ドラマ |
「……飛鳥ちゃんの恋って、ドラマみたいだね」 わたしがそう言うと、飛鳥ちゃんだけじゃなく他の3人もきょとんとした顔で見返してきた。 卒業式が終わって数日後。 須藤さんがフランスに行ってしまう前に、ということで、わたしたちは彼女の家に泊まりに来ていた。お夕飯を頂いて、お風呂に入って。そうしてお菓子や飲み物を持ち込んで、一つの部屋に集まってのおしゃべり。女の子だけのパジャマパーティって言うのかな? 宵のガールズトークとなれば、話題は必然的に恋の話になるもので。 そして今は、つい数日前にその恋を成就させた飛鳥ちゃんの話題になっていた。もっとも在学中から仲が良かった二人だから、今更って気もするんだけどね。 「ドラマって……わ、私?」 奈津実ちゃんに散々からかわれた名残で真っ赤になった顔のまま、飛鳥ちゃんが首を傾げた。 「うん。だって、小さい頃に出会って約束を交わしてた男の子と大きくなってから再会して、恋をして成就したわけだもん。その、ドラマチックだと思うんだ」 わたしがそう言うと、奈津実ちゃんがウンウンと頷いた。 「確かにねー。も、ベッタベタにこてこての少女漫画だよねー。なんつーかさ、こう、古き良き時代のオトメの夢をこれでもかーッ!って凝縮させたって感じ?」 「なっちんてば!」 「あら、だってそうでしょう?」 「志穂さんまで〜!」 有沢さんも奈津実ちゃんに同意して笑う。飛鳥ちゃんの顔はすっかりゆでだこみたいになってる。ふてくされたように冷えたミネラルウォーターを飲む姿が、とっても可愛い。 すると今度は須藤さんが自慢の髪を翻して言った。 「そうね、東雲さんにはそういうドラマがお似合いよね。まぁもっとも、ミズキと色サマの華麗なる宮廷ラブロマンスには、到底及ぶべくもありませんけど」 彼女らしい高らかな口調がらしいなぁ、と思ってると、奈津実ちゃんがムッとしたのか、半眼開きのジト目で白けたように返す。 「ああ、権謀術数渦巻く、どす黒くて悪意に満ち満ちたメロドラマの世界ね〜」 「……Meme ce qui(何ですって)?そういうあなたはロマンのカケラもないドタバタドツキ漫才ギャグドラマじゃない!」 「なっ……!アンタねぇ、そりゃハタから見ればそうかも知んないけど、カケラくらいはさすがにあります!」 「落ち着きなさい、奈津実。須藤さんの言い方も問題だけど、先にツッコんだのはあなたの方でしょ」 「うっわ志穂ってば親友裏切るし!そりゃアンタは守村くんとほ〜のぼのラブストーリーの末に両想いだもん、アタシの気持ちなんて解んないでしょーけどさー」 「!わ、私は、別に、そんな、ほのぼのとか、その、そういうつもり、じゃ」 「志穂さん、落ち着いて」 今度は有沢さんが真っ赤になって、それを慌てて飛鳥ちゃんが宥めた。 「けどなんでいきなりそんなこと言い出したかな、タマちゃんてば」 いつもの調子で大騒ぎするみんなの様子に思わず笑っていると、少し落ち着いたらしい飛鳥ちゃんが訊いてきた。 「え?……え〜と……うん。飛鳥ちゃんの話聞いてたら、本当に素敵な恋してるなぁって思って」 そこまで言ってから、わたしは飲みかけたジュースのグラスを膝に置いた。 「……その……少し、羨ましいかな……って……」 そう、羨ましいって思う。 飛鳥ちゃんも、飛鳥ちゃんを通じて解った葉月くんも、とっても素敵な人だから。 そんな素敵な二人が作ってきた恋の形って、本当に本当に素敵だったりするから。 出会いとか、再会とか、そういうの全部ひっくるめて素敵だなぁって思ったら、なんだか羨ましくなっちゃったんだ。 わたしの恋は本当にありきたりで。 中学時代、バスケをする和馬くんに一目惚れして、少しでも傍に行きたくて、少しでも役に立ちたくて、追いかけるようにバスケ部のマネージャーになってた。 少しずつ、少しだけでも。 冷静に考えたら、怖いくらいに。しつこいくらいに。 彼の後を、追いかけて。 そういうことをぽつぽつ言ったら、飛鳥ちゃんは何度か大きく瞬きをしてから、ふぅ、と息を吐いた。 「……同じだと思うんだけどなぁ」 「え?」 「私も珪の事、散々追いかけ回したようなものだし。それもタマちゃんよりももっと露骨に」 「あ〜、だよねだよね。飛鳥ってばアタシが葉月なんて放っとけって何度言ったって聞かなくってさ。何度も泣いてたよね」 「な……泣いてないよ、何度もは!」 「でも泣いた事があるのは事実でしょ?」 「う……まぁ、ほんのちょっぴり、は……」 追い討ちをかけるような有沢さんの言葉に、飛鳥ちゃんの声が小さくなる。 うん、そうなんだよね。 飛鳥ちゃん、ほんのちょっぴりだけど、泣いたりしてたよね。 飛鳥ちゃんだけじゃなくて、奈津実ちゃんも、有沢さんも、須藤さんも、みんな泣いたりして、でも頑張って頑張って、大好きな人と恋を成就してるんだよね。それぞれが、それぞれの形で。 それは。 それは、とても。 「……やっぱり素敵だな、みんな」 羨ましい。 本当に。 「タマちゃん……?」 ポツリ、と零した羨望のかたまりに、飛鳥ちゃんが問いかけてきた。 気付くと、みんながわたしの方を注目していて、わたしは慌てて手を振る。 「あ、ご、ごめんなさい!あの、あのね、わたし、その、ただ羨ましいなーって思っただけで、特に意味なんて無いから!その、深く考えなくっていいからね?」 いけない。一瞬自分の世界に入っちゃって、思わせぶりに言ってしまった。 本音は本音だけど、でもそれでどうこうってことじゃないのに。 「ごめん、なさい……」 なんだか恥ずかしくて、顔を見合わせるみんなから視線を逸らして俯く。 しばらくそうしていると、ふと溜息が聞こえた。 「……べっつに、謝ることじゃないじゃん」 え。 奈津実ちゃんの呆れたような声が聞こえて、わたしは咄嗟に顔を上げた。 そこには本当に呆れた顔のみんな。 「えい!」 「いたっ!」 奈津実ちゃんが身を乗り出して、わたしの額をピン!と指でつついた。 「奈津実ちゃん……」 「アンタねー、羨ましい羨ましくないって、なーに恋愛に優劣つけてるかなぁ。んな必要どこにもないっしょ!」 「そうね。それ以前に、優劣をつけられる類のものでもないわね」 奈津実ちゃんの言葉に、有沢さんがずれた眼鏡を直しながら頷く。 「そ、そう、かな……」 「そうよ!」 「そうだよ!」 弱気なわたしの答えに、今度は須藤さんと飛鳥ちゃんの肯定が勢いよく返って来て、わたしはちょっと面食らう。 そんなわたしに、飛鳥ちゃんが笑いかけてきた。 「タマちゃんタマちゃん。私ね、タマちゃんの恋だってすっごく素敵だって思ってるからね?」 「え……」 「そーそー!飛鳥の恋はドラマとして有り得なさ過ぎってくらいにこってこてだから、なーんか良さ気に見えるけど、恋は恋じゃん?シチュエーションは違っても、みんな同じじゃん。違う?」 「有り得なさ過ぎって、なっちん言い過ぎ!まぁ、それはともかく、そういう事だよ。私から見れば、タマちゃんの恋だって素敵で羨ましい限りだよ。というか……」 「というか?」 「……というか、少なくとも、半年近くまともに会話してもらえなかった私よりは、よっぽど羨ましかった」 何かを堪えるような表情に一変して主張する飛鳥ちゃんに、一年生の頃の二人を思い出す。 「……そういえばそうだったね、葉月くんって」 「まーね、あの頃の飛鳥に比べりゃみんな幸せかもねー。……っていうか大体さー、しつこいって言うけど、アンタなんてせいぜい中学からの数年じゃん。どっかの誰かさんみたいに、十年以上も一人のオトコ追っかけ回すのに比べたら、ぜーんぜん軽い軽い!」 苦笑してから、すぐに含みのある口調に変わった奈津実ちゃんに、即座に須藤さんが反応した。 「ちょっと藤井さん!?それは幼少のみぎり、初めてお会いした時からただ一筋に色サマをお慕い申し上げてきた、このミズキに対する挑戦かしら!?」 「え〜?べっつにアタシ、アンタのこと言ったつもりはないけど〜?」 「あ〜らそう?――まぁいいわ。誰かさんみたいに自ら主張しなければロマンのカケラの存在すらちっっっとも判らないような、寂しい恋じゃないことだけは確かだし!」 「ちょっと須藤!このアタシにケンカ売ってるなら買うよ!」 「ちょ、ちょっと二人とも!夜も遅いんだから大声出しちゃ――」 「あら、安心して東雲さん。ミズキのお屋敷は全室完全防音よ。この際、藤井さんとはキッチリ勝負をつけておきたかったのよ。ま、パリィ行きの手土産が勝利の喜びっていうのは、ミズキにはとっても相応しいと思うから!」 「うわビックリ!アンタアタシに勝てるつもりだったの?甲子園の土泣く泣く拾ってくよな気分になるってのに、恥かく前にやめた方がいいんじゃないの〜?パリィ行きの飛行機でベソかくのがオチだよ〜?」 「言ったわね!」 「おーよ!」 「だから二人とも〜!」 いつもの流れに突入して、いつものように飛鳥ちゃんが宥める。 「まったく……この分じゃ、数年経っても同じ展開で同じドラマを繰り広げてそうね」 有沢さんが苦笑しながら言って、わたしも笑って奈津実ちゃんたちを眺める。 「これも一つのドラマ?」 「そうでしょう。漫才というか、コメディというか。悪いとは思わないけれど」 「そうだね。……うん、こういうドラマだったら、数年後に同じ展開になったとしても、それはそれでいいかなぁ」 「ええ。……ねえ、紺野さん」 「なに?」 訊き返すと、有沢さんはほんの少し頬を染めて続けた。 「その……私、奈津実や東雲さんのように上手くは言えないけれど……私も、あなたのドラマだって素敵だと思うわ。あなたは私と違って積極的だったし、頑張っている姿が好感持てた。……確かに、東雲さんのように、起承転結が解りやすいドラマではなかったかも知れないけど、それでも、その……とても、素敵な恋……素敵なドラマだなって、ずっと思っていたわ」 「有沢さん……」 わたしが目を見開くと、染めた頬のまま有沢さんは微笑った。 「人生は大きな一つのドラマだと言うわ。その中で起こる事も、それぞれが小さなドラマで、でもそれは決して起承転結が明確なものじゃない。明確じゃなくても、ドラマはドラマだと思う。そして少なくとも、今ここにいる皆は、恋というジャンルにおいて、それぞれがそれぞれの素敵なドラマを紡いでいる。……それで、いいんじゃないかしら」 一言一言、大切に紡がれる有沢さんの言葉。 ストン、と入ってくるそれら言葉に、わたしはゆっくり頷いた。 「…………うん。そう、だね」 わたしが飛鳥ちゃんの恋に憧れるように。 誰かが誰かの恋に、ドラマに、憧れるように。 わたしの中にも、みんなの中にも、それぞれ素敵なドラマが詰まってる。紡がれてる。続いていく。 それは。 それは、とても。 「……素敵だな、みんな」 わたしも含めて、みんなが素敵。 今度は違う想いを込めて、ポツリと呟く。 「そうね。素敵ね、みんな」 頷くように笑った有沢さんと、こっそり顔を見合わせてから、わたしは楽しそうな他の三人をもう一度眺めて笑った。 それぞれの形ややり方で、それぞれの素敵なドラマが作っていけたら。 そしたら、きっと、もっと、素敵なドラマが待っているかもしれない。 みんなにも、わたしにも。 そう考えること、考えられること、それ自体も素敵なことだよね。 心の中でやっと納得できて、わたしはそんな自分と、友だちをとても誇らしく嬉しく思った。 ……そういえば、わたしの恋って、ジャンル分けしたらどうなるんだろ? 「そんなの決まってるじゃん」 眠る前に奈津実ちゃんに訊いたら、あっさりと返って来た答えは。 「軽く10巻は突破しそうな、長期連載の正統派少女漫画っしょ」 「えっと……それは褒め言葉、なのかなぁ?」 とりあえず、ギャグやコメディでなかったことにちょっと一安心したら、心の中を読まれたように、ごつんと頭を叩かれてしまった。 |