−第43話− |
------------------------------------------------------------ ナレーション:『数日後、早くも姫の15の誕生日を迎え、国中が歓びと祝福に湧いておりました。(SE:民の歓声&陽気な音楽) 何しろこのお姫様、とにかく民に人気があります。これだけずば抜けた才能を備えながらも決して驕らず、民の福利厚生に対して的確な対応を心掛けているという、実に素晴らしい美姫でしたから無理もないでしょう。姫の内心とは裏腹に、多くの民が王宮の一般参賀に押し寄せる始末です。 さて、王宮の大広間では当然のように盛大な生誕祝賀パーティが行われていましたが、盛り上がりまくった頃にふと気が付くと、姫の姿はそこにはありませんでした』 <第1幕・シーン5〜王宮の一角> 数人の侍女や衛兵達が誰かを探して右往左往。 ロッテ:「姫さま〜!一体どこに行かれたんですか〜!?……わたしってば、登場のたびに姫さま探してないかなぁ?」 ムート:「深く考えんな。にしてもマジでどこ行きやがったんだよ、アイツは。主役のくせに自分の立場をわきまえてないっつうか」 女官長:「あなたも立場というか役どころをわきまえてないと思うんだけど。仮にも主人相手にその言葉づかいは改めるべきじゃないかしら」 ムート:「べつにいいだろ、その主人自身がまったく気にしてねえんだからよ。大体今はそれどころじゃねえだろ?」 ハインリヒ:「そうですよ、女官長どの。姫様のお姿が見えなくなって、陛下も王妃殿下も大変心配しています。招待客の手前、何でもない振りをなさっていますが、早く見つけて差し上げませんと。それに……今日は……」 女官長:「……ええ、今日が例の……ですものね。とにかく、城内には居るはずだから捜索を続けましょう!」 バタバタと人々が去ってから、柱からコッソリと姫が姿を見せる。 姫:「……困ったな、静かに眠れる場所、ない……。お昼寝しようと、思ったのに」 ナレーション:『……昼寝の場所を探していたらしいですねぇ。ついさっきのシーンでしんみり言ってたのは何だったんでしょう。睡眠至上主義の成せる技でしょうか?』 姫、困った顔で静かな場所がないか見回す。首を巡らせて、背景書き割りの一部分にある塔が目に入る。 オーロラ姫:「……そういえば、あの場所は使われていなかったはずだけど……行ってみようかな」(←そのままスタスタと退場) ナレーション:『おや、どうやら良さ気な場所を見つけてしまったようですね、一直線にわき目も振らず歩いて行きますよ。てか本当に自分の立場解ってんでしょうか、この姫は』 反対側から、一人の貴婦人登場。姫の後ろ姿を目に留めて首をかしげる。 貴婦人(篠ノ目):「あら……?あれは確か、この国の姫君のはずだけど、どうしたのかしら……。宴に疲れて休憩でもするのかしら。それにしては一体どちらへ?」 貴婦人、しばし興味深く姫の後ろ姿を見ているが、ややあってから踵を返して退場。 <第1幕・シーン6〜王宮北の塔> ちょっとした階段を登って、姫は北の塔の一番上の階に到達。暗いままの一室にドアを開けて入る。 オーロラ姫:「ちょっと暗すぎるかな……照明のスイッチは……」 ドアの横にある吊り紐を引っ張る→照明オン。 すると中央に糸紡ぎ機を回している老婆(?)が一人座っている。周囲には小さな机や椅子が2・3置かれているが、基本的には殺風景な部屋。 オーロラ姫:(驚いた様子もなく)「……あ、使用中でしたか。ごめんなさい」 老婆?:「問題ない。照明の位置が判らなかったのでそのままだっただけだ。もっとも窓からの光源で充分用は足りるが」 オーロラ姫:「……あの、どちらさまでしょうか?」 老婆?:「どうでもよろしい。単なる老婆だ、気にする必要はない」 ナレーション:『いや、気になりますって』 ------------------------------------------------------------ 「……ヒムロッチ……」 「二役なのかよ、しかも女役……」 「つーか照明のスイッチって何だオイ」 ファンタジーにそんな事ツッコんじゃいけません。(←メルヒェンじゃなかったのか?) ------------------------------------------------------------ オーロラ姫:「…………じゃあ、気にしない事にします」 老婆?:(満足そうに)「結構」 ------------------------------------------------------------ 気にしろよ。 再び会場内のほぼ全員が心の中で呟いた。 ------------------------------------------------------------ オーロラ姫:「そのかわり、気になる事を質問します。ここで何をしているのですか?」 老婆?:(糸車を回しながら)「見て解らないか?糸を紡いでいるのだ」 オーロラ姫:「糸紡ぎ……ですか?」 老婆?:「そうだ。とある事情により今現在この国における原始的な紡績技術は衰退の一途を辿っている。だが、伝統文化の一種であり、かつ緊急に必要性が生じた場合の代替的手段として有効な手工業技術の一切を否定するのは愚の骨頂だ。よってこうして時折その存続の意味も込めて糸紡ぎを行っている訳だ。―――この回答で理解出来ただろうか?」 オーロラ姫:「はい。あの……よろしければ、その糸紡ぎ機を見せて頂いてもかまいませんか?」 老婆?:(手を止めて)「……ふむ?」 オーロラ姫:「私は今まで本物の糸紡ぎ機を見た事がありません。ですから、その構造や材質等について理解に欠ける点があります。その点を補完したいと思ったので」 老婆(?)、姫を探るように見て、やがてどこからか何冊かの書籍を取り出して姫の前にある机に置く。 老婆?:(嬉しそうに)「大変結構!向学心がある生徒は非常に好ましい。よろしい、紡績産業の歴史や道具の変遷、その応用分野等についての特別講義を開催しよう。テキストの43ページを開きなさい」 ------------------------------------------------------------ 「「「なんじゃそりゃーッ!!」」」 観客の大部分がそうツッコんだところに、淡々とナレーションが入った。 ------------------------------------------------------------ ナレーション:『え〜皆さんお察しって言うかバレバレの通り、この老婆はあの仙女メルツェーデスが化けているんですけどね。 姫に呪いがかけられてから、王の命令によって国中の糸紡ぎ機が無くなったという話はしましたね?原作では御触れを知らなかった老婆が一人糸を紡いでいましたが、このお話ではホラ、あの王様とお妃様、それ以上にあの女官長ですから、そんな画竜点睛を欠くようなマネは致しません。本気で国内の糸紡ぎ機が全廃されちゃったんですよ。まったく無茶苦茶すぎ、大迷惑ですよね〜。 それを知って慌てたのがこの仙女メルツェーデス。このままでは自分の魔法が破られてしまいます。自分の魔力に絶対的な自信を持っているとはいえ、触媒となる糸紡ぎ機がなければ魔法はハナからかかりません。 それでこりゃイカンと思ってか、彼女は白雪姫の継母よろしく自分からアクティブに出向いてきたという訳です。それでなんで北の塔にいたかというと、……その辺は長くなるので追求しないであげましょう。 まぁそんなこんなで仙女による特別講義が始まりました。ただでさえ50年も研究に打ち込んで世情をサッパリスルーしてたほどのオタク仙女ですから、薀蓄語り始めたが最後、ノンストップ、止まりません。お姫様もお姫様でこれまた非常に意欲的に学習する生徒ですから、仙女はもう大満足でございます。ノリノリで講義を続けます』 ナレーションの間も本気で本物の講義をしている二人。 仙女メル:「――――という訳だ。ここまでのところで質問はあるか?」 オーロラ姫:「いえ、理解できました」 仙女メル:(にこやかに)「エクセレント!では、これらを踏まえた上で、いよいよ実地研修に入る。まずは各器具の説明だが、これは実際に手に取った方が理解が容易だ。既に綿打ちは完了しているので、綿筒(しのまき)に巻きつける作業から始めよう」 オーロラ姫:「これですか?」(←糸紡ぎ機の傍に置いてあった紡錘を手に取る) 仙女メル:「そうだ。――――――ハッ!駄目だ、触るな!!」(←慌てて) オーロラ姫:「え…………?」 仙女メルが止めようとするが、姫は紡錘を手に持ったまま。 ここで中央にのみスポットライト、それを浴びた途端、姫がゆっくりと倒れていく。(SE:なんかそれっぽい音) >姫用特記:ここで寝る。 仙女メル:「しまった、私とした事が魔法の発動機能を起動させたままだった!くっ、これほど向学心溢れ、かつ教え甲斐のある生徒はなかなか居ないものを!」 ナレーション:『……あの〜……アレですか、向学心のある生徒の前では自分の受けた屈辱は霧散してしまうんですか、仙女サマ?』 仙女メル:「当然だろう!!昨今そのような生徒は実に貴重なのだぞ!!(←拳握っての力説具合、かなり地が出てます) …………仕方ない、非常に残念ではあるが、当初の予定通り魔法を進行させるべきだな。仙女ミーナが私に対する挑戦をしていたようだが、今回はこの姫の学習態度に免じてこれ以上の手出しはしないでおこう」 ナレーション:『(呆れたように)充分手ェ出してる気がするんですけどね〜。てゆーか本当にこのキャラが女である意味がどこにあるんだか判りませんネ』 同時に複数の足音や声が聞こえてきて、仙女はハッとする。そのままローブを翻して退場。フェードアウト。 ------------------------------------------------------------ 「……寝たよな」 「……寝たよね」 「完全にいつもの熟睡モードになってたよな、東雲さん」 「一般客、感心してるね。本当に魔法にかかったようだって」 「あの人のアレは初めて見れば確かに魔法にかかったように見えるよな〜。ホントピッタリの配役だよ……」 「それにしても氷室先生、すっかりギャグキャラだな」 ------------------------------------------------------------ <第1幕・シーン7〜王宮内にある姫の寝室> ベッドには姫が横たわって熟睡中。悲嘆に暮れる王と妃、臣下その他大勢。メインキャストはベッド寄りに配置。 王と妃は姫の一番傍で嘆いている。 王:「なんてことだ……。ボクたちがしてきた事は全て無駄になってしまったんだね……」 妃:「この時が来るのを覚悟していたつもりでしたのに、やはり目の当たりにするのは辛いですわ……」 貴婦人:「ごめんなさい……わたしがもう少し早く皆さんに知らせていれば……」 王:「いいや、あなたのせいじゃない。それどころか知らせてくれただけでとても感謝しているよ。そうでなければボクたちのプリンセスはあの寂しい部屋の中で未だに床に伏したままだったからね……」 王達が悲嘆に暮れている中、ムートがやや遠巻きにベッドの中の姫を見て首を捻る。 ムート:「にしてもよ、なんかメッチャクチャ気持ち良さそうに寝てねえか?(隣のロッテに振り向いて)おいロッテ、ホンット〜に魔法のせいか、コレ?いつもの昼寝とかじゃねえのか?」 ロッテ:(涙声で首を振って)「ううん、だって、夕食の時間になっても起きないなんて、姫さまの人生の中で未だかつてないことだよ。どんなに熟睡してたって、それどころかどこで寝てたって、食事の時間にだけは決して遅れずに起きて戻って来てたんだもの、それなのに……!」 女官長:「その判断基準もどうかと思うんだけど……。何にしても、色々手を尽くしたけど目を覚まさないわ。これはやはり、例の魔法がかかってしまったという事でしょうね……」 沈痛な面持ちを浮かべる面々。そこにドアが開く音がして、仙女ミーナが入って来る。 仙女ミーナ:「ゴメン、遅れたナリーッ!!――――――ああ〜ッ!!やっぱり間に合わなかった〜!!」 入ってくるなり姫のベッドに飛びつくように近付くと、妃は涙を流しながらキッとと仙女ミーナを睨む。 妃:「C'est en retard(遅いわよ)!よりによってこんな日に、一体どこで寄り道してたのよ!?」 仙女ミーナ:「寄り道なんてしてないってば!糸紡ぎ機を全廃してる今、メルツェーデスが絶対動くと思ってアイツの周り張ってたの!!ここずっとなっかなか出てこなくって、落とし穴まで掘って足止めしようと待機してたってのに、アイツってば、よりによって地下を掘削機使ってモグラみたいに掘り進んでたんだよ、しかも15年かけて!用意周到にも程があるっつーの!!」 女官長:「掘削機って……それちょっと、アレンジしすぎじゃない?(ボソッと)」 妃:「そんなのどうだっていいわよ!姫は魔法を受け止めてしまって、百年の眠りにつかなきゃいけないんだから……もう……そんなの…………」 王:「ハニー……。………気持ちは解るよ。けど……けど、ボクたちが嘆き哀しんだところで起こってしまったことは取り消せないんだ。これまでボクたちができることは全てし尽くした。そしてこれからは、いずれ目覚める姫の為に出来ることをしていかなければならないんだ。―――大丈夫、ボクたちの姫は運命に流されるだけの儚い花じゃない。ボクは信じているよ、姫の未来が輝かしい愛と希望に満ちたものであることを。だから泣かないで、マイスウィートハニー……」 妃:「陛下……」 仙女ミーナ:「あ〜そこで二人の世界作っちゃうと話進まないからさ、先にこれからどーするか決めちゃわない?とりあえず、このコには静かに眠れる場所を確保してあげたいんだけどね」 ハインリヒ:「でしたら、森の中にある離宮がいいんじゃないでしょうか。あそこの庭園は姫様がよくお休みになるほど気に入られていた所ですし、何よりとても静かな場所です。世間の騒がしさに巻きこまれずに眠る事が出来ると思います」 王:「……ああ、そうだね。あそこなら、姫も安らかに眠れるだろう」 妃:「でも、あんな辺鄙な場所に姫を一人置いておくのは心配ですわ。良からぬことを企む輩が入り込まないとは限りませんもの」 仙女ミーナ:「あ、それは任せて!アタシの魔法でそこらへんはちゃんとフォローするって。原作に沿って、あの周りにあるイバラで天然の砦を作ってあげようじゃないの。オーロラの魔法が解けたと同時に解けるタイプ」 女官長:「ちょっと待って。それでは姫様が目覚めた時、誰も周りにいない事になるわ。原作に沿うって事は、イバラの道がある限り誰もその場所を行き来出来ないって事でしょう?そんな状況に姫様を一人取り残すのはやっぱり不安よ」 仙女ミーナ:「……まぁね〜。アタシも極力様子見には来るけど、まだ修行中で、持ち回りでやってる洞府の掃除当番サボれないしな〜」 妃:「ちょっと、掃除当番とわたくしの姫とどっちが大事なの!?」 仙女ミーナ:「いやだってマジでウチのお師匠キビシイんだって!あんなのにケンカ売った日にゃ……ブルブル」 仙女ミーナが本気で怯えていると、侍女ロッテが勇気を振り絞るように進み出る。 ロッテ:「……わ、わたし、姫さまの傍についています!!」 女官長:「シャルロッテ!?」 ロッテ:「わたし、姫さまとは生まれた時から一緒でした。ずっと一緒で、おこがましいかも知れないけど、本当の姉妹のように大切なんです。……魔法のこと、知っていたのに、何の役にも立てなかった。だから、姫さまが目覚めた時、少しでもお役に立てるように、姫さまのお傍にいたいんです!」 ロッテ、仙女ミーナを真っ直ぐに見据えて続けて言う。 ロッテ:「仙女さま、仙女さまなら、わたしを姫さまと同じように眠らせることができますよね?」 仙女ミーナ:「え?そりゃできるけどさ……でも、ホントにいいの?今の生活とかぜーんぶ変わっちゃうんだよ?下手すると、再就職のアテとかツテとかそういうのも無くなっちゃうかもだよ?それでも後悔しない?」(←モブ「再就職って何か妙にリアルだな」とツッコミ) ロッテ:(握り締めた手を震わせて)「それは……それはもちろん不安ですけど、でも、それ以上に姫さまの役に立ちたいって、思うから……」 ムート:「―――俺も付き合うぜ」 ムート、ロッテの横に進み出て、彼女と同様に仙女ミーナを見据える。 ロッテ:「ムートさん!?」 ムート:「俺も姫には世話ンなってるしな。第一、小さい頃から拳で物語ってきた相手がこんなことになったってのに見捨てるなんて、男の風上にも置けねえからな」 女官長:(ボソッと)「拳で物語るって、一体何して育って来たの、あなた達……」 ムート:「深くツッコむなって。とにかくよ、姫を一人にしときたくないって思ってるのは俺たちみんな同じだろ。だったら一人にさせないために、自分から魔法にかかるってのもアリなんじゃねえか?」 そこでハッと気づいたようなモブから「僕も」「私も」「俺も」等の声が発せられる。 王、しばらくその様子を眺めているが、やがて力を抜くように微笑う。 王:「参ったね……。今のボクには、ミューズの祝福があってすら、この気持ちを表現する手段がないよ……」 妃:「陛下……」 王:「シャルロッテ、ムート、それからボクの白薔薇姫に敬愛を捧げてくれる諸君。―――どうか、心からお願いするよ。ボクたちの代わりに、眠れる姫を守ってやってほしい。国を支える為に姫と共に在ることが出来ない、力無きボクたちの代わりに、姫の力になってくれるかい?」 ロッテ:「もちろんです!」 ムート:「当たり前だろ」 モブからも同意の声。 王:「…………ありがとう、キミたち……」 ここでフェードアウト&幕がゆっくり下りてきて、下り切った辺りで再びオープニングで使った影絵アニメが登場。 ナレーションに合わせたアニメーションが『少女革命ウ○ナ』のプロローグのイメージで投影。 ナレーション:『とまあ、何やら熱き友情物のノリに近くなってしまいましたが、このように各人の自由意思によって百年(暫定)の眠りにつく事になったお城の人々は、眠り続けるお姫様を連れて森の離宮へと向かいました。姫一人の為だけに城中の人間を勝手に眠らせる原作とは違って非常〜に人道的、思わず涙が流れようってなもんです。 ―――え?流れない?流れたフリをするんですよ、そういう時は。 とにかく、離宮に希望者全員が収容されたのを見て、仙女ミーナはその一帯に魔法をかけました。離宮と言っても王宮と変わらない大きさのお城でしたが、その中にあるものは生物無機物問わず、全て時を止めたかのように不老の眠りにつきました。それとは反対に、城の外の植物はわさらわさらと茂みを作って、何人たりとも入り込めないワンダーワールドを形成していきました。仙女ミーナの魔法も上達したもんです。ただ、たまたまその辺りにはやたらとイバラが多かったので、イバラがメインの砦になってしまったのは仕方ありません。 その為、長い年月を経る内に、その一帯は『いばら姫の城』と呼ばれるようになったのでした――――――』 第1幕・了。 ------------------------------------------------------------ 「ハァ〜、つっかれたー!」 第1幕を終え、各キャストが舞台裏に戻って来て実にもっともなセリフを口々に言った。この段階での登場人物は、藤井を除いて終り近くまで出番はない。それぞれ用意してあったドリンクを手に取って後半のキャストと声をかけ合ってから、三々五々小休憩に入る。 「とりあえずお疲れさま!皆、いい演技してたよ」 「当然よ!このミズキが非難されるような演技なんてするわけないじゃない?ましてや色サマの相手役ですもの、ありえないわね」 「アハハ、嬉しいね。ボクもキミがいたからいつも以上に力が出せたよ。ありがとう、ハニー」 「色サマ……」 「あーもうウザイから二人の世界は別のトコでやってよね〜。どーせカーテンコールまで出番無いんだし、誰も止めないから」 藤井がウンザリしたように言うと、周りの面々も強く頷いた。いくら地のまんま舞台とはいえ、稽古のたんびに繰り返されていた光景に皆食傷を通り越してウンザリゴメンえーかげんにしろ、である。王様が「それもそうだね」と言って、お妃様を伴って隅に設けられた休憩処に向かうと、ほぼ全員がホッと胸を撫で下ろした。 「しっかしずいぶん長かったよね〜。ここまでやってようやく前半終りかぁ、先はまだまだ長いねぇ」 「ホントだぜ。ま、俺もラスト以外出ねえから、あとは気が楽だけどよ」 「アタシはまだまだあるんだっつーの。――――お、やっと王子サマ登場?」 有沢・紺野によって杉菜の姿が確実に舞台裏の奥に隠されたのを確認してから、鈴木がスタッフを控え室にパシらせて、亜麻色の髪の王子様を引きずり出させてきた。王子といっても衣裳は例によってボロいが。 「……うわ、超機嫌ワルそ」 「しゃーないわ、声はすれども姿は見えずっちゅーあの拷問に今まで耐えとったんやからな。ほんのり同情すんで」 出てくるや否や不機嫌極まりない顔を晒している葉月に、思わず正直な感想を藤井が述べると、それをフォローするかのように姫条が言った。 「あ……っと、姫条……」 劇の直前を思い出してか藤井の顔が一気に赤くなった。 「ん?なんや?―――そ〜か、今頃オレの凛々しい立ち姿に惚れ直したんやな?」 「バッ……!違うわよ!アンタね、こっからはアンタが舞台のノリ引っ張ってかなきゃいけないんだから、気ィ抜くんじゃないわよ!?」 「ホイホイ、解っとりますて。主役食ったるぐらいに活躍しまくるよって、目ェ離さんとよう見とき」 「そ、そりゃ見てるわよ、失敗した時に大笑いしてやるためにね!」 「あーハイハイ。さてと、セットも整ったようやし、行くで王子様!……ってもうちょっとその不機嫌ヅラ直さんかい!」 「……元からこんな顔だ」 「そういう問題とちゃうやろ。自分の登場シーンはメッチャクチャボーッとしてもらわなアカンのやから、せめて表情は消せ!」 姫条が言うと、横から鈴木も口を出した。 「姫条くんの言う通り。葉月くん、しっかりやってよね?例のアレ、没にされたくなかったら」 その一言で葉月の表情が変わった。何やら奇妙なくらい真剣な表情になったので、藤井も姫条も頭を捻った。 「例のアレ?」 「なんやそれ?」 「ひーみーつ。さ、王子様とその従者。第2幕、スタートだよ!」 ------------------------------------------------------------ 引き続きスクリーン上に影絵アニメ。ナレーションに従って流れる。 ナレーション:『さて、お姫様が深い眠りについた事は近隣諸国に留まらず、遠方の国々にまで広がりました。姫が大層優れて美しい女性だという事は既に有名でしたので、多くの男達がその呪いを解こうと、茨の森を越えて姫を救い出そうとしました。 何しろ姫の愛を得る事が叶えば、若くてピッチピチの美少女と、王様の芸術品で儲けたこの国の財力とが一挙両得なのですから、ジャンボ宝くじに賭ける心意気並みに張り切りまくるのも必然でしょう。 まぁあとはアレですね、ヒーローコンプレックスって奴で、『囚われのお姫様を救い出すのが男のロマン』なんて考えてるドアホウな輩が当時は山ほど居たってのもあるんでしょう。 ですが、茨の道は固く閉ざされて誰一人として近づく事は出来ませんでした。それどころか、茨の森に飲み込まれるように死んで行く男達が後を絶えなかったのです。 これについては、国民は皆、仙女が姫を守る為にそういう仕様にしたんだろうと噂しておりました。悪しき心を持って姫に近づく者にはそれ相応の罰を、という事なのだと納得していたようです。――まぁ真実は闇の中ですが。 けれど、そうしていつしかいばら姫の城に近づく者は居なくなり、王様とお妃様も亡くなって、世代と時代は変わっていきました。 長い長い月日を経て、姫が真実目覚める日は来るのでしょうか――――――』 第2幕・開幕。 <第2幕・シーン1〜森の中> 剣戟の音。遠く(上手側)から戦いの音が聞こえて近づいて来る。 やがてこけつまろびつ庶民らしき少年がわたわたと逃げ惑って登場。それを盗賊が追いかけて来て、転んだ少年を追い詰める。 少年(日比谷):「うわわわ、命だけはお助けくださいッス!」 盗賊:「はぁ〜?おまえ何バカな事言ってんだよ。ここまで顔見られて命奪われないとでも思ってんのか?」 少年:「お、思ってないッス!けど、希望としてはそうッス!」 盗賊:「やっぱバカか、おまえ。ま、俺達に目をつけられたのが運の尽きってやつだな。―――あばよ」 盗賊が剣を振り上げたところで、背後から一人の男が登場、不敵に笑いながら盗賊の背中に剣の切っ先を当てる。 ???:「……それはこっちのセリフや」 盗賊:「―――!?」 ???:「アカンなぁ、いたいけな子供をよってたかって苛めるっちゅうんは性に合わんのや。そうやなくても盗賊ってのは好かんし、オレらかて襲われた分は償ってもらわなやり切れんわ」 盗賊:「く、くそ……ッ!」 ???:「ホラな?自分かて命は惜しいやろ?せやから―――」 盗賊:「これでも喰らえ!」 盗賊、懐から煙玉を取り出して床に叩きつける。ボンと煙が上がって謎の男が視界を閉ざされたと同時に、盗賊は切っ先から逃げて距離を空けて、今度は男に向かって突進。 盗賊:「やっぱりこっちのセリフだったな!あばよ、ガングロ男!」 謎の男が咳き込んでいる隙を狙って、盗賊が剣を振りかぶって降ろす。 が、その一瞬先に男の更に背後から別の影が飛び込んできて剣を一閃する。 盗賊:「グアァッ!!」(←バタッと倒れる) 倒れて動かないのを確認して、後から現れた男(フード着用につき顔は見えない)が剣を納める。 ???:「……これで、全員」 フードの男がそう言うと、呆然としていたもう一人の男がハッと気が付いたように食ってかかる。 ガングロの男(姫条):「っかあぁーーーッ!!なんちゅう余計な事するんや自分!ここはオレがカッコよく盗賊を倒して、観客の皆サマに思いっきりアッピールする場面やったんやで!?それを美味しいトコ取りしよってからに!」 フードの男:「……それでやられかけてちゃ世話、無い」 ガングロの男:「解ってへんなぁ。エエか、一旦ピンチになって更に盛り返して相手を倒すっちゅうのが、上手い演出っちゅうヤツやねん!そのままスンナリ相手倒してしもたらストーリーに山谷つかんで退屈なことこの上ないわ。そこんところやなぁ……って、自分何しとんねん」 フードの男:(倒れた盗賊の懐を探りながら)「追い剥ぎ。……あんまり持ってないな」 ガングロの男:「待たんかい!!追い剥ぎっちゅうのは、コイツらがする分には問題あらへんけど、オレらがやるんはタブーやろ!!」 フードの男:「路銀が少ないとか喚いてたの、おまえだろ」 ガングロの男:「そら自分がオフクロさんの心遣いを無駄にしよったからやないか。せっかくあれだけ路銀用意してくれたっちゅうのに、ほとんど置いてきよって」 フードの男:「あんなに金貨持たされても大変だろ。市場ではあんまり使われないんだから」 ガングロの男:「そういう問題やなくてなぁ―――」 少年:「あの〜……ジブン、話に混ざっても構わないッスか?」 おずおずと二人の会話に割り込む少年。 ガングロの男:「おお、すっかり忘れとったわ。自分、怪我ないか?」 少年:「ハイ、お二人のおかげで助かったッス!ジブンはこの先の街に住むペーターっていうッス。このたびは命を助けて頂いて、本当に感謝してます!」 フードの男:「……べつに助けたわけじゃない。というより、巻き込まれたの、おまえだろ」 ガングロの男:「せや。オレらが絡まれてるとこに出くわしたんは自分の方やろ。礼なんて要らんわ」 ペーター:「いいえ!起こりはどうあれ、助けて頂いたことは事実ッス!お礼と言ってはなんですが、よろしければ今晩は我が家に泊まっていきませんか?」 ガングロの男:「自分の家にか?」 ペーター:「ハイ!ジブンの家は宿屋を経営してるッス。一泊二日二食分をタダってことでどうでしょう?」 ガングロの男:(間髪入れずに)「乗ったわ!よっしゃ、そうと決まればさっさと行こか〜♪久々やなぁ、ベッドのあるとこで休むんは……って、自分何しとんねん」 フードの男、その辺の草むらにごろんと横になっている。 フードの男:「動いたら疲れた……寝る」 ガングロの男:「寝るなーーーッッ!!」(←どこからか取り出したハリセンでスパーン!と一撃) ペーター:「そ、そうッスよ!宿に着いたらいくらでも寝て構わないッスから!それにこんな所で寝てたらイバラ城の呪いに取り込まれるッスよ!」 ガングロの男:「イバラ城の呪い?なんや、それ」 ペーター:「あそこにお城が見えるのが分かるッスか?」 ペーター、書き割りの上部に描いてあるイバラ城を指差す。 ペーター:「あのお城には、それはそれは美しいお姫様が長い眠りについているんっス。けど、それを覆い隠すイバラが誰も近づけさせないんです。それどころか、そのイバラは年々腐海のように広がってるんっスよ」 ガングロの男:「腐海て自分、どっかのアニメとちゃうんやから」 ペーター:「いえ、本当なんッス!いつの間にかとんでもない所から枝が伸びてきてその場所を森の一部にしてしまって、それに巻き込まれた者は死んでしまうんッス。たとえ火で焼き払おうとしても、魔法がかかっていて燃えないんっス。おかげで国土がどんどん狭くなっていて、王宮の方では悩み事になってるんっスよ」 ガングロの男:「ほぉ〜。その話はともかく、眠れる姫の噂は聞いた事があるで。何でもえらい別嬪さんって話やな。……まあエエわ、とりあえず疲れたし、そろそろ行こか。案内したってや……って、自分今度は何しとんねん」 ガングロの男がフードの男を見ると、フードの男は無言で立ち上がって背中に背負った弓を取り出して構えている。そのまま矢を舞台上手側上部に放つ(フリをする)と、「うぎゃあぁぁーーーっ!」という悲鳴と「ガサガサガサッ!」というSE。 フードの男:「……一人、残ってた」 ガングロの男:「…………」 ペーター:「す、すごいッス……!ジブン、今猛烈に感動ッス!!あの距離で敵を判別し、なおかつ一撃で仕留める使い手なんて、そうそういないッスよ!!決めました、ジブンはあなたを人生の師として仰がせていただきます!!――――あ、そういえばお二人の名前を聞いてなかったッスね。教えてもらえますか?」 ガングロの男:「ん?おお、そういやスッカリ忘れとったな。オレの名は―――」 フードの男:(ボソッと)「セバスチャン」 ペーター:「セバスチャン?」 ガングロの男:「――待たんかい!その名前は仮の名前やてあれほど!」 フードの男:「仮でも、ほとんど固定してただろ、稽古中。放っとくと好き勝手つけるだろうから、先に言えって、総監督からのお達し。俺も、ラインハルトとかアレクサンダーとか名乗られると、嫌だし」 ガングロの男=セバスチャン:(舞台袖奥の鈴木の方を見て)「くっ……!先読まれとったか!!」 ペーター:(話を逸らすように)「そ、それではそういうあなたのお名前は一体……?」 フードの男:(言い辛そうに)「…………ジーク」 ペーター:「ジークさん、ですか?カッコイイ名前ッスね!」 セバスチャン:(ニヤニヤ笑いながら)「いやいや、正式名称は『ジークフリート』やで。えらいあざといネーミングやと思わへん〜?」 ジーク:(思いっきり不機嫌そうに)「……名づけたの、俺じゃない」 セバスチャン:「せやけどそれが自分の名前やろ?さ〜て、自己紹介も済んだ事やし、さっさとメシにありつきたいわ。レッツラゴーやで、ジークフリート様〜!」 セバスチャンがペーターを小突くようにして退場。それを見送ってジークが溜息をつく。 二人の後を追おうとして、ふと立ち止まってイバラ城の方角を見上げる。(SE:風の音) ジーク:「……あれがひい祖母さんの言ってた、オーロラ姫の眠る城、か……」 呟くように言うと、横合いから強風が吹き寄せてフードが取れる。 ジーク用特記>上手く取れない時は自分で外す事。 風に淡い色の髪をなびかせながら、ジーク(葉月)、しばらくイバラ城を見据えている。 やがてゆっくりと観客席の方を向きつつ踵を返して、そのまま二人の後を追うようにして退場。 ナレーション:『……皆さん?一目でお分かりですね? そう、この見目麗しい青年こそが、やがて姫を救い出す予定の王子様だったりするんです。も〜バレバレ。演出が露骨過ぎるのもバレバレです。 この王子様がなぜ姫の国に現れたのか、しかもなんでこんな小汚い格好をして旅なんかしているのか、その辺はこの次のシーンで明らかになるでしょう。 刮目して待て、次号!!』 ------------------------------------------------------------ 葉月のフードが取れた瞬間、会場中から女性陣の甘ったるい溜息が一斉に漏れた。 「よっしゃ、計算通り!」 拳を握って笑った鈴木に、藤井が苦笑で返す。 「考えたよねー鈴木ちゃんってば。確かに森の中っていう暗めの舞台とあの地味〜な衣裳だと、かえって葉月の王子っぷりが強調されるもんねぇ。わずかに残ってる煙が風でなびいてくのもポイント高いし」 「宝石は石ころの中にあるからこそ目立つ、という簡単な摂理を具現しただけだよ。ま、宝石の輝きそのものも結構大きいけどね。しっかし姫条くんが入ると一気にテンション高くなって助かるなぁ。やっぱりカンフル剤だね、彼は」 「アハハ、生物通り越して薬剤〜!」 「さてさて、この後も上手く行ってちょうだいね〜」 ……上手く行ってるのか、コレ? |
|