Slip Into Spring −5−
 
 ………………。

 ………………。

 ………………。

 ………………あれ?
 
 ここ、どこだっけ……?
 
 よく、まえがみえない。
 なんだか、ふわふわしてる。どうしたんだろ。
 いつもはもっと、きらきらしてるのに。
 それにわたし、なにしてたんだっけ?
 
『……なくなよ、あすか』
 
 こえがきこえた。いまの、わたしのだいすきな――くんの、こえだ。
 ……あ、そうか。わたし、ないてたんだ。
 ずっと、ないてたんだ。どうしてわすれたのかなぁ。
 あれ?でも。
 どうしてわたし、ないてたんだっけ?
 
「だって、――くん、わたしのこと、おいていくんだもん」
 
 わたしじゃないわたしから、こえがとびでた。
 あれ?
 ないてるのわたしなのに、わたしじゃないこが、わたしのこえでないてる。
 どうして?なんで?
 それに、おいていくって、なに。
 
『おいていったりなんか、しない』
「そんなこといったって、おいていったもん」
 
 ……まって。
 
『それは…………』
「おいていかれるの、やだもん。さびしいもん。さびしいの、ひとりになるの、やだもん」
 
 まって。
 だめだよ。
 だめだよ、そんなこといったら。
 そんなこといっちゃったら、――くんがかなしくなっちゃう。
 
『……うん』
 
 ……ああ、ほら。
 
『さびしいよな。いやだよな。…………ごめん』
 
 ばかだ、わたし。――くんが、こまってるじゃない。
 だから、そんなこといっちゃだめなの。ひみつにしてなきゃだめなの。
 いっちゃだめなの、それは。
 なのに。
 
「だから、おいていかれないようにするんだもん」
『あすか……』
「もう、おいていかれるの、やだもん」
 
 いっちゃ、だめ。
 
「ぜったいぜったい、おいていかれないようにするんだもん」
 
 いったら、だめ。
 
「そうすれば」
 
 いって、しまったら。
 
 
 
「そうすれば――――いっしょにいられるもの」
 
 
 
 ぽろぽろ、ぽろぽろ。なみだが、こぼれる。
 
 ……ああ、もう。
 いっちゃだめだって、いってるのに。
 いっちゃだめだって、いったのに。
 こんなこといったら、――くん、ぜったいにこまるのに。
 こまるんだから、だから、いっちゃだめだったのに。
 だめ、だったのに。
 
『……ちがう』
 
 ふるふる。
 
 ――くんの、こえがした。
 
『いまは、ちがう』
 
 すがたがみえないのに、くびをふってるのがわかる。ひてい、してるのがわかる。
 
「……ちがう……?」
 
 わかって、わたしはそのこえを、ことばをきく。
 
『おいてかない、ちゃんとまってる。……ううん、ぜったいにむかえにいく』
「……むかえに?」
『ああ。ぜったいに、おいていったりなんか、しない』
 
 こえがする。――くんの、こえ。
 
『むかえにいけないなら、つれていく』
 
 つよいこえ。たしかなこえ。やさしいこえ。
 
『おれといっしょに――――おれのそばに』
 
 だいすきな――くんの、こえ。
 だいすきな、――くんの。
 
『だから』
 
 だから。
 
 …………だから?
 
 
 
 
「…………泣くな」
 
 
 
 
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