彼のシャツ |
「うわ臭ッ!!」 放り投げられたTシャツを受け取った瞬間ぷ〜んと漂ってきた異臭に、アタシは思いっきり顔を顰めた。 「しっかたねえだろ!汗かいたんだからよ」 「にしたって何この異臭、いや腐臭!汗臭いのと体臭混じって産業廃棄物化してんじゃん〜!」 「ほっとけ!」 夏合宿のある一日。チア部の練習が休憩に入ったんで、水飲みついでに水道で洗濯してるだろう珠美の所に行こうと思ったら、途中で和馬に会ったんだよね。 で、挨拶交わしてそのこと言ったらば、「じゃあこれ紺野に渡してくれよ」と言われ、この触るのもためらわれるような物体を渡されてしまったワケ。 「アンタさ〜、いくら珠美がマネージャーでそれが仕事だからって、こうポンポンこきったない洗濯物平気で押し付けんじゃないって。マネージャーは母親でも家政婦でもないんだからさ〜」 「おっまえなぁ。こちとら休む間もなく練習してんのに、洗濯してるヒマなんかねえっつの。紺野だってべつに文句言わねえぞ?」 「あーあー、そーゆー態度ってサイテー。あのコは優しいから(てか甘いから)口には出さないけど、内心ウンザリしてる時だってあるって。それに見合うだけの感謝の気持ちをちゃんと示してやりなよね〜?ま、アンタにそんなの期待するだけムダかもしんないけど?」 「……藤井てめえ……!」 「ほんじゃねー!」 背後で額に青筋立ててる和馬をほったらかしにして、アタシはさっさと水飲み場に向かった。律儀に指でTシャツを持ったまま。 水飲み場には予想通り珠美が洗濯をしていて、山になった洗濯物の隙間からアタシを見つけると「お疲れさま、奈津実ちゃん」と声をかけてきた。預かったオゾマシイ物体……もとい和馬のTシャツを事情説明と一緒に渡すと、さすがに呆れたような苦笑を浮かべる。 「ホンットアンタも大変だよねぇ。この合宿中ほとんど洗濯してるかドリンク作ってるか食事作ってるかじゃん」 他のマネージャーの仕事はどうしたといいたいが、その辺はレギュラーに手の届かない他の1年生を駆使しているらしい。この合宿での珠美はまさに皆の「お母さん」だ。 「うん……でも、それがお仕事だし。それにわたし、お洗濯するの好きなんだ。汚れたものが自分の手できれいになってくのって、すっごく楽しいよ」 「アタシはとてもその境地までは行けそーもない。自分のだけでもうウンザリ」 「奈津実ちゃんてば……」 チア部は女だけだから当然自分の洗濯は自分でやる。いっつも母親に任せちゃってる身には結構ツライ。 洗濯機?そんなの、こんだけ人数がいるのに足りるワケないっしょ。手洗いだよ、手洗い。 そんなアタシの心中を思ってか苦笑しながらも珠美は洗濯を続ける。その手には未だ臭いの抜けないさっきのTシャツ。 「しっかし和馬のシャツはずば抜けて臭いよね〜!一番駆けずり回ってるから汗の量も多いんかね」 「さあ?でもわたし、そんなに嫌いでもないよ。すごいにおいだなとは思うけど、耐えられないってことはないなぁ」 ほんのり頬を染めていう珠美に、アタシは改めて恋心の無敵さを思い知らされた。 あばたもエクボならぬ、悪臭も芳香ってか(極端かコレは)? そんな珠美を眺めながら、ふと自分に置き換えてみる。アタシが『アイツ』のシャツを渡されたら?アタシはどんな反応するのかな。 ………………。 ………………。 ………………。 「……珠美、アンタやっぱ偉いわ」 「え?!な、何?!」 何の脈絡もなく呟いたアタシの言葉に、ワケが判らず珠美が目をぱちくりさせた。 やっぱアタシは到底アンタの境地には逹せそうもない。 汗まみれ泥まみれオイルまみれになったシャツを挟んで、世紀の一大口ゲンカ状態になったアタシとアイツの姿。 その光景がありありと想像できてしまって、アタシは軽〜く頭を押さえた。 |