Scene 6


 
 
 まったくもう。今年は天中殺かっつーの。
 かなりやさぐれた気分で、溜息を吐く。すると、すかさず甲高い声が飛んできた。
「ちょっと、あんた、聞いてんの!?」
「聞いてるわよ。いちいち怒鳴らないと気が済まないのかしらね」
 山田から忠告を受けたその翌日の昼休み、早速件の『乙女たち』が押しかけてきた。総勢十人は下らない。しかも呼び出し場所は体育館裏。……ベタ過ぎ。確かに人気はないけどさ。
 それにしても、油断していた訳ではないけれど、余程この子たち、爆発寸前だったのね。その根回しと言うか、つるみっぷりの早さに、ある意味感心してしまった。言ってる内容は、感心とはおよそかけ離れたものではあるけど。
「何よ、その態度!大体あんた、調子に乗りすぎなのよ。東雲くんや紺野くんが優しいのをいい事にさ」
「尽君、迷惑してるのよ。時々困ったような顔してるの、絶対あんたのせいじゃないの!少しは謙虚になるって事、覚えたらどうなの!?」
「――困った顔?」
 ふとその文節が気になった。この子たちも、気付いてた?と身構えたけど、どうやらその内容にはかなりの曲解があったようで。
「分かってない訳?あんたが付きまとうから、でも尽君優しくて断れないから、親切心でOKしてくれてるんじゃないの!」
「そんな事も分からないくせに、幼馴染だからって、彼の近くをうろちょろするのってサイテー!」
「そーよ!それにあんた、他にも男追っかけたりしてさ。見苦しいのよね」
 はぁ?何言ってんだこいつは……って、あれ、この子、昨日の帰りに見かけた子じゃない。ああ、葉月さんと一緒のところ、見てた訳ね。追っかけ、だなんて誤解や言いがかりもいいところだ。そんな事言われたら、私は誰にも挨拶すら出来なくなってしまうじゃないの。
 でもまあ、分かった。普段自分たちが近づけない相手に対しても、平気で声をかける私が気に入らない、そう頭に血が昇ったから、こんなに早い展開になったって事は。相手が葉月さんだとすれば、尚更。
 ――基本的に、集団心理というものは、やり過ごすのが一番の手。下手に噛みつくと、余計こじれる。だから話だけは聞いて(聞くふりをして)、「わかった、気をつける」とかでも言っておけばいい。
 いいんだけど。
 けど、さ。
「わざとらしく、『私頑張ってるのよ』なんてアピールしちゃってさぁ」
とか、            
          (…………い)
「男に媚び売ってるの見え見えなのよ。顔だって頭だって、ホントは大した事ないくせに、自分をよく見せようとしちゃって。そういうの、すっごいムカツクのよ!」
とか、            
          (…………さい)
「尽くんだって玉緒くんだって、そういうの嫌いなのに、付き合ってくれてるのよ?そういうの分かろうともしないくせに、二人の周りうろつかないでよ!」
とか、            
          (…………るさいってば)
「アンタ、お情けで相手してもらってる身なのよ?ただの他人なんだから、勘違いするのも程々にしたら!?」
とか――――――         
          (知ってるわよ、そんなの!!)
「とにかくこれ以上……」
「うるさいっっ!!」
 バンッ!!っと、私の手が背後の壁を叩く音が響いた。一瞬息を呑んだ連中を睨んで、私は叫んでいた。
「あんたたちに私を糾弾する権利があるわけ!?しかも集団で!?どっちが最低で愚劣で馬鹿だか解ってないのはそっちだわ!!」
「な……っ!」
「近づいて欲しくないなら一言『近づくな』って言えばいいだけでしょ!?私が努力してるのは私の為よ!男の、他人の為なんかにどうして汗水たらして頑張ってやらなきゃならないの!!あんたたちがどうひねくれて鈍りきった思考回路してるかは知りたくもないけどね、私は貴重な学習時間を削ってあんたたちの下らない主張を聞いてやってるのよ!せめてもう少し独創性と説得力に富んだ内容を聞かせて欲しいもんだわ!!第一!」
 一息入れて更に続ける。連中は皆、私の気迫に驚いたように後ずさる。それはそうだろう。私が声を荒げるなんて、一年に何度もあるものじゃない。
「ここでこうして私を吊るし上げる前に、やる事があるんじゃないの!?あんたたち、彼の事、ちゃんと見てるの!?本当に心配してるの!?自分ができない事他人がしてるからって僻んで妬んで集団で因縁つけるしか頭が働かないくせに、肝心なところは見てないじゃない!」
 ――見たくないの。
    (……笑わないで)
「尽君が私を迷惑だと思ってたら、ちゃんと本人が直々に言ってくるわ。彼はそういうところ、間違わない。表面だけの優しさで誤魔化したりしない。そうでなければ、この私が彼を気にかける訳がないでしょう!」
 ――本当は、見たくないの。
    (……笑わないで、いいから)
「そんな事も分かってないのに、自分を磨く努力もしていないのに、よく人を貶せるものだわ。彼が気になるなら、声をかければいい。声をかけて、元気付けてあげればいい。そうしてあんたたちが言う『最低な人間』とやらが近づけないように周りを取り囲んでしまえばいいのよ。いっそ本当に私を『赤の他人』にしてしまえばいいのよ。私はそうしてもらった方が助かるわ。これ以上――」
 ――これ以上、見たくないの。彼の、あなたの、そんな顔は。
    (……そんな、辛そうな顔、しないで)
「あんたたちみたいな連中に関わって、自分の品性に傷をつけるなんて真っ平ですからね!!」
「っ――――――!!」
 手前にいた一人が思い切りその右手を振り上げた。一度は。一度だけは受けてあげる。
 そう思って、我知らず笑みを浮かべて身構えたとき、遠くから声が聞こえた。
「あなたたち、何してるの!?」
 東雲先生?
 一瞬気をそらした直後、左頬に強い衝撃が降ってきた。同時に小気味よい、と言うには派手過ぎる音が鳴り響き、私は思わずたたらを踏んで、壁にぶつかった。その拍子に、壁に頭をぶつける。ガッ、という音がして、視界が曇っていく。
 暗転する視界の中で、こちらに駆け寄ってくる幾人かの姿が見えて、その影が誰か確かめようとして、私は意識を手放した。
 

【Scene5】   目次   【Scene7】