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Scene 20
「いっやー、ホンマ、めっちゃ可愛いわー!あーオレ、マジで早まったなぁ」
「ぱぱぁ、『はやまった』ってなーに?」
「我が子の目の前で何言ってんのよ、アンタは!!あー、なんでもないのよー。パパの悪い病気が出ただけだから♪」
「イテッ!!おいコラ、自分こそ、なに我が子の目の前で暴力振るってんねん!」
「ウフフ、姫条くんもなっちんも相変わらず仲がいいなぁ」
「でも、せめて今日くらいはおとなしくできないものかしらね。主役そっちのけで喧嘩でもされたら大変よ」
「志穂さんたら。――忙しいのに来てくれてありがとね。守村くんやみんなも」
「良いんですよ、東雲さん。お二人の門出に招待して頂けて、こっちこそ恐縮です」
「そうよ。ミズキと東雲さんの仲で気を遣うだなんて、その方が哀しいわ。ねぇ色サマ?」
「その通りさ!ボク達は皆、キミ達二人の幸福を祈っているんだから!直接会って祝福を贈れる事を、神に感謝しこそすれ、迷惑だなんて思うはずがないじゃないか!君もそう思うだろう、鈴鹿くん?」
「ああ、三原の言うとおりだぜ。俺たちには不要だぜ、そういう気遣いはさ」
「でもしのちゃん、姫条君じゃないけど、本当に綺麗だよ。ドレス、すっごく似合ってる。頑張った甲斐があったね」
「ありがとう、タマちゃん。えへへ、結構ギリギリだったから、間に合うかどうか不安だったんだけどね」
「ほ、ホントに素晴らしいっスよ、先輩!っじ、ジブンッ、入ってきた時、思わず見とれちゃいました!!」
「そう?ありがとう、日比谷くん」
花嫁側の控え室。入れ替わり立ち替わり、今日の主役に祝福を贈ろうと、新婦の友人がやってくる。今は主に高校時代の友人に囲まれていて、大変賑やかな空間になっている。
「あーあ、兄さんったら舞い上がっちゃって。また何かとんでもない事仕出かさないでくれると良いんだけど」
「そん時はあんたが止めるしかないでしょ。本当に変わらない人よね、あの人も」
「純朴って言うか単純って言うか、まあ、幸せな人だよね。ところで山田さん、クラス代表で来た僕と日比谷さんはともかく、何で山田さんまでいるの?」
広い控え室の壁際で、私たち現役高校生グループは椅子に座って用意されたお茶を飲んでいた。来たタイミングが悪く、未だ花嫁のそばに近寄れずにいた為のやむなしの暇つぶしだ。グループと言っても私と玉緒君、そして確かに何故か参加している山田だけなのだけど。
「そりゃ、はば学女性教師で男子の人気NO.1の東雲先生と、完全に引退したとはいえ、未だ根強い人気を誇る元超絶美形モデルの葉月珪の結婚式よ。報道部としては、放って置けないネタでしょう?」
「それだけの理由で参加できるものなの?」
「他にも理由はあるわよ。その一、産休中の顧問の代りとして、二か月前から東雲先生がウチの臨時顧問になってる事。その二、出席してる葉月珪の元専属カメラマンの助手として、式の写真撮影の手伝いがある事。その三、そのカメラマンがウチの親父で、あたし自身が葉月珪と幾度も面識がある事」
「…………本当?」
「嘘ついてどうするよ。その一については、あんたたちも知ってると思ってたけど」
「それは聞いてたけど。その二・その三は私も初耳。山田父がカメラマンってのは知ってたけど、葉月さん絡みとは知らなかったわ。しかも面識ありだなんて」
「僕も。何で今まで言わなかったの?」
「そんな事バラしたら、葉月珪のファンたちが押し寄せて来るでしょうが。大体それは親父の仕事だし、あたしが迂闊に顔出せるような甘っちょろい世界じゃないもの。でしょ?」
「なるほど、確かにそうだね。でもそれだから、さっきからカメラ片手に好き勝手撮影してるのに、先生たち何も言わない訳だ。それが今日の山田さんの仕事なんだね」
「そういう事。……それはそうと、東雲の奴はどうしたの?花嫁の弟のくせに、顔見せないなんて。ボイコットするとか言うんじゃないでしょうね」
手持ちのデジカメと一眼レフを巧みに使い分けながら、山田はここにいない彼の事を聞いて来た。
「花嫁の弟って、実は特に何もする事ないんだよ。だから多分どこかで休んでるんじゃない?僕なんて、直前までテレビゲームしてたよ。ま、中学生だったってのもあるけどね」
自分の姉の結婚式直前にテレビゲーム。そのマイペースさが、実に彼らしくて私たちは苦笑する。
実際、未だ尽君の姿は見ていなかった。先週の森林公園で、それなりに立ち直った発言をしていたから、私もボイコットというのは無かろうと思っていた。そんな事をしたら、後で周りに何を言われるか、想像するだに恐ろしいしね。ただ、立ち直ったにしても、今日のこの日に二人の前に出ていく為に、それなりの勇気を出そうとしてるんじゃないか、とは何となく頭に浮かんだ。
しばらくすると、友人方は葉月さんの方にも行ってみようという事になったらしく、控え室はやや人少なになった。私達は、この隙に改めて祝福を述べようと、先生の所へ行った。
淡いシャンパンカラーのウェディングドレスを身に纏った先生は、これまで見た中で一番綺麗だった。夏の日に見たデザイン画が、立体化するとこんなに人を引き立たせるのか、と、私は今更ながらこの人の腕前とセンスに敬意を覚えた。ただでさえ際立った美しさに、この上ない優しい微笑みを湛えた先生は、姫というよりはむしろ聖母マリアを思わせた。
「日比谷さん、玉緒くん、山田さん!ありがとう、忙しいのに来てくれて」
私たちが近寄ると、先生はにっこり笑って迎えてくれた。
「先生、この度は本当にご結婚、おめでとうございます」
「おめでとうございます。これ、クラスの皆からの気持ちです。ブーケには重過ぎるんで、どうぞ新居に飾ってください」
玉緒君が、後ろ手に持っていた花束を先生に手渡す。クラスと、そしてその他多数の有志からの、ささやかな気持ちだ。ささやかと言っても、先生が持つと花に埋もれるほどのボリュームではあったけど。
「……ありがとう……。とっても嬉しい」
「先生ったら、泣くと化粧が落ちますってば。式の前にそれはまずいでしょ?」
「あ、うん、そうだね。ごめんごめん、すごく感激しちゃったから、つい、ね」
そう言って、隣に来たお母様に花束を渡し、先生はハンカチで軽く目元を押えた。今日の為に体調を整えていたせいか、それほど疲れている様子はなかったけど、ほんの少しだけ、目が腫れているような気がした。本当に、僅かだけど。
「何だか、昨日からずっと泣いてばっかりで。お父さんやお母さんに挨拶とかしてたら、涙ボロボロ出てきちゃったの。瞼腫れるとメイク乗らなくなるから泣くなって、お母さんにも言われちゃった。逆にお父さんはワンワン泣いてたんだけど」
「やっぱり父親の方が泣くんですね、娘の場合。でも、私も先生みたいな可愛い娘を持つ父親だったら、そりゃ泣くと思いますよ?」
「あたしも思うかも。それこそ抱きついて、『どこにも嫁にはやらーん!』とか言って」
「アハハ、やだなぁ、二人してからかわないでくれる?」
朗らかに笑う先生は、昨日の感動の涙の跡以外には、これといって落ち込んだ様子は見られなかった。尽君との関係は、多少は改善されたんだろうか?
「三人とも、これから式までここにいる?」
「いえ、まだ葉月さんの方にお祝いに行っていないんです。顔見知り程度だけど、折角だからちょっとお邪魔しようかなって」
「何だか僕たちが行ってもあんまり嬉しがらない気がするんですけどね」
「そんなことないよ。顔には出ないだけで、きっと喜ぶよ。それに珪って、日比谷さんの事結構気に入ってるんだよ。さっぱりしてて、前向きなところがいいって」
「……本当ですか?はぁー、何だかちょっと意外。兄さん絡みで、絶対迷惑がられてると思ってた」
「ひどいなぁ。日比谷くんだって良い子だよ?ただ、ちょっと勇み足過ぎるだけで」
「先生先生、フォローになってませんよ、ソレ」
我が兄をこき下ろして一頻り笑いが起こる。笑いが収まった頃、私たちはひとまず先生の前を退出して、葉月さんの控え室に向かおうとした。
「あ、日比谷さん、ちょっといいかな」
開け放たれたままの控え室から出ようとした時、先生が私を呼んだ。
「はい、何ですか?」
「ちょっとね、内緒話」
玉緒君と山田を入口に待たせ、私は先生の元に戻る。そして言われた通り、先生の口元に片耳を寄せる。
「あのね……尽の事なんだけど」
「……はい」
「……昨日の夜、私実家に帰ってたじゃない?その時、尽が言ってくれたの。『姉ちゃん、おめでとう』って。『幸せになれよ』って。昔みたいな笑顔で、真っ直ぐ私の顔を見て、そう言ってくれたの」
吐息のような囁き声は、溢れる様な嬉しさに満ちていた。
「先生……」
「日比谷さんの言った通り、笑ってくれたよ。私、すっごく嬉しくて。どうしても日比谷さんに伝えなきゃって、日比谷さんにお礼を言わなきゃって思ってたの。……本当に、ありがとう」
そう言う先生は本当に嬉しそうな笑顔で、こちらまで眩しくなるような輝きで満ちていた。
「……いいえ、私大した事してませんよ。ただ怒鳴ってただけかも。男ならもっとしゃんとしろって」
「ううん、それが効いたんじゃないかって思うんだ、私。尽、絶対日比谷さんの事意識してる。頑張ってね、日比谷さん。私、教え子のドレスは日比谷さんのが一番最初って決めてるんだからね?」
一つウィンクをして、いたずらっ子のような瞳。私はそれに応えるように、にっこりと笑う。
「はい、約束ですもんね」
そうして、私は部屋を出た。
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