−第44話−
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ナレーション:『さてさて、無事に町まで辿り着いた王子様ご一行は、約束通りペーターの実家である宿屋に厄介になり、久しぶりのまともな食事にありつきました。まぁその前に宿屋の親父さんに「風呂入って来い!」とか言われてた様ですから、実に人間らしい文化的な生活とは正反対の旅を送っていたようです。
 それはさておきスッカリ寛いだ様子の王子と従者は、町の人々の関心の的として話題の種になっていました』
 
<第2幕・シーン2〜宿屋内>
 夕食時、テーブルには多くの客が席についてそれぞれ食事や仕事の後の一杯を楽しんでいる。
 ジークとセバスチャンはモブに囲まれて話の輪の中に。もっとも応対しているのはセバスチャン一人。
 
ペーター:「ええっ!?そ、それじゃ、ジークさんは隣国の王子様なんッスか!?」
 
 ペーターが大げさに驚くと、周りのモブも驚く。セバスチャンは一人ウンウンと頷いて肯定。
 
セバスチャン:「せや。もっとも第十八王子やさかい、な〜んの権限もあらへんけどな。それどころか王子王女がぎょうさんおって、相続させる財産が足らんからっちゅうて、自分でなんとかせい言われて追い出されたん。こないなボ〜ッとした性格やし、上手く宮廷で立ち回るっちゅうのが出来へんでなぁ、おかげでここ何年も星の天幕が常宿になってしもたわ、フッ」
ペーター:「へえぇ〜……。どことなく高貴な印象があると思ってましたけど、そういうわけだったんスね。ジブン、王族の方を間近に見たのは初めてっス!!」(←ジークを珍しそうに注視)
ジーク:(非常に不機嫌そうに)「……俺は珍しい動物か何かか?」
セバスチャン:「そらそうやろ。人間やから動物なんは当然やし、こないにきったないカッコしとる上に自分を襲って来た盗賊を返り討ちにした挙句その懐から金目のモノ奪ったろ、なんちゅう世知辛い王子サマなんて珍しいことこの上ないわ」
ジーク:「……元はと言えばおまえがやってた事だろ」
セバスチャン:「フン、そないなもん15の歳には卒業したで」
 
ナレーション:『自慢になりませんよ、ソレ』
 
セバスチャン:(上に向かって)「やかましわ」
粉屋の親父:「ところでその王子様と行動してるおまえさんはなんなんだい?王子様付きの従者ってヤツか?」
セバスチャン:「良くぞ訊いてくれました!――あれは約20年前のこと、コイツの母親が道端で産気付いとるところを、たまたま通りがかったオレのオフクロが助けたんや。その縁で流浪の民やっとったオフクロはコイツの乳母として採用されて、オレも生後四ヵ月にして『王子様の乳兄弟』ちゅう役職を得たワケや。ま〜べつにだからと言ってコイツに仕えてやる義理も何もあらへんかったんやけど、何しろコイツときたらなぁ」
 
 セバスチャン、それはそれは深い溜息を吐く。
 
セバスチャン:「剣も弓も軽々と使いこなすし、家庭教師たちが舌を巻くほどに勉強できるし、おまけに見ての通りの別嬪さん、非の打ち所もないくらいにデキスギ君やねん。せやけど、それを補ってあまりあるほどに要領悪いわ面倒くさがりやわ人見知りするわどこでもいきなり寝トボケるわ、いやもう放っとくと何しよるかっちゅうか何もせんでしょーがないんや、これが!とてもやないけど、こないなの一人路頭に迷わせたら、オレの良心が痛んで軋んで耐えられへん!―――てなワケで、従者っちゅうよりマネージャーやな、ウン」
ジーク:「おまえ、そこまでバラす必要ないだろ……」
セバスチャン:「ホントのことやん、今更隠す必要もあらへんやろ。大体なぁ、自分国におった時そらもうぎょうさん縁談吹っかけられとったやないか。政略結婚のセの字も引っかからんような地味〜な権力&財力やったにも関わらず、自分に惚れたお嬢さん方が次々押し寄せとって、いくらでも逆玉選び放題やったのに、それ全部蹴りよって!いろんな意味でもったいないわ。ちゅうか、誰か選んどったらオレもこないにフライパンで敵に一撃食らわせるような生活せんで済んでたわ!」
ジーク:「便利でいいな、フライパン」
セバスチャン:「そーゆー話とちゃうし!!」
 
 周囲の人間、笑。
 
ナレーション:『王子と従者(本人曰くマネージャー)って言うよりどう見ても漫才コンビですね、この二人。何にせよ王子様の紹介ありがとうございます、セバスチャンさん』
 
セバスチャン:(上に向かって)「いやいや、どーいたしまして。せやけど『セバスチャン』は止めてんか」
 
 そこに宿屋の親父が声をかけてくる。
 
宿屋の親父:「それだったら王子様、あんた、イバラ城に挑戦してみたらどうだい?」
ジーク:「イバラ城に……?」
宿屋の親父:「そうさ。今でこそこの国の観光名所になってるあの城だがな、こういういわれがあるんだよ―――」
 
 しばしの間かくかくしかじか。
 
セバスチャン:「……なるほどなぁ。チラッとは聞いとったけど、詳しいことは知らんかったわ」
宿屋の親父:「百年が過ぎれば魔法は解けるらしいんだが、それまでに姫を救う者が現れれば魔法は全て解けて、あの土地も城の中にある財宝も全て手に入れられるって寸法でな。姫の父親は芸術王として名を馳せたお方だし、今でもコレクターは多いからな、間違いなく一財産ゲットできるぜ」
うどん屋の親父:「だな。その上姫は当時並ぶものなし、と言われた美人らしいからな」
セバスチャン:「ほぉ〜、そらまたそそる話やねぇ」
役人:「ちょっとちょっと、あまり煽らないで下さい!ただでさえ森の侵食及び人食い鬼の問題が浮上したままなんですから」
セバスチャン:「人食い鬼?なんやそれ」
役人:「ここ数年、イバラ城の回りに人食い鬼が住みついたって専らの評判なんですよ。ただでさえイバラ城に侵入しようと多くの者が命を散らしている状況なのに、この上増え続ける行方不明者の数……。森の侵食と共に国府では悩みの種なんです」
セバスチャン:「ああ、そないいうたら旅の途中で聞いたことがあったわ。せやけど……森に魔法をかけたんはお姫様の呪いを軽くしようとした仙女なんやろ?その仙女は何しとんねん」
役人:「それが、ここ数十年サッパリ姿を見せないんですよ。上の方では生存確認をしているそうですが、よく判らないようで。何にせよ、一時減少傾向にあった行方不明者及び死亡者数が増加に転じているのは間違いありません」
セバスチャン:「ふ〜ん……。ところで、今までイバラ城に挑戦したヤツって、どれくらいおるん?」
役人:「そうですね……データによりますと、イバラ城50周年祭に至るまで、あの森に挑戦し無念にも果てた名のある勇者や王侯貴族・その辺の旅人は約72名。現時点ではのべ99名です。人食い鬼の被害を含めればもっと多いですが、役所に挑戦許可を申請したのはその人数ですね」
セバスチャン:「せやったら、あと一人で100人かいな。……ってアレとちゃうやろな、『開店から100人目のお客様であるあなたを特別ご招待いたしま〜す!』っちゅうヤツ。または『100年を過ぎたその瞬間から先着一名様ご招待!』とか」
役人:「いくらなんでもそれはないと思いますが、……否定は出来ませんね」
セバスチャン:「せやけどなぁ〜、お姫様を救う言うたかて、どうやってその判断基準が決まっとるんか判らへんのやろ?男としてはロマンをかき立てられる話やけど、雲を掴むようなもんやなぁ……って、自分何一人でさっさと寝とんねん」
 
 セバスチャン、隣のジークに目をやると、ジークはテーブルに突っ伏してお休み中。セバスチャンがそれを無理矢理起こす。
 
セバスチャン:「自分なぁ、こないに夢とロマン溢れるRPGの勇者サマやれる絶好のチャンス話に乗ってこんなんて、いくらなんでもノリ悪過ぎやで?」
ジーク:「……眠いんだから、放っといてくれ……」
セバスチャン:「なんや、ブルーデーの前兆か?」
ジーク:「……おまえな」
ペーター:「で、でも本当に眠そうッスよ。立ち回りで疲れたでしょうし、そろそろお開きにしてお休みになったらどうでしょう?」
セバスチャン:「……それもそうやな。明日からはまた木の根を枕に休むことになるんやし、久々のベッドの感触を存分に満喫したるか。そんじゃまあ、ごちそうさん……って、自分何テーブル枕にしとんねん!」
ジーク:「木の根よりはマシ……」
セバスチャン:「そういう問題とちゃうし!!」
ペーター:「……本当に漫才ッスねぇ」
 
 再び突っ伏し中のジークをテーブルから引っぺがして、セバスチャンとジークは宿の奥へ退場。モブは何とも微妙な笑いで見送る。
 舞台回転、宿屋内の一室に。
 
<第2幕・シーン3〜宿屋の一室>
 セバスチャン、ジークを引きずってベッドに放り込む。ジークは相変わらず眠そうにぐったり。セバスチャンは肩をすくめて嘆息。
 
セバスチャン:「なんや、ホンマに自分この頃おかしいで?元々寝好きな奴やったけど、最近やたらと寝まくりやないか」
ジーク:「……寝つけないんだ、ここのところ」
セバスチャン:「嘘つけ。あれだけしょっちゅう眠っといて、な〜にが『寝つけへん』や」
 
 ジーク、何かを考え込むように押し黙ってから口を開く。
 
ジーク:「…………夢を…………」
セバスチャン:「は?夢?」
ジーク:「……いや、なんでもない」
セバスチャン:「?ワケ解らんやっちゃな。……体調が悪いんやったら言わなアカンで?そらオレは気配りパラも高いよって、自分の不調にも気付けるけど、それに甘えられて自己申告無しで通されたらかなわんからな。―――ところで、イバラ城の話って、自分が前に言うてたアレやろ?」
ジーク:「……ああ。ひい祖母さんが若い頃、その場に居合わせたって、何かの折りに話してくれた。ひい祖母さん、死ぬ間際までそのこと気にかけてた。もう少し自分に何か出来なかったのか、今からでも呪いを解く手伝いは出来ないのか、そう言って」
セバスチャン:「……それで自分この国に来たんか?ひい祖母さんのかわりにそのお姫様を救おうとか考えて―――――」
 
 ジーク、そこで思いっきりキョトンとした顔でセバスチャンを見返す。
 
ジーク:「…………何言ってるんだ、おまえ?」
セバスチャン:「…………は?」
ジーク:「どうして見ず知らずの女を助ける為に、わざわざ命を捨てるようなこと、しなきゃならないんだ?この国に来たのは、単に通り道だったからだ。ついでに寄る予定もないぞ、イバラ城。第一……面倒」
 
 ジーク、ケロッと言ってそのままスピスピと安眠突入。セバスチャン、その様子をしばらくぽかんと眺めてから我に帰って叫ぶ。
 
セバスチャン:「……って、待たんかぁーいッ!!自分この話のヒーローのくせに『……面倒』の一言でスルーかい!いくら矛盾を感じてよーと面倒やろーとそこは乗らんと話が進まんやないか!ハァ〜ッ、アカン、コイツを主人公に据えたんがそもそもの間違いや!いくら顔が良くてもノリ悪いんはアカン!……てか聞いとるんかいコイツは!!」
 
 セバスチャンの心からの嘆きを全く聞かずにジークはグースカ就寝。セバスチャン、哀しさ大爆発な表情をしてから踵を返してドアから部屋を出てそのまま退場。
 同時に暗転→舞台チェンジ。
 森の中らしき薄暗い風景の背景及びセット。ゆっくりと抑え目の照明が立っているジークを照らす。
 
<第2幕・シーン4〜夢の中>
 ジーク、上手側に立ちながら照明に伴ってゆっくりと目を開けて顔を上げる。
 
ジーク:「…………ここは……また、あの夢か?」
 
 ポツリと呟くと、ドライアイスの流れる幻想的な空間の中で、下手側に座った人影が浮かび上がる。ゆっくりとジークの方を向いて首をかしげるシルエットは女性のものだが、朧気かつ半透明でハッキリと姿形は判らない。
 
ジーク:「また……おまえなのか……?」
 
 
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 人影が浮かび上がったと同時に、会場内がザワザワという声に満ちた。
「スゲ……あれ、立体映像かよ?」
「え?鏡のトリックじゃないの?ホ○ンテッドマンションで使われてるハーフミラー技法」
「でもそれにしちゃ前に装置みたいの置いてないぜ。どうやってんだ?」
 どう見ても実体の伴っていない人影に、観客がそれぞれ憶測を飛ばす中、特等席の一つに腰掛けている蒼樹がコッソリガッツポーズを作った。
「大成功です。狙った通りの映像になっています!」
「へぇ〜あれかよ、蒼樹が協力したところって」
「はい!はば学の映像研究会ときら高の電脳部、苦心のコラボ作品です。ハーフミラー手法のように滑らかでありながら、ゴーストのようにおぼろげに。そんな立体映像を現実の舞台の上で実現する事が課題でした。上手く行ってよかったです……!」
 軍事衛星のハッキングをものともしないきら高電脳部だからして、このくらいのCG技術の応用はやってのけそう……という事で納得してもらいたい。
 
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 幻想的な空間の中、ジークは人影に語りかける。
 
ジーク:「……おまえ、誰だ?」
???:「……あなたこそ、誰?」
ジーク:「ジーク。一応、旅人。…………初めて言葉、通じたな。姿は見えてたのに」
???:「そう……いえば、そうかも。私も……初めて会った。今の私が、見える人」
ジーク:「で?名前」
???:「……ああ、私の……。…………?」(←首をかしげた様子)
ジーク:「どうした?」
???:「……忘れてるみたい、自分の名前」
ジーク:「そう、なのか?」
???:「うん」
ジーク:「そうか……」
???:「うん、ごめんなさい」
ジーク:「いや……べつに、気にするな」
???:「そう?」
ジーク:「ああ」
 
ナレーション:『(慌しく)ちょっとちょっと!夢の中なんていう滅茶苦茶あざとすぎるシチュエーションだからって、そんな勿体ぶらなくていいんですよ!せめてもうちょっとサクサクッと話して下さらないとページ数ももったいないし、何より話が進みませんってば!』
 
ジーク:(上を見上げて)「……本当にうるさいな、このナレーション」
???:「でも、一理あると思う」
ジーク:「そういう問題か?……じゃあ、会話、成立するみたいだから訊くけど……おまえ、何してるんだ?」
 
 ジークがそう言うと、人影は俯いて答える。
 
???:「……困ってる」
ジーク:「いや、そういう事じゃなくて……って、何に困ってるんだ?」
???:「……巻き込んだこと」
ジーク:「巻き込んだ?」
???:「皆を」
 
 人影、書き割りのイバラ城の方向を見る。
 
???:「……そして、今も巻き込み続けていること」
ジーク:「よく……解らない」
???:「解らなくて、いい。私だけが背負えばいいことだから。巻き込みたくはなかった。けれど、そうはならなかった。……私では、役に立たないの」
ジーク:「役に……立たない?」
???:「……せめて森の魔法だけでも止められたら、そう思ったのに。どうしても、解けないの。私では、皆を助けられないの。……それに、私の声では……届かない…………」
ジーク:「――――――ッ!おい!!」
 
 ジーク、急いで手を伸ばすが、人影は崩れるようにゆっくりと消滅。次、ジークのモノローグ。
 
ジーク:「何者なんだ、おまえは…………。この国に入ってから、ずっと見ている夢。出てくるのはいつもおまえ一人、けれどいつもどこか辛そうで。初めて話せたってのに、どういうことなんだ、一体……」
 
 ジーク、ふと気がついたようにイバラ城の方を見る。
 
ジーク:「まさか……な」
 
 そのままゆっくり暗転。
 
 
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「ウ〜ン、葉月くんもなかなか迫真の演技してくれてるね。やっぱ録音とはいえ声だけでも東雲ちゃんと会話できると違うねぇ」
「そういや、今のシーンのモーションキャプチャーしたのってマナでしょ?やっぱスゴイよね〜、杉菜の動きの特徴しっかり捉えてる。パッと見杉菜そのものじゃん」
「時間があればそのまま東雲ちゃんに頼んだんだけどね。身長も体型もほとんど同じだし、やむなくってトコ」
 体質からくる睡眠補給故に杉菜の出動を願えなかったのは残念だが、その割に鈴木はサッパリした顔をしている。
「ま、あとはクライマックスの前に東雲ちゃん拝ませて感動を薄れさせるのも嫌だったしね」
「アハハ、とことん禁断症状起こさせようってか?」
「当然(キッパリ)」
 鬼やアンタ。
 
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<第2幕・シーン5〜朝の町>
 セバスチャンが部屋に入ってきて、寝ているジークを叩き起こす。戸外からガヤガヤと喧騒が聞こえる。
 
セバスチャン:「ホーラホラ起きんかい!もうお天道サマが高うなっとる時間やで!眠いんは解るけど、このまま寝とったら延長料金取られてまうからな、とっとと起きてチェックアウトするで〜!」
ジーク:(もそもそと起き出しながら)「やけにせこいな……っていうかリアルだな、ずいぶん」
セバスチャン:「しゃーないやろ、ホンマに路銀が手元不如意になって来とるんやから。しっかしマジでここらで一つ収入確保しとかんとアカンなぁ。どっかにお手頃な仕事転がってへんかな〜……って、なんや外が騒がしなぁ」
 
 そこにドアを開けてペーターが飛び込んでくる。
 
ペーター:「おはようございます!ジークさん、セバスチャンさん、一大事ッスよ!」
セバスチャン:「一大事?何があったんや」
ペーター:「ひっ、ひ、ひひひひひひ」
セバスチャン:「何笑っとんねん」
ペーター:「わ、笑ってないッスよ!ひ、人食い鬼が町まで下りて来たらしいんス!ゆうべ、そば屋のおかみさんが目撃したッス!」
セバスチャン:「なんやて!?それでなんや被害はあったんか!?」
ペーター:「いえ、それが干しっぱなしの洗濯物を盗まれたくらいらしいんスけど」
セバスチャン:「……そら単なる下着ドロとちゃうんか?」
ペーター:「違うッスよ!その証拠に、見つかったとたん煙に巻かれるように消えたらしいっス!それで大騒ぎなところに、今度は王宮からお触れが来たッス。人食い鬼を退治するか、または森の侵食を止めることが出来た者には、多額の賞金を出すって!それがまたスゴイ金額なんっス!」
セバスチャン:「そらまた他力本願やなぁ〜。いかにもおとぎ話のお偉方が考えそうなことや……って、自分何考え込んでんねん」
 
 セバスチャンがジークを見ると、ジークは『考える人』のポーズで何やら脳内計算中。
 
ジーク:「……それ、乗った」
セバスチャン:「――――――ハァ!?」
ジーク:「おまえの言う通り、路銀が心許ないから。森の侵食はともかく、人食い鬼だけなら何とかなるだろ。行くぞ」
 
 ジーク、すっくと立ち上がって荷物を担ぎ、セバスチャンを無視して出て行こうとする。
 
セバスチャン:「待たんかい!自分、美人のお姫様の話には乗らんで、よりにもよってモンスターの方を優先っちゃどういうこっちゃ!それでもおとぎ話の王子か!!」
ジーク:「収入を確保したいって言ったの、おまえ」
セバスチャン:「そらそうやけど、わざわざ命捨てるような真似せんでも、皿洗いーとか、人足ーとか、田植えの補助要員ーとか、もちっと平和な仕事があるやろ!?」
ペーター:「いえ、さすがに田植えはしてないッスよ。ここの主食はジャガイモッスから」
セバスチャン:「そうそう……ってこの時代のヨーロッパにジャガイモが入って来とるわけないやろ、アホ!せめて小麦にしとかんかい」
ジーク:「……とにかく、茨のど真ん中に突っこんで失血死するよりはマシ。いいから行くぞ」
 
 ジーク、そのままスタスタと部屋を出ていく。セバスチャン、その後を「せやから待て言うとるやろー!!」と叫びながら追って行く。
 
ペーター:「……すごいッス。人食い鬼の恐ろしさをものともせずに敵に立ち向かっていく勇姿……ジブン、本当に感動ッス!ジークフリート王子万歳ッスーーーッッッ!!ジブン、王子の悲劇の伝説を死ぬまで語り次いで行くッスよ!!」
 
ナレーション:『勝手に悲劇の伝説にするんじゃありません。
 まあこのように、姫の為というよりは自分の食い扶持の為に、王子は従者と二人深い茨の森、もとい深い茨の森の周囲に住むという人食い鬼の元へと向かったのでした。
 ……どうでもいいんですけど、従者が出てきてから私のツッコむ機会がなくなって寂しいですねぇ。いえ、ほんとにどうでもいいんですけどネ』
 
 舞台チェンジ、茨の森へ。
 
<第2幕・シーン6〜イバラ城下の森の中>
 ジークとセバスチャン、森の中を巡り歩いているが、目的の人食い鬼には遭遇しない。
 
セバスチャン:「なんやなんや、全然それらしいんが見つからへんやないか。フカシだったんちゃう?けどな〜、あないに派手にお見送りされてて、実は嘘でしたってのも有り得んか」
ジーク:「さあな。けど、おかしいな……もうイバラの森の一部に入って来てるっていうのに、行方不明者の痕跡が何一つ残ってない」
セバスチャン:「せやなぁ。通行許可はこっちの入口からやったし、それ考えたら白骨の一つや二つ、転がっててもおかしくないねんけどな。……そうなるとやっぱりアレか?例の人食い鬼が死体を自分の住みかに持っていって……怖ッ!」(←全然怖そうじゃない)
ジーク:「そうか?俺だったら御免だ、そんな腐った肉食うの。第一壊すだろ、腹」
セバスチャン:「自分……ホンッマに世知辛すぎや(キッパリ)」
ジーク:「周りにいた奴に影響されたんだろ。――――――待て!」
 
 ジーク、セバスチャンの肩を引っつかんで急いでその辺の茂みに隠れる。
 
セバスチャン:「なんやねん、いきなり。言っとくけど、オレそういう趣味ないで(←かなりマジな表情で)」
ジーク:(眉を顰めて)「……違う。黙ってろ」
セバスチャン:「…………?」
 
 二人が息を潜めていると、下手側上方から人(人形)を抱えたローブの人物が降って来る。(命綱はつけてます)
 
???:「あーもうつっかれたー!ったく、か弱い女にこんな労働させないでよね〜。おとなしくしてればこんな苦労もしなくて済んだのにさーブチブチ」
 
 ローブ姿の女、抱えた人形を地べたに置いて、その辺の倒木に腰掛ける。
 
セバスチャン:(コッソリと)「……女?そないいうたら、人食い鬼の姿は若い女やって誰かが言うとったな……って、自分何するつもりやねん」
 
 セバスチャンがジークを見れば、ジークはローブの女の背後に回っていきなり剣を振り上げる。
 
セバスチャン:「って待たんかい!!」
???:「え?――――――なッッッ!?」
 
 ブン、と振り下ろされる剣を、ローブの女は紙一重で躱す。
 
???:「ちょっと!!いきなりなにすんのよアンタ!」
ジーク:「人食い鬼なんだろ、おまえ。だから退治しようと」
???:「はぁ!?人食い鬼!?何ソレ!!」
セバスチャン:「待たんかい自分!いくらなんでもホンマにそうか確認せん内から、いきなり剣でカタをつけるヤツがおるかい!人違いやったらどうするんや!」
ジーク:「……その時はその時、だな」
セバスチャン:「な、なんちゅう問題発言……」
???:「ちょっとちょっと、一体アンタたちなんなのよ!このアタシを仙女ミーナと知ってケンカ売ろうっての!?それともホントに知らないワケ!?」
ジーク:「仙女?」
セバスチャン:「仙女言うたら、もしかしてこの森に魔法をかけた仙女って、自分のことか?」
仙女ミーナ:「あ、なーんだ知ってんじゃん!そ、アタシがその当の仙女サマ。控えなさいよね、一般民衆」
 
 ふんぞり返って自己紹介する仙女ミーナを、ジークとセバスチャンが胡散臭そうな顔で眺める。
 
セバスチャン:「……オレ、仙女には初めて会うたけど……なんやイメージしてた仙女とえらく差があるねんなぁ。なんちゅーかこう、おしとやかで優雅で気品高いんが仙女のデフォルトや思てたけど」
仙女ミーナ:「失礼なヤツねー。そんな仙女ばっかじゃ世の中つまんないでしょーが。ま、アタシみたいな現代的な女はいつの時代も矢面に立つもんだけどさ」
ジーク:「そんなことより、おまえ、何してたんだ?森がこんなになったのに、今まで姿を見せなかったって聞いてる」
仙女ミーナ:「決まってんじゃん、修行してたのよ。一度機嫌を損ねたら臨死体験できかねない師匠の元で、それはそれは一生けんめ〜いに修行に励んでて、最近ようやく免許皆伝受けて一人立ちしたトコだったの」
セバスチャン:「どーゆー師匠やねん。てか仙女制度って免許制なんか?」
仙女ミーナ:「深くツッコまない!それはともかく、久々に様子見に来たら、なんか城の回りにやたらと白骨死体や腐乱死体が転がってるじゃない。所持品とかも結構立派だし、無縁仏のまんま野ざらしも可哀相かと思って、いちいち運んではお墓作ってあげてたのよ」
ジーク:「……それより先に、何とかしろ、森」
セバスチャン:「せや。そら故人の冥福を祈るんも大事やけど、生きとる人間を守るんはもっと大事やろ。はよ魔法を解くなり軽くするなりしてこれ以上国土を腐海に沈めるんを止めんかい」
 
 すると仙女ミーナ、先ほどの元気はなりを潜めてバツが悪そうに顔を背ける。
 
仙女ミーナ:「……できるもんならやってるっつーの」
セバスチャン:「…………は?」
仙女ミーナ:「だーかーらー、解けるもんならとっくに解いてるっての!解んないかなー!?」
ジーク:「おい…………」
セバスチャン:「ちょい待ちィ!魔法かけたんは自分やろ!」
仙女ミーナ:「そーだけど、かけた時アタシまだまだ未熟だったもんだから、魔力がオーバーフローしちゃって、その結果森が自分の意思持っちゃったみたいなの!で、勝手に増殖始めちゃって、アタシの魔力でも止まんないの!!」
 
 間。
 
セバスチャン:「アホかーいッッッ!!」
ジーク:「アホだな……本当に」
仙女ミーナ:「うっるさいなー!アタシだって自分の家まで飲み込まれちゃって大迷惑してんの!お金も着替えも何もかも全部あの中に置いてきたのに取りにいけないんだよ!?仕方ないから町からコッソリ借りてきてる始末だもん、怒られたって困るっつーの!」
セバスチャン:「うわ、逆ギレしとるし!」
ジーク:「なるほど、昨日の人食い鬼はおまえか……」
仙女ミーナ:「ああ、人食い鬼?なんか帰ってきたらうろついてたから、ちょちょいと退治しといたけど?」
セバスチャン:「……なしてそっちは片付けられるのに、森はアカンのや」
仙女ミーナ:「アタシだって魔法を解こうと四苦八苦してんの。一番確実なのはやっぱオーロラの目を覚まさせることなんだけど……。どうやらこの森、あのコを守る為にここまで育っちゃったみたいでさ。狙い通りっちゃ狙い通りだけど、ちょっと行きすぎー、みたいな?」
ジーク:「……オーロラ、だって?」
仙女ミーナ:「そ。あのコが眠り続けてる限り、多分この森は戻らない。けど……アタシですら入れないのよ、今んとこ。だとすると百年目のその時を待つしかないんだけど、それまでにどれだけ広がるかって考えたら……頭痛くなってきてさー」
セバスチャン:「どこまで広がるんや」
仙女ミーナ:「国境侵犯は確実。しかも周りの国全部」
セバスチャン:「……そら頭痛いな。国際問題や」
ジーク:「おまえの責任だしな」
仙女ミーナ:「あーーーーもうっ!!この事態抑え切れなかったらアタシ師匠に何されるか判んないぃーーーッッッ!!」
セバスチャン:「ホンマどーゆー師匠やねん……。せやけどどないしたもんやろ。なぁ、王子?」
仙女ミーナ:「―――王子?」
 
 キラリと目を光らせて、仙女ミーナはジークを見る。舐め回すような視線にジーク、たじろぐ。
 
仙女ミーナ:「アンタってば、もしかして王子なの?」
ジーク:「……一応。ほとんど名目だけ」
セバスチャン:「18番目やしなぁ。王女混ぜたら29番目やったっけ?王様もお盛んやったからなぁ」
仙女ミーナ:「あ〜、んなこたどうでもいいのよ。……顔はバッチリOKだなぁ。アンタさ、恋人とか婚約者とか奥さんとか愛人とかいる?」
ジーク:「いない、そんなもの。……けど、それがどうかしたか?」
仙女ミーナ:「趣味と特技は?」
ジーク:「趣味はジグソーパズルとシルバーのアクセ作り、特技はいつでもどこでも寝れること」
仙女ミーナ:「ふーん、寝るの好きなワケ?」
ジーク:「そうだな、嫌いじゃない」
仙女ミーナ:「お金好き?贅沢する方?」
ジーク:「べつに。ひもじくない程度に衣食住できれば、充分」
仙女ミーナ:「権力好き?」
ジーク:「全然」
仙女ミーナ:「博打とか、酒とかは?」
ジーク:「博打は興味ないし、酒はたしなむ程度。こいつと違って」
セバスチャン:「ってオレを指差すな!」
仙女ミーナ:「なるほどね〜、納得納得。―――じゃあ最後の質問、コレ超重要。……アンタって、ストレート?」
 
 間。
 
ジーク:「…………あのな……」
セバスチャン:「あ〜それについてはオレが保証したるで。以前貴族のホモ野郎に言い寄られた時、全身に鳥肌立てて相手の股間蹴り砕いとったからな〜。あれはさすがにカワイソウになったわ、ウン。もちろん相手がやけど」
ジーク:「嫌な過去を思い出させるな!――――――で、一体なんなんだ」
 
 考え込む風の仙女をジークが睨むと、しばらくしてから仙女ミーナはジークをビシッと指差す。
 
仙女ミーナ:「ウン、決めた!アンタ、これからこのイバラの森を踏破して、オーロラの眠りを覚ましてちょうだい!!」
 
 間。
 
ジーク:「………………何だと?」
セバスチャン:「待たんかーいッ!!自分いきなり初対面の人間に何言うとんねん!他力本願もいいとこやで!?」
仙女ミーナ:「アタシの勘がそう言ってんのよ!この一見ボーッとしいな王子サマこそ、実は結構ハートフルでソウルフルなヒーローだってね!アンタなら絶対イケる!てゆーか、アタシが知ってる中であのコに通じる何かを持ってんのはアンタが初めて!寝好きって聞いた辺りで、もうこれは間違いないって思ったね!―――てなワケで、頑張って行ってらっしゃ〜い!」
セバスチャン:「せやから待てっちゅーねん!勝手に話仕切るなや!」
仙女ミーナ:「え〜だってアンタたち、そんなボロいカッコしてるくらいだもん、路銀に困ってんでしょ?察するに、人食い鬼を退治して一攫千金とか思ってたんでしょ?だったら人食い鬼の手柄は譲ってあげるからさ、その代わりアタシの頼み聞いてくれたっていいじゃん」
セバスチャン:「どっちが鬼やねん……。どないすんねん、王子」
ジーク:「……どうするって言われても、べつに興味ないし。それに、やっぱり面倒だし。路銀は別の方法でも稼げるだろ」
仙女ミーナ:「うわ、おとぎ話の王子のくせに何その三無主義!」
セバスチャン:「せやろー?コイツ生まれてこの方こないなやねん。かと思えば気まぐれのように人食い鬼退治するだの言い出しよるし、マネージメントする側としては苦労し通しやねんで。ああ、こないな男のフォローし続けとるなんて、ホンマにオレってエエ奴やなぁ……」
仙女ミーナ:「アンタも苦労してんのねぇ……」
 
 何やら同調している二人をよそに、ジークは城の方を見る。見つめていると、その威容が揺らめく。
 (照明の前、セロハンでも揺らして表現)
 
ジーク:「……巻き込みたくない…………けど、届かない……か……」
セバスチャン:「ん?なんや?どうかしたんか?」
ジーク:「いや…………おい、仙女」(←仙女を振り返って。視線だけ城に向けたまま)
仙女ミーナ:「何よ」
ジーク:「行ってやる、あそこ」
セバスチャン:「―――なんやて!?」
仙女ミーナ:「え?マジ!?」
ジーク:「マジ」
セバスチャン:「なんでや!?一体全体どういう心境の変化なんや!?」
ジーク:「べつに、どうも。……ただ、思い出した事があっただけだ。―――とりあえず疲れたから、今日は寝る。おやすみ」
 
 ジーク、その場で横たわって就寝。
 
セバスチャン:「……腐海の森の瀬戸際でエエ度胸しとんな、コイツも」
仙女ミーナ:「う〜ん、やっぱりあのコと通じるものがあるなぁ。あのコもどこでもすぐに寝られるコだったし、似た者同士でいいコンビになれるかも」
セバスチャン:「……どーゆーカップルやねん」
 
 ゆっくりと暗転。そこにジークのモノローグが響く。
 
ジーク:「……もし、『おまえ』が『そう』なら、俺、少しは理解できるかも知れない。おまえの抱えてる想い、俺も……かつて抱えていたから。
 助けようとか、救いたいとか、そういう事じゃなくて…………ただ、おまえ一人がそんなに哀しむ必要はないんだって、言ってやりたい。どうしてか、そう、思った。
 直接会った事も、ないのにな――――――」
 
 
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「……コメディー&ギャグって言ってた割に、結構シリアスも入ってんじゃん」
「うん……ツッコミしまくってても更にツッコミたい衝動に駆られるところはたくさんあるけど、なんかね」
「まぁ原作そのままじゃ面白くないけどな」
 ポツリポツリと感想なども漏れ出して、舞台裏の面々は油断はならないながらも嬉しそうである。特に背景・大道具・小道具の担当者は、劇の内容にセット等が違和感を醸し出さないで済んでいる事に非常に安堵していた。
「……けど、問題はこれからだよな」
「クライマックスのアドリブがどうなるか、だもんね」
 ヒソヒソと不安な声が聞こえる中、鈴木はモニターを見たまま動かない。
「ずいぶんと冷静ね、鈴木さん。ミズキはとてもじゃないけど心穏やかにはいられないわ。葉月くんが東雲さんの足を引っ張らないか不安で不安で」
「お、須藤ちゃん。まあね、ここまで舞台は上手く流れてるし、あとは主役二人を信じるしかないし。腹括ったらこんなものだよ」
「そうだね。けど大丈夫、あの二人ならきっと素晴らしいフィナーレを完成させてくれるさ。ボクはその瞬間をとても心待ちにしているよ。鈴木くんの描いたキャンバスに筆が置かれ、華々しく美しい絵に最後の彩りを飾る、その奇跡の瞬間をね」
「そういうこと。愛娘とその姫が選んだ相手を、どうか信じて差し上げてくださいな、王妃様?」
 そう言って、鈴木は再びモニターに目を落とした。
 
 

<あとがき>
文化祭編第4回目。ニィやん出まくり。ビバ、従者セバスチャン(何)。
王子様の設定はいかがなもんでしょうか。私は結構気に入ってます(笑)。三無主義の王子にはこういう理由でもないと諸国漫遊に至る必然性はないのではないかと思いまして。
ちょこちょことシリアスも入ってますな。てかいくらなんでも噂聞いただけでイバラの城抜けてく王子様ってアホでしょう。そして100年経ったら先着1名ってのはそらアンタあんまりでしょう。なので夢というとても便利かつ使い古されたシチュエーションで事前に出逢ってる事にしました。
といっても、書きたかったのはツッコミまくりな暴走部分なので、あまりシリアスに比重は置いてませんです、ハイ。
ありがとうニィやん、君が出てきた途端に筆がどんどん進んでくれたよ。こんなに長〜くなるくらいにネ(苦笑)。

 
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