2003/01/29(水) [n年前の日記]
#1 絵描きのポリシー
某所で起きた事件(?)を見て、自分の中にある絵描きのポリシー、一種の宗教的思考の存在を感じた。人物絵を描く時、他者の描いたパーツをコピペして作品を作るのは恥ずかしい、みたいな。しかしコピペが全て許せないのではなく、背景はそのへんに転がってる実写素材をコピペしても特に気にしてなかったりする。また、コラージュ画像作成モードも確実に自分の中に存在してる。それらルールに、一貫性や論理性が無い。よって宗教的思考だと思う。
創作活動におけるコピペは、コンビニでパンを盗む行為と同列にして語れない。盗んだパンは食ってしまえば後には何も残らないが、創作活動におけるソレは新たな作品的価値を必然的に産む。そこには「構成」という技が不可欠。「構成」を認めないと主張するのであれば、富野も押井も宮崎も庵野もこの世に存在してはならないと主張するも同じ。かもしれない。
創作活動におけるコピペは、コンビニでパンを盗む行為と同列にして語れない。盗んだパンは食ってしまえば後には何も残らないが、創作活動におけるソレは新たな作品的価値を必然的に産む。そこには「構成」という技が不可欠。「構成」を認めないと主張するのであれば、富野も押井も宮崎も庵野もこの世に存在してはならないと主張するも同じ。かもしれない。
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