mieki256's diary



2025/07/09(水) [n年前の日記]

#5 [anime] アニメにおけるキャラと背景のタッチについて

思考メモ。

京アニ新作の「CITY THE ANIMATION」は、背景が、キャラと同じようにセルルックに若干近い絵柄で表現されているけれど。

これはやっぱり見辛いなと…。いやまあ、漫画原作の絵柄を再現しようとして、あえてこうしているのだろうと想像してはいるけれど。

別のタッチのほうが良いのではないか :

アニメ業界の中では、「手前のセルルックと背景の手塗りタッチが別々なのはおかしい」「統一するべき」と考える方が時々出てきて、そういう映像が稀に出現するのだけど。

個人的には、アニメはキャラと背景を別のタッチにしたほうがいいのではないかと思っていて。

たしかに漫画や絵画なら統一されてるほうがいいのではないかと思うのだけど、それは見る側がじっくり気が済むまで眺め続けて、そこに何が描かれているのか認識してから次に進むことが可能なメディアだからで…。

しかしアニメは、見る側の意思と関係なく、どんどん映像が流れていってしまうメディア。

作ってる人達は、制作中にそのカットと延々付き合ってるので、どこがキャラでどこが背景かよく分かっているから、タッチが同じでも何ら問題無いと感じてしまうのだろうけど。視聴者は、そうではない…。そのカットは、あっという間に目の前に現れて、あっという間に流れて行ってしまう。キャラと背景の区別ができるまでじっくり眺めてるわけにはいかない。

だから、アニメにおいて、キャラと背景のタッチが同じだと、どれが何なのか分かりづらいままアニメを眺め続けることになる。これは結構辛い。

ということで、区別しやすいように別のタッチのほうがいいんじゃないかなあ、と個人的には思っているのです。

実写の場合 :

でも、それを言ったら実写作品はどうなっちゃうの? という疑問も…。キャラも背景も同じタッチだよな…。

実写の場合は見た目の情報量が違うから気にならないのかな…。常にリアルな見た目だし。照明、陰影、テクスチャ、表面材質が、どのカットにも含まれているし。

考えてみたら、仮にアニメであっても、リアル寄りの3DCGアニメなら、キャラと背景のタッチが同じでも見辛くないのだよな…。

そういえば、「CITY THE ANIMATION」は、ED映像がクレイアニメ風の3DCG映像だけど…。各形状はかなりシンプルだし、表面材質はどれも同じなのに、キャラと背景の区別がつきやすい。これはつまり、陰影があるかどうかがポイントなんだろうか…?

セルルックに対する思い込み :

単に、セルルックに対する思い込みもありそうな気がしてきた。視聴者の目の前にセルルックのキャラが出てくると、きっと背景は別のタッチだろうと思い込んでしまうけれど、そこで違うタッチが出てくるから、それでストレスになってるだけだったりして…。

例えば、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」はキャラと背景のタッチが比較的近いけれど、区別がつかないということはないわけで…。セルルックではないキャラが出てくると、見る側の脳内モードがアートアニメ(?)鑑賞用に切り替わってくれるのではないか…?

仮にそうだとしたら…。もし、キャラと背景のタッチをどうしても統一したいなら、まずはセルルックから離れることが大事、ということになるのだろうか。

思考メモです。オチは無いです。

以上です。

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