−第45話−
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<第2幕・シーン7〜イバラ城内>
 三人、あっさりイバラ城内部に辿り着く。魔法がかけられた当時のままの小奇麗な廊下を歩いて行く。窓の外には繁りまくった植物がびっしり張りついている様子。
 
セバスチャン:「こら見事なくらいに窓も扉も何もかも、植物に塞がれてて光が入ってこんなぁ。心なしか息苦しいわ。……ちゅうかなんやエライスピードで辿りついた気がするんは気のせいか?」
仙女ミーナ:「いや、それ気のせいじゃないし」
ジーク:「誰も近づけないはずじゃなかったのか、おい……」
仙女ミーナ:「の、はずなんだけどねぇ。多分アンタがいたからだと思うんだけど。アンタのスリップストリームに入ってなきゃ、アタシもこのデカイのもイバラに絡まれてたし」
セバスチャン:「デカイの言うなや。あだ名でエエからフリードリヒとでも呼んどけ。せやけど、ホンマにドラゴンの一匹も出ぇへんってのはどういうこっちゃ。いやそらこのパーティで戦え言われたら問題大アリやけど」
 
ナレーション:『そう、たっぷり睡眠を摂った王子一行がイバラの森に近付くと、なぜかイバラの枝が勝手にうにょろうにょろと道を開け、一行は簡単に先へ進む事が出来たのでした。そして王子が通り過ぎると再びずじゅるずじゅると枝が伸び、元来た道を塞ぐのでした。王子の進行方向に従って開けていくので、帰り道が閉ざされる、という事はありませんでしたが、あまりにもさっさと先へ進めるんでかなり拍子抜けしたのは確かなようです。
 ところでセバスチャンさん、いくらなんでもフリードリヒって柄じゃないですよ、アナタ』
 
 この辺り、影絵アニメでイバラの退いてく様子がちょろちょろと投影。
 
ジーク:「どうでもいいけど、入り込んだ連中の死因、大体判ったな」
セバスチャン:「へ?イバラの棘に刺されまくって失血死したんとちゃう?」
ジーク:「それもある。けど、一緒にイラクサが大繁殖してただろ。あれの棘、珪酸っていう一種のガラス質でできてて、特に長い棘の方には毒が含まれてるんだ。アセチルコリンやヒスタミン、セロトニンとかだから、人体内にはある物質だけど、外部から注入されると毒として作用する。おそらくイラクサを掻き分けようとして、逆に棘が刺さった事でそれらが大量に注入された結果のアレルギー性ショック死だろうな」
仙女ミーナ:「アンタ、なんでそんなこと知ってんのさ……」
セバスチャン:「葉月珪さんが珪酸の説明をしとる……ってシャレかい?」
仙女ミーナ:「アンタ、それ寒いし」
 
ナレーション:『まったくです』
 
セバスチャン:「放っとけ。……せやけど、ホンマにシーンとしとるなぁ。途中覗いた部屋では人が寝とったけど、起きる様子はあらへんし」
仙女ミーナ:「オーロラの呪いと連動してるからねー。そっちは上手くかかったんで問題ないんだけど」
ジーク:「それよりおまえ、姫自身の呪いは解けないのか?したんだろ、免許皆伝」
仙女ミーナ:「そりゃムリ。相手が相手だから、免許皆伝したばっかのアタシじゃまだまだ」
ジーク:「使えない奴……ん、ここか……?」
 
 一際大きくゴージャスな細工の観音開き扉の前に辿り着く一行。
 
仙女ミーナ:「あっ、そうそう、ここがオーロラの寝室!あ〜もうひっさびさだよ、あのコに会うの〜♪ここ一帯に魔法かけてからずっとお預けだったもんね〜。…………あれ?」
 
 仙女ミーナ、ドアを開けようとノブに手をやるが開かない。ガチャガチャと何度もノブを回して悪戦苦闘。
 
セバスチャン:「何しとんねん自分」
仙女ミーナ:「いや、それが開かないんだってば」
ジーク:「鍵でも掛かってるんじゃないのか?」
仙女ミーナ:「ううん、ここ鍵ついてないもん。ちょっとアンタたち、力あんでしょ?代わりに開けてよ。もしかしたら単にサビついてるだけかもしんないし。魔力ムダにすんのヤだ」
セバスチャン:「人使いの荒いやっちゃなぁ。しゃあない、やろか」
 
 男二人が力を込めて開けようとするも、扉は全く開く様子がない。
 
ジーク:「……動かないぞ」
セバスチャン:「おっかしいで!?全然ウンともスンとも言わへん!」
仙女ミーナ:「変だなぁ。魔法でもかかってんのかな……(何やら呪文らしきものを唱えて集中)……ううん、かかってない。どういうこと!?」
 
 それを聞いて、ジーク、首をかしげる。
 
ジーク:「中から閉ざしてるのか?ひょっとして」
仙女ミーナ:「中からって、こん中にいるのってあのコ一人だよ?他の子はみんな別の部屋で眠ってたもん」
セバスチャン:「……それやったら、ひょっとしてアレちゃうか?お姫様自身がここを塞いどるっちゅうことなんとちゃうか?」
仙女ミーナ:「ムリだって!一旦寝たあのコがそうそう起きるはずもないし、大体動くことすらできないのに―――」
 
 慌てる仙女ミーナをよそに、ジーク、静かに扉を見つめて言う。
 
ジーク:「……動けないわけじゃ、ない。それに、物理的な力で閉ざしてるんじゃない、多分」
セバスチャン:「は?」
 
 ジーク、扉の前に立って静かに語りかける。照明→青系のスポットライトを王子に。
 
ジーク:「……いるんだろ、そこに。俺をここまで入れてくれたって事は、助け、求めてたんだろ?だったらここ、開けてくれ」
セバスチャン:「オイ、自分何しとんねん―――」
ジーク:(無視して)「……俺も、同じだから。おまえと同じように、声、届かなくて。本当の自分、理解されなくて。どこか諦めて、生きてきた。だから解る、おまえのことも。もし、おまえが夢の中で出会ったあいつなのだとしたら、俺、他に何も出来ないけど、話くらいは聞いてやる。――――――だから、開けてくれ」
 
 すると、上から一輪のイバラが降って来て扉の下の方に落ちる。
 ジーク、それを拾おうとして、扉のある部分に気付く。それをしばし凝視してから振り返って仙女ミーナを睨む。
 
ジーク:「…………おい」
仙女ミーナ:「な、何よ?」
ジーク:「これ」
 
 ジーク、扉の下の方を軽く押す。と、扉はギギィ、と垂直方向にどんでん返し回転。
 
ジーク:「…………」
セバスチャン:「…………」
仙女ミーナ:「…………あ」
 
 仙女ミーナ、思い出したように手をポンと叩く。
 
セバスチャン:「って待たんかぁーいッッ!!回転扉やったら回転扉と始めっから言わんかい!てかめっちゃこの外見フェイントやんかー!!」
仙女ミーナ:「んなこと言ったって百年近く前に一回見たっきりだもん、忘れてるって!そーだそーだ、この離宮ってば王サマの趣味で色々遊び心満載に改造してたんだった」
セバスチャン:「そらまた厄介な王やな……」
ジーク:「……まあ、とりあえず開いたな。行くか」
仙女ミーナ:「そうそう!善は急げってねー!」
セバスチャン:「話逸らそうっちゅうんが見え見えやで、自分」
 
 そう言いつつも、それぞれどんでん返しの下部をくぐって、その先の寝室へと進む。
 舞台チェンジ→寝室内へ移行。
 
<第2幕・シーン8〜オーロラ姫の寝室>
 三人が部屋に入ると、部屋のほぼ中央部に紗の天幕付きベッドに横たわる姫。完全に熟睡している様子。
 
ジーク:「…………寝てるな」
セバスチャン:「せやなぁ、よう寝とるわ……って、おおっ!これは確かに芸術王ルードヴィヒ=フォン=ミハエラの作品群や!コレクター垂涎のレアもんやで!ハァ〜、全部売ったらいくらになるやろか〜」
仙女ミーナ:「ちょっとアンタ!これは全部オーロラのもんなんだから手ェ出すんじゃないってば!てか手垢も付けんじゃないの!」
セバスチャン:「そないなこと言うても、ここまで自分の頼み聞いてわざわざ来てやったんやから、この小さい絵の一枚でかまわんから見逃したってや〜」
仙女ミーナ:「ってアンタそれ、こん中で一番価値が高い奴だってば!妙に目が利く男ね〜」
 
 セバスチャンと仙女が室内に儲けられた芸術的な調度品の数々に目を奪われて交渉(?)している間に、大げさな溜息をついてからジークは姫のベッドへと近づく。(←客席から見えるように舞台奥の方から近寄る)
 天幕を上げその中で眠り続けている世にも美しい姫を認めて、ジーク、衝撃を受けたように固まる。
 それを見て仙女とセバスチャンも近寄る。
 
仙女ミーナ:「あっ!いっけない、こんなガメつい男にかまってる暇はなかったんだっけ。ちょっとどう、オーロラの様子は」
セバスチャン:「ガメついって自分なぁ……って」
 
 ここでセバスチャンも初めて姫を見る。
 
セバスチャン:「……ぁ…………はあぁ〜……。……こらまたエライ別嬪さんやないか……。オレ、こないに綺麗なお姫さん見たんは初めてやで……」
仙女ミーナ:「当ッ然!!このコはねー、十四歳にして百年に一度の才色兼備の美姫として名を馳せたコなんだからね、その辺の厚塗り化粧のお嬢ちゃんたちとは違うのよ!あ〜もうホンットきれい〜♪でも歳はとってないはずなのに、なんかずいぶん大人びた感じがするなぁ。どうしたんだろ………って、ちょっとアンタ?」
セバスチャン:「……何しとんねん、自分」
 
 仙女とセバスチャン、固まったままのジークに気付いて不審そうに彼を見る。
 
仙女ミーナ:「ちょっとちょっと、大丈夫?王子サマ!?生きてる!?」
セバスチャン:「気は確かか!?オレら見えとるか、オイ!」
 
 二人が王子の目の前で手をブンブン振るが、しかしジークの視線は姫に固定されたまま。
 
 
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「……本っ当〜に見とれてるな、葉月のやつ……」
「気持ちは解ります……」
「まぁな……ねえちゃん、キレイすぎ」
 尽と蒼樹の感想が、会場内の全ての意見を代弁した。
 
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仙女ミーナ:「ちょっとどーする?コイツ本っっ気で魂奪われてるよ……」
セバスチャン:「散々じらした後の禁断症状バリバリのトコやったから、そら衝撃もデカイわな……。せやからってここで話が止まっててもラチあかんし、ホレ、戻ってこんかい!」
 
 セバスチャン、ジークの頭を思いっきりバコッ!と殴る。(←完全にアドリブ)
 
ジーク:「ッ!!…………痛い」(←ギロッとセバスチャンを睨む)
セバスチャン:「痛くて結構!自分まで時を止めとる場合とちゃうやろ」
ジーク:「……ああ、そう、だな。(頭を振って)……おい、仙女。ここまで来たけど、覚めてないぞ、目」
仙女ミーナ:「だよねぇ……。森が道を開けてくれたってことは、アンタを認めたってことのはずなのに、なんで起きてないんだろ。う〜ん……」
セバスチャン:「ひょっとして魔法が甘かったんとちゃう?ホンマに百年経たんと目ェ覚めへんとか」
仙女ミーナ:「ううん、その魔法をかけた時は他の先輩仙女の力も借りたから、それはOKなんだよね〜。あと考えられるとしたら…………このコ自身がそう望んでる、とか……?」
セバスチャン:「なんでや!……まさか、世の中に諦観の念でも持っとって、それで……」
仙女ミーナ:「あー違う違う。単に寝好きなのよ、このコ」
セバスチャン:「……どーゆーお姫様やねん」
 
 仙女とセバスチャンがあーだこーだ言ってる横で、ジークは姫の枕元に近寄って、その頬に手を当てて語りかける。
 
ジーク:「……おまえ、なんだろ?ずっと、一人でさまよっていたのは。俺なんかの夢に出て来るくらい、切羽詰って、苦しんでたの。……なあ、起きろよ。俺、さっき言ったろ?おまえの話、聞くって。起きてくれなくちゃ、話だってできない。その……瞳の色だって、判らないままだ。……巻き込みたくないのなら、おまえが起きればいいだけなんだ。そうだろ……?」
 
 しばし動かないままの姫を見つめるジーク。
 やがて、引き寄せられるように口づけをする(フリをする)。
 
 ――――――が。
 
 
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「「「………………!!」」」
 シーン、と。
 舞台の上も、会場内も、全てが完全な静寂に包まれた。
 世にも美しい王子(格好はボロいが)と、世にも美しい姫君(寝てるが)のその姿は、評するならば一幅の絵画――――なのだが。
 目の前に繰り広げられたそのお約束の展開に、ほぼ全員が目を見張って注目した。
 そして、そのわずかとも永劫とも言える静寂を破ったのは、舞台の上の従者殿だった。
 
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セバスチャン:「って、何しとんねん自分ーーーーーッッッ!!このキスシーンはフリだけの予定やったろーーーッッッ!!」
 
 
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 会場中どころか構内全てに響き渡るような大声に、耳にした全員がビクッと体を痙攣させるほどだった。
 しかしただ一人、何の動揺も見せずに笑い転げていた女生徒がいた。モニター前に陣取っている鈴木である。
「アッハハハハハーッ!やっぱりね、やると思ったんだー!!」
 有沢も須藤も三原ですらも、その他のキャストスタッフに至るまで全員が呆然としている中で、彼女ただ一人が笑っていた。
「……やっぱりって、鈴木さん……」
「アハハハハ、もっちろん!ワタシ、葉月くんの台本の特記事項にこう書いといたんだよね〜」
 そう言って有沢達に自分の監督用マル秘台本を見せる。全員のキャストの特記事項が色別に書かれたそこには、葉月専用の特記として以下の事が書かれていた。
 
『キスシーンについての王子用特記:
 ここ、一応フリだけ。けど、どうしても我慢出来なかったら&東雲ちゃんが嫌がらなかったら、本番OKだからね☆
 ※追記:東雲ちゃんにそれとな〜く訊いた結果→"Ich sorge mich nicht."だってさ♪』
 
「東雲さん……」
 Ich sorge mich nicht、つまり……「べつに、かまわない」である。
「姫条くんも予想通りのツッコミ入れてくれたし、さてこの後が楽しみ〜☆」
 ……策士やアンタ。
 
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 セバスチャンの声に気がついて、ジーク、ようやく顔を起こす。
 
ジーク:「……ん?」
セバスチャン:「『ん?』やないわ!!自分ドサクサに紛れて何しとんねんホンマにッ!!」
ジーク:「……あ……ああ、つい、ムラッと来て……」
セバスチャン・仙女ミーナ:「「来るなーー―ッッッ!!」」
 
 スパパーン!!とハリセンダブルで炸裂。
 
ジーク:「……痛い」
セバスチャン:「痛くて結構!これぐらいのバツなら軽いもんや!そら気持ちは解るけどホンマにやるか、フツウ」
ジーク:「……ターリアの話よりはよっぽどマシだろ」
 
ナレーション:『え〜、ターリアの話というのは、『太陽と月とターリア』というイタリア版眠り姫の事なんですが、このお話ではなんと、眠り姫たるターリアに通りがかった王様が最後まで手ェ出して子供まで作った挙句、彼女が目覚めるまでスッカリ忘れてた、といういかにもラテンらしい奔放な展開になってるんですねぇ。確かにそれに比べりゃ接吻の一つや二つ軽いもんですね!(←ヤケ?)』
 
セバスチャン:(上に向かって)「そういう問題ちゃうて!」
仙女ミーナ:「!!ちょっと待って!!」
 
 ジークから引っぺがすように姫を抱えていた仙女が二人を制止する。
 
仙女ミーナ:「オーロラ!?目を覚ましたの!?」
ジーク:「――――――!!」
セバスチャン:「なんやて!?」
 
 三人が姫の傍に近寄ると、姫の瞼がゆっくりと開かれていく。
  >姫用特記:ここらへんで起きる。
 やがてハッキリとその焦点が合っていくのを呆然と見つめている三人を認める。
 
仙女ミーナ:「オーロラ!!」
セバスチャン:「お姫さん、起きたんやな!?」
 
 周りを取り囲む三人をぐるりと見渡してから、姫、軽く会釈する。
 
オーロラ姫:「あ……おはよう、ございます」
 
 ガクッ。
 
仙女ミーナ:「アンタ……百年近く寝てた挙句の目覚めの第一声が、ソレ……?」
オーロラ姫:「え?何か、間違ったかな……?」
セバスチャン:「いや、間違ってへんけど…………アカン、なんも言葉が出てこんわ」
 
ナレーション:『気持ちは解ります。……で、肝心の王子様はいかがなもんでしょう』
 
ジーク:「…………」
セバスチャン:「アカン、固まったままや」
仙女ミーナ:「そりゃ寝顔であれだけ蕩けてちゃ、起きてるこのコにはもっと蕩けるでしょ。(王子の背中を叩いて)ホラ、しっかりしなさいよね!――――ちょっと、そこの王子サマの部下その1も気ィ利かせなさいよ。あとは若いモンに任せて、アタシたちは傍観傍観」
セバスチャン:「若いモンって、オレかて若いねんけど……まあエエわ。オレらはおとなしゅう出歯亀しとるよって、存分に見合ってや〜」
 
 仙女とセバスチャン、部屋の隅に行って傍観の体勢。
 ジークと姫、見つめ合ったまましばらく無言。いいかげんにしろと言いたくなった辺りで、ジークの方から会話スタート。
 
ジーク:「……その……悪い、つい……」
オーロラ姫:「……?……ああ、さっきの……。べつに、気にならないから」
 
仙女ミーナ:「うわっ、痛いセリフ!」
セバスチャン:「せやなぁ、気にするほどの価値がないって言われとるようなもんやしなぁ」
 
ジーク:「…………」(←ちょっぴり切なそうです)
オーロラ姫:「あ……そういう意味じゃなくて……悪いとか、思わないって、意味で。……相手、あなただし」
 
仙女ミーナ:「うわっ、今度は王子サマ顔真っ赤!」
セバスチャン:「地獄から天国へ一直線に登りよったな。こらまたオモロイわ」
 
ジーク:(二人の方を振り向いて)「……おまえら、うるさい」
セバスチャン:「あ〜オレらのことは気にするな。ツッコミ君(何ソレ?)が勝手にしゃべっとるだけやから」
仙女ミーナ:「そうそう、この程度のこと気にしてちゃ、おとぎ話の王子はやってられないって。ホラ、気になんないように照明もアンタたちだけに当ててあげるからさ」
 
 言った途端に照明が姫とジークへのスポットライトオンリーに。
 
ジーク:(上を見て)「……アドリブなのにずいぶん対応が早いな、おい……」
 
ナレーション:『気にしちゃいけません』
 
ジーク:「…………そういう問題か?」
オーロラ姫:「あの…………」
ジーク:「ん……?」
 
 姫の呼びかけにジークが振り向くと、姫は俯いて口を開く。
 
オーロラ姫:「……ごめんなさい」
ジーク:「……どうして、謝る?」
オーロラ姫:「あなたを巻き込んでしまったから。けど……眠りながら彷徨っていた私の声が聞こえたのは、あなた一人だったから、皆を助ける為に、どうしても……力を貸して欲しくて……」
 
 姫、そこで観客席側にベッドから降りて、ジークの正面に立って彼を見上げる。(←ジークはベッド足元の方に立っている事)
 
ジーク:「皆を……助ける?」
オーロラ姫:「私一人が眠りに就くことは、私にとっては大したことではなかったの。百年経とうと二百年経とうと、たとえそのまま朽ち果てようと、気にならないから。一人なら。……けど……」
ジーク:「……他の、大切な者まで巻き込んでしまった。自分の、運命に」
オーロラ姫:「……そう。私に付き合わなくてもいいのに、皆、それを選んでしまった。私はそんなこと、望んでなかった。そんなこと、する必要なかった。私には…………私には、誰にも、何も、返せるものがないのに――――」
ジーク:「…………おまえ……」
 
 
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「ちょっと姫条……杉菜、なんかずいぶん真に迫りすぎてない?ここって、完全アドリブのシーンだよね?」
 ライトから遠ざかった場所で藤井が隣の姫条にコッソリと話しかけた。
「ああ……。表情とか、見ててツライわ。…………杉菜ちゃん、まさか……」
「……自己、投影ってヤツ……?」
「……かも、知れん」
「な……んで――――――」
「シッ!まだ続いとんで、黙って見とれ」
 二人は再び沈黙を守って、スポットライトの中央にいる杉菜と葉月を見遣った。
 
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オーロラ姫:「……けれど、届かないの。そんなことしなくていい、私なんてかまわなくていいから、そう言っても、どうしても届かないの、声。そして、……私の呪いに、皆、巻き込んでしまった……」
 
 姫、客席から顔を背けて哀しそうに。
 ジーク、そんな姫を見てややあってからポツリと呟く。
 
ジーク:「……解る、それ」
オーロラ姫:「……え?」
ジーク:「俺も……そう、だったから。俺、こんな外見だから、本当は違うのに、引っ張り出されること、多くて。声、届かなくて。叫んでも、どうやっても届かなくて。そんなこと続いてて……その内に大事なもの巻きこんで、苦しめた。苦しんでほしくなんかなかったのに、救えなくて。……だから国、出てきた。相続するものが何もなかったってのも事実だけど、それ以上に――――逃げて、きたんだ」
オーロラ姫:「逃げて……」
ジーク:「ああ。届かないものにいつまでも執着してる自分が嫌で、何より情けなくて。そういうものから逃げようと、してたんだ、俺」
 
 やや俯いた様子で語っていたジーク、再度姫を見つめ返す。
 
ジーク:「…………けど、見つけた」
オーロラ姫:「え……何、を?」
ジーク:「情けなくても、どうしようもなく自分に嫌気がさしても、それでも執着したいもの。今、ここに」
 
 ジーク、姫の頬に再び手を伸ばす。姫、キョトンとしている。
 
オーロラ姫:「…………?」
ジーク:「……今まで俺、興味引かれたり、執着したり、そういうの、なかった。誰にも声が届かなくなってから、ずっと諦めて、カラカラに乾いた自分、適当に生かし続けてた。けど――――――おまえが現れた」
 
 一旦、間。
 
ジーク:「会って一目で解った。おまえが……おまえこそが、ただ一人、俺を救ってくれる光なんだって。俺を動かす事の出来る、唯一つの存在なんだって。…………だからどうか、俺の傍にいてくれないか。この先、ずっと」
 
 姫、ジークのセリフを聞いて驚く。
 
オーロラ姫:「――――――!!……っ……けれど、私には、私自身には何もありません。あなたに差し上げられるものが何もないのです。本当に、何も――――」
ジーク:「俺の方こそ。権力も財力もないし、ついでに定職だってないし。しかも会って間もないくせにいきなりプロポーズする、とんでもない奴。厄介者を押し付けるのは、俺の方」
オーロラ姫:「――――厄介なんて、そんなことない!」
ジーク:「なら、かまわないだろ?」
 
 ジーク、その場に跪いて姫の手を取る。姫の顔を見上げながら微笑む。
 
ジーク:「……どうか、私の想いを信じて下さい。あなたが信じて下さるなら、私の命と忠誠を、全てあなたに捧げましょう。非才なるこの身ごと、何もかも。…………私の心は、あなたのもの。あなたは、私の心の幸いなのですから」
 
 姫、なぜか戸惑ったようにややあってから答える。
 
オーロラ姫:「…………あ……なたの心は……あなた、自身のもの……です。命も、忠誠も、全てはあなただけの、ものです」
 
 ジーク、姫のその言葉を聞いても微笑みを絶やさずに続ける。
 
ジーク:「……俺が、そう望んだんだ。そうしたいと思ったから、そうするんだ。皆だって、そうしたかったから、おまえと一緒にいる事を選んだんだ。その心は、おまえにだって否定できない。―――― So vermutlich seien Sie, meine Prinzessin?」
 
 間。
 姫、彼の言葉と笑顔をゆっくりと噛みしめるように彼の瞳を見つめる。
 やがて、王子の笑顔に応えるように、静かに頷く。
 
オーロラ姫:「............Ja......」
 
 姫、王子に向かって微笑みを返す。
 
オーロラ姫:「うん……そうだね――――」
 
 ジーク、一瞬目を見開いてから、その笑顔を受け止めるように笑って姫の手に接吻する。
 
 ――――世界に、光が満ちる。
 
 
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「……ぃやったあぁッ!!」
 鈴木がモニターの前で彼女にしては珍しいくらいに興奮してガッツポーズを作る。周りの面々も顔をモニターと舞台に往復させながら、自分の見た物を信じられない様子で瞠目していた。
「……杉菜ちゃん……!」
「私……初めて見たわ。東雲さんの笑顔……」
「素晴らしい……なんて素晴らしい微笑みなんだ……!今、この舞台の上には確かにミューズが降臨しているよ!!そうだね、ハニー!?」
「ええ、そのとおりですわ色サマ!なんて、なんて素敵なんでしょう……!」
「本当に……『最高の笑顔』です……!」
「スゲェな、葉月のヤツ……。あの東雲から、あんな顔引き出すなんてよ……」
 舞台裏でスタッフ達が狂喜乱舞しているのと同様、観客席も感動の嵐に包まれていた。
 それまで一度も笑わなかったオーロラ姫。だからこそこの演出が際立ったのは勿論だ。
 だが、それ以上に今まで杉菜を知っていた者には実に大きな衝撃だった。生徒や教職員の全てが完全に舞台に集中して、杉菜の微笑みに見惚れていた。
「……参ったな、奥さん」
「ええ……参ったわね。本当に、解いてくれちゃったみたい」
 コッソリと、東雲家の家長と奥方は苦笑しながらお互いの顔を見合わせる。その脇では尽と蒼樹が身を乗り出すように舞台に見入っていた。
 言葉も出ないほどに目を、心を奪われる舞台。
 鈴木の真の思惑は、これ以上ないくらいに会場を支配していたのである。
 
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 しばしの間の後、ようやく気がついた仙女ミーナが二人に近づく。
 
仙女ミーナ:「す……オーロラ……アンタ、笑った……!――――ぅわぁーーーいッッッ!!」
 
 ダッシュでオーロラに抱きついて、勢いづいて王子から引っぺがし。そのまま抱きしめてグルグル踊る。
 
仙女ミーナ:「もうホンット、このままずっと、アンタの笑顔見られないかと思ってた!!スッゴイ可愛かった、綺麗だった!もうアタシ何も言い残すことはないってくらいだよー!!」
オーロラ姫:「………え?私……笑……ってたの?」
仙女ミーナ:「――――――へ?」
 
 加速を止めて姫を見れば、既にいつもの表情になっている。
 
仙女ミーナ:「え゛……あれ?たった今まで、笑ってた、よね?」
セバスチャン:「せや、笑ってたで、夢でなければな。……ホンマ、めっちゃ感動したわ。せやけど……」
 
 そこでゆらりと怒りのオーラが立ち昇る。
 
ジーク:「…………おい、仙女。おまえのせいだぞ」
仙女ミーナ:「え?え?――――――えぇ!?」
セバスチャン:「あのままもちっとおとなしゅうしとったら、まだまだあの笑顔拝めてたんに、このドアホウ!!」
仙女ミーナ:「――――――ウッソォ〜……!」(←もんのすごく情けなさそうな声で)
オーロラ姫:「……?どうか、したの?」
ジーク:「いや……何でもない、気にするな」
オーロラ姫:「…………?―――あ……朝日……」
 
 窓の外から朝の光が差して、周りからザワザワと人の声が近づいてくる。
 
仙女ミーナ:「あ、皆も起きてきたみたいだね」
ロッテ:「姫さま〜!!」
ムート:「おーい、ちゃんと起きてんのかー!?また寝トボケてたりしねえだろうなー!」
 
 上手側、ドアの方からロッテ達が入ってきて姫に抱きつく。笑顔に満ちた人々の姿が舞台全体に立ち並ぶ中、静かに幕が下りて最後のナレーション&影絵アニメ&エンディングのスタッフロール。
 
ナレーション:『――――――かくして、国土に腐海のごとき侵食をもたらした恐るべき風雲イバラ城の呪いは愛の力によって見事霧散し、国土開発計画は理不尽な中止を求められる事なく進行する事に相成った訳です。
 は?違う?……あ、すみません。原稿間違えました(オイ)。
 コホン。……姫と王子のその後ですが、起きてからもずっとこのノリで色々と話し続けた結果、やはり寝好きという辺りで響き合うものがあったのでしょう、程なくして華燭の典を迎えるに至りました。幸いこのお城付近は姫の父王の遺言によって姫に相続権が移っておりましたし、これまた父王が残した数々の芸術品が財産の足しになりまして、ひもじくない程度の衣食住を送る事ができました。
 二人ともボーッとした性格ではありましたが、従者や仙女の見事なフォロー、そして何よりもお互いを思いやる心でもって、この後ずっと、末永く幸せな余生を送ったのでありました。めでたし、めでたし――――――』
 
 幕が完全に下り、スタッフロールを含めて影絵アニメが一旦消える。
 が、少ししてからまたアニメが始まり、仙女らしき影とセバスチャンらしき影が会話。
 
仙女ミーナ:「ところでさ、あの王子サマってば、なんかトラウマありなワケ?口説く時ヤケにヘビーじゃなかった?」
セバスチャン:「ん〜、まあなぁ。アイツ、あのナリやから王宮の広報部に引っ張り出されてな、ガキの頃からポスターモデルしとったんや。で、本人も王制も人気が出たのはエエねんけど、熱狂的ファンがいつでもどこでも付いて回ってな、挙句の果てに16歳の誕生日、結婚OKのお触れが出た途端にファンの女どもが争奪戦始めよったんや。ドツキ合いのつかみ合いの、そらもう語り草になるほどに凄まじいモンやったわ。イヤ、日頃優雅な貴婦人方も、一皮剥けばそんじょそこらのオネーチャンと変わりあらへんのやなぁ」
仙女ミーナ:「………ドツキ合いの争奪戦って。つーかモデルって」
セバスチャン:「でやな、その争奪戦の最中に、アイツの大事〜にしてた猫が巻き込まれて怪我したんや。ガキの頃に拾ってきてからず〜っと大切に育てとった猫や。も、めっちゃくちゃショック受けてなぁ。で、老衰もあってその少し後に猫が死んでしもうて、それからはもうそれまで以上に人見知りになりよって、結果、あのオンボロ状態になったっちゅうワケやね」
仙女ミーナ:「……猫ってアンタ……」
 
 完全に暗転。
 
<はばたき学園文化祭、学園演劇・終幕>
 
 

<あとがき>
文化祭編第5回目、舞台はここで終りです。非常に駆け足なラストですな(苦笑)。
あーもう、たった数言のドイツ語の為にどれだけ時間費やしてんだいアタシャ!学生時代の勉強はちゃんとやらんといけませんやね〜。翻訳サイトを利用したとしても、辞書と首っ引きで確認しまくりッス。
でも入れたかったんだよね、ドイツ語…。
とりあえずお約束は入れました(笑)。そしてそれに対するツッコミもお約束です。基本ですからね、ええ。
姫と王子の会話シーンは『別解』ラストと被りかねないのでちょっとビビリながら書いてました。まあきっともう少し落ち着いて会話できると思いますが。
とにかく書きあがるまで長かったエピソードだった事は確かです。難産ではあるけれど、気に入ったエピソードではありますね。私の中で『眠り姫』が消化できたから、という感じですかね(意味不明)。
ちなみに回転扉については元ネタありです。「押しても駄目なら引いてみろ、それでも駄目なら―――青春体当たりだ!!」ってヤツ。今でも好きだよ、廉ちゃん萌梨ちゃん。

 
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