〜Jenseits der Legende〜 【前編】 |
降り注ぐ光は外の気温を窺わせるように窓の中にも揺らぎを伝えてくる。 眩しすぎず、かといって弱々しくもない、残暑の気配も終息しかけた季節に、座ったままの彼女は一つの言葉を紡いだ。 「――――やめとく」 軽やかな声から出た拒否の言葉に、それでも怯む事なく彼女の前に立った男は続けた。 「そんな〜!東雲さんもたまにはおいでよ〜。友達になりたいって奴、大勢いるんだよ?」 「けど、遅くまでかかるの、困るから」 「大丈夫だって!始まんの五時からだし、時間が来たら先に帰っていいんだしさ。大学生だってのにコンパに参加した事ないなんて、普通ありえないって」 「未成年だし」 「烏龍茶だっていいんだし!」 「工夫(クンフー)以外で淹れた烏龍茶って、好きじゃないし」 「ジュースでもいいし!」 「市販のジュースは、甘過ぎるから飲みたくないし」 「ミネラルウォーター!」 「家にあるからいらない」 「そんなぁ〜!」 先程から繰り返されている会話は、大学生には付きもののコンパのお誘い。何とか学校一のプリンセスを参加させたくて、同期の男子学生は色々妥協して説得するも、肝心の姫君は淡々と無表情に断るだけ。机に広げられた学術資料から目を離し相手を見ながら答えている分、まだ彼は報われている方だ。 「それに、今日は用あるし。参加するの、無理」 「この前も用があるって言ってたじゃん。そんなに頻繁に何してるの?バイトとか?」 「違うけど、無理。学校終わったらする事、たくさんあるから。誘われても、行けない」 「そんな事言わないでさ〜」 なおも男が食い下がっていると、ふと後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。 それに気付いたかのように、足音の主の姿を認めた姫君が、数秒前までの無表情を一転させる。しつこく声をかける男ですら押し黙ってしまうほどに美しく魅力的な、輝くような笑顔。 まさに天使、いや天女の微笑みだ。 そしてそれは、完全に彼女に近寄って来た一人の青年にのみ注がれていた。 「――――悪い、遅くなった。待たせたか?」 「ううん。お仕事、お疲れさま、珪」 姫君こと杉菜が笑顔で迎えた相手は、一流大学に通っている者のみならず全国的に有名になりつつある超絶正統派美形モデル・葉月珪。杉菜から贈られた笑顔をそのまま返すように、彼は端目にも判るくらいの微笑みをその端正な顔に浮かべた。 「ああ、疲れた。けど、おまえの顔見たら吹っ飛んだ、そんなの」 既に周囲の空気はこれでもかというくらい別世界と化している。花やら星やら点描やら、少女漫画のロマンスシーンを凝縮したかのような背景が散りばめられている状況をご想像願いたい。見ているだけで歯が浮きそうだ。 その上。 「…………っ……」 しばし杉菜の瞳を見つめていた葉月は、何の前触れもなく彼女の唇に自身のそれを重ねた。 「――――!!」 忘れられた男子学生の目の前で行われているそれは、付き合い始めたカップルが交わす緊張した軽いキスなんてものではない。下手をするとR指定されかねないような熱烈かつ濃厚なディープキスである。 仕掛けられた杉菜の方は最初は一瞬驚いたものの、すぐに目を閉じてこれまた慣れた様子で受け入れて応えていた。途切れがちな吐息が交わる音が、静かな館内を満たす。 ハリウッド映画かフランス映画並みのキスシーンはそのまましばらく続いていたが、やがて互いの距離が開くと、杉菜はすっかり潤んだ瞳を葉月に向けて首を傾げた。 「…………どう、したの?」 「……我慢、できなかった……悪い」 悪いと思うならするな。 「ううん、かまわない」 少しはかまえ。 「続きは……帰ってから、な?」 葉月は実に甘ったるい声で恋人にそう囁くと、ちらりと放心したままの男子学生を一瞥した。そこに含まれる殺気を感じ取ってか彼はビクッと体を揺らし、その勢いのまま、 「――――そ、それじゃ、俺はこれで!!」 と言って脱兎のごとく逃げていった。 「……仲が良いのは結構だけど」 しばし沈黙の訪れたその空間に、何とも困ったような呆れたような怒ったような複雑な声がポツリと響いた。 「あなた達……私達もいるって事、そしてここが学校の図書館だって事、ちゃんと解ってる?」 杉菜から2mと離れていない席に座って六法全書を広げる有沢が言えば、同席していた守村や蒼樹も彼女と同様に真っ赤な顔をして微妙に顔を逸らしていた。 九月、大学のカリキュラムは長い夏休みの中にある。だが日本最高学府の一つ・一流大学の図書館に夏季休業はない。 数多の向学心溢れる学生が知識と涼を求めて着席した館内は、学生だけでなく教官や図書館司書に至るまで、放心した表情で世にも美麗なる二人の王子と姫に注目していた。 「…………マジ?」 有沢の話を聞いた藤井は、これ以上ないくらいに眉を顰めて訊き返した。 「ええ」 訊かれた有沢は冷静極まりない表情で頷いてから、手元のアイスティーのグラスを揺らした。カラン、と氷が中で弧を描く。 「こんなの日常茶飯事。それくらい東雲さんに言い寄る学生が多いのも確かだけど、そのたびにそれよ」 「……ナンデスカ〜あの王子様はー!実はムッツリスケベだったワケ?天然エロ?露出症?」 「ま、否定は出来ないわね。見ている限り」 「な、奈津実ちゃん……有沢さんもそんな本当の事言っちゃ……」 はば学を卒業して数ヶ月。それぞれがそれぞれの道を歩み、高校時代熱き友情によって結ばれたGSメイトの面々も、そうそう頻繁に会う事は少なくなった。それでも時折こうして時間と機会を作ってお茶を飲んだりする事はある。 そして今、喫茶店で和む女性陣(須藤除く)の話題に上っているのは、四人掛けの席の一つでダージリンを優雅に飲む元はば学の眠り姫・東雲杉菜、そしてその王子の事であった。 「杉菜ってば、ホンットに葉月に好かれちゃってるねぇ〜。でも、公衆の面前でディープキスってのはちょっとやりすぎじゃない?どーなのよ志穂、これって犯罪になんないの?」 「キス程度なら公然わいせつ罪には抵触しないわね、残念ながら」 藤井・有沢・紺野の三名が何とも言えない溜息を吐くと、一人杉菜は不思議そうな顔をした。 「……そんなに気にするほどの事なの?キスって」 「いや、そりゃアタシだってヤボなこと言うつもりないし、キスくらいならべつにいいじゃんって思うけど。でもさー、学校の図書館の衆人環視の中でそれって、やっぱちょっと抵抗あるかなーっていうか」 「平気だけど、私」 「それは杉菜ちゃんはアメリカに住んでたこともあるから……」 杉菜は国籍は日本だし育ったのも日本だが、実は葉月と出会う前、一時アメリカに住んでいた。父・寂尊の海外赴任の為である。人格が形成される時期をスキンシップが挨拶になる国で過ごしていたから、キスくらいでは別に何とも思わないのかも知れないが、それにしたってどうなんだ。 「――――あ、そうそう杉菜ちゃん。これ、この前言ってた新しいレシピなの。杉菜ちゃんの分、持ってきたよ」 思い出したように紺野がバッグから数枚の紙を取り出した。 「ありがとう、珠美」 「ううん。あ、あのね、これなんかだと冷めても割と味が変わらないから、葉月くんの帰りが遅くなる時にもいいと思うんだ」 「そう?じゃあ、明日はそれにしてみる。珪、仕事の日だし」 「あ、そういや杉菜、こないだ家に電話した時いなかったよね?七時前だったから絶対いると思ったんだけど、もしかして葉月ん家行ってたの?」 「うん。ご飯作って、洗濯して、そのまま泊まらせてもらってた」 「はぁ〜、すっかり奥さん状態じゃん。なんでもしょっちゅう葉月ん家に泊まってるんだって?アレだね、あとは入籍でもすりゃ名実共に夫婦じゃん」 藤井が冗談混じりに笑って言うと、杉菜はこくんと頷いた。 「あ、うん。来月入籍なの」 「へぇ〜そうなんだ……………………ハァッ?!」 あまりにも淡々と告げられたそれに、藤井のみならず有沢と紺野も瞠目して杉菜に注目した。 「杉菜ちゃん!?」 「東雲さん、それ本当!?」 「うん。来月、十六日に入籍するの」 さらり、と。いつもの彼女らしい口調でそう言った。 「――――って、ちょっと待ったぁ!!アタシ初耳だよそれ!?何、マジ?マジで来月入籍!?結婚すんの!?」 興奮した藤井が立ち上がって身を乗り出すように訊くと、杉菜はやはりこくん、と頷く。 「うん」 「ちょっとちょっとちょっと!!一体何がどうしていきなりそういうことになっちゃったワケ!?ちょっと展開早すぎませんかってゆーか、アンタ本編最終話にしてやっと自分の恋心自覚したってのにそれでいいワケ!?しかも学生結婚!葉月手ェ早すぎ!!」 「奈津実、ちょっと落ち着きなさい。……東雲さん、私もそれ、初耳よ?何か隠す必要があったの?」 「ううん、べつに」 「じゃあ、なんでそういう大事なコト言わないのーーーッッ!?」 すると。 「……訊かれなかったから」 「杉菜ちゃん……」 訊く以前の問題だろう……。 そう心の中でツッコんで、三人は杉菜を見た。 「東雲さん……せめて私達くらいには教えて欲しかったわ。皆で精一杯の祝福をしたいもの」 「そう……?式も上げないし、挨拶状だけでもいいかなって思ったんだけど……」 「え?式上げないの!?」 「うん。面倒だから」 面倒ってアンタ。いや、確かにそうだけど。 「入籍も、そんなに意味ないし。これから色々資格取る予定だけど、取った後に結婚とかすると変更の手続きするの面倒かなって話してたら、じゃあ結婚するか?って言われて」 「……アンタたちって……」 もうちょっとロマンの欠片はないんかい、そう言いたいのを藤井は必死で耐えた。言っても無駄な事はよ〜く解っていた。 「……けどさぁ、結婚だの入籍だのってことは、つまり……そっちの方は進展しちゃってる……ってワケだよね?」 「え?そっちの方?」 「だから……その、〜〜〜アレよアレ!『夜の営み』ってヤツ?」 「夜?…………ああ、セッ――――」 「あ゛ーーーーーッッッ!!やっぱ言わないで!アンタの口からそーゆー生々しい単語聞きたくなーい!!」 自分から言い出したくせに、杉菜のセリフを遮って藤井は大声で叫んだ。気持ちが解る他の二人は何も言わずただ黙した。 「……じゃあ、何て言えばいい?」 「いや、言わなくていいから!言われたら困る!てか耐えらんないから!!」 耳を押さえてブンブンと首を振る藤井に、杉菜はキョトンとしたままだ。まぁ公衆の面前で手馴れたフレンチ・キスを堂々と披露する仲だ、言われなくともその関係の深さは容易に想像できよう。 「ハァ〜…………けど、一番キヨラカでいて欲しかったアンタが一番早くゴールインするとはね〜……。薄々そうだとは思ってたけど、やっぱ葉月ってば手ェ早すぎ」 しかもラブラブ度が完璧に振り切れている杉菜なら、何の抵抗もせず彼を受け入れた事だろう(その辺の描写は筆者がもっとも苦手とするところなので読者の想像にお任せする)。自分と姫条なぞは何とか両想いにはこぎつけたものの、互いの性格上まだまだその領域にすら達していないというのに。世の中皮肉なもんである。 藤井が頭を押さえながらぐったりしたように言うと、姫君はまたもさらりと。 「……私、好きだけど。珪に抱かれるの」 フリーズ(×3)。 再起動に時間がかかり、やっと稼動を始めた三人がゆっくりと杉菜を見れば、実に淡々とした表情でこちらを見返している。 「アンタねぇ……」 「何?」 「…………なんでもない」 もはや何も言えず、藤井はグラスに残っていたミルクティーをズズ〜ッと啜った。それは氷が溶け切って何とも言えない間抜けた味になっていた。 その後葉月家で夕飯の用意をするという杉菜が先に帰って、残された三人は深い深い溜息を吐いた。 「まったくもう、あのコも葉月も相変わらずマイペースっていうか……。まさか結婚秒読みまで来てたとはね〜。しかも、ここ数ヶ月スタジオのバイトでろくに会ってなかったアタシや学校が違う珠美はともかく、同じ学校の志穂にまで言ってないとは」 「そういう話題になった事ないから……。でもね……東雲さん、本当に変わったわよ」 「あれで?笑顔もほとんど葉月限定で、その他は以前のまんまの無表情アンド淡白マイペースじゃん。アタシだって杉菜に笑って欲しいのに、悔しいったら」 「そうじゃなくて。……あのね、高校の時、私が彼女に『本が好きなのね』って訊いた事があるの。彼女、本当によく図書室を利用してたでしょう?」 「?うん」 「その時の彼女の答えは『べつに、嫌いじゃない』だったのよ。でも、大学に入って同じ質問をした時、東雲さんはこう答えたの。『うん、好き』って――――」 「……それって」 「ええ。……高校時代、思い返してみれば彼女の口から『好き』という言葉を聞いた記憶はなかったわ。でも、今は自然にその言葉を言ってるのよ。猫が好き、空の青が好き、陽だまりが好き――――葉月くんが好き。そんな風に、身の回りの色んな物事について、自分の思った通りの事を素直に表現してるの」 「……そっか」 穏やかに微笑む有沢と同じように、藤井と紺野も笑った。 「葉月くんのおかげで、東雲さんは本当に変わったわ。大事な部分はそのままで、ね。確かにフォローするのは大変だけど、それも嫌じゃないって心から思えるわ。……所構わずのディープキスは勘弁して貰いたいけど」 アメリカ帰国子女の蒼樹ですら顔を逸らしてしまいたくなる濃密さは、ちょっと有沢や守村には刺激が強すぎるんである。いくら牽制の意味を込めているにしろ、せめてこれだけは何とかならないものかと常々頭を抱えていた。 「ま〜……いいんじゃないの?仲良きことは美しき哉ってことで」 「そうは言うけど、ああもたびたびじゃツッコミたくなるわよ。そういう時ばかりは誰かに代わって欲しくなるわ、本当に」 「……ちょっとわたしも遠慮したいかなぁ、それは……」 まったくもって、さもありなん、である。 「しっかしまぁ、ねぇ〜……」 「何?奈津実ちゃん」 「どうかしたの?」 何故か頬を染めた藤井に二人が訊ねると、藤井は捻った首ごと顔を逸らしてポツリと言った。 「いや、その、……杉菜のあの声で喘がれたら、確かにたまんないだろーな、と……」 「……奈津実ちゃん」 「何考えてるの、あなた……」 ――――そういう有沢や紺野の声が奇妙に震えているのは、決して藤井の幻聴ではないだろう。 「…………ホンマに?」 「ああ。来月の十六日」 「…………マジかよ……」 女性陣が苦笑している頃、何故か姫条ハウスで顔を合わせていた男性陣(三原除く)もこれまた何とも複雑な溜息を吐いていた。 「なんちゅうこっちゃ……とうとう杉菜ちゃんが……てかいきなり過ぎるわ!」 「高校卒業して、まだ半年経ってねえのになぁ……。まあ、お互いがそれでいいってんならべつにいいけどよ」 「良くないっての!まったく、姉ちゃんも葉月も、そんでもって父ちゃんも母ちゃんも、オレの事完全無視して話進めてんだもん!フツー最愛の弟にまで秘密にしとく!?」 「そら自分が口出ししたらあーだこーだ文句付けられるからやろ。葉月の判断は正しいわ、ウン」 「当たり前だろ!?そりゃ二人とも経済的には問題ないけど、未成年だぞ?学生だぞ?しかも姉ちゃんの体質変わってないんだぞ?その状態で嫁になんか出せるかっての!!」 「つ、尽くん落ち着いてください」 「そうです。……気持ちは解りますが。マイケルも桜も、何も言ってくれなかったですし」 ヤケ酒を飲んだ訳でもあるまいが、顔を真っ赤にして怒るシスコン・プリンスこと尽がテーブルを叩くと、守村と蒼樹が横からどうどうと押さえた。 藤井達に話が伝わっていなかったのと同様、男性陣にも二人の結婚話は伝わっていなかった。それは葉月達の性格からして理解できる。 しかし、である。なんと、当人の弟たる尽にも今日の今日まで伝わっていなかったのである。これは寂尊と桜の策略によるものが大きい。 「父ちゃん、自分たちがビックリ婚だったからって姉ちゃんもそうしたらどうだ、みたいに言ったらしいんだよ。けど、だからってオレまで蚊帳の外に置くことないだろ!?――葉月も葉月だ!なんでそこで拒否しなかったんだよ!?」 「……出来ると思うのか?あの人達に」 「…………思わない」 「だろ」 怒りゲージが振り切れている尽が一月後の義兄に噛み付くが、葉月はあっさりとそれを一蹴する。この三年半で、葉月と自分の両親の力関係がどんなものになったのか、尽も理解している。しているが、それにしたってどうなんだ。大学帰りの葉月をとっつかまえて八つ当たりしたって罰は当たらないだろう、まったく。 ちなみに寂尊・桜夫妻のビックリ婚とは『既成事実作って結婚を認めさせたれ婚』らしい。デキちゃった婚ではなく、計算尽くめだった点が重要である。 「けど、実質入籍しかしないし。式とかなければ、挨拶状の一枚で充分だし、騒ぐほどのことじゃないだろ」 「へ?自分ら式せぇへんの!?」 「ああ。いつかするかも知れないけど、少なくとも今はしない。俺の両親、都合つかないから。それに……」 「それに?」 「……面倒だろ、式って」 面倒って自分。いや、確かにそうやけど。 「ハァ〜……こないなことになるんやったら、いっそ杉菜ちゃんのウェディングドレス姿を堪能させてもらいたかったんになぁ。――ん?ってことは新婚旅行もナシなん?」 「いや、それは年末。多分東欧。あいつ、アウシュビッツに行ってみたいって言ってたし」 「……甘さのカケラもねえなオイ。つーか多分ってなんだよ多分って」 「普段周りに砂吐かせとる割にはこういうトコはどっかズレてんねんな、ホンマ。…………せやけど、入籍やなんやってことは、ホンマに杉菜ちゃん、葉月の物になってまうんやなぁ……オニーサン切ないで」 「切ないのはこっちだよ!そりゃ外泊どころか今じゃほとんど葉月ん家に住んでるようなもんだけどさ、それにしたって早過ぎるっての!」 尽がなおも納得できない顔で主張すると、姫条もウンウンと頷き返す。 「まったくや。そら杉菜ちゃんは葉月のことずーっと好きだったんやろうけど、それにつけこんでさっさと手ェ出すなんて男の風上にも置けんわ。紳士とちゃうわ。……に、してもや。杉菜ちゃんは相変わらず七時になると眠るんやろ?ぶっちゃけた話、それでどうやって夫婦生活営めるっちゅうねん」 「き、姫条くん!そ、そういうプ、プライベートな事は、訊くべきじゃないと、僕は思います!」 「何言うてんねん〜、メガネくんかて全然気にならんちゅうたら嘘やろ〜?健全な十九歳の男がそんなピュアピュア〜なワケあらへんもんな〜?」 「まどか、さっきと言ってる事違いますよ」 「ナイスツッコミやな、ちぃ。まぁそれはおいといて、ホントのところその辺はどうなっとんねん」 「いっ、いいかげんにしろよ、姫――――」 「どうって……夕方とか、朝とか?ああ、休日の昼間もあるな」 鈴鹿が顔を真っ赤にして止めようとしたが、その前に葉月がいつものプレーンな表情で答えた。その為鈴鹿と守村は一層顔をトマトにしてしまった。何を想像したのやら。 「ほほぅ、なるほどなぁ。確かに杉菜ちゃんの体質考えたらそうなるわな」 「ずいぶん冷静ですね、まどか。こういう話題に慣れてますか?」 「そら人生唐草模様やし、これだけのエエ男やからそれなりに経験も……ってそないなことはどうでもエエねん!ちゅうか自分こそ冷静やな。アメリカ育ちやからか?って、それもべつにエエねん」 なんなんだ。 「まあそういう話も嫌いやないけど、それより訊きたいんは杉菜ちゃんの体質や。葉月、杉菜ちゃん相変わらず十四時間睡眠なんか?」 「……ああ、変わらない。だから講義中とか、良く寝てる。ホケカンのベッド一つ、キープしてるし」 ホケカンとは大学の保健管理センター(要は保健室のデカイ奴)である。そこのメインスタッフ(♀)がすっかり杉菜のファンと化しているので、その辺の便宜はお手のもんだ。 「そか。そっちは変わらんのやなァ。表情とかはずいぶん変わったし、もしかして思てたんやけど」 「そんなさ〜、ちょっと感情表現が豊かになったからって、体質まで変わるわけないじゃん。そこまで変わったらオレ、葉月のこと王子じゃなくて魔王って呼ぶよ」 「あのな……。……あ、けど、そういえば……」 「なんですか?葉月くん」 「いや、前にチラッと聞いたんだけど……おい尽。杉菜が十五歳になった時……」 「ん?あぁ、アレかぁ!そっか、もしかしたら次もそうなるかも知れないよな。そっかそっか」 「?何の話やねん」 「いやさ、姉ちゃん、一日十七時間寝てたらしいんだよね、五歳まで。で、五歳になった途端、十六時間睡眠になったらしいんだよ。オレよく覚えてないけど、十歳になった時には十五時間になって、そんでもってその後、十五歳になった時には今の十四時間睡眠になった、と」 「……なんやて?」 「多分五年ごとに睡眠時間が一時間ずつ短縮されてんじゃないかって、父ちゃんたちのハナシ。だから二十歳になったら今度は十三時間睡眠、二十五になったら十二時間睡眠になるんじゃないかっていう予想が」 「…………」 「…………」 「…………ムチャクチャにも程度ってモンがあるだろうが……」 まったくその通りだ。 その後恋人の待つ家へと葉月は先に帰り、姫条ハウスに残った男性陣は各々深い溜息を落とした。 「本っ当に葉月の奴も変わんねえな……」 「う〜ん……高校に入学した頃に比べれば、全然変わったんですけどね……。でも、あんなに堂々とした人だとは思ってませんでした」 「僕もです。初めて会った時はもう少し繊細な人間だと……いえ、繊細は繊細ですが、方向性が……」 「苦労してんな、おまえらも……。ん?何してんだ姫条」 「いや、ちーとな。――――おう、奈津実か?オレやオレ」 どうやら藤井に電話をかけたらしい、姫条が携帯で何やら会話していた。 「おう、そら驚いたわ。――――せや。考えることは同じやな。当たり前やん、このままスルーなんてするワケないやろ。――――了解や、こっちも連絡取っとくわ。そっちも手ェ回しといてな。――――もちろん!驚かされた分は驚かせてやらんと、なァ?」 楽しげに、何事か話したかと思うと、姫条は電話を持ったまま鈴鹿達の方を見た。 そしてニヤリ、と不敵な企み顔で言う。 「――――さ、ミッションスタート……やで?」 |
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