泣いてしまうほど
「……あれぇ……?」
 玄関のドアを閉めた途端、ボロボロと涙が零れてきて、私は思わずその場に座りこんでしまった。
「ウソ、なんで……?」
 そういってる傍から、涙腺が壊れたように涙が溢れる。
「信じらんない……」
 言われたのはたった一言、だったはず。
 会って間もなくの頃は、声をかけるたびに聞いてた言葉。あまりにもしょっちゅうなんで、二ヶ月も経つ頃にはすっかり慣れちゃってた。
 でも、最近はそんなことなかったのに。
 全然、聞くことなかったのに。
 
 
『……やめとく』
 
 
 たった一言、なのに。
 どうしてこんなにショックなの?
 どうしてこんなに涙が出てくるの?
 どうしてこんなに――――胸が痛いの?
「どう……して……っ」
 声、かけるようになって。
 言葉、返してくれるようになって。
 お休みの日に誘えば、お仕事が無ければOKしてくれるようにもなって。
 最初の頃に比べれば、笑った顔も見せてくれるようになって。
 だから、いつものように帰り道で偶然見かけた彼に、いつものように声をかけた。一緒に帰らない?って。
 ――――でも。
 返って来たのは、最初の頃のような、シンプルな拒否の言葉がひとつだけ。
 それからずっと、家に着くまでずっと頭の奥にもやがかかってしまった。
 その一言だけが、ずっと頭と心を支配するようにぐるぐる回ったままで。
「ど……して……なの……っ……?」
 しゃくりあげる声でバカみたいにボロボロ泣いてる私を見て、リビングから出て来た尽がギョッとして駆け寄ってきた。
「――――ねえちゃん!?どーしたの!!」
「わか……っんな……い……」
「はぁ?……あーもう、とにかくそんなトコで座ってないで、とりあえず靴脱いで!――ホラ、スカート汚れちゃってるよ〜!」
 痛々しそうに眉をひそめた尽が、それでも廊下から下りて私の手を取って立ち上がらせてくれた。
 けど今度はその小さな手がなんだか無性に哀しくなって、ますます涙がこみ上げてしまった。
 
 
 尽が渡してくれたティッシュを大量に消費して、お腹がひきつるくらいに大泣きして、帰って来たお父さんやお母さんにまで驚かれた頃、ようやく涙は引っ込んでくれた。
「あ〜あ、ねえちゃんスゴイ顔になってるよ〜……。ホラ、見てみ?」
 ずっと傍にいてくれた尽が、泣きやんだ私の顔を見て呆れたような表情をする。
 差し出された鏡に映ったのは、確かにすごいことになった顔。
「ホント……すっごい顔」 
 あまりの形相に、自分でも苦笑。それを見て、尽は少し安心したような息を吐いた。
「……ねえちゃんも年頃の女のコだし、深くセンサクしないでやるけどさ。とりあえずその顔はどーにかした方がいいと思うぞ?オレ、濡れタオル持ってきてやるよ」
 そう言って尽が出ていったあと、私はもう一度鏡を見る。
 ……とりあえず、明日が日曜でよかった。
 こんなにひどい充血の跡、とても一晩じゃ引かない。
 どうかしたのかって訊かれても、きっと答えようもない。
 だって言えないじゃない。
 あなたの一言がとても痛かったんだ、なんて。
 こんなふうに、泣いてしまうほどに。
 
 

<あとがき>
最初は『12.赤い跡』のつもりだったのですが、書き上げたらこっちのお題の方かなぁと。
デートの誘いに続けて乗ってきてくれて、嬉しくなってきた辺りで思い出したように「……やめとく」と言われた時のショックを思い出してみたりしました(^_^;)。
(2003.12.4 UP)

 
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