−第18話− |
「……そっか、それならしゃーないわ。いや、気にせんといて。ほな、8日に……うん、またな、杉菜ちゃん」 ピッと携帯を切って、姫条は腰掛けていたベッドにそのままボスンと横たわった。 出てくるのは、大きな溜息ばかり。 「…………あ〜あ、今日もフラレてしもたなぁ……。しゃーないか、当日にいきなり初詣行こ、ちゅうてもな」 携帯を枕元に置いたまま、ゴロゴロとベッドの上を転がる。 年が明けて、1月1日元旦。遊び仲間との二年参りも済ませ、一眠りした姫条は杉菜にお誘いの電話を入れたのだが、先約があるとの事で断られてしまった。あっさりではなく申し訳なさそうに謝ってくれた分、心のロンリー度数はそれほど大きくもならなかったが、それでも寂しいものは寂しい。 「誰とは訊かんかったけど、多分葉月なんやろな、相手。…………はあ、年内に誘っとけばよかったわ。世の中先手必勝やで、ほんまに」 独り言に滲んだ色が我ながら侘しくて、姫条は自嘲の笑みを浮かべる。勇気が出なくて今日まで彼女を誘えなかった自分に対して、というのが大きい。 こんなふうに、一人の女の子が気にかかってならないという事は、姫条にとっては初めてだった。 一見ただのナンパ野郎に見えながら、気配り上手で義理堅く、さりとて紳士的な部分も忘れない。そんな姫条に惹かれる女性は少なくなく、彼の周りには大阪にいた頃から女の影が溢れ返っていた。 しかし彼自身が惹かれた相手と言えば――彼が今まで接した事のなかった、どこか普通と異なる相手。 「……普通ちゃうって言うなら、隣のクラスのあの子もちゃうんやけどな。エライ元気なくせにエライ天然で、見てるこっちまで楽しゅうなるくらい、クルクル表情変えるとこなんか、見てて飽きんし」 廊下や校外で会うと、にこやかに笑いかけて挨拶してくる女の子。決して嫌いではない。 だが、杉菜に接する時のように心を塗りかえられるような気分にはならなかった。 彼女だけは、杉菜だけは特別。 傍にいるだけで、自分の中の汚い部分まで洗い清められていくような感覚。 素直にその変化を受け入れられる、そんな自分に帰れるような。 そんなふうに感じる相手は、杉菜ただ一人だけだった。 『…………姫条さぁ……アンタ、杉菜のこと、あきらめなよ。敵があの葉月じゃ、到底かないっこないって。杉菜だって、葉月と他の奴見る目、違うもん』 わかっとるて。 言われんでも、そんなんオレが一番わかっとるわ。 やってみんと判らんやろ、言うたんは単なる負け惜しみやて、自分が一番知っとんのや。 オレは杉菜ちゃんが好きや。 たしかに最初は容姿に興味もった、それは否定せん。 せやけど、会って、話して、その空気に触れるたび、勝手に惹かれてく自分がおった。 彼女自身に。彼女の世界に。彼女のすべてに。 どうしようもなく捕われてく自分を『そう』だとハッキリ自覚したんは、文化祭の時やったけど。 帰ろうとする彼女を追いかけていく葉月の姿。それに立ち止まって応える彼女の姿。 二人を見てこみ上げてきたのは、胸を裂くような切なさと、苦しさ。 初めてやったわ、そんなん感じたの。 今までぎょうさん女の子と付き合ってきたけど、そんな感覚におちいったんは、マジで初めてやった。 けど……なにが辛いて、自分の気持ち自覚したと同時に、おそらく絶対に杉菜ちゃんに受け入れてもらえない自分が理解できてしもた、そんなオレ自身なんや。 「……ホンマ、切なすぎるて……」 甘えてほしい。頼ってほしい。笑ってほしい。 ただひたすら、純粋にそれだけを願う。 だがそれが叶わないと、本能的に悟っている自分の鋭さがこういう時は恨めしい。 「……けど、やっぱ好きなもんは好きやしな。せめてイヤ〜な男にならんようにだけは、気をつけんとな。――ちゅうか、正月からこないにくさっとってどうすんねん、オレ」 大きく息を吐いてガバッと上半身を起こすと同時に、携帯が鳴った。 「ハイハイ、姫条ですが」 『あ、姫条?アタシ、藤井!あけましておめでとー!』 表示された発信者を確認してから電話に出れば、正月に相応しく憂さを吹き飛ばすようなスカッとした声が聞こえてきた。 「おー自分か、あけましておめっとさん。なんか用か?」 『うん。アンタ、ヒマだったらこれから初詣行かない?珠美や和馬も誘ってさ。モチロン、そのあとは新春大カラオケ大会としゃれ込むの。どーよ?』 「そら面白そうやな。乗ったわ」 二・三打ち合わせをしてから、姫条は電話を切った。鈴鹿にも連絡をして参加意思の確認を取ってから、外出用のジャケットを羽織った。 「なんとかかち合わんとええねんけど。見たらやっぱりさみしゅうなるよってな」 そうは言うものの、杉菜の晴れ着姿を想像してほんのり悦に入る。それを見られないのが心から残念だと思いつつ。 「うわ〜……。オレ、こんなのはじめて見たよ!」 「私も……」 「……だろうな。俺も、初めて」 葉月の手元にある一枚の紙を見て、大げさに驚いているのは尽。その姉姫は物珍しそうに眺めているだけだ。 「こういうのってどうなんだ?ご利益あんの?」 「さあ……。一応、あるんじゃないか?珍しいし」 はばたき市民の多くが訪れるここはばたき大神宮は初詣の参拝客でごった返している。お伊勢さま系という事でやはり参詣に訪れる人は多い上、正月ならではの行事やイベントも目白押しだ。いい感じに和装洋装が入り乱れて行列を作っている様などは、はばたきタワー最上階にて「見ろ!人がゴミのようだ〜!」とか叫んで遊んでいる人間もいるだろう事を容易に想像させる混雑具合だ。 そんな混雑にもかかわらず、葉月と杉菜、そしておまけの尽は3人連れ立って初詣に来ていた。正確には元々杉菜と尽が二人連れの予定だったところに葉月がくっついて来たわけだが、その辺はまあいいだろう。 そして今、葉月が持っているのは彼自身が引いたおみくじ。大吉しか引いたことのない彼と、これまた大吉以外引いたことのない杉菜は別段興味もなかったが、尽がこういう遊びは大好きなのでついでに引いてみたのだが、葉月が引き当てたおみくじには普段見られない文字が踊っていたのである。 その文字とは――『大大吉吉』である。 「めずらしいっちゃめずらしいけどさ、完全にミスプリントじゃん。こんなマンガみたいな話、本当にあるんだなー」 「でも、縁起はいいんじゃないかな……『大大凶凶』よりは」 「だな。あ、けど、どっちかっていうとそっちの方が希少価値はありそうだな……」 「そこで悩むなよ、葉月。てかねえちゃんもそこでそんなこと言うなよ〜。ホントに引いた奴いたらかわいそうじゃん」 ボケ二人にツッコミ一人、というこの3人組。果たしてバランスが取れているのかいないのか。 「でもま、三人そろって大吉引いたんだし、今年もいい年になるだろうってことでいーか。これで一人だけ凶とか引いてたらどうしようもないけど。――さってと、参拝もおみくじも終わったし、そろそろ帰ろーよ。二人とも首を長〜くして待ってるだろうしね」 ツッコミ役の尽が場を仕切る。このあと全員揃って東雲家でおせちとお雑煮を食す予定になっているので、葉月が寂尊を避けようと帰る前にちゃっちゃと連れ帰らなければならない。尽の任務は大きかった。 しかしておみくじ売場を離れ、鳥居に向かって歩こうとしたところで、向こうから小学生くらいの女の子が慌てた様子で走って来た。慌てた、というよりは怒り狂った、に近い表情だが。 「あれ、日比谷じゃん。あけましておめでとう!」 どうやら尽の知り合いだったらしく、彼が陽気に声をかけると、気がついた彼女がツインテールの髪を揺らしながら振り向いた。 「尽くん!?あ、あけましておめでとう!――あれ、こっちの人たちは……」 「ああ、オレのねえちゃんと、その友だちの葉月。ねえちゃん、葉月、こいつ、オレのクラスメイトで日比谷って言うんだ」 「はじめまして、日比谷です。お話は尽くんからよくうかがってます」 咄嗟に乱れた服を調えて、日比谷と名乗った女の子は年長の二人に向かってお辞儀をした。最近の小学生女子にしては礼儀正しい。葉月と杉菜もそれに応えて挨拶する。 「ところでどうしたんだ、日比谷?こんなとこに一人で」 二人の美形に感嘆の溜息を零す日比谷に尽が訊ねると、彼女は思い出したように尽を見た。 「そう、それ!尽くん、お兄ちゃん見なかった?」 「お兄ちゃんって、日比谷の?いや、見てないけど」 尽がそう返事をすると、日比谷は頭を抱えてブンブンと首を振った。 「まったくもうー!どこほっつき歩ってんのよあの人は!小学生の妹さしおいて迷子になる15歳ってなんなのよー!!」 「迷子って、またかよアイツ!?」 「はぐれたら待ち合わせ場所はここだよって、何度も言いきかせたのよ?なのに30分以上たっても来ないし、あろうことかケータイ家に忘れてんの。だから一人で来るって言ったのよぅ……」 歯軋りの音も高らかに、拳を握り締めながら苦々しく呟く日比谷に、尽が苦笑する。 「ったくしょーがないヤツだなぁ。よし、オレもさがすの手伝ってやるよ。ねえちゃん、葉月、そういうわけでオレ、ちょっと行ってくるから、しばらく待っててくれる?」 「いいけど……でも、大丈夫?二人だけで……。私も行こうか?」 「いいよ。ねえちゃんたち、日比谷のアニキの顔知らないだろ?それにねえちゃん、そんなきれいな晴れ着姿だもん。動きまわったら着くずれちゃうよ。だから、ここで待機。OK?」 「……うん、わかった」 「じゃ、葉月もねえちゃんの護衛たのんだぞ。日比谷、どっちの方ではぐれたんだ?」 パタパタと軽い足音を立てて子供達は駆けて行く。普段着の日比谷はともかく、七五三並みに和服を着ている(というか着せられている)尽の下駄捌きはなかなかのものである。5年後をごろーじろ、と葉月に言っていたが、動きだけみれば既に充分及第点だ(なんの)。 「……とりあえず、待つか」 「……そうだね」 残された二人はその場に立ちすくんでいるわけにもいかないので、近くの特設出店の椅子に座ってお茶を啜ることにした。赤い毛氈敷きの椅子と灰褐色の枝に結ばれた数多のおみくじの白が映えて、澄み切った青空にとても似つかわしい。吐く息は白いが、それほど濃くもならないまま空に溶けていく。 「寒くないか?」 「平気。甘酒だし、これ。珪くんは?」 「俺も平気。手袋、あるし」 今日の葉月は彼には珍しく手袋をしていた。クリスマスイブの日、例のミニコンサート後の僅かな時間に杉菜から贈られた物だ。普段は手袋を嫌う彼だが、藤井の予想通りこれについては非常に気に入ったらしく、貰った翌日からすっかり愛用品の仲間入りだ。 「これ、結構使いやすい。改めて、サンキュ」 「ううん。私も貰ったから、お互い様。ありがとう」 杉菜の髪に添えられたバレッタが冬の日差しを浴びて鈍く光る。シンプルな花の形のそれはやはりイブの日に葉月が贈った物。以前撮影の時に見かけて、杉菜に似合いそうだと目星をつけていたものだ。 彼女の今日のいでたちは当然のように晴れ着。シンプルモダンな柄と落ち着いた色合いがかえってよく似合う。隙なく着こなしているところに葉月から贈られたバレッタがとても合っていて、これまた可愛らしい。道行く人々が振り返るのもいつもの事だ。 何より葉月としては、年が明けて初めて会うこの機会に自分のプレゼントを付けてくれた心遣いが嬉しかった。 「いや、案外和服にも合うな、それ。洋服だけかと思ってたから、安心した」 「そう……?どっちにも合うと、思ったけど。珪くん、センスいいもの。服とか、いつも上手く着こなしてるし」 「そうか?……けど俺、自分で服買ったことないな」 「そうなの?」 「撮影で使ったの、もらったり、ショップから頼まれたの着たり、いつもそんな感じだから……」 「それでも、合わせるのは結局本人のセンスだと思う。けど……経済的ね、それ」 「まあ、その点はな。……でも、着たくない服もあるんだ」 「たとえば?」 「ボタンが多いヤツ。面倒くさいだろ、着るの」 「……確かに、面倒ね……」 「和服ほどじゃないけどな」 「そう?私、和服は大変とか面倒とか、思わないけど……」 「小物多いだろ。男物はそれほどじゃないけど」 「……そういえば、家を出る前、お父さんに着せられそうになってたね」 「……ああ。あそこでおまえが降りて来てくれなかったら、俺、確実に着替えさせられてたな」 そう言って少し思い出し笑いをする。決して嫌いな人物ではないとはいえ、そのノリに巻き込まれるといろんな意味でどっと疲れるので程々にして貰いたいのだが、どうも葉月は寂尊に気に入られてしまった為、会えば会ったで遊ばれてしまう。ここに来る直前も、「日本の正月は和服に限る!」というフィーリングによる意見に基づいて彼の着せ替え人形になるところだった。まあ嫌われて追い出されるよりは遥かにマシだが。 「けど、得したけどな、今日は」 「え?」 「おまえ。晴れ着、似合ってる」 「……そう?ありがとう……」 言葉を受けて、葉月が微笑む。 杉菜は感謝の言葉を口にすることを躊躇わない。親切にされたり、褒められたりした時は、すぐに『ありがとう』が出てくる。時に難しいそれを、極めて自然に紡ぎ出す。 それがただの返礼の言葉と知っていても、彼女の口から紡がれるととても優しい響きになって届いてくるのは事実。そのたびに嬉しくなる自分がいることも。 甘えてほしい。頼ってほしい。その分だけ、嬉しい気持ちが増えるから。 ……笑ってほしい、とは思う。けれど今は無理には求めたくない。 こうやって傍にいられるだけで充分。 傍にいるだけで、自分の中の暗い部分が光に溶かされていくような感覚。 自分の中から、とうに消え去ったと思っていた優しさが生まれてくる。 その心地よさを感じられるだけで、今はいい。 「……不思議だな、おまえって」 「……え?」 「いや……なんでもない。それより遅いな、尽」 思わず出た呟きを誤魔化すように首を振って、葉月は話題を変えた。杉菜もこくんと頷く。 「うん……見つからないのかな、この人込みだし……。もう少し、待ってていい?」 「ああ、かまわない」 がやがやと人並みが途切れない様を見やりながら、二人はそのまま静かに座っていた。二人の持つ湯呑みからは立ち上る湯気がそれぞれに柔らかい香りを秘めて漂っていく。 こくこくと甘酒を飲む杉菜の横顔を見ながら、葉月はふと、ある事を訊いてみた。 「………杉菜。おまえ、この前から少し、元気ないように見えるけど……なにか、あったのか?」 すると、杉菜はゆっくりと葉月の顔を見返してきた。 「……どうして?」 「少し、悩みごとでもあるように見えるから……。違ってたら、悪い」 葉月がそう言うと、杉菜は再び視線を前に戻してから、次いで手に持った湯呑みの中に広がる波紋を眺めた。 「悩みごと……なのかな。よく、解らなくて……」 「解らない?」 「うん。…………ね、珪くん」 「なんだ?」 「人を好きになるって、どんな感じ?」 「――――――ッ、ゴホッ、ゴホッ……ゲホッ!」 いきなり問われて、葉月は飲みかけたお茶に噎せてしまった。慌てて口を押さえる。 「あ……大丈夫?」 「……ゴホッ、ああ……なんとか……っ。……悪い、ちょっと驚いた……」 背中をさする杉菜に詫びて、呼吸を整える。それほど深く噎せた訳ではなかったようだ。 「……どうしたんだ、おまえ。いきなり、そんなこと訊くなんて……」 「……ごめんなさい……」 「いや、謝らなくていい、けど」 「ううん……誰かに訊くことじゃないもの。変な事訊いて、ごめんなさい」 「……フジミに何か言われたのか?」 「……藤井。……え、どうして奈津実だと、思ったの?」 「イブの日、おまえ、何か考え込むふうに見えたし。前の日にあいつと一緒だったから、何かあったのかと思ってた。それで」 葉月がそう言うと、杉菜はやや戸惑った後で頷いた。 「うん……ちょっと、話をしたから……」 「喧嘩したとかじゃ、ないんだな?」 「ううん、話。それで、少し……」 「…………姫条のことか?」 「……そう、だけど……どうしてわかるの?」 「何となく。あいつ、姫条のこと、好きなんだろ?」 本人達をよく知っている訳ではないが、それでもそういう視線や雰囲気はどこかしら余人にも伝わるものだ。 杉菜は葉月の推測を肯定する。 「…………うん。そのこと、言われたの。『アンタにも渡さないから』って。けど、私、それが解らない。そういうふうにいわれる理由が、よく解らない。そういう事、前もあったから、状況としては解るけど……」 「おまえは……姫条のこと、どう思ってるんだ?」 葉月が心なしか声を落として訊ねる。杉菜は過日に藤井に訊かれたことを思い出しながら、淡々と答えた。 「……大きな人」 「……確かに大きいな。――他には?」 「……親切な人。陽気な人。深いところで誠実な、真面目な人」 「…………そうか。そう、だな」 淡々とした中に、的確に相手を見抜いている杉菜の観察眼の鋭さが窺える。葉月自身も姫条にはそういった外見に反した誠実さがある事は気付いていた。 「けど……それ以上何か思うかと言われると、よくわからない。結局……『友だち』なんだと思う。私にとって」 友達として一緒にいることはあっても、それで自分が変わることはない。 家族や、他の人達と同じ。 自分に『好意』というものが向けられているのは知っている。今までも同じような事が何度もあったから。そして、そのたびに『友だち』だった女子が自分に激情を向けてきたから。「アンタだって大切なんだからね!?」と言い切ったのは藤井だけだったが。 普段は軽口で紛らわせていて、決してその想いを示すことはないが、それでも伝わってくるものはある。 けれど、杉菜自身が好意や恋情を感じない限り、どんな想いにも応えられない。応える事自体、ありえない。 純粋な恋心だろうと不純な下心だろうと、理解できないものに頷けない。 その心情は、杉菜にしか解らない事だった。 「そうか……」 杉菜の言葉を聞いていた葉月が、不意に思い悩むような表情で俯いた。 「……珪くん?」 どうしたのかと彼の顔を覗こうとした杉菜に、そのままの姿勢で葉月が訊いてきた。 「……俺は、おまえにとって、どう映ってる……?」 「……え……」 「おまえはいつも、俺に迷惑をかけてるって言うけど……俺の方こそ、おまえに迷惑をかけてないか?…………おまえは……俺のこと…………」 湯呑みを両手で握り閉めながら、ひどく言い辛そうに呟いた葉月だったが、すぐに頭を横に振った。 「いや……いい。なんでも、ない」 「珪くん……」 「今、訊くようなことじゃないしな……忘れてくれ」 起こされた顔には、微笑み。ほんのわずかに苦渋の色は見え隠れしているものの、それ以上その話題を続けるつもりのないことは明らかだった。 「……ああ、あれ、尽じゃないか?戻って来たみたいだ。――ホラ」 遠くから手を振って駆け寄ってくる尽の姿を認めた葉月が、立ち上がりざま杉菜に手を差し出す。 いつも、いつも。 安心させるように、笑ってくれて。 こうやって、手を差し伸べてくれて。 凍った世界を、動かして。 暖かい世界へ、連れて行ってくれる。 あのときも、そうだった。 「…………不思議な人」 「…………え?」 「珪くんは、不思議な人。私にとって」 好きとか、そういう事はわからない。 わからないのは、本当。 ――――けれど。 けれど、私を変えるのは。 「……私、珪くんを迷惑って思ったことは、一度もない。それは本当だから」 本当に、一度だって。 そう言うと、彼の唇から安堵の息がかすかにもれた。 「………そうか」 目の前に広がった微笑みに応えるように、杉菜は葉月の手を取った。 あなたは、ふしぎなひと。 わたしがかわるのは、いつだってあなたのほほえみのそば。 わたしのこころがうごくときは、いつだってあなたがとなりにいるの。 ふだんいわないことばがでてくるのも、あなたがいるときだけなの。 …………ふしぎな、ひと。 |
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