−第30話− |
ドドォーーーン!! 「な、なに!?」 地から響くような轟音にその場にいた皆が驚いて、思わず辺りを見回す。だが、地震のように物が揺れている気配はない。音のした方向で騒ぎが起きているようだが、特に天災という訳ではなさそうだ。 ややあってから、お互いに顔を見合わせて息を吐いた。 「……何かが倒れたような音でしたね」 「なんだろうな……けっこう派手な音しやがったよな」 「うん、けどその内アタシの携帯に連絡来ると思う。なんかあったら実行委員で携帯持ってるコ全員に連絡するって言われたし」 「せやな。とりあえずそれまではこっちの情報を頭に叩きこんでた方がええ。蒼樹、これで全員分やな?」 姫条が確認すると、蒼樹がそれに応えてコクンと頷いた。 「はい。きら校内での珪のファンの中で、特に最近目立った動きをしていたのはこの5人です。中でもこの人がリーダーらしいですね」 そう言って机に広げたプリントの一枚を指し示す。どうやって入手したものか、そのプリント類には杉菜への嫌がらせの犯人と目星をつけた女子数人の顔写真や基本データが記載されていた。 「フム、写真を見る限りではミューズに見離されている感じは受けない顔立ちだけど……いや、そうでもないね。どこか暗鬱なオーラを感じるよ。うん、あまり好ましくないね」 「こんな小さな写真でよくわかるなあ、おまえ……」 「どうや葉月。見たことある顔か?」 「……ああ。少し前までよくスタジオの辺り、うろついてた顔……だと思う」 「そう……。有沢さん、予備校の知り合いに訊いたっていう彼女たちの名前、合ってる?」 「待って…………ええ、間違いないわ。人数も名前も、聞いた人相もピッタリ」 「じゃ、間違いなくコイツらだね。……ん?葉月、『少し前』までって言った?」 藤井が葉月の顔を見て、先程の彼のセリフについて訊ねた。 「ん?ああ。9月くらい……か?それまではスタジオ周辺で派手に騒いでて、トラブルがいくつか起きてた。けど、9月半ばくらいからあんまり来なくなったな。尾行されたこともあったけど、マネージャーが気づいてなんとか撒いた」 「なるほどな……。杉菜ちゃんへの嫌がらせが始まったんが9月半ばやから、ちょっと身を潜めよ思たんかな」 「かもね。――――――ん?あ、多分本部からだ。ちょっとゴメン」 藤井の携帯が鳴ったので、彼女はポケットからそれを取り出して電話に出た。 「ハイ、藤井です。――あれ、鈴木ちゃん?お疲れ、今本部詰めなの?――さっきのものすごい音のことでしょ?アレ何だったの?」 予想通り実行委員会本部の事故係からの連絡だったらしい。何言か話してから、一旦通話口を押えて皆に向き直る。 「なんかね、劇で使う予定の大道具が、補強が甘かったらしくていきなり倒れちゃったんだって。それで何人か怪我したみたいで、今バタバタしてんだって」 「なんや、大丈夫なんかい」 「重傷患者はいないけど、巻き込まれた人多いんで現場で保健委員とかにひとまず手当てしてもらってるみたい。―――鈴木ちゃん、アタシも行った方がいいの?」 藤井が再び通話口に出て鈴木と会話を続ける。 「ホンマに大丈夫なんかなぁ。劇いうたら学園演劇やろ?大目玉品がそんな事故起こしてもうたら大変やなぁ」 「ええ……」 そう言った守村が考え込むような素振りをしたのに隣にいた鈴鹿が気づいた。 「どうしたんだ守村?なんか気になることでもあんのか?」 「はい、変だなと思って」 「変?」 「昨日、舞台の大道具の人が自慢してたんですよ。撮影所のバイト行った時に教えてもらった、プロじこみの補強だからちょっとやそっとじゃ壊れないぞって。ああ、僕と同じクラスの人なんですけど」 「え、それって、どういう……」 「―――ハァ!?何ソレ!?」 有沢が守村のセリフに疑問を呈しようとしたところ、通話中の藤井が突然大きな声を上げた。 「マジ?え?男子のも女子のも両方?本気で!?何ソレ!」 「藤井さん?いったいどうしたのよ?」 「あ、鈴木ちゃんちょっとゴメン―――それがさ、三年でクラス演劇やってるとこがあるんだけど、着替えっていうか制服をべつの部屋に置いといたら盗まれてたんだって。男子用と女子用の。それも複数」 「盗難……制服をか!?貴重品やのうて?」 「そう。で、今そっちの方でも事故係が走り回ってるみたいで、アタシも行かなきゃなんないの」 「そっか、わかったわ。自分はそっちの仕事行ってきぃ。オレらもなんや手伝えることがあったらすぐ行くよって」 「サンキュ。じゃ悪いけどアタシこれで…………って、うわ!?」 密談の場所として選んだ社会資料室、その扉を開けようとして藤井は驚いて立ち止まった。先に扉の方が開いて、一人の女生徒が飛び込んできたからである。 「キャッ……あ、なっちん!?葉月くんもここにいたんだ!」 「―――シノ!?どしたのアンタ!?」 入ってきたのは篠ノ目だった。吹奏楽部の演奏が終わってそのまま来たのか、手にはフルートを持ったままだ。走り回って汗だくになった焦燥の表情を浮かべていたが、葉月達の姿を認めるとホッとしたように笑った。 「もう、みんな見当たらないからどこだろうと思って探しちゃったよ〜!」 「探すって、アタシらを?なんかあったの?」 「うん。あのね、言っておいた方がいいと思って。さっき部の発表が終わって部室に戻ろうとしたんだけど、その途中であの人たち見つけたの」 「あの人たち?」 藤井が問うと、篠ノ目はハッキリと頷いた。 「夏に私に声かけてきた、葉月くんのファン」 「!!」 部屋にいた全員が思わず顔を見合わせる。その様子にはかまわず篠ノ目は続けた。 「それが変っていうか、最初は一人だけだったんだけど、携帯で通話してる内に何人か集まってきたの。でもそれがなぜかみんなしてはば学の制服来てるの」 「……はば学の制服、やて?」 「電話が終わったらすぐにそこからいなくなったんだけど……でも、話しながらなんだか嫌な感じで笑ってて。それで気になって、なっちんや葉月くんに伝えなきゃって思って……―――葉月くん!?」 そこまで聞いた段階で、葉月が突然駆け出して部屋から出て行った。 「ちょ、ちょっと葉月!?」 「和馬、オレらも行くで!」 「お、おう!」 はばたき学園の制服が盗まれる。杉菜に嫌がらせを働いている人間がはば学の制服を着用している。そして、保健室で杉菜が眠っている今を見計らうように全校生徒及び教職員の注意を引くような事故。 ならば、考えられる事は一つ。学内に潜入した上での陽動作戦。 しかも、状況から察するに―――。 「姫条、一体なんなの!葉月ってばなんでいきなり走り出したのよ!?」 「アホか、さっき自分で言うたやろ!巻き込まれたもんが多いから保健委員が手当てしとるて!その手当ての場に養護教諭がおらんわけないやろ!!」 「あっ……!!」 保健室が空になるくらいの大がかりな事故。重傷人はいなくとも、数が多ければそれだけかの部屋が空になる可能性は大。他に病人がいない事を確認すれば、眠ったままの小柄な女子一人拉致するくらい不可能ではない。 「しかも、男子用の制服まで盗まれた言うてたやろ!?それは敵さんが自分らだけやのうて野郎どもまで引き連れて来よったっちゅうことや!」 「姫条、それって……!」 「こないなバカげたことに加わるようなヤツらや、まっとうな連中やない!そこに杉菜ちゃんみたいな美少女ちらつかされてみい、何が起こるか目に見えとるわ!!」 (………杉菜!!) 廊下にひしめく人々を突き飛ばしかねない勢いで走り抜け、姫条らが保健室に辿り着くと、そこには一人しかいなかった。 杉菜が眠っていたはずのベッドを見据えながら、固く拳を握っている葉月の姿。 「葉月、杉菜ちゃんは―――」 姫条が訊くと、葉月はぎこちない動きで首を横に振った。 「いない。……いなかった」 「ウソッ!ちょっ、杉菜!?」 藤井が姫条の影からカーテンの中を覗きこみ、そこに出来た奇妙な空間を目の当たりにして、一瞬にして血の気が引いた。枕元の窓がわずかに開いていて、そこから連れ出されたのだろうと推察された。 「……そんな、あんな短時間に?」 「……かなり用意周到に企んでたっちゅうことやな」 「なんてこと……!!ギャリソン!一体ボディーガードは何をしてたの!?―――ギャリソン!?」 普段なら即座に現れるはずのギャリソン伊藤が、なぜか現れない。すかさず須藤は携帯を取り出してギャリソンにかける。 『はい、ギャリソン伊藤でございます。―――瑞希様?どうなさいましたか?』 「ちょっとギャリソン!この肝心な時に一体どこで何をしてるのよ!なんでミズキが呼んでもこないの!?」 『は……?学園演劇の舞台裏で、事故処理の手伝いをしておりますが。瑞希様が仰られたのではありませんか?』 「ミズキが?」 『はい。瑞希様のご学友のお一人と仰る方が、瑞希様から全員で事故の片付けの処理を手伝ってやれ、と伝言を承ったとかで』 「……ミズキがそんなことを頼むはずがないでしょう!!それに全員ってことは東雲さんの護衛に当たっていた者もなの!?」 『はあ、そのご学友とやらが、今は保健室に別の生徒もいるし大丈夫だからと瑞希様がお言いになった、と……』 「―――もういいわ!さっさと戻ってらっしゃい!」 叩きつけかねない勢いで電話を切って、そのまま携帯を握り締める。歯軋りの音が周りにまで響く。 「用意周到もほどがあるわね……」 「まったくもう……!!ギャリソンにはきつく言ってきかせなくちゃ気が済まないわ!!」 「それはあとでええ。とにかく今は杉菜ちゃんを探す方が先決や。こっから行けそうで人目につかんとこいうたら……」 「体育倉庫とか、部室棟とかか?」 「体育倉庫は今年演劇好きの有志が使ってるじゃん、一人芝居やるって評判になってさ。部室棟だってこっからじゃ人目につかない方がおかしいし、ちょこちょこ人の出入りもあるよ。廊下から出てくわけはないから、校内は除外だし、他にありそうっていったら……園芸部の温室は?」 「いえ、あそこは喫茶店以外の出展で使用していますから、無人ということはないと思います」 「となればあとは……森くらいしか思いつかんで。あそこには学校の敷地に通じとる秘密の通路があんねん」 「森って、アンタそれ範囲広すぎ!」 「せやかて他に思いつかんのやからしゃあないやろ!!」 各人が思い当たる節をそれぞれ挙げる。不確かな場所をしらみつぶしに探すより他ない、そう思って各人保健室から出ようと足を向けたところ、蒼樹が制止するように手を上げた。 「待ってください!」 「なんだ?」 「はい、こんな事もあろうかと、杉菜には発信機を仕込んでおきました!」 全員が一瞬呆気に取られた。 「…………なんやて?」 「奈津実達がさっき会った紐緒先輩、彼女に頼んで作ってもらいました。超高性能・超小型、縮尺5万分の1から5分の1まで正確に位置を特定するスグレモノです!ちなみに受信機はこの腕時計です」 グッと掲げた一見普通の腕時計に見えるそれの横についたボタンを押すと、名探偵コ○ンの腕時計のようパカッと開き、二重になったモニターが現れた。 「……なんで自分、そんなもん……」 「え?ですから先輩に」 「そういう意味やのうて、いつの間にそんなもん杉菜ちゃんに仕込んだんや!ちゅうか、そういうんは先に話さんかい!!」 コクッ、と部屋中に頷く擬音が響き渡った。 「ああ、すみません。ですが敵を欺くには味方から、と言いますし。あ、仕込んでくれたのは桜です。話をしたらワッペンに縫いつけておくと言ってくれました」 東雲家マミィ……。 全員がそこはかとなく脱力したが、肝心な事を思い出して蒼樹に詰めよった。 「それで、杉菜はどこにいるんだ!?」 「そや、はよ調べるんや!」 「急いで!」 「はい、スイッチONです!地域データをはばたき市はばたき台1−1−1、はばたき学園内にセットして……」 沈黙の中いかにもなサーチ音が響き、数秒後には発信源の位置確認及びデータ解析終了の電子音が鳴った。 「どこ!?」 「ええと…………あの、校舎の北西、森の入口近くに、何か建物はありますか?」 解析されたデータを地図で表示した蒼樹が皆に尋ねた。 「校舎の北西?」 「はい。そこから反応があるのですが……」 森の入口に近い、校舎の北西。 そこにあるのは―――。 「…………教会だ」 ポツリと呟いた葉月に、皆が注目する。 「教会!?でもあそこって鍵かかってんじゃ……」 「あないな鍵、ちーと練習すれば開けるんは可能やろ!それより居場所が判ったんや、急いで……って、葉月!?」 姫条達の会話など耳に入らないように、葉月は突然開いたままの窓を引き開けて上履きのまま外に飛び出した。 学校の敷地、忘れられたように立つ教会。 多くの伝説に彩られた場所。 何よりも、そこは。 大切な思い出が満ちる美しい場所。 かけがえのない、秘められた聖域。 「―――葉月!!」 背後から付いてくる足音なんて、どうでもよかった。 焦りと、怒り。 それしかなかった。 「ったく、なんで起きないのよ!!」 バシィッ、と音が幾度となく響き、それと同時に音を立てられた方がドサッという音と共に倒れる。 「オイオイ〜、やめとけよな。第一自分で言ってたじゃねーか、この子いったん寝るとなかなか起きねぇって」 「解ってるわよ!けど普通こんだけひっぱたけば起きるじゃない!異常だわこいつ!!」 「ちょっと落ち着きなって〜。べつに起きてようと寝てようとかまやしないじゃん。そりゃ起きてた方が面白いけど、寝てたって結果は変わんないし?」 「そうそう。いくら意識がない時のことだって、ちょっとはヘコむでしょ。あたしたちの珪に手ェ出そうとするからよ」 醜悪としかいいようのない微笑を浮かべて、女達は眠ったままの娘―――杉菜を見下ろした。 「女ってこえェの。ま、こんなカワイイ子の相手できるんならオレもかまやしねぇけどな」 「それは俺も同感だけどよー、おまえホントにそれくらいにしとけよ。いくら元が美少女だって、腫れぼった顔の女だとこっちだって気力失せるぜ?」 「ハッ、あんたたちなんてべつに女とヤれればそれでいいんじゃない」 「ちげぇねぇ!」 下卑た笑い声が反響する。 「しっかしまぁよくこんな穴場見つけたよな〜。ほとんど使われてねえじゃん、ここ」 「鍵もけっこう簡単に開けられたしね。お誂え向きじゃん、カミサマの見てる前で痴態晒させんの」 「そりゃいいけどよ、おまえら編集するときちゃんとオレらの顔ぼかせよ?ワレたらシャレになんねぇし」 「わかってるわよ。ホラ、誰か来る前に早く始めちゃってよ」 リーダー格の女が眠ったままの杉菜の胸倉を掴むようにしてへ祭壇の手前、床から一段高くなった場所へと投げ出す。それが合図のように椅子に腰掛けていた男たちが杉菜の傍に近寄った。 完全に熟睡したまま仰向けにされた杉菜の顔を見て、男たちが苦笑した。 「こんなに気持ちよく寝てられてっと、なんかヤる気失せる気ィしねぇ?」 「まぁな」 「ちょっと!早くやってよ!」 「わかってるって」 「ったく、ホント女ってこえェよな」 無骨な手が伸びて、スカーフがシュルリと抜かれる。制服の上から胸元に手が置かれ、ゆっくりと撫で回される。 「へぇ、けっこう胸あんじゃん、このコ」 「ホントかよ、俺にも触らせろよ」 「んなまだるっこしいことしてねぇで、脱がせりゃイイだろ?ホラ!」 一人がジャケットに手をかけて、ボタンを引き千切るように前をはだけさせた。インナーから覗く白い肌が、男達の劣情を掻き立てる。 「すっげ……キレイな肌してんじゃん」 「マジだよな。俺こんな上玉とやんの初めてだぜ。誰が一番だ?」 「そりゃオレだろ?ここまで運んだのオレだし、おまえら初物嫌いだろ?どう見たってこのコ、まだ経験なさそうだしよ」 「いいぜ、それまで上で楽しんでるからよ。けどそうすっと起きてねぇのはつまんねぇな」 「なーに、すぐに起きるって!オレがビンビンに感じさせてやるんだからよ!」 彼女の身体を執拗に撫で回しながらそんな会話をして、男の一人が杉菜のスカートにまで手をかけようとした、その時。 バァン!!と大きな音がして扉が開いた。 そこには一人の男が険しい表情で立っていた。 「何してる…………」 その男―――葉月が目の前で繰り広げられている光景にこれ以上ないくらいに眉を顰めた。 幼い頃に彼女と訪れた聖なる空間。 大好きな祖父が精魂込めて作り上げた、幾百もの光を映し出すステンドグラス。 その光が差し込む中心となる場所で、自分が誰よりも愛する少女が横たわっていた。 制服のジャケットをはだけられ、野卑な男達に囲まれて。 萎れた花のように、眠ったままで。 「何してる、おまえら…………」 再度掠れた声で言うと、男たちがビクッとしたように杉菜から離れた。 「葉月、杉菜ちゃんおったんか!?――――――ッ!!」 「―――杉菜ッ!?」 「東雲さん!!」 やや遅れて到着した姫条達が葉月と同様に教会の中を覗きこみ、その状況を一瞬で理解した。 「……自分ら、ええ度胸しとるなぁ―――!!」 祭壇に横たわったままの杉菜の指がかすかに動いたような気がしたと同時に、葉月と姫条は飛び出して男達に肉薄していた。 「な―――ッ!!」 「ウワッ!!」 ドスッ!バキッ!ガスッ! 二人の拳が男達に襲い掛かり、一瞬の内に数人の男が埃を立ててその場に倒れた。 「杉菜―――杉菜ッ!!」 「杉菜ちゃん!!」 同じように入って来た藤井らが慌てて杉菜の元に駆け寄ろうとした。するとそれを見計らったかのように藤井らの背後に回って数人の女達がドアに向かって走って行った。慌てて振り向いた藤井が外に向かって叫ぶ。 「須藤!!」 「Il comprend(解ってるわ)!あなたたち!」 「ははっ!」 「――――――っ!!」 ザザッ!と須藤家自慢の黒服ボディーガード集団が人の壁となって退路を防いだ。押し返されるように教会の中に後戻りを余儀なくされた女達に、須藤が侮蔑の視線と嘲笑を投げつける。 「逃げ出せるなんて、甘いこと考えない方が身のためよ?……もっとも、ミズキにケンカを売ったあげく東雲さんにこんなことをしておいて、ただで済むとは思ってないでしょうけどね?」 「あ、あたしたち……」 女達が怯えたように後ずさった時、一人の手から何かが落ちた。 ガツン―――。 「…………?」 邪魔な男達をその辺にぶん投げるようにして、杉菜に近寄ろうとした葉月が、その落ちてきた物を見た。近づいて、拾う。拾ったそれを、藤井達が認めて瞠目した。 「葉月、それ…………」 「……まさか、それって……」 堅い金属製のそれは―――デジタルカメラ。 不審に思って女達を見れば、それぞれ同じようにデジカメやカメラ付き携帯、更にはデジタルビデオなどを手に持っていた。 「…………おまえら……」 さっきの状況とこの品物を見れば、何をしようとしていたか容易に推測できた。 葉月は静かに女達の方に近づいて、彼女達を凍るような視線で睨みつけた。 「け、珪……ッ」 「……撮るつもり、だったんだな」 「あ、あの、あの、わたしたち……ッ」 「杉菜を男に襲わせるだけじゃなく、その写真を撮って晒しものにしようとした。―――そうだな?」 「な――――――ッ!!」 「アンタたち、そこまで根性腐ってたの!?」 葉月の言葉に藤井達が反応して叫ぶ。 「だ、だって、その女が悪いのよ、珪を誑かして、珪を惑わせて、だから、そんな女は痛い目にあわせなきゃって……」 「嫌がらせの手紙じゃ全然堪えないような図々しい女だし、これくらいやらないとって……」 葉月の視線に怯んだ女達が震えながら言うと、藤井が激昂した顔で近づいて来た。 「図々しいのはどっちよ!!アンタたち杉菜のこと何にも知らないくせに勝手にそんなことする権利あんの!?惑わす?誑かす?上等じゃん!アンタたちにできないこと、アンタたちが持ってないもの、杉菜は全部持ってるってことなんだからね!!それだけの人間認めらんないくらい大バカなんだ、アンタたちって!?」 拳を握り締めて、涙を浮かべながら藤井が叫ぶ。相手が女と見て気分が昂揚したのか、相手が再び言い返してきた。 「あんな女、顔だけじゃない!」 「そうよ、顔と体だけで珪のこと釣ろうとしたんじゃない!!」 それを聞いて、今度は他の女性陣が冷静に言った。 「全国模試で一位になった事は一再じゃないわね。芸術祭で何度か金賞も取ったし」 「中学の時は陸上短距離で全国大会に行ったわ。もちろん、今もその記録は破られてなくってよ。投資家としても有能で、財力だって一般の高校生にしては相当なものよ」 「お料理もそのほかの家事も上手だし、いろんなことに気配りが行き届く、やさしい女の子だよ」 「…………っ!」 淡々と事実を突きつけられ、女達は押し黙る。調査をしていれば解ることだ、悪あがきのように言ったに過ぎないだろう。 「……おまえら」 葉月が更に低い声で女達に呼びかける。 「珪!」 「……惑わされても、誑かされても、そんなのおまえらには関係ないだろ」 「……珪?」 「俺は、あいつになら誑かされたってかまわない。いや、杉菜以外の女に誑かされるなんて、一生ごめんだ。それくらいなら、死んだ方がマシだ」 「――――――珪!?」 「ましてや、おまえらみたいに腐りきった連中なんか、生まれ変わったってごめんだ」 そう言って、葉月は手に持っていたデジカメを床に落とし、体重をかけるようにして思い切り踏み潰した。 「――――――!!」 「そんな、珪……!わたしたち……ッ」 なおも何かを言い募ろうとする女達の涙声など一切聞こえないように、葉月は彼女達の手からデジカメ類を取り上げてその都度踏み潰していく。 「葉月…………っと、―――杉菜ちゃん、起きたんか!?」 そうしている内に、一足先に杉菜の元に駆け寄って彼女を抱き起こしていた姫条が声を上げた。咄嗟に振り向いてみれば、こちらを向いている杉菜がうっすらと目を開けようとしていた。ひとまず着せられた姫条の大きなジャケットに埋もれるようにしてゆっくりと視線を巡らせる。 「杉菜ちゃん、オレが解るか?大丈夫か?」 姫条が声をかけるが、杉菜はまだぼんやりとしている風で視線を漂わせる。 だが、やがて一つの影に目を留めると、巡らせていた視線と同じようにゆっくりと手を上げて伸ばした。 自分を抱きかかえる姫条ではなく、自分を見つめる影―――葉月に。 「……杉菜ちゃ……」 「…………珪……くん」 姫条の呼びかけを遮るかのように杉菜が小さく呟いた。その呟きが聞こえたのか、葉月がゆっくりと杉菜に近づいていく。 近づくにつれ、杉菜の身体は姫条の支えから離れていって―――杉菜の目の前に跪いた葉月の胸に包み込まれた。 「…………大丈夫か……?」 「うん……平気……」 葉月が壊れものを抱くようにそっと杉菜を抱きしめると、腕の中から小さな声が返ってきた。 いつも通りの綺麗な声。どこまでも澄んだ、鈴のように響く声。 何よりも愛おしい、音。 そこにある確かな感触に安堵して、葉月は彼女を包む腕に力を込めた。 「ごめん……守れなくて……」 「謝らなくて、いい。珪くんのせいじゃない」 「けど……」 「私は、平気。私なら、平気。けど……油断してた、ごめんなさい……」 「杉菜…………」 少しの間、二人は静かに抱き合っていた。 ステンドグラスから零れ落ちる光の乱舞が風に揺れるように降りかかる。 教会を支配していた不穏な空気を薙ぎ払うような清澄さが、二人を中心にして生まれてくるようだった。 一瞬時が止まったかのような、そんな気分に皆がなった頃、突然切り裂くような不快な音が響き渡った。 「やめてよ!!そんな汚れた女、珪にはふさわしくない!!」 静寂を破られて、全員が音の発信源に注目した。 |
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