運命の日 |
絆の証。 彼はそれを制服のポケットの中で握り締めながら、彼女を捜し求めた。 けれど彼は予感していた。 彼女の居るだろうその場所は、幼い頃の約束の世界だと。 焦りと不安、そしてそれらを上回る、彼女への愛しさ。 駆り立てる想いに歩みを進め、その先へ踏み込もうとしたその時、背後から声がかかった。 「……待てや。それ以上行かせへん」 こんにちは〜! え〜本日はゲーム中の暦で2005年3月1日。そして只今はばたき学園名物『伝説の教会』前では、数人の男どもがとんでもない形相で睨み合ってお互いを牽制しております! その様に周りの空気は恐れ戦き、さながら深き闇の森の様相を呈してますね〜。なんてゆーか、墨汁色のカルピス原液を流し込んだような空気ってゆーの?ちょっとそんな感じだなぁ。 あっと、ゴメンゴメン!オレ、ねえちゃんこと主人公の愛する弟、尽です! オレのねえちゃんは超天然で超鈍感だけど、それ以上に可愛くて気立て良し、そりゃもうみんなの人気者ってヤツなんだ。ま、オレのねえちゃんだから当然だけど。 そんなわけで、ねえちゃんを口説き落とすラストチャンスを男たちが見逃すはずもなく、今のこの一触即発の状況になってるんだ。 「それはいいんですが、尽くん、君は学校はどうしたのですか?」 いーのいーの、こんな面白いもの見れる機会なんてそうそうないしさ。どうせならみんなに広く報道するってのも悪くないじゃん? 「よく解りませんが、そうなんですか?」 そうそう、深く考えてちゃ人生つまんないって。 てなわけで、ここはばたき学園校舎裏から、オレ、東雲尽が実況をお送りしたいと思います。 ……ホラ、お前も挨拶しろよー?本当なら出番がないとこ引っ張って来てやったんだからさ〜。 「ああ、そうですね。ええと……こんにちは、蒼樹千晴です。ED条件未満了のため、今日の『主人公への告白争奪戦』の参戦もできず、とぼとぼ歩いていたところを尽くんに誘われて一緒に実況担当する事になりました。よろしくお願い申す」 参戦どころか未だに女だと思われてるもんなぁ。ねえちゃん滅多にピンで外出しなかったし。 「う……そうです。けれど、僕は負けません。大学は同じ一流大、これからチャンスはいくらでもありますからッッ!!」 ……まーその辺はおいといて実況を続けましょう。 現在参戦しているのは、葉月、姫条、鈴鹿、守村、三原……と、あれ、これだけか?氷室先生とか理事長とか、それに日比谷なんかはどうしたんだ? 「氷室先生は卒業式の事後処理で遅れるらしいです。日比谷くんは、野球部の先輩にパシらされているようですね。理事長は……ちょっと情報が来てないです」 ふーん。タイムリミット制(ねえちゃんが絵本を読み終わるまで)&勝ち抜き戦だから、必ずしも後から来て有利になるってわけでもないのになぁ。 と、ここで全者のコメントを拾ってみましょう。 「……お前ら、邪魔だ」 「それはこっちのセリフや。オレはどうあってもあの子に告白するて決めたんや。おとなしく教会の外で指咥えて眺めてたらどうや?」 「ざけんじゃねえよ!俺は、あいつがいなかったら何も知らないガキのままで終わるとこだった。それを気付かせてくれた大切な女を、何で他のヤツらにやれるかってんだ!」 「彼女はボクの、ボクだけの唯一のミューズだよ?最上の美と至高の存在である彼女に、君たち如きが相応しい訳がない。そう、このボクほどの美と芸術の具現でなければ、彼女には釣合わないんだ、そうだろう?」 「あの人のさりげない優しさは、僕を勇気付けてくれたんです。だから今度は僕が彼女の傍で彼女を支えてあげたい。この想いは、誰にも邪魔させません!」 ウ〜ン、そろいもそろってねえちゃんにメロメロなんだなぁ、さすが我が姉。言ってるセリフはひねりがないけど。 でもこれでみんなどうあっても引きもしないって事が解ったみたいで、バッチリ臨戦体勢が整ったってヤツ? うわ、空気が帯電してるよ〜! 「ちょっと、痛いですね。―――あれ?誰か走ってきます」 「アーッ!良かった、ジブン間に合ったッスね!!」 ん?あれ、日比谷じゃん。こんな時にパシリなんてやってるって事はねえちゃん諦めたって事かと思ったぜ? 「それは……確かに先輩の事は好きだったっス。でも、先輩は葉月先輩と一緒の方がお似合いだって思って、ジブン、葉月先輩の助太刀しようと駆けつけたんスよ」 へぇ、ようやく自分が対象外だって事に気がついた……いやいや、何でもないよ。 「そういうわけで、男日比谷渉!葉月先輩の勝利のために参戦します――――!!…………って、うわァッッ!!?」 「あ、危ないです、日比谷くん!」 なんと!参戦しようと現場に駆けつけた日比谷、足元にあったバケツに見事足を突っ込み転んだぁーーー!!!……ってなんでバケツがあるんだ? 「あ、後片付け用に用意して来ました、僕が。でもすごいです、僕、初めてバケツで転んだ人見ました!ああ、しかもバケツをひっくり返して頭に被った挙句、今度はバナナの皮で滑って転びました!!一体どうしてバナナの皮が!?」 あ、それオレがおやつに食べてたヤツ。ちゃんと一まとめにして、後でゴミ箱に入れようとしてたんだけどな。 「ひょえぇぇぇぃえええーーー!!!」 日比谷、妙な叫びをあげてよろけまくってるよ……あいつ本当に運動部なのか?バランス感覚イカレてんじゃないか?――――ってオイ!!! 「…………!!?」 <バキィッ!!!> 無視どころか日比谷の存在にも気付いてなかったらしい葉月の頬に、無駄に振り回されてた日比谷の拳がクリーンヒットォォッ!!! 「ッは、葉月先輩!!すすすすいません、ジブン、わざとじゃなかったんっス!!」 「……………………【怒】」 呆気に取られた他の4人に構わず、日比谷、ようやくバケツを頭から外して必死で弁解してます! ……が……空気、更に痛いんだけどな〜……。しかも葉月、殴られて切れた唇から血を流しながらにっっこり笑ってるしさ。 「…………おまえ、日比谷……だったな……」 「は、ハイッ!!」 「おまえには……随分、世話になった、よな……」 「そ、そうですか!?そんな、ジブン如きが葉月先輩のお世話なんて、そんな事……」 「ああ。だから……俺、『お礼』してやる」 …………ん? 「……葉月、ジブン、今のシャレのつもりか?」 「もしそうだったら、スッゲェ寒いぞ、それ……」 やっぱ気がついたかみんなも。あ、葉月ちょっぴり顔が赤くなってます!やはり自分でも寒いと思ったのでしょうか!? 「……先輩、あの、今の、一体……?」 「……いや、なんでもない。けど……『お礼』は本当」 「グホォォッッ!!!!!」 おーーーーっと!!葉月選手の右フックが炸裂!これは見事に決まりました!! 「素晴らしいです!角度といい威力といい、実にフックのお手本のような動きです!ああでも日比谷くん、まだ何とか意識があるようです。まるでゴキブリのような生命力と言って差し支えないでしょう!」 「ゴ、ゴキブリって……ひどいっス、蒼樹しゃん……。って、はじゅきしぇんふぁい、なんれまら指鳴らしてるんっスか!?」 「日比谷……俺、おまえには本当に世話になったんだ。……そう、いつも、いつもだ。おまえが爆弾を点ける度、あいつは爆弾処理の電話をかけなくてはいけなくて……その分、俺とあいつが一緒にいられる時間は減っていった。それが、どんなに辛く苦しかったか……おまえに解るか……?」 <ピクッ!!> 今の葉月の言葉に他の4人も敏感に反応した模様です、一気に殺気が漂ってきます! 「で、でも、先輩とデートできた事はないッス!いつも第三日曜日を指定されて!!」 「当たり前だ。もし、おまえがあいつとデートなんてしていようものなら……今、おまえはここにはいない」 「!!!!!」 ウッワ〜言っちゃったよ葉月……。可哀想に日比谷、すっかり怯えた目、してるぞ。 「……言っとくけど、おまえらもだ。だから、俺、手加減しない。手加減せずに、目一杯『お礼』してやる」 「ハッ、それもこっちのセリフや!後で後悔すんなや!?」 「上等だ、かかってきやがれ!!……と、その前に、……アレだな」 「うん、そうだね。ボク達の愛のメモリアルを邪魔していた困った後輩にちゃんと『お礼』をしなきゃ、礼儀に欠けるというものだね」 「そうですね。それに……最初の腕慣らしとしてはもってこいかも知れません」 おっと、これはどうやら五人とも利害が一致したようです。ではこちらも……。 「(ゴソゴソ)はい、用意できてます。それでは『第一回主人公への告白権争奪バトルロイヤル』は、日比谷くんへの止めの一撃をもって開催したいと思います。では――――――ファイト!!」 <カーン!!> どこから取り出したのか解らないゴングが鳴り響き、全者一斉に日比谷に飛びかかりました!! 「ギャアアアアアーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」 まずは日比谷、あっけなくダウン!あっけなさ過ぎて面白くないんで次行きましょう! 「……ヒ、ヒドイっス……。野球部奥義『重いコンダラ』を披露するはずだったのに……。(バタリ)」 「よっしゃ、まずは一人やな!ほんなら次はジブンや!喰らえ、『クラッシュバイク』!!」 「……それ、寒い」 「シャレやないわ!!クッ、あっさり避けくさって!!」 「ふふっ、地味な技だけど即効性ですからね。園芸部奥義、『自然の守り』!!ついでにオプション『スズランの微笑み』!」 「ゲッ、いきなり毒をバラ撒く奴がいるか!?けど、そんなもん全て流してやるぜ!バスケ部奥義『ナイアガラダンク』!!」 「駄目だよ!そのフォームは実に美しくないね。ボクの美しさを見て悶えるといい!美術部奥義『色素分解』!!」 「なら俺は……葉月珪、とっておきの必殺技『モデルウォーク』!!」 ……あ〜、何だかお約束の展開で盛り上がってるみたいだなぁ。しばらくボーッと見物してるか。 「それって実況の意味がないんじゃあ……。あ、尽くん、僕にもポテトフライください」 お、悪い悪い。ちなみに提供はウィニングバーガーだよ。 「おやおや、これは騒がしいね」 わっ!おっちゃん、いきなり背後に立たないでくれよ、びっくりしただろ? 「はは、すまなかったね。ところで何やら随分殺気立ってるようだが、一体何があったのかな?」 へ?おっちゃん知らないの?……あー、ねえちゃん確かおっちゃんの名前知ってるくらいで、特に興味も持ってなかったし、連絡(なんの)いってなかったんだな。まぁかくかくしかじかって事なんだけどさ。 「ふむ、そうだったのか。いや、分かっていたとしても、参戦する事はないけれどね。そこまで私も若くはないし。しかし彼らにとっては大事な青春の一ページだ。止めるような野暮な真似はやめておくさ。では、私はこれで失礼するよ」 さすがおっちゃん、歳取ってるだけあって余裕っていうか、人間が出来てるなぁ……って、何で教会に向かってくんだ?しかも上手い具合に、喧嘩してる皆に気が付かれないように忍び足だぞ。 「非常に怪しいですね。みなさーん、教会の方を注目してくださいー」 「なッ、あ、蒼樹くん、何を!?私はただ、教会の中のレディに挨拶を、と……」 蒼樹の声にわちゃくちゃドツキ合ってた全員が振り返り、理事長発見! 「……理事長……やり方がセコイ」 「あなたがそんな小物だったとは、ボクは哀しいですよ、理事長」 「戦闘力じゃ適わねぇからって、そういうやり方はナシだよな」 「恩人やと思ってたけど、こうなったら話は別や」 「ええ、人の情熱を踏みにじるような人、放ってはおけませんよね」 「!!!!!!」 …………え〜と。 「おじさん、怒りの5コンボを喰らって昇天ですね。察するに連絡は行ってたのでしょう、悪知恵に頼って自滅、という結果に終わりました。引き続き五人は消耗戦に入っているようです。やっぱり葉月くん、姫条くん、鈴鹿くんが優勢のようですね」 ま、その辺は体力とかの差だな。それに三原と守村は攻撃力がないからなー。防御力は高いけど、決め手がない分勝ち目は少ないだろうな〜。 「そうですね。――あっ、とうとう守村くんがダウン!葉月くんの殺人光線『グリーンアイズ・レイ』がヒットしたようです。それに、!これは意外です、鈴鹿くんも続いてダウン。見事にフェイントに引っ掛けられたようで、延髄切りをモロに喰らいました」 ホントだ。さすが姫条、実戦慣れしてるだけあって上手く決めたな。相手が単純な鈴鹿だから当然か。……てか、何で三原は一人でクルクル回ってんだ? 「アハハ!これこそマミー直伝の技『メリーゴーランド・バリアー』さ!回転に沿って全ての攻撃は受け流され、何人たりともボクを傷つける事が不可能な究極の防御技なんだ!美しく、また完璧なこの技を誰が破れるというんだい――――――あれっ!?オォ、ノォーーーンッ!!!」 あ。三原のヤツ、樹の根っこに足取られてやんの。 「しかも慣性の法則に従って、そのまま回転しながら顔面から樹に突っこんでます。……痛そうですね」 てか、これまた自滅ってヤツ?ノビてんぞ、オイ。こんな時にまで回ってるから。 これで現在残ってるのは葉月と姫条か。予想通りつーか下馬評通りでつまんないなー。これじゃ賭けの配分も大したもんにならないぞ……っと、何でもない何でもない。 それにしても氷室先生はまだ来ないなぁ。まさか理事長の二番煎じで漁夫の利狙ってんじゃないだろうな。 「そのような事はしない」 おっと、噂をすれば影だね。でも随分遅かったなぁ。 「仕方がない。理事長が自分の仕事を放棄して姿を消してしまったのだからな」 「あ、氷室先生。お勤めご苦労さまです」 「蒼樹君、目上の者に対しては『お疲れさま』というのが礼に適っている。気をつけなさい」 来た早々お説教は良いんだけどさー、氷室先生、その手にもっている楽器、何? 「見て解らないか、これはピアニカだ」 いや、分かるんだけど……なんでピアニカ……。 「私は暴力的手段によって問題を解決するという短絡的思考は持ち合わせていない。加えて、学校という施設内でこのような乱闘が起こっているのは非常によろしくない。よって、自分に選択可能な能力を用いてこの事態を収拾する為に、ここに来た。持っているのがピアニカなのは、たまたま手近にあった楽器がこれだったからに過ぎない」 だったら別にフルートでもハーモニカでもいいじゃん……。 「問題ない。私の技は楽器の種類によって効果が変わる事はない。葉月、姫条、聴きなさい。吹奏楽部奥義『眠りの調べ』、ウルトラリミックスバージョンだ!!」 <ぷぴ〜、ぺ〜ぽ〜ぱぽぴ〜、ぷぺ〜> ……別の意味で気が抜ける音だなぁ。つーかさぁ、氷室先生、めちゃくちゃトチッてるんですけど。 「指が長いから逆に弾きにくいみたいですね、ピアニカ」 「ど、どうでもよろしい!!」 どうでもよろしいどこじゃないよ?だって全然効いてないし。ホラ、二人とも平気で殴り合っちゃってるまま。 「背景の描き割り夕日が眩しいですね。なおBGMは太陽に○えろ!テーマ曲、演奏は吹奏楽部有志の皆さんです」 「むむ……致し方ない、別の手段を講じるしかないようだ」 氷室先生、悔しそうにハンカチを噛み締めて校舎に戻って行きました。間に合うのかなぁ? 「葉月くんと姫条くん、相も変わらず対峙したままです。お互い喧嘩慣れしているのでしょうか、なかなか決定打が決まるには至らないようですね。姫条くんはともかく、葉月くんが喧嘩慣れしているとは聞いていないですが」 ドイツいた時に襲われかけたとか、そんなんじゃないか?なんでも子供の頃は結構可愛かったらしいから、手篭めにしようとした男も結構いたんじゃ……って葉月、睨むなよ!!おまえの相手は姫条(と絶対勝ち目ないけど氷室先生)だろ!?まったく……案外本当だったりしてな〜(ボソッ)。 それじゃ、ここらでちょっと真面目に実況でもするか。 ……と思ったんだけど……ありゃ〜、こりゃそんな暇なさそ。 「あいつは、絶対に誰にも渡さない……!!葉月珪禁断の、そして究極の必殺技!『アタック・ザ・プリンススタイル』!!!」 <キラリーン> 「なっ――――!!グハアァァーーーーーッッッ!!!!!(バタァッ)」 …………なぁ、見たか?今の……。 「はい……まさか、彼がこんな技を隠し持っていようとは……これは、かなりダメージ大きいです……。えーと、衣裳提供は手芸部有志のヨーロッパ時代衣裳班、だそうですが……。姫条くん、倒れたままピクリともしません……。これはつまり、葉月くんの勝利……でしょうか?」 どうやらそうみたい、だな……。あ〜なんか、スッゴイもん見た……。技を繰り出した葉月もかなりダメージ受けてるって事は、本当に出したくなかったんだな、ちょうちんブ……ってだから、睨むなよ葉月!オレは実況担当なんだから!!……いやでも、微妙に似合ってたかもしんない(ボソッ)。カメラさん、ちゃんと撮れた?OKOK。 「でもこれで葉月くんに告白権が渡ったようですね。氷室先生、まだ戻ってきませんし」 だな。葉月、倒れた他の連中はものともせずに教会へ向かって歩いて行きます。あーでもかなり足に来てるみたいだな。フラフラだよ。ま、あの連中との格闘でダメージ無しなわけないけどな。 「彼女への愛の力なんですね。……解る気がします」 ああ……改めて見直したぜ、葉月。どうか、ねえちゃんを幸せにしてやってくれよ…………。 「ちょっと待ったぁぁぁーーーーー!!!!!」 お?葉月が今まさに教会の扉に触れんとしたその瞬間、氷室先生が戻って来たようです。葉月も気がついたようですが、うーん、そのままドアを開けようとしてますねぇ。ぶっちゃけ先生、無視? 「待ちなさい葉月!『ちょっと待った』と言われたら、告白タイムは待つのが基本だ!!」 「……そうなのか?」 先生先生、そのネタ1986年生まれの葉月には多分解らないと思うよ〜?しかもテレビ見ないんだし、こいつ。 「では何故君は知っているんだ」 そこはそれ、オレだもん。 「あ、僕も知っています。ステイツにいた時、近所に住んでた日本人夫婦が教えてくれました。その人たち、それがきっかけでつき合い始めたと言ってました」 へェ〜、そうなんだ。 「……そんなの、どうでもいい。待つ気ないし、俺」 そりゃそーだ。 「聞きなさい。彼女が君にとって大事な存在だと言う事は充分解っている。だが同時に、彼女は私にとっても大切な存在だ。そして私はその想いを葬る気はない。葉月――――私と勝負だ」 「勝負……。俺、こんな状態でも、先生に負けるとは思わない。無駄な事はやめた方がいい」 確かに、今の葉月でも戦闘能力は氷室先生よりは上だろうな。さっきの『アタック・ザ・プリンススタイル』を出さなくても余裕で勝てそうだ。てかあれをまた出されたらオレと蒼樹の方がダウンするよ、マジで。 「待ちなさい。先程実況の二人にも言ったが、私は暴力的手段によって問題を解決する趣味はない。非暴力で解決する事が出来るからこそ、人間なのだ。そしてこの場でその方法を問われれば、私は躊躇なくそれを提示できる。つまりこれだ!!」 <ピカーッ!> …………えーとそれは、氷室先生愛用の指揮棒かな? 「指揮棒ですね」 「……で、それが何なんです……?」 「決まっているだろう。棒といったら棒倒しだ!!」 はいぃ〜??? 「非暴力的でありながら運と頭脳と器用さが求められ、尚且つ短時間で勝敗が決する。これ程素晴らしい解決方法もないだろう!!」 いや、そんなふんぞり返るほど胸張って威張られても。 「何というか、納得できるけど納得しかねるミステリアスな意見ですね……」 「先生……」 あれ?葉月、顔を俯かせてどーしたんだ? 「ん?どうした葉月。臆したのか?」 「俺……結構先生の事、尊敬してたんですけど……それ、撤回」 「何?」 「こういう時にそういうのやられると……耐えられない」 <ヒュンッ→ドカァッ→ヒュウゥゥゥ→ガツッ>(注:一連の流れを簡単に表現してみました) 「ウグワアァァァッッッッッ!!!!!」 「これは凄いです!葉月くんのどこにこれ程の力が残っていたのでしょうか、一瞬の内に葉月くんの中段回し蹴りが繰り出され、氷室先生はその勢いで宙に吹っ飛んでしまいました!!何とか木の枝に引っかかった様ですが……ああ、いけません、まったく動けないようです。というか、気がついても降りられないような気がします、あの高さでは。ちなみに僕は木登り苦手ですからね」 葉月の怒りパワー炸裂ってヤツだな。まあ、オレだって大事なねえちゃんへの告白権が棒倒しみたいなお子様チックなゲームで決められたらちょっとどーかと思うけどさ。大貧民とかなら百歩譲ってOK?だけど。 でも、これで完全にジ・エンド。 「勝負……決まったな」 再び彼は扉に手をかける。 唯一人、彼を動かし、彼を変えた姫の為に誂えた絆の証を持って。 深い森を抜けて、辿り着いたその先に。 きっとその愛おしい笑顔が広がっていると信じて。 そして彼は、扉を開けた。 「ここに……いたのか……」 はぁ〜、疲れたなぁ今日は。蒼樹もお疲れさん。 「はい、でも楽しかったです。ポテトフライも美味しかったですしね」 まーな。――と、それじゃこっちはこっちで、二人が出てくるまでに後始末しなくちゃだな。まったく、アフタークリーニングまでしっかりこなす実況担当者なんてオレたちくらいだよ。 「そうですね。それにしても、僕と尽くんでは延びてる彼らを運ぶのは荷が勝ち過ぎますね。ネコ(注:作業用一輪車の事)借りてきましたから、これで運びましょうか」 おっ、気が利くなぁ。そだ、お礼にねえちゃんの携帯の番号教えてやるよ。ついでに基本的なデータ一式もどう? 「本当ですか!?それはとても嬉しいです!」 ま、葉月にはバレないようにしろよ。どうなるか分からないもんな。 「大丈夫です。僕はそんなに迂闊じゃありません。何しろこの3年間、彼女を尾行していても一度も気付かれなかったほどに狡猾なのですから」 あのさぁ……自分で狡猾っていうヤツも珍しいと思うぞ?それに尾行って何……。 「え?狡猾って褒め言葉だと聞いたのですが。違うんですか?彼女がメールでそう教えてくれました。日本のスラングだと」 ……ねえちゃん、あんた一体何教えてたんだよ……。 |
<あとがき> …………すいません。言い訳など致しません。私が悪う御座いました。 1頁漫画『運命の日』を描いてる時に思い浮かんだので、勢いのまま書きました。 ギャグが書ける人が羨ましいです……。 |