塞ぐ |
「ウォワーーーッ!!」 ……そりゃあね。 確かに、その事を知らなかった私も悪いんだけどもさ。 「ヒギャーーーーッッ!!」 知らないで自分の計画を遂行してしまって、「あちゃ〜参ったなこりゃ〜」って思ったりするくらい反省もしてるんだけどもさ。 「フギャーーーーーッッッ!!」 でも。 さすがにこれはないでしょう。 「ウギャァァァァーーーーーーーーーーーーッッッ!!」 近くから聞こえてくる恐怖の絶叫に、私は何度吐いたか判らない深〜い溜息をまたも落とした。 「……だからね、叫んだところで先に進む訳じゃないんだってば!」 「そ、そ、そんなこと言ったってな……って、ッギャーーー!!」 「だーもう!ちっとは静かにしてよ和馬!!」 「無茶言うんじゃねえよ!」 「どこが無茶だっつーの!!静かにして先に進めばさっさと出られるでしょ、こんなお化け屋敷!」 そうなのですよ。ここははばたき遊園地にあるお化け屋敷なのですよ。 同じバスケ部という事で意気投合した和馬となんとな〜く付き合うようになってから結構経つんだけど、そのデート内容といえば、ボーリングやら卓球やら水泳やらなどなどなど、ハッキリいって勝負モンばっかしで色気のカケラもありゃしない。 ヤバイでしょ、17歳のピチピチ現役高校生がこれじゃさ。 なんで、遊園地に誘われた今日この日曜日、私はちょっとばっかり企みごとをしたわけよ。 そう、お化け屋敷に入ってみようと進言して、そのまま強行したのだな。 お化け屋敷と言えば、カップルの絶好デートスポット。怯える女の子とそれを支え励ましてくれる男の子、もしくは普段わからない彼女の脆い一面を知ってときめき度大アップ、そして芽生える愛の絆……そういうお約束の構図が期待できる場所ってヤツでしょ(よく知んないけど)?こりゃもう、利用しない手はないって。 と言っても、別に私はオカルトもホラーもスプラッタも何でもござれで平気なんだけど、そこはそれ、たまにはしおらしい演技を披露して、女らしさの一つ二つアピールするのも必要なのよね。何しろ和馬ってばとにかくそーゆーのニブイから(キッパリ)。 そんなわけで、この近辺ではその本格的なリアリティのある恐ろしさで有名なこのお化け屋敷に入ってみたのですな。和馬もそんなに抵抗しなかったし、こりゃチャ〜ンス☆とか思ったりもして。 ……けどさー、したらばさー。 「ギャアァァァ〜〜〜ッッ!!」 「あぁ〜〜ったくもう!怖いんなら怖いって最初っから素直に言ってりゃいいでしょーが!カッコつけるからそんな目に会うのよ!」 「なっ、んなこと言えるかよ!!男のクセにお化け屋敷が怖いなんて恥ずかしいこと!」 「言わないでこんだけ叫びまくってる方が恥ずかしいっつーの!」 私は和馬の反論に冗談抜きで頭を抱えた。 ホントにね、入ってからこっち叫びまくりなのよ、この男。 確かに和馬が実はこういうの苦手だってのを全然知らなかったから、短絡的にこのコースを選んじゃったんだけど……判ってたらもう少し違う路線に変更してたわよ。 大体こいつと来たら、叫びまくって慌てまくってワタワタしまくって、自分から仕掛けやセンサーに引っかかって、そのたびに血まみれの内臓模型やら一つ目小僧やら浮遊霊なんか(え?)を出現させてるんだから手に負えない。ギャーギャーと動転しまくったそのあまりの様に、他の入場者はかえって冷静になっちゃって笑いながら横を通り過ぎてく始末。恥ずかしいっつーの、マジで! 大体怖いんだったらさっさと脱出すりゃいいものなのに、ただでさえ乏しい脳みその回路が完全にイカレたらしい、ろくすっぽ先にも進めないでいる。 ただひたすら悲鳴マシーンと化しているヤツのその周りでは、おどろおどろしい効果音や幽霊ボイスがなんとも虚しく響いていた。 ここはどこだ、お化け屋敷じゃなかったのか?いつから騒音公害体験ゾーンに変わったんだ……って私たちが入ってからか。 情けなさに頭を押さえる傍から、またも悲鳴。 「ウギャァァーーーッッ!!」 ――――――ダメだ!もう耐えられん!! そう思った瞬間、私は今また悲鳴をあげんとする和馬の胸倉を引っつかんだ。 そしてそのままの勢いで――――ヤツの唇を、奪った。 「――――――!!」 一瞬で悲鳴が止まった。代わりに大きく開かれたのは、目。 「――――――ッ、フン!」 ゆらりゆらり、と怪しい照明が浮かぶ暗がりの中で、目をひん剥いた和馬の目を逸らさずに睨みつけながら、たっぷり10秒は経ってから私は顔をヤツから引っぺがした。 しばらくの間、和馬は声も出せずにボ〜ッとして私を見ていた。まさに茫然自失の顔。実にマヌケだ。 見たか、カップル最大の究極奥義・『文字通り口封じ』!! ……ネーミングセンスが最悪だけど韻を踏んでるから大目に見といて。 「ちょっとは頭冷えた?」 「…………お、おま……い、今、の…………」 ようやく頭の回路がちょっぴり戻ったらしい和馬が、怒ったような私の声に反応した。 「こんなただの作りものにビビってて私の相手が務まると思ってんの?ホラ、さっさと行くよ」 私はそう言って、胸倉を掴んだままの右手を和馬の手に移動させた。ダランと垂れたままのそれをこれまた引っつかみ、引っぱるようにして出口へと歩き出した。 さすがに奥義が効いたのか、和馬はそのまま私に手を引かれて付いてくる。周りでは相変わらずホラーやスプラッタな光景が続々と繰り広げられているのだが、それすら目に入っていないようだ。よっしゃ、計算どおり。 でもなぁ〜……………チッ! 「お、おい…………。そ、その……さ、さ、さっきの……」 出口が近くなった辺りで、おずおずと和馬が声をかけてきた。けど、私はそれを遮るようにして勢いよく振り返った。 「言っとくけど、アレ、カウントしないからね!?」 「え…………」 「あんなのがファーストキスだなんて、ぜっっったいに認めるつもりなんかないんだから!私に恥かかせた分と相殺できるくらいのロマンチックなシチュエーション用意しなくちゃ、承知しないんだからね!?わかった!?」 そうなのよ。 未だかつてキスというアクションをしたことがない二人、さっきのあの口封じが事実上のファーストキスなんだ。 ファーストキスは、お化け屋敷の中で。そこまではいい。 けど、お化けが怖くて泣き叫ぶ男の口を塞ぐために、女の方からチンピラのごとく胸倉引っつかんで一方的に奪うって、そんなの冗談じゃないっての! そりゃ、私はガサツで勝負好きで国士無双な性格してて、「色気?何ソレ食えるの?」みたいな女ですけどね、さすがに多少は夢持ってんのよ、恋愛イベントに! ったく、な〜んでこんなのに惚れたんだかわかりゃしない。やっぱり葉月くんあたりにコナかけときゃよかったかな。あまりのパーフェクトぶりにビビってたんだけど、少なくともこういう場合に和馬よりは冷静に対処してくれるからな。それとか姫条とか。私の脳内麻薬め、絶対どこかイカレてるわね。 私が舌打ち混じりに深々と重い溜息を吐くと、和馬はようやく回路が繋がってきたらしい、私のセリフを飲み込むように考え込んでから口を開いた。 「わ……わかった」 「よし!」 返事を聞いて、私は強く頷き返した。 「それからね、ほんっっっとーにダメなものがある時はちゃんと言うこと!こういうのが怖いからって、バカにするほど私は子供じゃないんだよ?それとも和馬ってば私にそういう弱味見せたくないわけ?」 「そ、それはそうだろ!その、す、すす、すすす好きなオンナにカッコ悪いとこ、見られるなんてよ」 「――――――私は」 出口の前で立ち止まったまま、私は和馬の目を見て言った。 「私は、和馬にだったら弱い部分見せてもいい。てゆーか、和馬以外に見られるのイヤ。和馬にしか、見せたくない」 「!!」 暗がりの中でも、和馬の顔が真っ赤に染まったのがありありと判った。 「そ……そう、かよ」 「そうだよ。だから、和馬も弱いとこ見せてよね。そうすれば相手が望まないことしないように思いやれるんだから」 「……だな。悪ィ……迷惑かけちまってよ」 「何を今さら」 そう言うと少しムッとしたように口を尖らせたけど、すぐに笑った空気が伝わってきた。 「わかってるよ。……覚悟しとけよ、恥かかせた分と相殺できるだけのシチュエーションとやら、ぜってー用意してやるからな!」 ロマンもへったくれもないような口調に内心「勝負じゃないっつーの」とツッコみつつも、私はニヤリと笑った。 「……できるの〜?あんたに?」 「そう言い出したのおまえだろーが!」 からかいモードと反発モード。いつもの流れに移行したことに気付いて、互いの顔を見交わして二人同時に笑う。といっても私の方はうまいこと怪奇絶叫男の口を塞げたことにホッとしての笑みだったんだけどさ。 「じゃ、そうと決まればさっさとここ出よう。ジェットコースターでも乗って憂さ晴らしだ!」 「望むところだぜ!」 すっかりいつものペースに戻って、私たちは意気揚揚と出口のゲートをくぐろうとした。 ――――――ところで。 ホラーってのは最後の最後でこうドドーン!とショックを与えるのがお約束なわけで。 今もまさに出口をくぐろうとした瞬間、何かが作動する音が聞こえた。 『ヤバイ!!』 そう思った時には、遅かった。 「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」 頭上から突如として目の前に現れた、生々しいゾンビのドアップ。 それが及ぼす出来事を予想した私の手は虚しく空を切り、先刻私の唇が塞いだばかりの人間スピーカーはいとも呆気なく封印を解かれ、大絶叫を園内に轟かすことになったのであった。 ――――無論、その後気絶した和馬を出口から担ぎ出した私の労働と恥辱に対する代価として、夕飯と家族分の土産代をヤツに捻出させたのは、言うまでもない。 |