−第42話− |
「どーかな?観客の反応は」 バタバタと舞台裏に引っ込んだ藤井達が舞台袖で会場内の様子を窺っていた鈴木に訊ねると、彼女は何とも不敵な微笑を浮かべる。 「まあまあかな。爆笑とかバカ受けとかじゃないけど、上手い具合にジワジワと舞台に注目してる感じ。狙った通りのツッコミが入ってるしね」 鈴木の狙いとは、一気に引きこまれる舞台ではなくいつの間にやら引きずりこまれて呆れ笑いを連発するような舞台である。その為にしょーもない部分に妙に力を入れたりしている。オープニング然り、氷室のドレスアップ然り。 現在の観客の反応はまさに思い通り、鈴木の手の内で踊らされているようなもので、彼女としてはまずまずのスタートだ。 「さて、いよいよお姫様の登場だね。東雲ちゃんのスタンバイもOKだし、これまた反応が楽しみだねー」 ------------------------------------------------------------ ナレーション:『さてさて、生まれたその日に勝手に人生を決められてしまったようなカワイソ〜なお姫様でしたが、幸い仙女たちの祝福や本来生まれ持った資質もあり、それはそれは美しく成長いたしました――――』 <第1幕・シーン2〜森の木立、姫登場> 舞台は城に近い森の中。木立のセットの中央、一際大きな巨木が聳えている。 小鳥のさえずりが明るく響く中、バタバタと誰かが何かを探し回るような足音。 侍女シャルロッテ(紺野):「姫さま、いらっしゃいませんか〜!?」 シャルロッテ(以下ロッテ)、上手側から慌てふためきながら登場。 舞台を行ったり来たりしながらきょろきょろと辺りを見渡すが、何の反応もない。 ロッテ:「どうしよう……こんなに探しても見つからないなんて、本当にどこ行っちゃったんだろう、姫さまぁ……」 思わず泣きそうになると、下手側から一人の若者が登場。 衛兵ムート(鈴鹿):「ん?シャルロッテじゃねえか。どうしたんだよ、こんなとこで」 ロッテ:(一転して嬉しそうに)「あっ、ムートさん!ムートさんこそどうしたの?朝から見なかったから、どうしたんだろうって思ってたの」 ムート:「俺か?見回り兼ねてトレーニングしてたんだよ。いくら衛兵だからって、一日中城にこもってたんじゃ体なまっちまうっての」 ロッテ:「うふふ、ムートさんらしいなぁ。あ、でも無理はしないでね?」 ムート:「この程度じゃウォーミングアップにすらなんねえって。で、そういうおまえはどうしたんだよ」 ロッテ:(ハッとしたように)「そうだ!ムートさん、姫さま見なかった!?」 ムート:「姫さまって……またかよ、オイ!?」 ロッテ:「そうなの〜!ちょっと目を離した隙にまたどこか行っちゃって、ずっと探してるんだけど見つからないの」 ムート:「っかぁ〜、そりゃ参ったなー」 ロッテ:「本当にどうしよう……こうしてる間にも、もしも姫さまに何かあったら……」 ムート:「お、おい……」 ロッテ:「ナンパやキャッチセールスを骨抜きにして私設ファンクラブの会員数を増やすだけならまだしも、ヒグマにケンカ売って勝ってたり、白いオオカミ手懐けてもののけ姫ごっこしてたりなんかしたら、本当にわたしどうしたらいいか……あ、でもとりあえず最後のだったらわたしもやってみたいなぁ」 ムート:「……おまえホントに心配してんのか?」 ロッテ:「もちろんだよ!姫さまはわたしの乳姉妹で、小さい頃からずっと一緒に育ってきたんだよ!?ご主人さまっていう以前に、本当に本当に大切な人なんだから……」 ムート:「……わかってるって。けどよ、あんま心配しすぎんなって!あの姫がそう簡単にトラブルに巻き込まれるわきゃねえからよ」 ロッテ:「そ、そうかな……」 ムート:「そうに決まってるって。けどまぁ……よ、俺、おまえのそういうとこ……その――いいと、思うぜ」 ロッテ:「ムートさん……」 しばし見つめ合う二人、BGMも甘ったるく。 ロッテ:「……や、やだ、そんな、ムートさんったら、そんな、わたし恥ずかしい〜!!」(SE:ゲシッ!!) ムート:「うぉッッ!?」 ロッテ、一気に真っ赤になって照れ隠しにムートを力まかせにどつく。 ムート、その勢いで中央の樹の幹にドゴンと顔から激突。顔を押さえてフラフラと。 ロッテ:「はっ、ム、ムートさん大丈夫!?」 ムート:「おっまえなぁ……。今のマジ力入れすぎだっつーのッ!加減ってもんを考えろよ加減ってもんを―――グォッ!」(SE:バコバコバコッ!!) シャルロッテに食ってかかろうとしたムートの頭に、上から巻物や本が落下して直撃、そのままバッタリと倒れる。 ロッテ:「これは……姫さまの愛読書、『アイスツィマー印の微分積分講座』!!……ということは!」 シャルロッテ、本を手に取って確認してから上を見上げると、いきなり樹の枝の間からダラリンと人の手が垂れ下がってくる。 ロッテ:「―――姫さま!?」 姫(東雲):(眠そうかつ鈴の鳴るように)「……ん……?あ……ロッテ?どうしたの?」 ロッテ:「どどどどうしたじゃないよ〜!ななななんでそんなところにいるのってううんそうじゃなくて危ないから早く降りてっていってもでもでもわたし木登りできないしどうしたら〜〜〜ッ!!」 ロッテがわたわたしていると、上から冷静な声が降ってくる。 姫:「……とりあえず、落ち着くのが一番だと思う」 ロッテ:「そ……そ、それもそうだよね……」 ロッテが何度か深呼吸をして呼吸を落ち着かせたのを見計らって、頭上の声、再び。 姫:「大丈夫?それじゃ、降りるから」 ロッテ:「え?降りるって、姫さ―――」 ギョッとしたロッテの目の前で樹上から、ドレス姿の姫、舞台に背を向けた状態で降下。 (SE:ウィンドベルのトリル。妖精のイメージで) 床に下りたら裾を整えるようにしながら、ゆっくりと舞台の方を向く。 >姫用特記:極めて優雅・神秘的かつ軽やかに。 ------------------------------------------------------------ 天上から舞い降りる天使の如く突如降ってきた乙女に、会場中から感嘆の溜息が漏れた。 「…………キレイ……」 「……ホント……すっごい綺麗、東雲さん……」 「おう……オレ、生きててよかった……」 柔らかな幾重もの布をなびかせて、まこと妖精のように足音も立てずに現れた杉菜の優雅さに、観客全員が酔いしれた。 この瞬間の為だけに杉菜のドレス姿は一切の露出を許されていなかった。葉月だけでなく他の一般生徒も同様の我慢を強いられたのであるから、その感動はひとしおだ。 「……けど今さぁ……あれ、飛び降りてこなかった?命綱、無しで」 ------------------------------------------------------------ ロッテ:「ひ、姫さまーーーッッ!!危ないからそれは本番ではやらないって、ロープ伝ってくるって、リハーサルでそう言ってたよねッ!?」 姫:「うん。けど、この高さなら平気だし、面倒だし」 ------------------------------------------------------------ ちょっと待て。 会場内のほぼ全員が、心の中でそう呟いた。 ------------------------------------------------------------ ロッテ:「めめめ面倒って、そ、そういう問題じゃ……びっくりしたよぉ〜〜〜!!」 姫:「……ごめんなさい」 ロッテ:「う、ううん……そ、それより、どうしてあんなところにいたの?」 姫:「……気持ちいいかと、思って」 ロッテ:「え?」 姫:「ちょうどいい具合に日陰になるし、風、通るし。お昼寝したら、気持ち良さそうだと思って」 ムート:「……あのなぁ……」 ムート、後ろで頭を押さえながら立ち上がる。 ムート:(苦々しく)「気持ち良さそうだからって、んな危ねえとこで寝んじゃねえよ!つーかどーやってこんな本何冊も持って登ったんだよ!!」 ムート、自分の頭に直撃した書籍類を抱えて詰め寄るが、姫はそのまま無表情で答える。 姫:「ブックバンドにまとめて、枝の付け根部分に先に投げたの。投擲物の重量、目標までの距離、自分の筋力及び空気抵抗等の諸条件を計算すれば、簡単」 ムート:「……冷静に返すなっての……つうか簡単じゃねえよ、それ!」 ロッテ:「ム、ムートさん、相手はお姫さまなんだから、その口調はまずいんじゃないかなぁ。――それはともかく、あのね、王さまと王妃さまが呼んでらしたの。それにもうすぐお勉強の時間でしょ?早くお城に戻らないと」 姫:「あ、うん。わかった」 あっさり頷いて、そのまま3人とも下手側に退場。 ナレーション:『……とまあこのように、お姫様は観客の皆さんも唖然とするくらいの超美人に育ったんですね〜。もちろん素肌は赤ん坊のようなスベスベな極上の珠の肌、特に手入れはしてないくせにそれですよ。羨ましいったらないですねぇ』 ナレーションと並行して場面転換→城内へ。 ナレーション:『しかもただ美人なだけじゃないって言うか、仙女たちの祝福全てを体現したかのように育ってくれたんですよ、これが』 背景の描き割りは城内大広間、下手側からゆっくりとセットがベルトコンベア様に移動して上手側に流れていく。 それと同時に姫が上手側から再登場、流れてくるセットをこなしていく。 ナレーション:『容姿と立居振舞は一目瞭然だからおいといて、頭の良さは政治・経済・自然科学・哲学・芸術エトセトラ、どの専門の学者とも会話が成立するくらいにマスターしちゃってるし―――』 →学者風のエキストラ数人が座る円卓の一つに腰掛けて、物理・資本主義経済の専門知識の薀蓄を語り合ってから離席。 ナレーション:『ダンスはもう気品溢れて零れる如く優雅典雅に踊りこなしてくれちゃいますし―――』 →一礼した男子(タキシード姿)に手を取られてワルツの難しいステップをそれはそれは美しく踊る。 ナレーション:『小鳥の歌声でもって多くの人々の心を魅了してくれちゃいますし―――』 →バックにハープ奏者、歌挿入。貴族が周りで聞き惚れる様子。 ナレーション:『あらゆる楽器を弾きこなすミュージシャンとしての才能も抜群です』 →侍女から何かを受け取って流れて来る台の上のバイオリンを取ろうとして―――そのまま次に現れたドラムセットにスタンバイ。 ------------------------------------------------------------ 「「「ドラム?」」」 と全員が不審に思ったところで、杉菜の腕がプロのドラマーさながらに凄まじい速さでリズムを刻んだ。 「うおっ、スゲー!!」 「なるほど、こないだ鈴木と一緒に軽音部の部室に来たのはこれの為か!!」 盛大な拍手と共にシンバルが鳴り響き、席を立つ。 ------------------------------------------------------------ ナレーション:『最後のはどっちかって言うと『叩きこなす』の方が近いですねぇ。 まあこのように素晴らしき才能の数々に恵まれた姫でしたが、一つばかり欠点がありました。それは―――』 ロッテ:「―――って姫さま!キャラ紹介の途中で寝ちゃダメ〜!!」 ロッテ、いきなり寝崩れた姫を支えて叫ぶ。 ナレーション:『……なんといいますか、姫にはちょっと人並み外れてぽややんとしたところがありまして、その上所構わずすぐに眠ってしまうというなんだかなーな癖があったんです。 王様とお妃様は愛を込めてこの姫にWeise Rose……『白薔薇姫』と名づけていたんですが、いかんせん姫がこんなですから、周りの人々はたっぷりの愛とちょっぴりの皮肉を込めて『あかつきの姫』、つまり『オーロラ姫』と呼んでおりました。正確には『アウローラ』ですが、ここは一般的な読み方で流しちゃって下さいね。 ―――はぁ〜、やっとヒロインの紹介が終わりましたよ、やれやれ』 ------------------------------------------------------------ 「このナレーション、ホントなんだかな〜」 ------------------------------------------------------------ <第1幕・シーン3〜王宮のテラスから庭を望む> 舞台は庭に面したテラス。上手側・庭では姫と庭師が二人とも鉢植えを持って会話中。 そこへ下手側・城内部から王が登場。 王:「やあ、いたね?ボクの可愛い白薔薇の君」 オーロラ姫:「あ、お父様」 庭師ハインリヒ(守村):「ああ、陛下。ごきげんよう」 王:「ウン、ボクはとっても機嫌がいいよ。晴れやかな太陽の下で淑やかに輝く美しい花々を眺めるのは、この上なく幸せなことだからね。ところで二人とも、何を話していたんだい?」 オーロラ姫:「先日、城下に行った際に民に貰った薔薇のことで」 姫のセリフを受けて庭師が手に持った鉢植え(小振りの純白のバラ)を示す。 王:「どれどれ……ウン、これは素晴らしいね。ボクの姫にはピッタリな可憐さだ。ウン、実にいいよ!民も素敵な心遣いをしてくれたね」 ハインリヒ:「ですがバラ科の植物は害虫が発生しやすいですからね。手入れはしっかりしませんと」 オーロラ姫:「この時代だと、アブラムシ対策はやっぱり牛乳……かな」 ハインリヒ:「そうですね。あまり見た目が綺麗じゃないですけど、他に殺虫剤もないですしね。あとでハダニ対策のシャワーがてら、葉裏に噴霧しておきますね」 王:(軽く頭を押さえて)「……ハインリヒ、キミの熱心さは素晴らしいと思うんだけど、ボクの前でそういう話はちょっと止めてくれないかな。ボクにとってはあんまり愉快な内容じゃないんだ」 ハインリヒ:「え?……ああっ、ごめんなさい!つい気になってしまって……。そ、そうですね。それじゃあ薔薇につきものの棘にまつわるお話でも……」 その時上手側舞台袖からムートが声をかける。 ムート:「おーいハインリヒー!この腐葉土の袋、どこ持ってきゃいいんだよー!?」 ハインリヒ:「あっ、それは城の裏にある育苗室です!待って下さい、今行きますー!あ、それでは陛下、姫様、僕はこれで失礼します」 庭師、慌しく一礼して上手側に退場。 王:(少し残念そうに)「棘にまつわる話……少し興味があったんだけど、しょうがないね。それにしても、ボクのスウィートプリンセスは民にも慕われているようで嬉しいよ。そういえば、この頃はよく城下に行くそうだね?」 オーロラ姫:「色々な職業の人に話を聞くのは、とても勉強になるので」 王:「なるほど、それもそうだね。ああでも、どうかくれぐれも気をつけて?君に何かあったらボクとハニーは生きてはいられないんだから」 オーロラ姫:「はい、気をつけます。……ところでお父様、一つ質問があるのですが、よろしいですか?」 王:「なんだい?ボクに答えられることなら何でも答えてあげるよ」 オーロラ姫:「城下で仕立て工房に行った時から、ずっと気になっていたのですが……どうしてこの国には糸紡ぎ機がないのでしょう」 王:「……糸紡ぎ機?」 オーロラ姫:「はい。繊維工業においては最も根本となる紡績の基本行程でありながら、それを行う機具がない、というのが疑問で」 ナレーション:『そう、現在この国には一切の糸紡ぎ機がありませんでした。仙女達の魔法の件があってから、不安に駆られた王様とお妃様は、国中の糸紡ぎ機を全て駆逐してしまったのです。ハッキリいって無茶苦茶です(キッパリ)。しかし国民はあっさりそれに従いました。何しろこの王様ですから、反抗しても無意味ですからね。 そしてまた、王様を始めとして国中の者は、姫に掛けられた呪いについて決して姫に知らせようとはしませんでした。ただでさえ勝手に魔法を掛けられた上にそんな運命が待ち構えていると知ったら、姫はとても哀しむだろうと思ったからです。 ……もっともこの姫がそんな事で思い悩むような性格だとは思えないって言うか、これ幸いと百年くらいは軽くグースカ寝ててくれてそうな気がヒシヒシとするんですが、今さらこうです、なんて言えないってのもあるんでしょう。難しいところです。 それはともかく、王様は姫のクリティカルヒットな質問を受けて、ちょこっと悩みました。一体全体どう答えるつもりでしょう』 王:(とても哀しそうに)「……うん……そうなんだ。実はね…………ボクはね、あの糸紡ぎ機の音が好きじゃないんだよ」 オーロラ姫:「……音、ですか?」 王:「そうさ。あの音を聞くとね、とても心が乱れてしまうんだ。それがボクには耐えられない。ボクは視察がてらミューズからインスピレーションを得る為に、国中を巡ることが多いだろう?それなのにあの糸紡ぎ機の音が聞こえてくると、それはそれは苦しくなるんだよ。神経が擦りへってしまうんだ。だから、国中から糸紡ぎ機をなくしたんだ。ボクの、ミューズへの愛の為にね」 オーロラ姫:「……でも、自給自足できないと困るんじゃ……」 王:「大丈夫!ボクの芸術作品の数々をもってすれば、糸の輸入なんて軽くまかなえてしまうからね!それに……そうだよ、糸が紡げなかったら、叩いて不織布を作ればいいんだ!!ウン、そうだ、これからボクはフェルトを使った服をデザインすることにしよう!それで問題は解決さ、そうだね?」 ナレーション:『……素晴らしいです、王様。嘘を一言も言わず、尚且つ姫に責任をかける事もなく言ってのけました。しかも内容がこれまた無茶苦茶です。というか、フェルトと不織布じゃ微妙に違うんですけどいいんですかね?まぁ遠方の国にまで芸術王として名が通ってるほどの優れた芸術家ともなればそんなこたどーでも良いのかもしれませんが』 王:(上を見上げて)「……何ともこのナレーションは気にかかるね。まあ王たるボクがそんな些細なことを気にする必要はないけれどね。―――というわけさ、解ったかい?」 オーロラ姫:(無表情に頷く)「……はい」 王:「ウン。……そんなことより、ボクは君の方が気になるよ」 オーロラ姫:「私の……方?」 王:「そうさ。(姫の頬に手をやって)……ボクの愛しい娘は、どうすればこの薔薇の様に咲いてくれるんだろうね……。ボクは長いこと君の笑顔を見た記憶がないよ」 照明、二人にスポットライト。やや間を置いて。 オーロラ姫:「……ごめんなさい」 王:「謝ることじゃないさ。でもね、ボクやハニーを少しでも愛してくれているなら、たまにはこの薔薇のように微笑んでおくれ。君の笑顔は、そう、ミューズの祝福にも値する素晴らしい奇跡なんだからね」 その時、下手側から妃と女官長、侍女達が登場。 ロッテ:「あっ、姫さま!こんなところにいたんだね。探してたんだよ〜」 妃:「まあ、陛下もご一緒でしたのね。二人とも、こんな所で何をしていらしたの?」 王:「ああ、ハニー。ウン、ちょっとね。ところで彼女を迎える準備は整ったのかい?」 妃:「もちろんですわ。まったく、あの人ったらこんなにしょっちゅう訪ねて来るものだから、わたくしもおもてなしが大変だわ」 女官長:「その割には毎回ずいぶんと楽しそうに準備しているみたいですけど?」 妃:(図星を差されたように真っ赤になって)「ぅ……etre bruyant(うるさいわね)、仕方ないでしょう!?彼女は仮にも仙女なんだから、いくら幼なじみだからって、そうそう失礼なもてなしをする訳にはいかないもの!」 女官長:(苦笑しつつ)「解ってます。……それにしても遅いわね、また寄り道―――」 女官長がそう言うと、上手側からジャンプしながら仙女登場。そのままの勢いで姫に抱きつく。 仙女ミーナ:「ヤッホ〜ッ!!ひっさしぶりー、オーロラちゃん!あぁ〜もう、ちょーっと見ないうちにまたカワイクなっちゃって〜♪」 オーロラ姫:「あ……いらっしゃいませ」 妃:「ちょっとあなた!いきなり湧いて出た挙句に陛下やわたくしに挨拶もなく失礼だと思わないの!?大体久しぶりって言うけど、この前来たのは一ヶ月前よ?仙女の久しぶりっていったら、普通百年二百年はあるんじゃないの!?」 仙女ミーナ:「あーもうウッルサイなぁ。アタシは現代的な仙女だから、ひと月だって久々なの!それ以前にアタシはこの子の顔見に来てるんであって、アンタとおしゃべりしに来たわけじゃなーいーのー!」 妃:「Bon...ayant dit...(よくも言ったわね)!女官長、この人のお茶は出がらしで充分よ!庶民の使うティーバッグの三杯目でも出して上げてちょうだい!お茶受けは100円均一の醤油せんべいで満足らしいから!」 仙女ミーナ:「ちょっとぉ!!アンタそれスッゴイ陰湿!仮にも一国の王妃がそんなケチくさくっていいワケ!?」 妃:「どうとでも?わたくしは相手を見てそれにふさわし〜いおもてなしをするだけですからね?」 仙女ミーナ:「うっわ最低!」 女官長:「ちょっと、来た早々やめて頂戴!王妃殿下も、心にもない事を言うものではありません。……陛下も何か仰ってください」 王:「どうして?仲が良さそうで素敵だと思うけれどね?」 妃と仙女ミーナ、二人して真っ赤になってあさっての方を向く。 ナレーション:『この様に、仙女ミーナは何かと言えば姫の様子を観にちょくちょくお城を訪れておりました。心配っていうよりは、可愛い物好きの血が滾るってのと、来るたんびに何だかんだいって高級洋菓子を食べられるという方が大きいと思うんですけどね。 そんな事はともかくとして、ケンカしつつもテラスで仲良く飲茶タイムです』 ナレーションと並行してお茶会の準備が整う。見合い写真らしき小冊子の山を眺めつつ、侍女達の入れるお茶に舌鼓を打つ面々。 >姫用特記:いつも通りの摂食スピードで。 <第1幕・シーン4〜王宮テラスでのお茶会> 仙女ミーナ:「へぇ〜っ、今度は南の国の国王からかぁ〜。最近ホンット増えてきたねぇ、縁談。まさに降るがごとしってヤツ?」 王:「まったくだよ。まあボクとハニーの娘だからね、何ら不思議じゃないさ。これだけ美しく成長したホワイトローズを妃にしたい気分は解らないでもないね」 女官長:「……だから陛下。自分で名づけた設定上、極力ドイツ語で」 王:「ドイツ語より英語での響きの方がキレイだからね、何度も言うけどボクは気にしない。ウン、気にしないんだ。だからキミも気にする必要はないんだよ。そうだね?」(←女官長、深い溜息と共に頭を押さえる) 妃:「もちろん陛下の仰る通りですわ。……でも今回の縁談はお断りした方がよろしいわね。相手のご身分などは最高ですけど、御年65歳ではねぇ。姫が可哀想だわ」 仙女ミーナ:「てか14の少女にモーションかけるって、そりゃ相当ロリコンの気があんじゃない?やめた方がいいって、マジ。―――あーでも、お姫さまももうすぐ15歳か〜。時の流れは早いねぇ」 仙女ミーナの言葉に、周りの面々はやや沈黙。 妃:(重苦しい溜息と共に)「本当に、そうね……15歳……とうとうその時が来てしまうのね……」 オーロラ姫:「……お母様?私が15になると、何か問題でもあるのですか?」 妃:(慌てて)「Non!わたくしたちが付いていて、そんなはずあるわけないでしょう!?そうじゃないの、そうじゃ、なくて……」 王:(穏やかに微笑んで)「そうだよ。15になればキミも正式に社交界デビューだろう?そうすれば、今まで以上に異性との出会いが多くなり、その中からキミは愛する男性を見つけてボクたちの元を去って行く。ハニーはね、今からそれが寂しいんだよ」 妃:「そ、そうよ!あなたはわたくしたちの大切な大切な一人娘だもの、今からそれを思うと物悲しくなってしまうのよ」 オーロラ姫:(首を傾げて)「……婿養子、貰うんじゃ?王権が世襲制って設定だし、そうなるのかなって、思ってたけど」 仙女ミーナ:「……アンタってば、自分の一生のことなのにずいぶん冷静に判断してるよね」 オーロラ姫:「そうですか?」 ナレーション:『そうですヨ(キッパリ)』 王:「そうだね……確かにその選択肢もあるけど、ボクはそんなことでキミの未来を縛りたくはない。そう……キミには限りない可能性に満ちた未来が待っているんだ。ボクたちの勝手な思惑で閉ざされることなど許されない、そんな輝かしい未来がね……」(やや自嘲気味な微笑) 妃:「陛下……」 王:(一転して明るく)「……それにね、やっぱり結婚というものは、自分の真実愛する相手とするべきだよ。ボクがハニーと出逢って本当の意味で人生に灯りが点ったように、それはとても尊いものなんだから。そうだね、ハニー?」 妃:「ええ……ええ、そうですわ、陛下!わたくしの人生だって、あなたという方が現れて初めて彩りに満ちたものになったのですもの……」 王:「ハニー……」 妃:「陛下……」 仙女ミーナ:「あーこのお茶美味しいわねー」 女官長:「何ならお代わりどう?」 仙女達周囲、二人の世界を構築する王と妃の事は無視。(BGM:アンジェリ○ク・LLEDテーマ曲) その後下手側から侍従が現れて女官長に耳打ち、女官長は王と妃に割り込むように話しかける。 女官長:「陛下、それから王妃殿下。姫様の生誕祝賀式典の事で、大臣がお話があるそうです。至急執務室までお越しください、と」 王:「おや、なんだろう?行ってみよう、ハニー」 妃:「ええ。それじゃ、わたくしたちはこれで失礼するわね、a bientot!」 王と妃、侍女の大部分を連れて退場。残ったのは仙女ミーナと女官長、ロッテのみ。 女官長:「……本当にもう、どうしてドイツ語を使ってくれないのかしら……(かなり地が出た状態でこめかみピクピクと)」 仙女ミーナ:「あ〜もういいよそんなのー。アレよアレ、王サマはグローバル派、王妃サマはおフランスかぶれってことにすりゃ問題ないって。でもそっかぁ〜、姫の誕生日、あと半月ないもんね。城中バタバタしてるっていうか、なんか慌しいよね」 女官長:「ええ、ごめんなさいね、あまり落ち着けない状態で。―――っていけない、私も他に仕事があったんだわ。シャルロッテ、あなたも来て頂戴」 ロッテ:「うん――じゃなかった、はい!」 女官長:「それじゃ、私もこれで失礼するわ。……後はよろしくね」(←言いながら退場) 姫と二人きりになった後、仙女ミーナは頬杖をついて女官長達が消えた方向を見る。 仙女ミーナ:「まったく、ホンットプレッシャーだってば。アタシなら話してくれると思ってんのかね〜」 オーロラ姫:「……?」 仙女ミーナ:「……実はさ。今日来た理由は、アンタの顔見にってのともう一つ、アンタの話を聞きにってのもあったんだよね」 オーロラ姫:「私の……話?」 仙女ミーナ:「そ。あの両親だからねー、アンタより目立っちゃってなかなか話が進まないだろうから、こりゃ第三者が聞いた方がいいって女官長たちとも意見が合っちゃったんだよね。まさかアタシにその役が回ってくるとは思わなかったけど」 仙女ミーナ、体ごと姫に向き合って彼女を見据える。 仙女ミーナ:「最近のアンタ、マジで変だよ?そりゃ昔っからハツラツとかハイテンションとかファイトいっぱーつッ!とか、そういうのとは縁遠いコだったけど、ここにきてメランコリー度数がガンガン上がってきちゃったっていうか。なんかあった?」 オーロラ姫:「……べつに、何も」 仙女ミーナ:「……そう言うとは思ったけどさ、ちょっぴりでもいいから何かこう、思ってることの欠片くらい話してくれたっていいじゃん?昨日今日の仲じゃなし、絶対他言しないから。ね?」 ジーッと姫を見つめる仙女から、姫は視線を逸らすように俯く。 オーロラ姫:「…………特別に扱われているのが、苦しいです」 仙女ミーナ:「……特別?」 オーロラ姫:「よく……判らないけど、皆が私に接する時、どこか心の中に哀れみや同情を持っているような気がする。誰も口には出さないけど、そう、感じます。それは……私が15歳になる事と、何か関係があるのでしょう?」 仙女ミーナ:「――――――!」 オーロラ姫:「お父様もお母様も、それから他の皆も、私が15歳になる事を怖れているような気がします。どうしてかは判らないけど、それが根本にあって、その上で何かを隠している気がします。それが伝わってくるのが、辛い」 仙女ミーナ:「……そっか……」 オーロラ姫:「仙女様……私には、何かの呪いがかかっているのではありませんか?時が来ると発動するような、そんなものが。それは例えば死であったりするのではありませんか?だから仙女様は、こんなに私を気にかけてくださるのではありませんか?」 仙女ミーナ:「っ、それは……」 オーロラ姫:「……私は、死を恐れたりはしません。誰の身にも等しく訪れるもの、転んだ拍子に訪れる事だってあるものだから。それに……15歳に満たずに亡くなる子供だってたくさんいます。流浪の民の子供では、成人できる事すら難しいというのに、それなのに、私は王女というだけで多くの恵みを与えられている。それは、何かおかしい。……上手く言えないけど、そう思います。…………それと……」 姫、手元にある見合い写真を手に取る。 オーロラ姫:「私に求婚してくださるこの方達は、私が王女であるという事で私に興味を持っています。誰もが私を褒めてくれるけれど、それは仙女様達が祝福を授けてくださったから。私自身などささやかなものです。それなのに、ただ身分があるというだけで―――」 そのまま客席から顔を背けて俯く。 オーロラ姫:「……贅沢なのでしょう、私は。これ以上ないくらいに様々な物を与えられていながら、それでも尚求めてしまうものがある。それに、気が付いた事。……私が落ち込んでいると言うなら、その為です」 仙女ミーナ:「……そう、なんだ……そんなこと、思ってたんだね、アンタ……」 仙女ミーナ、それ以上は何も言わずに振り返った姫を抱きしめる。 照明ゆっくりとフェードアウト、仙女ミーナのモノローグが被る。 仙女ミーナ:「本当に、なんていいコに育ったんだろうね、アンタ。真っ直ぐで、純粋で、賢くて。 ……でもね、アンタに罪がないことでかけられちゃった魔法に、素直に従う必要なんて絶対ないんだもん。誰にだって幸せになる権利ってのはあるんだから。 ま、確かにね、今んとこ求婚者の連中も顔ぶれってゆーか内面なんて大したことないのばっかだけどさ。アタシ、心の底から願うよ。アンタを幸せにできるだけの誰かが必ず現れて、アンタの心を救ってくれることを。身分や外見にとらわれないで、アンタ自身を愛してくれる誰かがね。今はまだ、現れてないけど……」 ナレーション:『……うーん、ツッコミどころがないですねぇ(ションボリ風味に)。 そう、この話のお姫様は、上っ面だけの白痴美人ではありませんでした。王様とお妃様がアレでも、ちゃんと現実を見て自分の頭で物事を捉えることが出来る人物なのです。 一体そんな姫に、これからどんな人生が用意されているのでしょうか――――――。 ってまぁネタはバレてるんで深くは追求しませんが、何はともあれ、それぞれに想いを心の内に抱きながら、運命の時は近づいておりました――――』 ------------------------------------------------------------ 会場内が何やら非常にしんみりしたムードに満たされて、舞台裏にいる鈴木はやや表情を曇らせた。 「う〜ん、ちょっといきなりシリアスになり過ぎたかなぁ?」 出番待ちで暇を持て余している姫条が、衣裳に包まれた肩をすぼめて答える。 「ちゅうか、杉菜ちゃんの演技がエライ真に迫っとるからなぁ。稽古の時より数段シリアス度が上がってへん?」 「だよね……。劇が始まる前に何かあったのかな。―――ところで姫条くん、王子様の方はどうしてる?」 「あー、あいつやったら控え室でひたすら我慢の子になっとるで。杉菜ちゃんの声だけは聞こえるっちゅうのがまた拷問みたいなもんやからな〜」 「ふむ、そろそろ東雲ちゃん禁断症状が出てきたか。よしよし、じゃあそっちは大丈夫だね。氷室先生もOKだし、シリアスになった分カラリと盛り返してもらいましょうか」 |
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