2025/08/30(土) [n年前の日記]
#2 [anime] 「アイの歌声を聴かせて」を視聴
Eテレで放送されていたので視聴。オリジナルのアニメ映画。吉浦康裕監督作品。以前Eテレで放送されたらしいけど、たしか何かの番組とぶつかっていて視聴を諦めた記憶がある。今回は他と重ならない曜日/時間帯だったので視聴することができた。
設定としては、ヒロインの通う学校にAIロボットが実証実験でやってきて、という感じで…。一応SFアニメに分類されるのだろうか。CG畑出身の監督さんのせいか、AIが生活の中に浸透するとこうなるかもしれませんね、といった描写に説得力があってイイ感じだった。
感想としては、フツーに面白かった。絶賛するほどにめちゃくちゃ面白いとはちょっと言えない感じだけれど、全然フツーに見れそうな、ちゃんとした出来のオリジナルアニメだったように感じた。SFジュブナイル作品として捉えれば、これはなかなかイイ感じのバランスで出来上がっている佳作/良作ではなかろうか。まあ、期待しながら見てしまうと肩透かしだろうけど、あまり期待しないで眺めれば「えー。コレ意外と面白いやん」と言ってもらえそうな出来栄えというか。悪くない。かなりイイ感じ。
AIロボットの 正体が明かされるあたりは、個人的にグッと来てしまった。いやー、ああいう設定、ワシめっちゃ弱いねん…。これはクルわあ…。もっとも、見方によっては状況的にホラーではあるのだろうけど。人によっては 「なにそれデジタルなストーカーやん。怖っ」と受け止めそうではあるよな…。それもまた「愛」の形ではあるのだろうけど…。
個人的には、SFアニメというだけでも「ヨシ!」だったりもして…。何せ今の時代、右を見ても左を見ても異世界転生モノ、ナーロッパだらけ。近未来を舞台にしたSF作品という点だけでもありがたい(?)。よくぞ作ってくれました、みたいな。
もっとも、気になって各インタビュー記事をググって眺めたら、SFアニメというよりもミュージカルアニメとして作られていたらしい…。ただ、突然歌いだしても誰も不思議に思わないミュージカルの不自然さを排除すべく、ミュージカルシーンへの移行は気配りしながら構成してあったそうで。周囲のキャラが「えっ。なんで急に歌うの?」とドン引きしてる描写があったりしつつ、しかしギャグにはならないところを狙って演出していたらしい。
設定としては、ヒロインの通う学校にAIロボットが実証実験でやってきて、という感じで…。一応SFアニメに分類されるのだろうか。CG畑出身の監督さんのせいか、AIが生活の中に浸透するとこうなるかもしれませんね、といった描写に説得力があってイイ感じだった。
感想としては、フツーに面白かった。絶賛するほどにめちゃくちゃ面白いとはちょっと言えない感じだけれど、全然フツーに見れそうな、ちゃんとした出来のオリジナルアニメだったように感じた。SFジュブナイル作品として捉えれば、これはなかなかイイ感じのバランスで出来上がっている佳作/良作ではなかろうか。まあ、期待しながら見てしまうと肩透かしだろうけど、あまり期待しないで眺めれば「えー。コレ意外と面白いやん」と言ってもらえそうな出来栄えというか。悪くない。かなりイイ感じ。
AIロボットの 正体が明かされるあたりは、個人的にグッと来てしまった。いやー、ああいう設定、ワシめっちゃ弱いねん…。これはクルわあ…。もっとも、見方によっては状況的にホラーではあるのだろうけど。人によっては 「なにそれデジタルなストーカーやん。怖っ」と受け止めそうではあるよな…。それもまた「愛」の形ではあるのだろうけど…。
個人的には、SFアニメというだけでも「ヨシ!」だったりもして…。何せ今の時代、右を見ても左を見ても異世界転生モノ、ナーロッパだらけ。近未来を舞台にしたSF作品という点だけでもありがたい(?)。よくぞ作ってくれました、みたいな。
もっとも、気になって各インタビュー記事をググって眺めたら、SFアニメというよりもミュージカルアニメとして作られていたらしい…。ただ、突然歌いだしても誰も不思議に思わないミュージカルの不自然さを排除すべく、ミュージカルシーンへの移行は気配りしながら構成してあったそうで。周囲のキャラが「えっ。なんで急に歌うの?」とドン引きしてる描写があったりしつつ、しかしギャグにはならないところを狙って演出していたらしい。
◎ 共同脚本という形 :
脚本は、吉浦監督とアニメ脚本家の大河内一楼さんの共同脚本。
インタビュー記事によると、監督の初稿に脚本家が厳しいダメ出しをしつつ、そこからはお互いが加筆修正しながら双方の間を脚本が行ったり来たりしていたそうで、そういう作業の進め方もできるのかとなんだか興味深く思えた。色んなやり方があるんだなあ…。
上がってきた脚本に対して、演出家/監督が黙って大改変をしてしまって、脚本家さんと演出家/監督の仲が険悪になったアニメ作品の事例はこれまでも多々あるらしいので…。 *1 お互い連絡を取り合いながら共同で脚本を固めていく進め方ができたというのは、かなり理想的な状況ではあったのだろうなと…。 *2
インタビュー記事によると、監督の初稿に脚本家が厳しいダメ出しをしつつ、そこからはお互いが加筆修正しながら双方の間を脚本が行ったり来たりしていたそうで、そういう作業の進め方もできるのかとなんだか興味深く思えた。色んなやり方があるんだなあ…。
上がってきた脚本に対して、演出家/監督が黙って大改変をしてしまって、脚本家さんと演出家/監督の仲が険悪になったアニメ作品の事例はこれまでも多々あるらしいので…。 *1 お互い連絡を取り合いながら共同で脚本を固めていく進め方ができたというのは、かなり理想的な状況ではあったのだろうなと…。 *2
*1: 「BLOOD THE LAST VAMPIRE」は、神山脚本の後半を北久保監督が黙って大改変しちゃって、神山監督が「自分の名前を脚本として出すな!」と言い出しちゃうぐらい揉めたらしいし。「ダンクーガノヴァ」は、首藤脚本を大張監督がガン無視して全然違う話にしちゃって首藤さん激オコだったし。どちらの事例も、脚本家さんにこれといった連絡を入れずにやってしまった。らしい。
*2: おそらくだけど、脚本を修正するなら脚本家さん自身に修正してもらったほうがいいだろうし、演出家側で勝手に変えるなら変えることを脚本家さんに了承してもらうための連絡ぐらいはしておかないといかんのだろう…。脚本家さんに限らず、アニメーターさんもそうだけど、「俺がやったあの仕事って一体何だったの?」「俺が参加した意味無いじゃん」といった疑問を抱かない状況を作らないと揉めるのではないかなあ…。作り手にとって一番辛いのは、自分の苦労が作品に対して何の役にも立ってないと思い知らされてしまう状況なので、「あの作業にはこういう意味があったから全然無駄じゃなかったよな」と納得してもらえるように事を進めないといけない。はず。たぶん。要するに、各セクション間でコミュニケーションが不足してるとトラブルになるのかなあ、と…。「なんだよそれ。俺は聞いてねえよ」ってなるのがヤバイ…。連絡来てない時点で存在を無視されてるようなもんだし。人間誰でも存在を無視されるのが一番辛いし、そりゃ怒って当然。
*2: おそらくだけど、脚本を修正するなら脚本家さん自身に修正してもらったほうがいいだろうし、演出家側で勝手に変えるなら変えることを脚本家さんに了承してもらうための連絡ぐらいはしておかないといかんのだろう…。脚本家さんに限らず、アニメーターさんもそうだけど、「俺がやったあの仕事って一体何だったの?」「俺が参加した意味無いじゃん」といった疑問を抱かない状況を作らないと揉めるのではないかなあ…。作り手にとって一番辛いのは、自分の苦労が作品に対して何の役にも立ってないと思い知らされてしまう状況なので、「あの作業にはこういう意味があったから全然無駄じゃなかったよな」と納得してもらえるように事を進めないといけない。はず。たぶん。要するに、各セクション間でコミュニケーションが不足してるとトラブルになるのかなあ、と…。「なんだよそれ。俺は聞いてねえよ」ってなるのがヤバイ…。連絡来てない時点で存在を無視されてるようなもんだし。人間誰でも存在を無視されるのが一番辛いし、そりゃ怒って当然。
[ ツッコむ ]
以上です。