絡める |
デートの途中、ふと通りがかったおしゃれなレストラン。 通りに面したウィンドウの一角に飾られたそれに、私は思わず目を惹かれてしまった。 「うわ〜……大きなクロカンブッシュだね」 「ああ……でかいな」 隣にいた珪くんも、驚いたように同意する。 クロカンブッシュ。結婚式の時に出されたりする、シューの山に飴を網のように絡めて固めたフランスのお菓子。 私の背丈の3分の2くらいありそうなそれを、見上げるようにして眺める。 「いいなあ、これくらい大きいの作ってみたいな」 ウィンドウの外から食い入るように観ている私に、珪くんは少し首を傾げた。 「作れないのか?」 「物自体は作ったことはあるけど。これくらいの」 私は手でバスケットボールくらいの大きさを示した。 「物が物でしょ。小さいとつまらないし、大きく作ったとしても食べ切れないし、そもそも飴が粘って食べるの結構大変。だから一回だけで終わっちゃった」 「ふうん」 プチシューで作れば良いんじゃないかって思ったんだけど、やっぱり少し大きめにした方がゴージャスだなって考え直して、そしたら今度は全体的に大きくなるから山は小さくして……なんてしてたら中途半端な出来になってしまった。 そんな失敗談を混ぜながら私は話し続ける。 「特にこのカラメルが大変なの。溶けてる内に絡めなきゃいけないけど、だからといって溶け切ってると駄目だし、固まっちゃうと思った通りにならないし。あんまりたくさんかけると、今度は食べ難いしね。なかなかこんなに綺麗にデコレーションもできなくて悔しかったな」 目の前のクロカンブッシュはさすがにプロが作った物だけあって、形もデコレーションもお見事。ディスプレイ専用だからこれだけ飾り付けられるんだろうけど、それにしたってかけられたカラメルの綺麗なこと綺麗なこと。光を反射して繊細優美な芸術作品になっていた。 「結局それ、どうしたんだ?」 「それがちょうどお父さんもお母さんも留守でね。崩れちゃうから写真だけ撮って、仕方なく尽と二人で食べました。子供二人分には多すぎたなぁ」 姉弟二人ウンザリした顔で平らげたなー、なんて数年前の事を思い出してほんの少し苦笑する。 「それは……お疲れ」 「うん。その時はさすがに尽に怒られちゃったよ。ちゃんと食べる人数と保存性考えて作れって。――これも多分すぐにディスプレイから外しちゃうんじゃないかな」 日本は湿度が高いから、飴が早く溶けてしまう。1〜2日保てば充分だ。それにシューの焼き具合もある。これも湿度の関係で日本ではカリカリに焼くけれど、このクロカンブッシュはあえて焼き色を抑え目にしている。だから余計に綺麗に見えるんだ。 「――っと、ごめんね。足止めちゃって」 そういえばデート中だったと気が付いて、慌てて珪くんの方を振り返る。 「いや、別にかまわない。珍しいもの、見られたし」 珪くんは思ったよりも興味深そうに、私と同じくディスプレイを眺めていた。珍しいといえば、確かに珍しいかも。あまり街中で見かける事もないもんね。 「そう?なら良かった」 「ああ。じゃ、そろそろ行くか」 「うん」 歩き出すと同時に差し出された手を取って、私も一緒に歩き出す。 けれど話す内容はまだその前に見たものを引きずっていて。 「う〜ん、やっぱりもう一回くらい作ってみようかな」 「クロカンブッシュ?」 「うん。見たら何だか作ってみたくなっちゃった。なっちんやタマちゃんを呼べば、消費するのは問題ないだろうし」 「……だったら、クリスマスパーティで作ったらどうだ?」 「クリスマスパーティ?」 「理事長の家でやる、あれ。ケーキとか、料理とか、生徒の有志が作ってるのもあるだろ。あれくらいの規模なら見栄えするし、作っても大丈夫だろ、大きいの」 「あ!そっか、その手があったね!……あ、でも我がクラスの名パティシエたる加藤くんに対抗するのはなかなか勇気がいるかも……」 「対抗っておまえ、既にやる気充分だな」 クスクスと笑う振動が、手を伝わって届く。 「って、言い出したの珪くんでしょ!?」 「そうだけど」 言葉をそこで切って、ほんの少し何かを思い返すような表情になった。はて、何だかとってもごきげんそう。 「珪くん、どうかした?」 「……ん?何が」 「うーんとね、なんだか楽しそうな考えに浸っているように見受けられましたもので」 きょとんと見返される瞳が、すぐにああ、というふうに変わる。 「楽しいというか……まあ、少しな」 「少し、何?」 重ねて訊ねると、彼は視線をさっきのディスプレイの方向へ向けた。 「さっきの……」 「クロカンブッシュ?」 「……の、カラメル」 「カラメル?」 「おまえに似てるかもって、思って」 「は?」 カラメルが私に似てる?何それ? 「どういう意味?」 「……秘密」 「あっ、ずるい!カラメルに似てるなんて言われたら、理由がすごく気になるよ。ね、どういう意味なの?」 「秘密」 むむ。いつもの黙秘権行使と来ましたか。 でもそうはいかないから。 「教えて!教えなきゃこの手はぜーったい離しません!」 私は握ったままの珪くんの手を両手でがっしり掴んで、逃がしませんよって状況にしてもう一度訊ねる。 もちろん私の本音としてはむしろ離したくはないんだけど、珪くんはそうじゃないだろうから、この際それを利用させてもらおう。 そう思っていると、呆れたような声がポツリ。 「……無意味だろ、それ」 「え?」 「手」 手? 「……え?なんで無意味?困るでしょ?ずっと掴んだままだったら」 「…………ハァ」 深い溜息が空気と手の両方から伝わってくる。 この溜息は知ってる。「……鈍いやつ」って思ってる時の、溜息。 私、また何か『鈍いこと』してる?『鈍いこと』言ってる? ハテナマークが満ち満ちた視線で見上げると、珪くんが顔を逸らした。 「…………繊細で」 「……?……えっと」 突然手の話じゃなくなって、一瞬あとに、あ、さっきのカラメルのことか、と気付いた。 「あ、うん。繊細で?」 「柔らかそうで」 「柔らかそうで?」 「意外と固い」 「…………ん?」 思わず首を傾げる。 固い?それって強情ってことかな? 「……それで?」 首を傾げたまま促すと、珪くんはチラッと私を見てから困ったように再び視線を逸らした。 「それで…………」 「うん?」 「…………甘くて、綺麗で。……絡まってるって解ってても、その中から抜け出したくなくなる――――」 耳元わずか数センチ。 吐息の熱さえ伝わってくるほどの距離、小さな小さな掠れる声で、でもハッキリそんなことを囁かれてしまって。 それで頭に血が上るな、っていうのは絶対に無理だと思う。 「……行くぞ」 顔を背けて、それでも握った片手は絡めたまま。 歩き出したその背を同じ速度で追いかけながら、私は空いた片方の手で火照った顔を隠す。 「…………どっちがだよぅ……」 嬉しまぎれと悔しまぎれ、両方の意味で呟いた言葉が、耳まで赤く染まった彼に届いたのかどうか。 街を行き交う喧騒でそれが判らないのが少し残念だな、と思った。 |