※注意※
こちらは隠しページでも続編でもアダルト仕様でも何でもなく、最初に書いたバージョンです。
香穂子が思いっきり他サイトのヒロインの影響を受けている、というかそのまんまパクリになってしまったので改稿しましたが、本来はこんな感じでした。
香穂子の口調以外はまったく同じになってますので、雰囲気の違いを味わいたい方以外はスルーしちゃって下さい(^^;)。
しかし『ちゃきちゃきっ子設定』で書くはずだったのが、何だってこうなったんだろうか……。

 


彼氏と彼女の事情〜Anniversary編・第一稿


 
 音楽をやるのはお金がかかる。
 楽器を使ったりなんかするとそりゃもうべらぼうにかかる(声楽も案外かかると音楽科の子に聞いたけれど)。
 私の場合も、ヴァイオリン本体はリリからタダで貰った物があると言っても、弦だ弓だ駒だ松脂だ楽譜だレッスン代だと、こまごま多岐に渡って出費が嵩む(レッスン代は細かいどころではないけれど)。
 一般庶民の家庭に生まれた一般女子高生の懐には、日々大ダメージが与えられ続けてるのは事実だったりする。
 かといって、バイトを始めればヴァイオリンの練習時間が取れなくなってしまうし、ジレンマ。
 ああ、どうしたものかしら。
 
 
 
「で、どうしたら良いと思う?」
「や、どうしたら良いって言われても訳わかんないし」
 6月某日、放課後。
 私こと日野香穂子は、スクープ探しにその辺をうろついてた天羽ちゃんをひっ捕まえ、ある相談事を持ちかけた。
「や、持ちかけたって冒頭の一言しか言われてないし」
「ナイスツッコミよ天羽ちゃん。そうね、説明が足りていなかったわね」
「足りる足りないの問題じゃなくて、ハナから説明されてないってば。で、どうかしたの?」
 呆れた表情をしながら、それでも先を促してくれる天羽ちゃん。
 さすが我が相方、心得てるわ。
「いつの間に相方になったのよ。で?」
「それがね。――――お金がないのよ」
「…………………………は?」
「迂闊だったわ。ヴァイオリンが本体以外にあんなに出費を強制する代物だとは知らなかった。とてもじゃないけど他に出費してる余裕なんてないわ。それなのに……ああもう、どうしたら良いのかしら」
 こんな事なら、弦の替えくらいはリリに一生分せびっておけば良かったわ。
 いえ、それよりもヴァイオリンなんてお金のかかる楽器じゃなくて、せめて魔法のハーモニカや魔法のリコーダーにしてくれれば良かったのよ。肺活量には自信があるし。恨みましてよ王崎先輩。
 というより、本当に高校に棲みついてるのかと問い詰めたいくらい、ファータの金銭感覚って高校生の財政の現実を知らないわよね。
「……何、つまりお金貸してくれってこと?」
「そんな訳ないでしょう。私、借金は嫌いよ」
 顔を顰める天羽ちゃんの言をあっさり否定する。
 すると途端にホッとする天羽ちゃんの表情。解りやすくて見ていて楽しいわ。
「じゃあなんなのよ」
「アイデアが欲しいのよ」
 訊き返す天羽ちゃんに、私は真実彼女に求めている物を答えた。
「アイデア?なんの」
「18日の対策、もしくはその類について」
「18日?18日って…………あ〜、なるほど。柚木さんの誕生日ね」
「そうなのよ。どうしたら良いと思う?」
 やっと話が通じた様子。さすがはマイフレンド、日付だけで解ったようね。
 これが志水くんだったら多分当日になっても、いえ、目の前でプレゼントの遣り取りがなされていても気がつかないままよ。
「さり気に失礼な事考えてるね日野ちゃん」
「気のせいよ」
 それはさておいて、私は腕を組んでフム、と唸った。
 事の起こりは、話せば長くなる事ながら。
 少し前に行われた星奏学院音楽コンクール。その直後から、私は音楽科の教祖違ったアイドルの柚木梓馬先輩と付き合う事になってしまったわけだが、同時に嵌ったヴァイオリンに貢ぎ過ぎて、肝心の恋人に誕生日プレゼントを贈れる余裕がなく、ぶっちゃけどうしたもんかと困っているの。
「長くないじゃん。テキストエディタの3行で説明終わってるし」
「ブラウザの幅によっては4行よ。ってそんな事はどうでも良いとして。何か良い案はない?」
 再度訊ねれば、天羽ちゃんも同じように腕を組んで天井を見上げた。
「う〜ん、良い案、ねぇ……。って訊くけど、ちなみに今どれくらい手持ちがあるの?」
「3丁目のパン屋で売れ残りのパンの耳(1袋42円・税込)くらいは買えるわね。ああ、もやしも大丈夫ね」
 おにぎりは常に携帯してるから、お腹が空いて困るという事はないけれど、友達にお茶に誘われても付き合えないのは確実だから、友人関係にヒビが入らないかちょっと心配。
 パンの耳で育む友情というのも、それはそれで面白そうだけど。
「…………本当にお金ないんだね」
「だからそう言っているじゃない」
 せめて松脂代が浮けば良かったのだけれど。あれも何気にちまちま痛いのよね、懐が。
「なんで松脂?」
「使い慣れてないのと中途半端な大きさと形状の所為で、落として欠けさせてしまった事がままあって」
 最初は無事な部分を使えないものかと思っていたのだけれど、月森くんに見つかって説教されるわ激昂されるわで散々だったから以降は諦めたわ。
 いちいち周囲を窺って使うのは面倒だし。
「つまり見つからなかったらそのまま使っていた、と」
「当然ね」
 そんなあなた、社長令息の財力とバイトもしてないしがない一女子高生の財布が比較できる訳がないでしょう。
 第一、物は大事に最後まで使うべきよ。
 まあ、欠けた松脂で弓の寿命が早くなれば、結果的にもっと高くつくのだけれど。
「なら仕方ないじゃん」
「だからそれは諦めたと言ったでしょう」
 何だか話がズレて来たわね。
 とにかく今は、柚木先輩の誕生日をどうやり過ごすかを考えなければならないのよ。
「は?やり過ごす?」
「ああ、言い間違えたわ。『どう迎えるか』を考えなければならないのよ」
 危ない危ない、天羽ちゃんは我が心の友だけあって勘が鋭いから、迂闊な事は言えないわ。
 あの白くて黒くて結局白いんだか黒いんだか判じ難い奥深さのある性格は、なるべく独占していたいものなのよ。
 表向きの聖人面の裏で何を考えているのかと想像すると、それはそれは面白いのだもの。
 自分が被害者になるのは御免だけれど。
「……なーんかアレコレ気になる事考えてそうだけど、まぁいっか。うーん、それにしても、柚木さんへの誕生日プレゼントを、お金をかけずにねぇ……」
「ええ。お金をかけるのは金銭感覚と貨幣価値に鈍感な親衛隊の人達に一任するから良いとして」
 きっと先輩がこれでもかと腹の中を真っ黒に染め上げてくれるくらいに、色々様々に高価で扱いに困るプレゼントを押し付けることでしょうしね。
「……あんた、自分の彼氏がそんなで良いわけ?ヤキモチ焼いたりしないの?」
「ヤキモチ?」
 ヤキモチ、とな。
 ……どうかしら。
「そうね、実際の現場を見てみないと、実感湧かないかも知れないような?」
「……相変わらず解らない子だね、日野ちゃんは」
「あらありがとう」
「や、褒めてないから。ま、それはおいといて、プレゼントプレゼント……。そうだねぇ、オーソドックスな所だと、手作りのお菓子とか、料理とか?手編みのマフラーとかセーターは今の季節には向かないもんね」
「まあ、それは火原先輩の誕生日に丁度いいわね」
「そうだね、冬本番に向けてピッタリだよねぇ――って彼氏以外に手編みのマフラーあげてどーすんの!」
 ナイスノリツッコミ、グッジョブよ天羽ちゃん。
 でも、どちらにせよ手編み物は毛糸がないから今現在は無理よ(第一そんな肩の凝る事したくないわ)。
「だよねぇ。お菓子はどう?日野ちゃん、結構料理上手じゃない」
「いえ、土浦くんの作品群を一度食してしまった身には、とてもじゃないけど人に進呈できる物ではないと断言出来るわ」
「げ、土浦くんってそんなに上手なの?」
「おさんどんを預かっている訳でもないのにあの腕前、女として自信をなくすこと請け合いよ」
 是非天羽ちゃんにも食して貰いたいものだわ。特にきんぴらはもう絶品なの。
 おかげでお昼ご飯が楽しみで楽しみで。
「は!?日野ちゃん、土浦くんにお弁当作らせてんの!?」
「失礼ね。作ってくれるというから時折お言葉に甘えているだけよ」
 他人の親切は素直に受け取らなければね。
 周囲からは「餌付け作戦か?」とか「土浦も酔狂だな」とか言われているようだけど、直接私が言われている訳ではないからノープロブレム。
「……それを止めるのが一番のプレゼントって気がするけど……。あとお金をかけずにって言うと……やっぱアレかね」
「『アレ』?」
「ほらー、『プレゼントはわ・た・し♪』ってやつ」
 ………………。
 ………………。
「………………柚木先輩に?」
「………………ゴメン。そういう冗談が通じる相手じゃないね、柚木さんは」
「………………」
 何となく視線を逸らしてしまった私に、申し訳無さそうに天羽ちゃんが言う。
 いえいえ、十分通用するとは思うのよ?
 ただその後の己が身の行く末に甚だ強い不安を覚えるだけで。
 ……そうね、おそらく翌一日は体が使い物にならなさそうだわ。
 まあそんなアダルティな予想はさて置いておくとして。
「百歩譲って手作りお菓子@材料は親にせびる、としても、きっと当日の先輩は甘味だらけになっていそうな気がするのよね。そんな中にこれまたお菓子なんか贈るのは……」
 嫌がらせかこの女とか思われそうな気がするわ。
「ああ、まあねぇ。この機会をいい事に、自己アピール兼ねて手作りスウィーツ持ってくる子は多そうだよね」
「おすそ分けは嬉しいのだけど、低インシュリン状態になるのって結構ツライのよね」
「ってあんたが貰うのかい!」
 冗談よ。
 というより、言わなくてもくれると思うけれどね、先輩なら(要らない物の処分の為に)。
「さてしかし、困ったものね。こうなるとネタがないわ。まさかパンの耳贈って『今はこれが精一杯……』なーんて言えないし」
「や、それはさすがにやめた方が……」
「わかっているわ。だからしないと言っているじゃない」
 第一リボンを買うお金すらないわ。
「ならいいけどさ。でもそうだね、あとは『ハッピ〜バ〜スデ〜トゥ〜ユ〜♪』なんて歌ってみるくらいしか思いつかないや」
「……それはそれで何だか微妙ね」
「そうかな?柚木さんなら喜んでくれそうだけど」
 ええまあそうね、『白』ならね。
 けれど素顔を晒してる私の場合、たとえ心を込めて歌っても、「それだけか?」で済まされそうな気がしなくもないのよね。
 …………あら?
「ん?日野ちゃん?」
 ちょっと待って私。
 ジャスタちょっと待ってモーメントプリーズ私(昔こんな歌詞の歌があったわねってそれはどうでもいいわね)。
 そういえば、私と先輩のメモリアルには音楽という至高の芸術(の一つ)が付きものだったわ。
 バースディソングだけでは寂しいけれど、メモリアルに沿った選曲ならば、それなりに誤魔化せる、違ったイイ感じに誕生日を演出が出来るんじゃないかしら。
 そうよ、そうだわ!
 せっかく、というか、それが為にこんなヴァイオリン・ロマンスだのなんだのとこっぱずかしいコテコテな設定まみれになっている私ですもの。
 それくらいやったって罰は当たらないわ!
「日野ちゃん?」
 再度問いかける天羽ちゃんの手をひっしと握って、私は目を輝かせた。
「感謝するわ天羽ちゃん!私、たった今目の前が開けたわ!こうしちゃいられない、さっそくあのやる気ナッシングな音楽教師の巣穴に行って楽譜をゲットよ!」
「やる気ナッシングって、金やんの事……?――って、日野ちゃんちょっと!日野ちゃん!?」
 後ろで慌てて天羽ちゃんが声をかけていたけれど、コンクールで鍛え上げられた脚力を誇る私はそのまま音楽準備室への爆走を止める事はなかった。
 
 
 
 6月18日当日。
 面倒なので詳細は省くけれど、柚木先輩は予想通りファンの子に囲まれて、それはもうエライ事になっていたらしい。
 いえ、私は週番だったものだから、先輩とは別登校で放課後まで姿を見ていなかったのだけれどね。
 ただ、志水くんが例によって本を読みながら校門をくぐったら、いつも以上に集っていた親衛隊の塊に激突して倒れ付したというから、朝から迷惑千万、いえいえ素晴らしい貢がれぶりだった様子(朝に廊下で早弁用のおかずをくれた土浦くんの証言)。
 休み時間は休み時間でまぁウンカの如く女子の群が押し寄せて来て、トイレに行く時間も満足に取れないようだったそうだし(昼にエントランスでカツサンドを奢ってくれた火原先輩の証言)。
 その後トイレに行く時間はあったのかしらと心配しつつも、自分の目的を忘れてはいけないので、しっかり先輩には放課後のひとときを約束済み。
 そして待合せの時間。
 人気のない屋上にやって来た時、先輩の機嫌は見事なまでに――――ド黒。
「先輩……来た早々そんなどす黒いオーラ浴びせないで下さいな」
 せっかく梅雨の晴れ間だというのに、何だか空が暗くなって来てましてよ。
「朝からあのけたたましい騒動の渦中にあってみろ。嫌でもどす黒くなれるぜ」
 そうは言うものの、その状況を長年に渡って構築したのはあなたご自身では。
 とはツッコまず。
「気持ちは解らないでもないですが」
「解るなら構わないだろ」
「構います。鬱陶しいもの(キッパリ)」
「……お前も言うようになったね?」
「元から言ってますけれど。お疲れのあまり記憶もおかしくなりました?」
 淡々と言う私に、先輩は眉を顰めて溜息をついた。
「本当に減らない口だな……。俺の誕生日くらい、もう少し可愛げのあるセリフは言えないわけ?」
「そんな気持ち悪い私、とてもじゃないですが恐ろしくて見たくないです」
「自分で言うか」
 当然です。
 そんな恐怖刺激を通り越して本格ホラー以外の何物でもないものを、どうして好きな人に見せられましょう。
「…………俺は時々どうしてお前を好きなのか解らなくなるよ」
「恋とはそんなものですよ」
「…………」
 ああ、なんて楽しいのかしら。
 愛しい人と毒や棘の入り混じった手応えのある会話を交わす喜び、これぞ恋愛の醍醐味ね。
「何か間違っていないか?」
 いいえ、私にとっては最高に幸せなことですのよ。
 そう言うと柚木先輩は何だか複雑な表情をして頭を押さえた。
 どうでもいいけれど、その『なんだってこんなのに』とか『屈辱だ』とかいう電波はちょっと引っ込めていただけないものかしら。
 せっかくテンションが上がってきたというのに、失礼してしまうわ。
「…………それで、ただでさえ忙しい俺の時間を束縛して、一体何をしてくれるつもりなのかな?日野さんは」
 ホッ、やっと先に進めそうね。
「ああ、そうでした。まずは…………『前略。柚木先輩、お誕生日おめでとうございます』」
「……棒読みだな。それになんだ『前略』って」
「定型文ですから」
 気にしちゃいけません。
「気にするだろうが、普通」
 まあ。今更『普通』を気にするだなんて、先輩らしくもない。
「おまえは俺にケンカを売っているのか?」
「滅相もない。ただ贈り事をしたいだけです」
「贈り……事?」
「はい。ぶっちゃけ正直に申しまして、この子たちに貢ぎ過ぎて、先輩に差し上げる有形の誕生日プレゼントを一切合切用意できませんで」
 この子たちとはこれの事、と言って私は手に持っていたヴァイオリンと弓を軽く掲げる。
「さすがにパンの耳に菓子折りに付いてたリボンをかけた物やチ○ルチョコ2個をちり紙の花でデコレってみた物程度では先輩も落胆なさるでしょうし」
「ぶっちゃけ過ぎだ」
「という訳で」
「無視するか」
「無形のプレゼントではありますが、私のもうひとつの愛(=お金)をふんだんに注ぎ込んだこのヴァイオリンで、愛する貴方にこの演奏を贈ります。――――ミュージック・スタート!」
 ガチャリ、と傍らに置いたラジカセをオンにすると、間もなく聞こえて来たのはピアノの音。
 耳馴染みのする曲に乗せて、おもむろにヴァイオリンを構える。
 3拍子のリズムに合わせて紡がれるのは、もちろん――――。
「………………」
 今は銀色になってしまった弦(市販の弦だから仕方ないわ)から奏でられるのは、もちろんお馴染みのバースディソング。
 歌ではこっぱずかしいので、それならばという事で私ならではの贈り方。
 こっぱずかしいと言いながら、つい癖で口ずさんでしまったりもしたけれど(まるでパブロフの犬ね)。
 変奏を施したお馴染みの旋律が一巡り二巡りし、静かに終息を迎える。
「ふぅん……か――――」
「あ、まだまだこれからですから」
「は?」
 曲が終わるかと思いきや、何かを言いかけた先輩の言葉を遮るように、テープからは次の曲が流れ出す。
 聞こえてきたメロディに、先輩が軽く目を見張った。
「……へぇ、今度は『ロマンス ト長調』か」
「Yes, Sir。それでもって、次がドリゴの『セレナード』と続きます」
「……なるほど、メドレーね」
 そう言って、先輩はベンチに腰掛けて目を閉じた。私はそれを横目で見ながら音楽を奏で続ける。
 名づけて『お金が無いなら無いなりに、愛情で勝負作戦(我ながら恥ずかしいネーミングね)』。
 幸いと言うか何と言うか、私と先輩には思い出の曲がそれなりにあった。
 思い出の曲イコール好きな曲、という訳ではないけれど、出会ってからのこの短い期間に作られた奇跡のような思い出を、少しでも楽しいものだと思ってくれれば。
 私との思い出を、少しでも幸せなものだと思ってくれれば。
 だから。
 だから、心からこの気持ちを込めて、一音一音大事に奏でて贈ります。
 
 
 ――――あなたが、好きです。
 
 ――――そして、こんな私を好きになってくれて、ありがとうございます。
 
 
 セレナード、子守歌、夢のあとに、と来て。
 最後はやっぱり、お約束の『愛のあいさつ』。
 短くはないけれど、そう長くもない独奏会が最後の音を響かせ終えると、たった一人の観客がパチパチと拍手を贈ってくれた。
「……まあ、悪くなかったな」
 さすがBPを10しかくださらない御仁、予想してた感想で痛み入りますわ。
 本当に、まったくもって手強い方ね。
 もっとも今更BPを貰ったところで、欠けた松脂ほどにも役に立ちはしないけれど。
「今はこれが精一杯ですけれど、いずれゴージャスにお祝い致しますので、その時までどうかご容赦を」
 軽くカートシーをしながら(以前先輩に叩き込まれた)言うと、先輩は首を傾げた。
「いずれって、いつ」
「ヴァイオリン一本でガシガシ稼げるようになった遠い未来の話かと」
「いつになるやらだな……。でも……いや、今ので良いよ」
「……と、申しますと?」
「無闇やたらと飾り立てられた物よりも、俺一人の為に奏でられた音楽の方がよほど嬉しいってこと」
 腕にもよるが、と続けられたのはちょっと横に置いておくとして。
「えーと……」
 つまりそれは、アレかしら。
「このプレゼント、先輩の中で及第点は取れたと解釈してOKということですか?」
「……ギリギリだけどな」
 いつものように困ったように笑って言ってから、すぐにシニカルな笑みに変わる。
「まあ、これからもせいぜい精進するんだな」
「……はい」
 照れ隠しのような言葉に、私は頷く。
「了解です」
 だってそれは、私にとっては当然のこと。
 私しか知らない、あなたの本当の心を引き出す、最高で最強の手段なのだもの。
「先輩が嫌だと言っても精進しますとも。ええそれはもう遮二無二&我武者羅に!」
「……嫌だと言ったら止めろ」
「……あ、そうですね。嫌だと言われたら止めます」
「止めるのか!?」
「ええ」
 だってそうでしょう?
「だって、先輩の為に私の音楽はあるんですから。先輩に否定されたら、私の音楽なんて大腸菌以下ですもの」
 本当に、そうなのだから。
 そう言うと、先輩は目を見開いて私をまじまじと見つめて、やがて呆れたように笑った(大腸菌云々に呆れたのかは定かではないけれど)。
「……やれやれ。嬉しいことを言ってくれる、と言うべきなのかな」
 ほんのり顔を赤らめて返す言葉は、どこか響きが優しい。
「安心しろ。そうそう嫌だなんて言ったりしないつもりだから」
「それは私の音楽には存在価値があるとお認めくださるという事で?」
「以前ならともかく、今はあるな。…………少なくとも、俺にとっては」
 ……あらあら。
 何だか私の方までプレゼントを貰った気分。
 素直に嬉しいわ。
 こんなベタな展開で乗り切れたっていうのが、実は一番嬉しかったりするのではあるけれど。
「……何かまた余計な事を考えてそうだが、それは置いておくとして……」
 あらいけない。思わず顔に出てしまったかしら。
「はい、置いておくとして?」
「いや、ずいぶんと編曲が上手くなったなと思って」
「そうですか?」
「ああ。ついこの間まで、ファータの力を借りなきゃ何も出来なかった奴だとは思えないくらいだ」
「その意見は正しいです。実際、大半はコンクールで使用した楽譜を流用していますし」
 メドレー形式だし、フルで演奏する必要もないと思って、適当に既存の楽譜から部分的にチョイスしてくっつけただけなのよね。
「そうだけど、繋ぎの部分がな。それにお前、セレナードは今まで弾いてないだろう」
「ああ、それは月森くんと王崎先輩にご協力を願いまして」
 私の言葉に、それまで機嫌良さそうに話していた先輩の動きが一瞬止まった、ように見えた。
「…………月森くんと王崎先輩に?」
「さわり部分とサビ部分だけとはいえ、さすがにこの短期間に独力でマスターするのは難しかったので、編曲の相談も兼ねて指南を頼んだ次第でして」
 音楽の求道者仲間には協力を惜しまない月森くん、一部で菩薩様と言われているらしいほどに親切な王崎先輩。2人とも快く練習に付き合ってくれたわ。
 ただ、理由を言ったら何とも複雑微妙な顔をしていたのが不思議なのだけれど。
「………………そういえば、これ、伴奏は誰が弾いてたんだ?……まさか、土浦くん?」
 ラジカセを指差して先輩が訊ねるので、私はそれがどうしたのだろうと首を傾げて答える。
「いいえ、森さん」
「ああ、コンクールでの伴奏者の……」
「――――に頼もうとしたら忙しそうだったので、その辺を闊歩していた阿部っちと甲斐ぽんに頼みました」
「阿部っちと甲斐ぽん……って……」
「阿部健太郎くんと甲斐翔太くんです。音楽科2年のピアノ専攻の生徒。ご存知ありません?」
 コンクールを通して仲良くなったのよね。以後ちょくちょく話もするようになって、時には練習に付き合ってくれたりなんかもしてくれて。
 ちなみに、丁度その時近くにいた稲葉先輩や小倉先輩、富永先輩も協力しようかと言ってくれたけれど、今回は楽器がピアノなだけに心苦しいながらもお断りしてしまったわ。
 気持ちは嬉しいから、マジカルルーペだけはありがたく頂いておいたけれど。
 とかなんとか考えていると、先輩から漂ってくる電波が何だかちょっと毒混じり……に……?
「先輩?どうかなさいました?」
「……ねえ、日野さん?」
 ぞくり。
 これは。このオーラは。
「な、なんでしょうかしら先輩?」
 大概慣れたと思ったけれど、やっぱりちょっとゾクッとする。
 白顔で黒オーラって、実は黒顔に黒オーラよりよほど恐ろしい代物よね。
 立ち上がって近寄ってくる先輩に、思わず知らず腰が退けてしまうわ。
「うん、さっきの選曲だけど……」
「さっきの、選曲ですか?」
 さきほどのメモリアルメロディメドレー、何かまずったかしら。
 はっ。
 もしかして、『夢のあとに』なんて失恋の歌を俺の誕生日に奏でるなんてけしからん、とかそういう事かしら。
「せ、選曲に何か問題でも……」
「いや、問題というかね。……『ロマンス』で『セレナード』で『子守歌』で『夢のあとに』で『愛のあいさつ』って事は……そういう事で解釈して――――いいんだよね?」
 あら、違ったらしい。
 けれど『そういう事で解釈』って?
「は……そういう解釈と言いますと……」
「つまり――――こういう解釈」
 言うや否や、先輩は私を引き寄せて首筋に顔を埋めた。
「ひゃっ……!」
 いきなり首筋に唇を落とされながらもヴァイオリンを放さなかった私、偉い。
 ――――ではなく。
「先輩、突然何を発情しているんですか!?」
「何って、日野さんの『プレゼント』をちゃんと全部受け取ろうと思ってるんだけど?」
 顔を上げた先輩の笑顔の清らかなこと清らかなこと、冬海ちゃんの演奏も真っ青だわ。
「プレゼントなら、先程差し上げました、が?」
「いいや、まだちゃんと受け取り終わってないよ」
「受け取り終わってないって、一体――――」
 そこまで言ったところで、先輩の顔が『黒』に変わった。
 いつもながらなんて見事な豹変振り、とか言ってる場合じゃない……ようね、これは。
「お前、気付かずにその曲順にしてたわけ?」
「その曲順……?」
 曲順って、最初と最後以外は適当にアミダで決めただけなのだけれど。
 おかげで『夢のあとに』が微妙な位置に入ってしまったかしらと思ったものの、面倒なのでそのまま決定したのよね。
 …………ん?『微妙』?
 ふと思いつくものがあって、私は慌てて先輩から離れ、ヴァイオリンケースに入れた楽譜に挟まったままのメモを取り出した。
 曲順を走り書きにしたそれを取り出して、しばし凝視。
 そして。
「………………」
 …………な ん て こ と 。
「おやおや、ようやく気が付いたの?」
 ええ、気が付きましたとも!
 我ながらある意味素晴らしいアミダセンス(アミダにもセンスがあるのか知らないけれど)。
 曲調はこの際無視として、曲名がこの順番で深読みすれば、意味するところは自明の理。
 つまり、それは。
「とりあえず、家には連絡をしておくんだよ。今日は帰れないってね」
 まあ明日は学校が休みだし?なんて背後で楽しそうにのたまってる人に、無駄とは知りながら反論を試みる私。
「あの、拒否権は」
「あると思ってるの?」
 バッサリ。
 相変わらず見事な切り捨てっぷりね、先輩。
 こんな状況にも関わらず、思わず惚れ直してしまうわ。
「大体、せっかくの香穂子からのプレゼントを受け取らないほど、心の狭い男じゃないつもりだけど」
「…………アリバイは……」
「天羽さんにでも頼んでみれば?」
「………………」
 つまり。
 どうやら私、我知らず、自ら『プレゼントはわ・た・し♪』なる状況を作り上げてしまっていた様子――……。
「本当に、お前は変な所で詰めが甘いね」
「うぐ」
 まったくだわ。
 まだまだ甘いわ、私。
「その抜けっぷりが意外とバカみたいで、可愛いんだけど」
 ……とどめの一言、ありがとう。
 バカみたいと言われて嬉しくなってる自分が本当にバカだと、つくづく思うわ。
 けれどそう言っている先輩自身が嬉しそうだから、……まぁ、それは良いとしましょう。複雑だけれど。
 でも。
「――――夜が楽しみだね、香穂子?」
 ……ああ。
 明日の己が身の行く末が、既に今から、恐ろしいわ…………。
 
 
 

 
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