチにしたほうがいいのではないかと思っていて。
たしかに漫画や絵画なら統一されてるほうがいいのではないかと思うのだけど、それは見る側がじっくり気が済むまで眺め続けて、そこに何が描かれているのか認識してから次に進むことが可能なメディアだからで…。
しかしアニメは、見る側の意思と関係なく、どんどん映像が流れていってしまうメディア。
作ってる人達は、制作中にそのカットと延々付き合ってるので、どこがキャラでどこが背景かよく分かっているから、タッチが同じでも何ら問題無いと感じてしまうのだろうけど。視聴者は、そうではない…。そのカットは、あっという間に目の前に現れて、あっという間に流れて行ってしまう。キャラと背景の区別ができるまでじっくり眺めてるわけにはいかない。
だから、アニメにおいて、キャラと背景のタッチが同じだと、どれが何なのか分かりづらいままアニメを眺め続けることになる。これは結構辛い。
ということで、区別しやすいように別のタッチのほうがいいんじゃないかなあ、と個人的には思っているのです。
◎ 実写の場合 :
でも、それを言ったら実写作品はどうなっちゃうの? という疑問も…。キャラも背景も同じタッチだよな…。
実写の場合は見た目の情報量が違うから気にならないのかな…。常にリアルな見た目だし。照明、陰影、テクスチャ、表面材質が、どのカットにも含まれているし。
考えてみたら、仮にアニメであっても、リアル寄りの3DCGアニメなら、キャラと背景のタッチが同じでも見辛くないのだよな…。
そういえば、「CITY THE ANIMATION」は、ED映像がクレイアニメ風の3DCG映像だけど…。各形状はかなりシンプルだし、表面材質はどれも同じなのに、キャラと背景の区別がつきやすい。これはつまり、陰影があるかどうかがポイントなんだろうか…?
実写の場合は見た目の情報量が違うから気にならないのかな…。常にリアルな見た目だし。照明、陰影、テクスチャ、表面材質が、どのカットにも含まれているし。
考えてみたら、仮にアニメであっても、リアル寄りの3DCGアニメなら、キャラと背景のタッチが同じでも見辛くないのだよな…。
そういえば、「CITY THE ANIMATION」は、ED映像がクレイアニメ風の3DCG映像だけど…。各形状はかなりシンプルだし、表面材質はどれも同じなのに、キャラと背景の区別がつきやすい。これはつまり、陰影があるかどうかがポイントなんだろうか…?
◎ セルルックに対する思い込み :
単に、セルルックに対する思い込みもありそうな気がしてきた。視聴者の目の前にセルルックのキャラが出てくると、きっと背景は別のタッチだろうと思い込んでしまうけれど、そこで違うタッチが出てくるから、それでストレスになってるだけだったりして…。
例えば、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」はキャラと背景のタッチが比較的近いけれど、区別がつかないということはないわけで…。セルルックではないキャラが出てくると、見る側の脳内モードがアートアニメ(?)鑑賞用に切り替わってくれるのではないか…?
仮にそうだとしたら…。もし、キャラと背景のタッチをどうしても統一したいなら、まずはセルルックから離れることが大事、ということになるのだろうか。
思考メモです。オチは無いです。
例えば、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」はキャラと背景のタッチが比較的近いけれど、区別がつかないということはないわけで…。セルルックではないキャラが出てくると、見る側の脳内モードがアートアニメ(?)鑑賞用に切り替わってくれるのではないか…?
仮にそうだとしたら…。もし、キャラと背景のタッチをどうしても統一したいなら、まずはセルルックから離れることが大事、ということになるのだろうか。
思考メモです。オチは無いです。
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以上、1 日分です。