ある、晴れた日に |
花に群がる蝶々、なんてもんじゃない。 勢い的には、ほら、あれだよ。 (暴走するパイソンの群れみたい……) それはまあ、ある程度の予想はしてた。してたけど、とある用事を済ませるために席を外してたこの十数分で、まさかこんなことになってるなんて、さすがに思いもしなかった。 去年も似たような光景を見ているけど、あの頃はまだ少しは穏やかだったと思う。2年になって精悍さが増したとか言われてて、そのせいか1年生のファンも結構増えちゃったらしい。2・3年生に混ざって、ちらほらと1年生らしい女の子も見える。 (勇気あるなあ) なんて、感心してる場合じゃないんだっけ。 わたしは手に持った荷物を見て、それにしてもどうしようと悩む。今はよした方が良いのかな。 「どうしたんです、菊池さん?」 「わっ!……っと、若王子先生」 突然背後から声をかけられてビックリして振り向くと、そこには若王子先生が立っていた。昼休みに教室に来るなんて、ちょっと珍しい。 「はい、先生です。驚かせちゃってすみません。……やや、これはこれは」 にっこり笑ってから教室の中に目を向けた先生は、そこに繰り広げられた光景に目を見張った。 「うーん、実に青春ですねえ」 「青春、ですか?」 あの女子の群れが? 「うん、青春です。大人になると、なかなかこんな光景は見られません。貴重な青春の1ページってやつです」 うんうんと頷きながら先生は言うけど、囲まれてる本人は絶対違う意見を主張すると思うなあ。 「ところで、菊池さんは何をしてるんです?」 先生が振って来たので、わたしはどう答えようかと首を傾げる。 先生だから言っても良いけど、でもちょっと照れくさい気もするし。うん、適当にごまかしちゃえ。 「えっと、これからお昼を食べに行こうかな、と」 ところが先生は、いたずらっ子みたいな微笑を浮かべて首を捻った。 「本当ですか?」 「え?」 「菊池さんが持っているのは、ズバリ佐伯くんへのプレゼント、でしょう?」 「えっ!?」 「ピンポンですか?」 「……ピンポンです」 持ってはいるものの、さっきから所在なさげに存在してる、手の中の雑貨屋の手提げ袋。 先生の言う通り。これは瑛くんへのプレゼント。今日、瑛くんの、誕生日のための。 「でも、あれですもん。割り込むにはちょっと、抵抗が」 今まさに瑛くんを囲んでる女子と立場が一緒なら、普通に混ざれると思うんだ。でもね、なんていうか、彼女達にとってわたしは敵に近い存在なんだな、これが。瑛くんと一番親しいからって。 親しい云々はともかく、しょっちゅうカピバラ呼ばわりされたりチョップされたりしてる身としては、ちょっと理不尽。 「なので、放課後にでも渡した方が良いかなって。荷物にもなるし」 今日は運悪く珊瑚礁でのバイトがないけど、お店に直接行ってでも渡せない事はない。プレゼント自体、そんなに嵩張らないと言っても少し重みはあるので、その方がかえって良いのかとも思うんだよね。 すると、先生は拗ねたような表情を作って口を尖らせた。 「ブ、ブーッです」 「えっ?」 「先生だったら、仲良しな友達にはちょっとでも早く『おめでとう』って言ってもらいたいです」 「え」 そして、チラリ、と瑛くん達の方を見る。 「佐伯くんも、同じじゃないかな」 「……」 そうかも、知れない。何せあの瑛くんだから。 もし放課後になってからだったら、「おまえ、俺の誕生日に何無礼な真似してんだよ」とか言って、もれなくチョップ付きでお説教を食らうかも知れない。理不尽極まれりだけど、それが彼という人間だから。 「命短し恋せよ少年少女、ですよ。あ、この場合は命と書いて青春と読みましょう」 拗ねた表情から一転した若王子先生が、いつもの笑顔で言った。 う〜ん。し、正直、恋ってものかどうかはちょっと微妙なんだけどな。 でも、うん。そうだよね。 「……先生」 「はい、なんでしょう」 「ちょっとお願いがあるんですけど、きいてくれますか?」 私がそう言うと、若王子先生はいつも以上ににっこり笑った。 「どんと来いです」 花に群がる蝶々、なんてもんじゃない。 勢い的には、ほら、あれ。 (暴走するパイソンの群れか、これは……) それはまあ、ある程度の予想はしてた。してたけど、いくら何でもここまで身動き一つ取れないなんてことになるなんて、さすがに思いもしなかった。 確かに2年になって我ながら精悍さも増したし、無駄に愛想笑い振りまいてた覚えはある。いわゆる『ファン』とかいう奴も、全学年にわたって増えてはいるだろうと自覚はしてたけどさ。 (けど、ちょっとこれは多過ぎないか?) 「佐伯く〜ん、お誕生日おめでと〜!」 「これ、プレゼントなの。よかったら受け取って!」 「ありがとう、すごく嬉しいよ」 そういって笑顔を振りまけば、更にいや増す黄色い声。 (う、うるさ……) 自業自得とはいえ、これはちょっと勘弁してくれ。 (っていうか、俺がまだ昼飯にありついてないって事実、誰か一人くらい悟れ!) 昼休みが始まってから、購買に向かう間もなく押し寄せて来て、以降抜け出す暇もない。 俺にメシ抜きで午後の授業を受けろってのか。 (パイソンって言ったけど、あっちの方がまだ食えるだけマシか。ん?そういやパイソンの肉って美味いのか?) 空腹も手伝って思考が変な方向に行きかける。ヤバい。このままだとキレる(かもしれない)。 (待て俺、空腹ごときでキレてどうする!) そうだ待て。こんな時に便利なのがいるだろう。菊池陽菜。 昼休みが始まった途端いきなり教室を出てったけど、なぜかすぐに戻って来た。袋を持ってたから多分購買で買い物でもして来たんだろうが、普段だったらそのまま他のクラスの友達と一緒に食事でもしてそうなもんだが。 どっちにしても渡りに船。上手いことここから抜け出すアイテムとして活用してやる。 そんな事を考えながら、チラリ、と横目であいつの様子を窺う。 するとあいつは、いつの間にか教室に来ていた若王子先生と何やらドアの辺りで会話をし、そのまま再び教室を出て行ってしまった。 その直前までこちらの様子を窺っている気配をバッチリ漂わせていながら、だ。 (あいつ……あとで絶対チョップしてやる……!) この状況の俺を思いっきり無視するとは、カピバラの分際でいーい度胸だ。 後々の復讐を胸に誓いつつ、内心ひくつきながら更なる無駄な愛想を振りまいていると。 「あー皆さん、ちょっと失礼」 ひょい、と声をかけて来たのは若王子先生だった。 「若サマ?」 「どしたの、若ちゃん先生。なんか用?」 「はい、なんか用です。佐伯くん、ちょっといいですか?」 「え。僕……ですか?」 突然振られて、思わず目を見開いた。 「はい。実は先生、佐伯くんにとても大事な用をありまして。ちょっと付いて来てくれますか?」 そう言って先生は教室の外をちょいちょいと指差す。 (……ラッキー!) 大事な用とやらが何なのかまったく見当がつかないのがアレだけど、少なくともここで女子に囲まれて身動き取れないよりは全然マシ! 「はい、分かりました。すぐ行きます」 「え〜、佐伯くん行っちゃうの〜?」 「んーでも仕方ないか、若サマの用事だしね」 俺が先生に即答すると、予想通り周りの女子は仕方ないモードで解放してくれた。先生の人徳に感謝。 「ごめんね、みんな。それじゃ、またあとで」 開放感も手伝って我ながら爽やか度数を増した笑顔を放り投げて、俺はさっさと先生について廊下に出た。さすがに先生と一緒だと呼び止められずに済む。 (とはいえ……俺、何かしたっけ?) こないだの期末でも成績下げてないし、人間関係のトラブルも今のところ起こってない。 大事な用とやらを申し付けられる心当たりが無かった俺は、首を傾げながら先生に声をかけた。 「あの、先生。大事な用って一体なんでしょう」 正直なとこ、長くかかる用事なら先に昼飯を食べたいんだよな。さすがに今の時間じゃ購買に行ってもろくな物が残ってなさそうだけど、空きっ腹はマジで勘弁。 「うん、大事な用です。佐伯くん、ちょっと耳貸して下さい」 「耳?」 はあ、何なんだ一体。 立ち止まって手招きする先生に更に首を傾げつつ、俺は先生に近づいた。すると先生は他の通行人に聞こえない程度の声でコッソリ話し出した。 「実はですね、佐伯くんに行ってもらいたい場所があるんですよ」 「行ってもらいたい場所?」 「うん。一刻を争うので、出来ればすぐにでも」 ついでにすごく真面目な顔で「廊下は走っちゃいけませんけど、勢い的にはそれくらいでプリーズです」なんて言うもんだから、余計にサッパリ判らない。 「一刻を争うって……何かあったんですか?」 「それは行けば判ります。という訳で、先生の用は以上です」 そう言って、先生はあっさり笑って踵を返してしまった。 「え、先生!?肝心の場所ってどこ――――」 「待ってますよ、『彼女』」 軽く手を振りながら去って行く先生のセリフ、その内容に思い当たって、俺は瞠目した。 「今日みたいに爽やかに晴れた日は、お日様の近くでごはんというのもオツですねえ、うん」 付け足されたそのセリフで場所が判った。 (あいつ……!) 判った瞬間には、もう俺の足は階段に向かって動き出していた。 (う〜ん。若王子先生、上手く誘い出せたかなあ?) 爽やかだけど日差しが強くてやや人が少なな屋上で、私は日陰になってるフェンスに凭れながらやきもきしていた。 ちら、と手に持った2つの袋を見る。それからお天道様を仰いで。 (プレゼントの方はともかくとして……買ったばかりだから大丈夫だと思うけど、さすがに放課後までは厳しいよねえ) まあそうなったら科学準備室の冷蔵庫にでも入れさせてもらえばいっか。何なら先生にあげちゃってもいいし。 と、そこまで考えたところで、階段の方から慌ただしい足音が聞こえて来た。 それが近づくのと同時に見えた姿に、私は体を起こした。 (やった!さっすが若王子先生!) 現れた待ち人――瑛くんはささっと周りを見渡して、あまり人がいない事を確認してから、私の方に駆け寄って来た。 「よかった瑛くん。抜け出せたんだ」 「よくない!」 バコッ。 「痛っ!!」 待ち人が現れた事に安堵して気を緩めていたら、唐突にチョップが振って来た。ってちょっと、本気で痛いんですけど!? 「何するのいきなり!」 「何するの、じゃない!おまえなあ、あの状態の俺が思いっきり目に入ってただろ?なんで助けないんだ!そんな薄情な子はチョップされて当然だ!」 「何それー!ちゃんと若王子先生にレスキュー頼んだのに、なんで怒られなきゃいけないの!?」 「他人に頼るな他人に!女は度胸だろ、自力で救え自力で!」 「わけわかんないし!大体ねー、あの状況で助け舟なんて出したら、皆の矛先こっちに向くんだからね!?それってすっごくすっごく怖いんだからね!?それにそもそも、去年の誕生日の時に皆の前で呼び出されると目立つってぼやいてたの、瑛くんじゃない!」 奇襲チョップと理不尽さにとても腹が立って来て、私は半ばキレて叫んだ。 そしたら、瑛くんは去年の事を思い出したのか少したじろいだ。 「あ、あれは、その、〜〜あの時はあの時、今回は今回!」 「全っ然説得力ないですー!」 「うっ――――って、おまえそれより何の用だよ!俺は腹へってるとこ呼び止められるわ呼び出されるわでムカついてんの!購買にだって行きたいんだ、用があるなら早くしろ。無いなら俺は帰る」 「用ならあります!まずはこれ!」 ぐいっ、とわたしがまず突きつけたのは、昔ながらのチープ感漂う紙袋。 「何だよ、これ」 「開ければ判りますー」 胡散臭そうに押し付けられた袋を手に取ってから、瑛くんはガサガサとそれを開けた。 「……おい、これ、超熟カレーパン!?それに……なっ、夜店のやきそばパンに極まろメロンパンもある!どうしたんだこれ!?」 寸前の膨れっ面から一転して驚愕の表情を浮かべて、瑛くんはわたしと袋の中を見比べた。へへん、ビックリしたか! 「去年の経験と近頃の瑛くんの人気から、多分昼休みに入ったら女の子に囲まれちゃって、お昼にありつけないんじゃないかと思ったんだよ。だから買っておいてあげたの」 「おいてあげたの、って、おまえ。こんな超人気商品、簡単に買えないだろ。しかも3種類も」 「そこはそれ、蛇の道は蛇というやつで」 予想はしてたから、非常勤とはいえ生徒会関係者のコネをフル活用して、前々からキープしておいたのだ。氷上くんがそれでゲットしたと密かに自慢してたし。 「どうせ朝は忙しくて用意して来られなかったんでしょ?お昼ごはん」 「う。まあ……そうだけど」 「なので、空腹時に呼び出したのは、これで相殺して。で、本題。というか、本当の用は、こっち」 そう言って、わたしはもう一つ持っていた手提げ袋を、瑛くんに差し出した。今度はちょっとゆっくりと。 「まさかこれ……も、昼飯?」 「違うよ。いくらなんでもそこまで食い意地張ってないでしょ。こっちは、あれです。プレゼント」 「プレゼント」 「うん。瑛くんの、誕生日プレゼント」 そう言うと、瑛くんはなんだか不思議な表情を浮かべた。驚いてるんだか喜んでるんだか、不安なんだかホッとしてるんだか、どうにも読めない複雑な顔。 「……開けてもいい?」 「いいけど、気に入らないからってチョップするのは禁止ね」 「それは無理。」 もう、キッパリ即答してくれちゃって。 購買の袋を床に置きがてら自分も座って、瑛くんはプレゼントのラッピングを外しにかかった。わたしも同じように隣に座る。 「あ、取扱いにはちょっと注意ね」 「なんで」 「一応割れ物だから」 「割れ物っておまえ、そんなものを人様にだな…………一輪挿し?」 ラッピングとそれに包まれた箱から出て来たのは、ガラスの一輪挿し。 「そ。どう?」 「……うん。へえ、おまえセンスいいな。これ、いい感じ」 部屋に置いてもいいけど、店にも置けそう、なんて言ってくれたので、嬉しくなったわたしは手元に置いてある自分の手提げから、これまたラッピングされた手の平大の袋を取り出して瑛くんに渡した。 「あとこれもおまけ」 手に取った瑛くんは、透明なセロファンから見えるその中身に目を瞬いた。 「これ、ビー玉?」 「うん。普通に花を生けてもいいけど、ビー玉入れても綺麗じゃない?青と透明はすぐ決まったけど、なかなか理想のラムネ色が見つからなくてね、ちょっぴり苦労しちゃった」 紺青と透明、それからその中間の淡い碧色。瑛くんの好きな、海の色。 「ラムネ色って、まあ、確かにそうだけど。……けど、綺麗だな。これだけでも、十分」 太陽の方にかざして、ビー玉を眺めながら、呟くように瑛くんが言う。 屋上に上がって来た時と全然違う穏やかな表情が、なんだかちょっと綺麗。 (男の子のくせに、ずるいなあ) そんな事を思いながらも、もう一つ大事な事を、忘れないうちに。 「あとね」 「へ?まだあるの?」 今度はハッキリ判る驚きの表情で振り返った。まあ確かに色々押し付けてはいるけどね。 「あるっていうより、一番のメイン!えっとね…………瑛くん、誕生日、おめでと」 一息ついて、気分を落ち着けながら。ちょっと照れくささも混ざりつつ。 一番のメインと言ったその言葉を聞いた瑛くんが、少し眼を見開いた。 「…………」 「言っておくけど、本当にお祝いしたいって気持ちでいるからね?そりゃあチョップしたりからかわれたりするのは勘弁だけど、それでも、瑛くんと出会えて良かったなって思ってるからね?おめでとうって、本当の本当に思ってるから、それだけは間違えないでね?」 にっこりと笑ったその顔に、見慣れてるはずなのに心臓が飛び跳ねた。 (……ような気が、した、かも) 起きてから今さっきまでに言われた『誕生日おめでとう』は、正直なところ、じいさんのそれだけしか本当には嬉しくなかったりして。だから、煩わしいって思ってたんだ。今さっきまで。 なのに、なんでだろう。じいさんの時とは違う嬉しさで、響く。こいつの『おめでとう』が。 (カピバラの分際で、なんで) 何かと言えばムキになって。変なとこでボケかましたりして。怒ってたと思ったら次の瞬間には笑ってたりして。 水中から揺れ見える、光の波紋みたいにコロコロキラキラ、表情が変わって。 時々、すごく綺麗に見えて。 (カピバラの、くせに) 「瑛くん?聴いてる?」 「……聴いてる」 自分の言葉を聴いてなかったのかと膨れ半分、それと突然黙った俺が不安なのとが半分、そんな顔で訊いて来るこいつに、俺は軽い溜息と共に返事をした。 「あのね、本当に本当だからね?本当に誕生日――――」 「何度も言わなくても聴こえるって。…………サンキュ。ありがたく受け取っとく。プレゼントも、祝福も。だからそんな変な顔すんな」 言って俺は素早く片手を菊池の頭に当てると、ぱこん、といい音がした。 「いたっ。ちょ、いきなり何するんですかこの人は!」 「手加減はしたぞ。隙を見せるとはまだまだ甘いのう、おぬし。もっと成長してくれないと、お父さんは悲しいぞ」 「む〜っ。こんな乱暴なお父さんはいりません!」 「ほほーそうかそうか。そういう事言う娘には――――こうだ!」 「あっ!わたしのペットボトル!」 菊池の手提げから見えたペットボトルの紅茶を素早く取り上げ、俺はその勢いのまま栓を開けてごくごくと飲み始めた。微妙に温くなってるけど、この陽気には全然まだまだ気持ちいい。 「ちょっと瑛くんひどいよ、それわたしの!ちゃんとパンあげたじゃない!」 「そういうけどなおまえ、パンだけ買ってなんで飲み物がないんだよ。俺に喉詰まらせて窒息しろって?誕生日にそんな死に方、俺ゴメン」 「あっ……そ、それはその、忘れてちゃったのはごめん。でも!だからってわたしのお茶奪う理由にはならないじゃない!」 「何なら返すぞ。ほら」 そう言って飲みかけのペットボトルを差し出すと、菊池の顔が一気に真っ赤になった。わ、わかりやすい奴。今どき間接キスごときでここまで茹で上がる女子高校生も珍しいかもしんない。 え?俺がされたら?そりゃ……って、訊くな! 「ほらほら、返すって言ってるだろ」 「〜〜っもう、いいよ!それも瑛くんにプレゼント!」 俺のからかいにはそう言い返して、菊池は自分の昼飯を取り出した。 真っ赤なままで頬を膨らませ、喉に詰まらないように必要以上にゆっくり食べ物を咀嚼する様は、なんだか何かの草食小動物を思い起こさせて。 (結構、かわい……くないことも、ない、かもしれない、ような気がする) どっちだよ、と内心自分でツッコミを入れつつも、ひとまず空腹を満たそうと、超熟カレーパンの包みを取り出した。 はむっ、と齧りついた傍から見上げる視線を感じて、俺も視線を傍らに向ける。 「はひ(なに)」 「おいしい?」 きょろっとした目で問いかけてくる小動物が何だか妙に眩しくて、俺は反対側に視線を逸らした。 「ん」 「そ、なら良かった」 そう笑って再び自分の食事に専念する様子に、俺も再び、今度はコッソリと視線を彼女に向けた。 (たまには) たまには、客として来て良いぞって、言ってみようか。 (カピバラ仕様の珊瑚礁ブレンド、俺が直々に淹れてやるからって) 横目に映った一輪挿しとビー玉の色に、少し気持ちが穏やかになって、そんな事を思ったりした、誕生日の昼下がり。 来年も――その先も、こんなだったらいいな、という想いが頭をよぎった事は――――絶対に、秘密。 |