Haduki’s Side |
「わあ、綺麗〜!」 今度は何に心奪われたのだろう。 歓声を上げて、宝物を見つけたように駆け出す真中を追いかけるのは、いつもの事だ。 とある休日。いつものように真中に誘われて一緒に買物に来た。 本来人込みは不得手だけれど、彼女と一緒だとそれも悪くない、最近はそう思えるようになった。 たくさんの表情でくるくると動く、そんな真中の様子を見るのが楽しいから。 始めの頃は少し煩わしくもあったが、気がつけば彼女のペースに乗せられてる。けど、それがなぜか心地いい。 不思議だな。 そんなふうに思わせてくれる張本人は、しかし俺の存在など忘れたようにお目当てのショウウィンドウに釘付けだ。 内心苦笑しつつ、彼女の隣に立つ。 ディスプレイには、白一色の女物のドレス。いわゆるウェディングドレス、というやつ。仕事柄その手のドレスを見た事は一度じゃないけど、それらよりもラインの洗練さが勝ってる。 真中はよほどそのドレスが気に入ったのか、食い入るように見つめている。 見ているこっちまで幸せになるような、キラキラした顔で。 「こういうの好きなのか?おまえ」 「うん。女の子!って感じの可愛らしいドレスも好きなんだけど、こういう、ちょっとシンプルなデザインも好き。 清楚な感じがして、お嫁さんって感じがするもの」 「ふーん」 何とも答えようがなくて、適当な相槌を打つ。こういう場合の受け答えなんて、知らないから。 それに正直なところ、余計な口を挟むよりも彼女の表情を眺めている方が面白い。 そう思って黙っていると、しばらく嬉しそうにガラス越しにドレスを観察していた真中が、ふと俺の顔を見上げる。 「ん?」 「なんでもないよ」 どことなくしょんぼりしたように答えて、再びドレスに視線を戻す。 なんでもない、って感じじゃないけど。 でも、俺は何をどう言えば良いのか、本当にわからなくて。守村と親しいあのデカイ奴なら、上手く答えてやれるんだろうな、とそっと溜息を落とす。 「白もいいけど、うすーいピンクも可愛いよね」 「ピンク、か?」 「うん。最近流行ってるんだって。ピンクのウェディングドレス」 気を取り直したように話す真中につられて視線を巡らせると、淡いピンクのドレスが目に映った。あんな感じ、だろうか? ピンク。彼女の名前のような色。確かにそれも合いそうだけど。 けど・・・違うな。 「おまえは、白の方が・・・似合う」 「え?」 「ドレス。白の方が、イメージ」 白。 どんなものにも汚されない、純潔のイメージ。 けど、それだけじゃない。 白は、全ての色の光を秘めているのに、何よりも輝く最上の光。 おまえみたいだ、なんだか。 いろんな感情を心に秘めながら、それでいてなお優しく降りそそぐ。 俺の中の闇さえも抱きとめて、包み込んでしまう。そんな、おまえ自身の色。 目の前のドレスの白を見て、思う。 世界中の光を集めた色。 見てみたい。 光そのものであるおまえが、一番綺麗な光をまとって、一番綺麗に輝く瞬間を。 俺の・・・隣で。 「いつか・・・・・・」 「え?」 聞き返されて、ハッとする。 俺、今、何言おうとしてた? いや、それ以前に何考えてた? 顔、熱い。 真中はそんな俺をジーっと見上げてきたけど、俺は動揺を見られたくなくて、踵を返して歩き出す。 こいつといると、調子が狂うんだ、最近。 心の中にわだかまっていた言葉が、さらさらと形をとって流れ出てしまう。 しかも、それが苦痛じゃないなんて。 「珪くん!」 慌てた真中の気配が追いかけて来てシャツの背中を掴まれ、彼女の熱の一部が触れた瞬間、俺は自分で自分に驚いた。 体中を支配した、心臓の鼓動があまりにも強過ぎて。 弾かれたように後ろに差し出した手で、彼女を掴む。 掴んで、引き寄せて、そして―――気付く。 ああ、そうか。 そう、なんだ。 こんなにも。 こんなにも、おまえへと。 (俺―――) 今更ながら、気付いた。 (俺は―――) 「たっ・・・」 引き寄せた拍子によろけた真中が、背中にぶつかる。 その軽い衝撃すらも、嬉しくて。 (俺、おまえのことが―――) 「―――白、好きなんだ・・・俺」 彼女の方に向き直り、絞り出すように声を出す。 好きな色は・・・そう、白。 おまえを示す、大切な色。 そこでまた、俺は気付く。 ・・・なんだ、俺、ずっとおまえの色に絡め取られてたんじゃないか。 おまえのこと笑えないな、これじゃ。 我ながら、鈍すぎる。 「あ、珪くんも?わたしも白好きなんだ。やっぱり、自分の時は白、かなあ」 けど彼女はさらりと流すように答えてくれて。 ウェディングドレスからの一連のこの会話で、どうしたらそう来るんだ? それとも、俺のことはただの友だちだと思ってるから、こんな風に言うんだろうか? ・・・結構な覚悟で口にしたのにな、俺。 「やっぱりおまえ・・・鈍すぎ」 でも、本当は少し、助かった。 これで悟られてたら、どんな顔していいか、また解らなくなるから。 落胆と安堵の入り混じった溜息をつくと、真中の顔色がめまぐるしく変わった。 名前に違わず桃色になって。頭の上に?マークが飛んでないのが不思議なくらい。 繋いだ手の平から、俺のセリフを理解しようと必死に考えている真中の焦りが伝わってきて、思わず顔がゆるんで声が弾ける。 本当、見てて飽きない。 楽しくて、嬉しくて、幸せな気分になる。 「何で笑ってるの〜〜っ?」 「いや、別に」 指摘されても顔はなかなか元に戻らないところに、彼女は更に頬をぷっくり膨らませる。 名前の一文字いらないんじゃないかってくらいにジェスチャーするから、俺はもっとおかしくなった。 すると目の前の桃果の姫君は本気でご機嫌を損ねたようで、キッと俺を睨んできた。 「珪くん、最近意地悪だっ!」 どっちがだろう? いつもいつも、俺を光で照らしてしまうのに。慣れきった一人の世界から、強引に連れ出してしまうのに。 再会した最初の頃なら、そのセリフは俺の物だったかもしれないの、わかってないだろ? けど、ここらが引き際。 他の誰より多く接してるから、最近はタイミングがわかってきたんだ。 「じゃあヒント、やる」 そう言って見つめると、予想通りすぐにふくれっ面が消えた。かわりに宿ったのは、真摯な瞳。 いつも真っ直ぐに俺を見ている、何よりも綺麗な光。 「何年か、先に」 何故こんなことを言おうとしてるのか、自分でもわからない。 いきなりこんな事言って、嫌な顔をするかもしれない。 それでも、見てみたいんだ。 おまえがどんな反応を返すのか。 けど。 あくまでもこれはヒント。 おまえにとっても・・・俺にとっても。 「同じ色、着れたらいいな」 刹那、風が撓る。 俺の小さな声なんてかき消すくらいの風。 今更ながらに自分の想いに気がついた、俺の心みたいに突然の、風。 「・・・珪、くん?」 乱れた髪を押さえながら、何を言ったのかと問うような顔で、真中が俺を見上げてくる。 ・・・ああ、やっぱり聞こえなかったみたいだな。 それでも俺は繰り返さない。ヒントは一回しか出さないから、ヒントなんだし。 「ほら・・・行くぞ」 何もなかったかのように、俺は歩き出した。 同じように隣を歩く真中をそっと見下ろせば、何となく釈然としないような考え込むような、複雑な表情。それを見て、俺はふと笑う。 ほのかにあわく、輝く白。 いつだって俺の傍にいてくれる、暖かな光。 おまえが注いでくれるやさしさのお返しに。 何年も何年も閉じ込めていたこの想いが、いつか同じ色になって、おまえに辿り着けたらいい。 そんなことを考えるのも、悪くない。 ほのかにぬくもりの点った心で、俺は思った。 中途半端なヒントだったけど、今はわからなくていい。 いつか、ちゃんとした答え、教えるから。 ・・・もっともさっきのヒント、こいつに通じたかは定かじゃないけどな。 だろ?――――――桃香。 Fin. |
<あとがき> 片瀬篠さんのサイト『HappyC×2』で開催されていた『サイトオープン半年記念〜SS一緒に書いてください企画〜』に無謀かつ図々しくも参加させて頂いた一本です。 普段全く企画に参加しない私ですが、片瀬さんの書かれたSS(主人公側の『Momoka's Side』)を読んで何かピピッと来るものがありまして、気が付けばメモ帳立ち上げて王子サイドを書いてる自分がおりました(^^;)。ホント、滅多にないですこういうの。 片瀬さんの文章は言葉の選び方が丁寧な上、とっても暖かい空気が伝わってきて、読んでるこちらがほわ〜っとなるような感じなのですよ。その空気に惚れ込んだと云って過言でない素敵な文章を書かれる方です。 実は小宮の理想とする王子×主人公はこちらの二人が一番近いのです(私が描くと何となくどっかひねくれてる感じになっちゃって、今一つ理想とずれる・・・乙女回路が歪んでいるのだろうか・・・)。幸せな二人を読みたい方には本当にお勧めですよ〜♪ で、書いてみちゃった訳ですが・・・桃香ちゃんサイドと並べるとやはり文章が洗練されてないなぁ・・・。かなり煮込んだのですが。てか煮詰まり過ぎて焦げたってヤツ?うぬぬ。 真っ先に浮かんだのが、「同じ色、着れたらいいな」のセリフ・「鈍すぎ・・・」は落胆と安堵両方の意味・最後は名前呼び、の3つでした。時期や関係はご自由に、という事で『友好→ときめきへの移行』というのもすぐに決定。他の参加者の方々がほぼときめき状態での視点だったので意表をついてみたかったというのもあります(笑)。出た案がときめき状態の物だったら参加出来なかったですけどね(だって皆様上手いんだもの…ときめき王子・・・書けません、私)。一応子猫イベント前日という事でこんなのも有りかと。 しかし、非常〜に難しかった。ただでさえ難敵の王子に恋心の自覚というテーマは、私にはもう・・・(泣)。恋愛物って本当に現実での経験が物言うよな〜と寂しくなったりしました。書いてて楽しかった事は事実だけど、なんか別の次元でね(^^;) 読んだ人がときめける文章や描写が創れるようになりたいなぁと強く思った一品でした。 |