《5月14日(火)》
震える指に 想いを乗せて

 コース:木嶋坐天照御魂神社(蚕ノ社)→嵐山→松尾大社→西芳寺(苔寺)→地蔵院(竹の寺)→嵯峨野


 本日のメインイベント、それは……写経です。前置きをするならば、苔寺における、ソレ、です。この苔寺、諸々の事情により、申込制による少数人数拝観を一日一回だけ行っている禅宗のお寺で、夢窓疎石縁の、苔生す庭園が有名な場所です。拝観者は、当日の寺での仏行に参加し、そのついでに庭園を拝観させて頂く、という形式を取る訳で、私の申込日においては写経が行われる事になっているのです。私は写経という初めての経験に、新調した筆を手汗と共に握り締めておりました―――。


「何なの、この冒頭は。のっけから……」
「だから、この日はコレを抜くと話にならないんだって。大学時代に京都に来た時、友達が許可制拝観のお寺があるって言っててね、西芳寺だと判明したんだけど、この際だから、行ってみよう!という事で申し込んだのさ。ただ、このお寺ね、参拝冥加料、言ってみれば拝観料が3,000円以上、なんだよね」
「うわ、高……」
「それだけに、そんなに人は来ない…と思っていたんだけどね」
「ま、ま、それはまた後で述べるから」


 西芳寺指定の時間が午後1時なので、それまで洛西・桂の方面をフラリと回る事にする。何はともあれ、まずは木嶋坐天照御魂神社。通称蚕ノ社。秦氏に関係する、古社の一つ。5年前来た時、非常に気に入ったので、今回も来てみたです。天気は全然違うけど(前は雨降ってた)。神子様方が居たらどうしよっかな〜とか思ってたが、時間が早いのと平日のせいか、誰もおらんかったがね。(しかし近所の人間には、私が神子だと思われていたかもしれないなぁ…いや、そうなんですけどもね(汗)。)お参りをした後―あ、ここ手水舎が無い?―、かの三つ足鳥居を撮影。水が無いから、今ひとつ清浄さが弱くて無念。左手には稲荷社がありました。(ところで私、何故か稲荷社が怖いんだよな。ここも撮影しなかったんだけど、稲荷社だけはど〜も畏怖を禁じ得ないのですよ。ホント、何でだろう?前世で狐に食われたとか、狐に粗相を働いてしまったとか?というより、現世で稲荷社においてとんでもない事仕出かしたとか??そのうち総本山にも行ってみて、神託を仰いでみましょうかしら。)

 ある程度で切り上げて、次は嵐山方面へ。ここは単に通過地点なだけなんだがね。それにしても、嵯峨野や嵐山は人力車のにーちゃんが多いな、流石に。ルックスはバッチリ、ガタイはバッチリ、ナンパテクニックもバッチリ。大体狙われる(?)のは二人連れ。片方がその気じゃなくても、もう片方が「え〜、でもぉ〜、ちょっとくらい乗ってみたいなぁ〜」なんて言ったらもう最後。ほぼ拉致状態で乗せられていくですね、うん。慣れてない一人旅の女も注意だ!そういえば、人力車に乗ってる男性客って見ないな…。やはり男性客には巫女さんか?

 話がそれた。渡月橋を渡って、松尾大社まで歩くのだ。『久遠』再臨詔における天野先輩の背景は、どうやら嵯峨野方面から嵐山を望む方向だと確認。証拠写真も撮影。十三参りで有名な法輪寺も見えたし。次は行って見たいのぅ。

 でもって、暑い日差しの中ひたすら歩いて松尾大社に到着。ああもう、本当にここは山吹の季節に来たかったなぁ。申し訳程度に一輪二輪は咲いていたけど、この山吹の量だと、満開時はさぞ見応えが有りそうだて。混むけどね。お参りをしてから、撮影続行。『遥か』的構図もチェックして、ぐるぐる回る。神苑の方も入ったが、ここはなかなか新しい。それ程神社特有の畏怖というのは感じなかったかも。北側の滝を背景にした御社は別だったが(霊亀の滝と滝御前社だそうです)。

 ところで松尾大社では、亀が神の遣いと言われてて、手水舎の像は亀、庭園の枯山水の形も亀に見立ててある(というか、枯山水の岩の周りの植栽が、亀を表わしている。説明を受けて見てみたら、―――なるほど、亀だ)。他の所は、蛇や竜が多いんだけどね。ちょっと楽しかった。神苑の池で日向ぼっこしてた亀たちも見てて楽しかった。そういや東寺の池にも亀が居たな。あとここの神社、絵馬がしゃもじ形。これが一杯ぶら下がっているのはなかなユーモラスではあったが……。


「しゃもじねぇ。確かに見るとかわいいかも」
「けど、この表現はどうか、という願い事が多かった気がするが」
「うん。結構あったよね、神子様がらみのヤツ。イサトや泰明の絵が描いてあって、『来年も龍神の神子やれますよーに』とかいうの。一応神聖な御社だし、普通に『無病息災』でもいいんじゃないか、とか思ってしまったよ」
「……チェックしてくるあんたもあんただわ」


 松尾大社で一息入れて、さて、いよいよ今日のメインの地に向かおうかね。しばらくの間太陽に炙られつつ、ようやっと来た苔寺行きのバスに乗る。狭い道路を突き進み、バス停に到着。あら、なかなか良い感じの場所ですね。人があまり押し寄せてないのがいい。時間はまだ余裕があるので、入口を確認した後近くのお休み処でお抹茶を頂く。母にとってさえのナツメロが流れる中、店主の無茶苦茶な趣味ぶり(飾ってある置物がセンス悪いって言うか、統一感が皆無って言うか、そんな感じ)に戸惑いつつ、しばし時間を潰す。ああ、甘い物が美味しいねぇ。時間まで付近の土産物屋を見ると、おお、写経用の筆まで売ってるぞ。今回、『細筆持参で』と言われているんで、買う必要は無いけどね。

 1時になったので、開門&拝観者確認。う〜ん、やはり年配者が殆どだなぁ。しかも割と人数多いような…。とりあえず中に入って、受付を済ませ、写経の用紙を貰って本堂へ。この際冥加料を出すのだが、今日は母が出してくれた。いいんですか?ラッキー。本堂にはずらっと文机が用意してあって、墨や硯もセッティング済み……あれ、細筆もあるんですが……許可証の『細筆持参で』のスタンプは一体……、とは思ったけど、何も用意してくれてるんだし、自分のを汚す事も無いわね、という事で、お寺の物を使った訳だが。―――書きにくいぞ、この筆。先っちょが太くて、写経にはもはや不適当な筆になっているのだ。ただでさえ筆を持つのはン年ぶり、かーなーりーひどい字になってしまって、自己嫌悪。隣に座ってた異人さんの方がよほど上手かった…(尤もこの人日本語かなりお上手な方らしい)。何はともあれ悪戦苦闘の末書き上げて、願文にしっかり『無病息災』と記して提出してきたさ。しかしこれがしばらく保管されるのかと思うとねぇ……。

 ちょっぴり哀しい気分で痺れた足を引きずって、お次は待望の庭園見学だ。ここの庭園は確かにお見事。結構広さがある廻遊式庭園で、至る所に苔生している風情がグッド。写経に時間がかかったせいか、人のピークは過ぎているようで、比較的ゆっくり回れました。…いや勿論母はさっさか行くんだけどさ。惜しむらくは、ここ数日晴天が続いた為に、苔がすっかり乾いていて、あの美しい深緑が乏しかった事。コケ・シダ類は水気が無いと辛いよねぇ。ちょっとそれだけが残念。でも、ここはホントに良い!3,000円出しても惜しくない位。一度は見ていて損は無いですね。


「母親に出費させといて何を言う」
「お言葉ですが、私はちゃんと『出す』と言いました。でも母上が『いいからいいから』と言ったのです。だから出して貰ったのです。私が悪いと言われても、困るですね」
「割かしちゃっかりしているな」
「親子だからだよ。他人にはそこまでたからないよ。貸し借り嫌いだから。相手にくどい位確認した上で、十円百円単位を奢って貰ったりする事はあるけど。それだって、TPOに合わせてお互い様に、というやり方だもん」
「まさに、『不真面目に真面目』というやつね」


 しばし浮世の義理を忘れ、外界に出る。バスの時間まで間があるので、近くの地蔵院に寄る。ここは別名『竹の寺』。その名の如く、孟宗竹が美しい穴場のお寺でした。細川氏縁の寺だとかで、その墓所もあったようだが、とりあえずは本堂と庭園のみ見てきました。ああ、やっぱ竹は良いですねぇ。庭園は平庭式枯山水。十六羅漢の庭、とも言われているらしい。あぁ、言われてみれば……(←解ってない)。ここだっけかな、椿を敷き詰めたら綺麗だろうな、と思った庭。

 そこも切り上げて、バス停に戻る。時間までアイスを食べつつ、目の前にある『かぐや姫竹御殿』を眺める。ここ、平日は事前連絡が必要とかでは入れなかったんだけど、27年もかけて造った竹御殿……見てみたいなぁ。近くには華厳寺(鈴虫寺)もあったけど、時間の都合上パス。というか、何で好き好んで虫のいる寺に行かにゃならんのだ、というのが正解。

 バスに乗って、再び嵐山に。ここで母がオルゴール博物館に行きたいと主張するので、時間もあるからそうする事に。遠回りして竹林の間を抜けていくと、うん、嵯峨野のイメージまんまですね。ぐるっと回って博物館に着くと……はい、今日は火曜日、オルゴール博物館はお休みでございます。……母上……自分で来たいって言い出して、しかも2日前から主張してて、そのくせ休館日をチェックしないって、何なんですか、アナタは……。結構やさぐれた気分になるワタクシでした。やさぐれたお詫びに有識の菓子匠で干菓子を買わせ、ちょっと気分が復活した所で、今日の予定は終了。四条烏丸行きのバスに乗り込み、帰途へつく二人でありましたとさ。


「今日も何気にハードだったなぁ。やっぱり暑かったから」
「西芳寺の庭は本当に惜しむらくは、だったね。あそこはやっぱり、小雨か霧雨の降っている時が一番綺麗だから」
「確かに写真を見ると、大分乾いているわね。庭の造りが良いだけに残念ね」
「そういえば、苔の生え方を見てて思ったんだけどさ。このもこもこっとした形のあるでしょ」
「ああ、コレね。なかなか楽しいじゃない」
「かつて蕁麻疹が一斉に出た時の私の皮膚に似てるな、って思ったんだわ」
「……………」
「……そんな事考えてたのか…」


(つづく)


 
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