宝物
 
 『愛しい』という気持ちを形にしたら、きっとおまえの笑顔になる。
 
 
 後ろから駆けてくる、軽やかな足音。
 ……朝は正直言って、苦手。眠くて仕方ないから。
 けど、その足音を聞くたびに、それを聞くためにこの時間に合わせてこうして学校までの坂道を登ってるんだと実感して、我ながら少しおかしくなる。
 近づいてくる足音。誰の物かは判ってる。けど、ギリギリまで気がつかないフリ。
 そうすれば、おまえは俺が一番好きな顔で声をかけてくれるから。
「おはよう、珪くん!」
 さも声をかけられてようやく気付いたかのように、俺はゆっくり振り向いて彼女を見た。
「……おはよう、飛鳥」
「……珪くん」
「ん?」
「反応、早い。もしかして私だって気が付いてた?」
「まあな。足音で判った」
「足音で?……珪くんってそんな特技もあったんだ……」
 感心した顔で見上げる飛鳥に、俺は黙って笑った。
 おまえ限定の特技だって言ったら、どんな顔するんだろうな?
 何も言わない俺に不思議そうな視線を送ってから、飛鳥は顔を上げ、広がる空を見上げてニッコリ笑った。
「今日はすっごくお天気いいねー。空気が気持ち良いな」
「だな。昼寝日和」
 そう言うと。
「あ、授業中に寝ちゃダメだよ!お昼寝するなら昼休み限定!」
 といつもの調子で返してくる。
「……努力する。た――」
「『多分』は無し!」
 言いかけたセリフを横取りして、キッと俺を見上げてくる。
 ……最近、いつもこんな、だな。
 けど悪くない、こういうの。
「ん?私の顔、何かついてる?」
 見上げてくる顔を見返していたら、首を傾げて飛鳥が訊ねてきた。
「いや、べつに」
「でも珪くん、ニヤニヤしてる」
「ニヤニヤ……してるか?」
「うん!ニヤニヤ」
「……そうだな、気にはなる、かな」
「え?」
「ここ、少しハネてる」
 そう言って彼女の髪に触れる。さらさらと、掴めば逃げていくような柔かな髪。
 彼女はハッとしてから困ったように自分の髪を押さえる。
「えっ!?うそ、まだ寝グセ取れてない!?うぅ〜っ、なかなか取れなくて大変だったのに〜」
「目立つ程じゃないけどな。気をつけないと、判らないくらい」
 俺くらい、おまえを見ていないければ。
「そう?それならいいんだけど……」
 眉をひそめて、不安そうになる。
「大丈夫。気になるなら、学校でもう一度見てみろ、鏡」
「……うん。うん、だよね。珪くんがそう言うなら大丈夫だよね!」
 俺の言葉で、再びくるりと笑顔が翻る。
 届くそよ風が、優しい香りを届けてくれる。
 その香りに酔わされるように、俺は自分でも判るくらいに目を細めた。
「何?」
「いや……気持ちいいな、と思って」
 空を見上げて、息を吸い込む。
「うん!こういう日って元気湧いて来るよね。今日も頑張るぞーって」
 見せる笑顔が朝日を浴びて、より輝く。
「ああ、いいな、こういう日」
 晴れてて。
 空気、気持ちよくて。
 おまえが、隣にいて。
 一瞬ごとに感じる幸福感。それに満たされて、彩られる今。
 この瞬間が。
「私も!私も今日みたいな天気、大好きなんだ!」
 声が、弾けて。
 愛しさが、生まれて。
 そして。
「……そろそろ急ぐか」
「あ、うん!行こ!」
 握った手のぬくもりが、駆け出していく揃った足音が、病んでいた心を癒してくれる。
 満たしてくれる。
 おまえが傍にいてくれるこの瞬間。
 安らぎに包まれる何よりも大切な時間。
 ……もう長い間、祈った事なんてないけど、でも。
 形をとって降りそそぐ愛しさが。
 刹那ごとに紡ぎ織られていく優しさが。
 どうか、いつまでも心の中に満ちていますように。
 
 

<あとがき>
「宝物は君が隣にいるこの瞬間だよvv」という訳で、こんな感じ。日常のなんて事ない風景を書いてみたかった…のですが…しばらく悩み続けてもこの体たらく。ノリで書けない作品ってのは難しいなぁ。
この二人だと「宝物」にはクローバーリングや絵本なんかがありますが、それでは直球過ぎると思ってこっちの路線にしたものの、書き上がってみたらこっちの方がベタだったとちょっと後悔。王子にとっての幼少の頃の思い出、という作戦もありましたかね。
最初の一文は特になくても良かったんですが、何となく使ってみたかったので。
(2004.3.24 UP)

 
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