みやびのすすめ?〜えさし藤原の郷を訪ねて(2002年版)


 9年越しの念願適って、岩手県江刺市にある『えさし藤原の郷』へ行って参りました。何気に遠い位置なので、二の足踏んでたんですが、プーな現状を有効利用せねばと思いまして。交通機関の下調べが色々面倒だったりしましたが、何とかなりました。しかし東北はやはり交通網の発達が……。今回は父のデジカメのみ持参でした。つーか、私はどうやらデジカメの方が良いみたい……撮りまくるから……。

《7月22日(月)》
 
 6時41分発の電車に乗り込む為、朝4時半起き。かなり眠い。天気予報を調べるに、最初は曇りか雨の涼しい天気だったものが、当日になってみれば30℃を越す晴天の様子。不安だ。慌しく用意を済ませて、出発する事にする。

 今回主要な移動は東北本線の在来線。丁度青春18きっぷのシーズンとあって、これを活用する事に。ただ、今日については、現地での時間を確保する為に、途中から新幹線を利用。結果、仙台までを在来線、仙台〜水沢江刺間を新幹線、という組み合わせにした。多少お金はかかるけど、時間確保がより重要。以下がその概要。
  ・地元駅〜仙台:青春18きっぷ・在来線利用(¥2,300−)
   仙台〜水沢江刺:新幹線利用(¥4,410−)
     (仙台)10:06−10:54(水沢江刺)
    往復¥9,010−(翌日の帰り分が復路。¥2,300-は18きっぷの1回当たりの金額) 

 在来線に乗ってる最中は車窓の外を眺めてました。丁度キスゲと合歓の木が満開で、福島付近では桃が成ってて綺麗だった。仙台駅で新幹線に乗り換えるが、既に仙台、暑いよ(--;)。コインロッカーの位置などを確認しておいてから、切符を買って改札へ。乗った後はゆったり座って、ボーっとしてました。Maxやまびこの二階席だから、眺めは良いけど、北上してくと田んぼとトンネルしかないからねぇ(^_^;)。

 水沢江刺駅に到着。ここは新幹線しか止まらないんで、小規模なもんです。下手するとローカル線のみの主要駅と変わらないかも。この段階で、天気は小雨。この分だと、小雨が続くか、雨が上がってサウナ状態になるかのどっちかだ。何はともあれ、駅前のバス停に向かう。水沢江刺駅から藤原の郷までは、岩手県交通の路線バスが走っているので、それを利用。但し一日4本しか走ってないので、時間の調整には気をつけないとヤバイ。
  ・水沢江刺駅〜藤原の郷(岩手県交通路線バス)
     430円  11:15-11:34
 ↑これが一番時間的に都合が良いかと。これは岩手県交通のHPにも載ってます。

 で、おんぼろなバスに乗り込み、郷へ向かう。江刺市内を南北にジグザグ走る路線なので、少し時間はかかるかも知れません。東の山の方にグネグネ向かって行くと、着きました、『えさし藤原の郷』。流石に平日の昼頃、大して客がおらん(^_^;)。
 
郷の入口 政庁入口 無人の大路

 入場券売場で券を買う。郷の向かい側にある郷土文化館との共通券で900円。郷のみで800円。悩んだけど、一応共通券の方を購入。結局行く時間が無くて、100円損したけども。ゲートをくぐると、係のお姉さんに声をかけられる。最初の順序と、現在政庁が朱塗りの修復作業中だという事の説明を受ける。ありゃりゃ。このお姉さん、郷のコンパニオン制服らしき萌黄色の衣裳を着ていたが、既に雨が止み、晴れ間に炙られつつある屋外サウナな現状では非常に暑そうで、気の毒であった。衣裳の感じとしては、平安というよりは飛鳥・奈良チック。

 それはさておき、まずは左手にある天空館へ。入ると、何かの上映が4分ほど。火の鳥もどきな鳥が、時代を遡って行くとおぼしき効果でもって、……まぁ、つまりは「行ってらっしゃい〜」と言いたいのね。予備知識があったんで、苦笑しながら、でもちょっぴり脱力モードで出て来ました。その後は、いよいよ復元ゾーンへ。

 まずは政庁ゾーン。ここは前期・後期の政庁があるですが、係の人に説明されたように、後期の、つまり朱塗りの派手な方はほぼ全面的に塗り替え作業中で、足場が組まれていました。おかげで正殿の中には入れず、上司に怒られ項垂れているような人形たちも見られず仕舞。脇殿だけは中に入れましたが。
 
政庁外郭(足場アリ) 政庁内部の回廊 後期政庁脇殿
四足門 枢戸の根元 前期政庁脇殿

 上の三枚が後期政庁、下の三枚が前期政庁側ですね。これでやっと判ったのが、古代の扉の付き方。下の真ん中を見ると解るけど、当時大型の扉って、蝶番ではなく枢戸(くるるど)で、戸板をつけた丸太棒を、上下に溝を入れた枠にはめ込んで回転によって扉を開閉するようになってたですね。仕組みが氷解して、なるほどなり。建物内部は石床。冬なんかはさぞ寒かろうですね。右上の脇殿の中には、楽器や鎧、調度などがガラスケースに入って陳列してありました。

 政庁南門(正門?)を出ると、ここの係のお姉さんが、経清館への順序を教えてくれました。時間があったら、という事なので、大して順序を厳守しろって事では無さそうです。見返り坂と言う道を登り、蒸し暑さの中3分咲きの萩を眺めつつ、経清館に到着。その前に、穀倉群や工房があったんでそこも見る。工房の炉の上には、ちゃんと注連縄とかも張ってあって、やっぱり工房はこういうのがあるんだよな〜、とか思った。穀倉については高床式でした。(でもここに至るまで、「階を俵を担いで登ってる人形」を見てなかった。ここにも無かったから、多分普段は政庁内部の蔵にあるのかな、と。今塗り替え中だったから無いのかも。)経清館は、各棟が独立してる萱葺きの館。寝殿には人形が置いてあったけど、かなり小ぢんまりした造り。ここの休憩所で、江刺の語り部による郷土紹介があるらしいが、今日は平日につき、無し。代わりにクーラ−で一時涼んできました。
 
経清館南櫓門 経清館寝殿内部 途中にあった穀倉群

 お次は清衡館。こちらはより寝殿造に近くなり、各棟が渡殿で繋がっていました。敷地内に馬舎もあり、居住空間のすぐ近くに馬が居る。東の対で靴を脱いでから、寝殿→西の対→北の対と回る。寝殿内部には、人形が。調度品の資料をちょこちょこデジカメで撮影。几帳の吊下がり方も大体解ったような。西の対では、茵がひいてあって、座って記念撮影を出来るらしいが、同行者無しの我が身ではどうしようもなく、人間抜きで撮影。資料・素材としてはその方が良いんだけどね。北東には湯殿があって、本当はその中を見たかったんですけど、開いてませんでした。近くまで行けば開けて見られたのかもしれないけど、基本的には締め切りなんでしょう。ちょっと残念。
 
清衡館寝殿と西の対 清衡館寝殿内部 清衡館湯殿

 その次は炎坂を歩いて城柵ゾーンへ。河崎柵・中村郷(『秀吉』で秀吉の生家のセットになった所)・伊治城・厨川柵・アラハバキを見る。河崎柵・伊治城は表側だけ。奥には行けません。中村郷は、蜘蛛の巣張ったりしてましたね(^_^;)。厨川柵の奥にアラハバキ(一種のストーンヘンジ?)があります。結構好きかも、私は。
 
河崎柵 伊治城 アラハバキ(賽銭アリ)

 次は、ニセ金色堂へ。確かに金色だけど、こんなもんなのね〜という感じ。本物を見た事が無いので、どう違うかは判りませんが。途中の道に咲いてる額紫陽花が丁度満開で良かったです。ってな訳で、次はいよいよ伽羅御所ですよ。


 (その2へ続く)

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