誰も知らないこと |
あれ? …………間違いない。 今のあのしぐさ、ホントのホントにわずかだけど、あれは間違いない。 惰性と習慣でそれを見つけたアタシは、即座に机に乗った教科書と黒板で繰り広げられてるワケわかんない数字と記号の羅列――っていうよりその左上に書かれた問題番号を見比べて、確認をする。 ……ふんふん、問題集101ページの問9、ね。 シャシャッ。 軽くそこに二重丸をつけ、頬杖をついて再び前を見る。 黒板ではいつの間にか次の問題に移っていて、既にヤツからその仕草の痕跡は消えていた。 それを眺めながら、アタシはコッソリと不敵な笑みを浮かべた。 「8割7分。なっかなかの勝率だよねー」 「は?」 いきなり呟いたアタシに、飛鳥がストローから口を離して怪訝そうに聞き返す。 現在、一学期々末テスト期間真っ最中。一番難関の数学が終わって、せめてお茶だけでも飲んでこーよー、と昇降口で会った飛鳥を道連れに喫茶店にしゃれこんでるトコロ。 あ、一応教科書広げてるよ?見ちゃいないけど。今さらやったってムダだし。 「ホラ、前にメールでちょこっと書いたじゃん?『必見!氷室攻略法』ってさ」 「?……あ、ああ、あれね」 「そ。今んとこ適合率8割7分!スゴイっしょ?」 「本当!?すごいよなっちん!」 よほどビックリしたのか、飛鳥は大きな目を更に大きくして驚いた。 ふふん、すごかろう偉かろう。 ヒムロッチをギャフンと言わせよう委員会(会員:アタシ一人)設立後、ヒムロッチの弱点を見つけようと日々観察を続けた結果、アタシはテストにおけるある一定の法則を見出したのだ。 それは本当にささいなことで、よっぽど敵を観察してない限り絶対に判らないくらいの微妙な変化。 授業中、テストに出そうと思った問題を解説している時、ヒムロッチの右の唇がほんの一瞬だけ上がる――――それがアタシの発見した法則だ。 そしてなんと。 コレってば、どうやら誰も知らないみたい、なんだな。 顔の広さを生かしてそれとな〜く周囲にうかがってみたけど、どうやら気付いているのはアタシ一人。 あの姫条ですら、毎回「テストのヤマは、いや、いっそ頂上はどこや〜!」なんて頭抱えてるから気がついてないんだと思う。てか今回も違う雲の峰の向こう辺りをさまよってたらしくて、終わった直後屍になってたし。 これらのコトからアタシは思った。 『この情報は売れる――――!!』 それも高値で。 飛鳥には親友のよしみで教えたけど、このコは言いふらしたりしないからその辺は安心。 「といっても、ハズレが多いんじゃ売り物にもなりゃしないから、しばらく様子見て検証してたんだけどねー。こんだけの高確率ならイイ値で売れるよねぇ、うっふっふ」 「なっちん悪!……で、肝心のテストの出来はどうだったの?」 ピタ。 ご機嫌よろしくストローを回していたアタシの手が止まる。 「なっちん?」 無言のまま顔ごと視線を逸らす。すると飛鳥の顔もついて来た。逆に向ける。またもついて来る。 しばしの間、顔を右に向ければ同じ方向に、左を向けばまたも同じ方向に、アタシと飛鳥の顔が追っかけっこした。 ぬぬぬ、こやつめアタシの得意技をいつの間に会得したのだ。実際やられると結構効く、コレ。 「なっちん〜???」 「いや〜……、出題された問題はね、バッチリ予想通りだったんだけどさー」 「出る問題が判明しているからといって解答が出来るかは別問題だ」 万事休すとばかりに告白すると同時に、突如頭上横合いから冷た〜い声が降ってきた。 「ゲッ、ヒムロッチぃ!?」 「氷室先生!?」 見上げれば、そこにはアタシの天敵が『ずももぉ〜ん』と立っていた。思わず椅子をガタンと鳴らして後退り体勢になる。 「な、なんでヒムロッチ……イ、イエ、氷室先生がこんな所にいらっしゃるんですカシラ!?」 「それは私のセリフだ。期末試験期間である今現在、何ゆえ君達はこのような喫茶店で飲食をしている?早々に帰宅して学習に励むべきではないのか」 いやそりゃその通りなんでしょーけどさ、んな視線だけで見下ろすなよ、怖いっつーの! 「あ、あの!暑いし喉が渇いたんで、勉強がてら涼みながらお茶を飲もうと思ったんです!夏の水分摂取は大事ですから!」 ナイス飛鳥、絶妙のフォロー!さすが氷室学級のエース! 「ふむ、それは確かに。しかしその割に学習内容とはかけ離れた会話をしていたようだが?見れば教科書のページも進んでいないな」 「え〜っ?ヘンだなぁ、アタシたち、今日のテストがどうだったか、答え合わせをしてたんですよ〜?勉強に関係ない会話はしてませーん」 ううう、我ながら白々しいっての!大体会話内容まで聴かれてたんじゃ、この後のヒムロッチの出方なんて決まってるじゃん……。 「……そのようだな。言われてみれば私にも非常に興味深い内容だった。以降はその情報を有効に活用させて貰う事にしよう。では二人とも、遅くならない内に速やかに帰宅するように」 キラリーン、という効果音がバッチリ聞こえるくらいに、ヒムロッチはニヤリと不敵な笑いを浮かべてその場を去って行……こうとして、ふと振り返った。 「――――藤井」 「ハ、ハイ!?」 「教師としては、出題する問題の種類を正答するよりも、問題自体の正答確率が8割7分に達して欲しいものだな」 ぐっ。 「それから、採点結果によると君は数学の補習が決定している。……次週の放課後、教室で待っている。――――以上!」 押し黙ったところに、トドメの一撃。 ……か……完敗……。 ダメ押しの捨てゼリフを吐いたヒムロッチは悠々と喫茶店を出て行った。残されたのはテーブルに突っ伏したアタシと、それを困惑顔で見遣る飛鳥。 「あぁ〜……よりによって、数学補習……サイアク……」 「なっちん……」 ああもうそーですよ!どーせアタシの数学の正答率なんて5割行きゃ奇跡ですよーだ! 出された問題が判ったって、解けなきゃ無意味なんてのは、アタシ自身がよ〜く解ってますよーだ! 「それに……せっかくのオイシイ商品がぁ〜……」 こうなってはこの極秘情報は誰にも売れない。ヒムロッチのことだ、自分でも気付かなかったクセを逆手にとって、生徒の混乱を招くように仕向けるはずだ。そんな危険な情報、誰も買わんっつーの。アタシだってゴメンだし。 「う〜ん……あ、で、でも、かえって良かったんじゃないかな?皆に広まっちゃってからだと、その、なっちんが責められたかも知れないし。ね?ね?」 飛鳥がなんとかフォローしようと色々言ってくれる。まあね、そこだけは不幸中の幸いってやつだけど。 でもさ、ぶっちゃけアンタに言われてもなんか虚し哀しの心境なのよ。ヒムロッチが何も言わなかったってコトは、相変わらずのエクセレントな出来だったんだろうからさ、うう。 ――――何はともあれ。 金の卵になるはずだったアタシ的トップシークレットは、最も知られてはならない人物に知られてしまったことで、こうして哀れ孵化することなく、誰にも知られず闇の中へと消えてしまったのであった。 ……ところで思ったんだけど。 ヒムロッチ、アンタ採点すんの早すぎ。 やっぱアンドロイド決定? |