HEARTFUL DAY?
そりゃさ、カワイイものは好きだよ?
プレゼントってのも、選んだりラッピング凝ったりするの楽しいし?
でもさ。
この時期のコレに関してだけは、悩むなってのがムリ。
「なっちんは姫条くんに手作りチョコとかあげないの?」
甘い香りが充満する、デパートの特設会場。
フロア中所狭しと並べられた色とりどりのラッピングが施されたチョコを物色しながら、親友の飛鳥が訊いてきた。
「姫条に?あっげるわけないじゃん、そんなの!」
手に取った高級チョコのパッケージを眺めながら、アタシは返事をした。も、即答。
「どうして?姫条くん、なっちんの本命なのに。私に言ったセリフはもう有効期限切れちゃった?」
ライバル宣言の事を言ってるんだろう。少し前に、姫条賭けて勝負!……なんてやっちゃったんだけどね、この子はこの子で本命はちゃ〜んと別にいて(しかもあの葉月珪!)、そこらへんの誤解が解けたらすぐに仲直り。
でも今となると、この子にアタシの本命知られたのまずったなぁ、とも思ってみたり。
「アンタねぇ。そんなヒムロッチみたいに頑固じゃないよ、アタシの有効期限は〜。……単にさ、似合わないっていうか。まぁ、言ってみればそれだけ」
「似合わないって……そんな事ないと思うけどな。なっちん可愛いし」
……真顔で言ってくれるんだもんなぁ。
ちょっと照れくさくなって、アタシは別の商品に目をやった。あ、このラッピング、イイ感じ。
「だってさ、考えてもみなよ?アタシが姫条に手作りチョコでも渡そうもんなら、アイツ絶対に『なんやジブン、オレに毒でも食わせるつもりか!?』とか『熱でもあるんとちゃうか?いや、あの世からのお迎えが近いんやろ!?』とかそーゆーこと言うに決まってんだから。」
「それは……でも、それはなっちんの態度にも問題が……って、あ、ううん、何でもない!」
慌ててセリフを呑み込んでるけど、遅いっつーの。軽く小突いて睨んでやる。
そりゃ、自分が素直じゃないってのは自分が一番分かってる。いつだって顔合わせれば悪態つくはツッコむは、挙句できあがったのは高校生どつき漫才コンビ。これで良いのか、17歳のキヨラカなる恋する乙女が!?
……つってもね、やっぱ人間似合う似合わないってのはあるワケよ。
今まさに葉月に贈るチョコを真剣に選んでるこの子とか、義理も本命も手作りでが基本の珠美なんかは、見てるこっちがときめくくらいカワイイもんだけど、このアタシがそんなのやってる姿って…………。
………………ダメ、想像できないって、マジ。
義理チョコ配りまくり、なんてのはいっつもやってた事だから、そのレベルじゃなんて事ないけどさ、たった一人の男のために一途にチョコを手作りとかっていうのは……我ながらかなり、イタイわ。うん、キャラ的にムリ。
大きく溜息をつくと、隣の飛鳥がくすっと笑った。
「なによぉ。別に手作りとかにこだわんなくたってイイじゃん。既製品を買ってあげるってのも、この不況にあえぐ流通業界のささやかな助けにもなるってもんよー」
「うん、まぁなっちんがそれでいいっていうなら構わないんだけど、でもね……」
「……だから、なに」
「なっちんって案外引いちゃう処あるから、こういう機会にポイント稼いでおくっていうのも手じゃない?私、仲直りした時言ったよね?私はなっちん好きだから、なっちんにも頑張って欲しいって」
邪気のかけらも無い顔で、けろりと笑って言う。あの葉月を陥落させた、悩殺モンの極上の微笑み。
これが出ちゃあ……アタシもあっけなく陥落。
まったく、この子には勝てた試しがないんだよねぇ。
「……分かったわよ。手作りかどうかはともかくとして、ここは一つ、アタシは別格だって事、アイツに思い知らせてやりましょーかね」
「うん、その意気その意気!」
そして再び繰り出される天使の笑顔。
……アンタの怖いところって、天然でソレだってとこよね。
「……で、それにしたの?」
お互い戦場を泳ぎ渡った末、アタシの買ったブツを見た飛鳥が、呆れたような声を上げた。
「そ。アタシらしく、かつ気配り具合もなかなかのもんじゃない?」
「確かになっちんらしいけど……何か別の方向に走ってる気がするなぁ……」
ほっといてよ。アタシだってこれが精一杯なんだから。
聖バレンタインデー当日。
姫条のクラスに行ってみると案の定、奴は大量の戦利品を抱えてホクホク顔。
あーもう、人の気も知らないで目尻下がらせてんじゃないわよ!!
と、叫びたくなるのを堪えて、アタシは姫条の傍に近づいた。モチロン、後ろ手には例のブツを忍ばせて。
アタシに気付いて姫条が軽く手を挙げた。さすがに今日は機嫌がいい。まったくさー。
「おー藤井か。なんや、ジブンもオレにチョコの一つでも差し上げましょうっちゅー殊勝な気持ちにでもなったんかいな」
「なんでアタシがアンタに『差し上げ』なきゃなんないのよ。アタシがやるからには『下げ渡す』に決まってんじゃないの」
「あのなぁ、こんな日にまでケンカ売るつもりか、ジブンは」
「売って欲しけりゃ売るけどねー。でもま、それはさておき、チョコを貰いすぎて困ってるだろうアンタに、アタシからもちょっとした差し入れよ、ホラ」
そう言って差し出したのはどう見てもチョコの袋には大きすぎる体積の紙袋だ。一応ラッピングはそれなりに頑張ったんだけど、それでもバレンタインにはアンバランスなアイテム臭さは拭えない。
姫条は実に胡散臭げな顔で袋とアタシの顔を見比べた。
「……ジブンの事やから、麦チョコとかその辺かいな。それにしてもデカ過ぎるんとちゃうか?」
「だーかーらー、チョコじゃなくて、差し入れだっての。ありがたく受け取りなさいよねー」
「そら、くれるっちゅーんなら貰うけどなぁ。どうもこのデカさ、気になるわ。てか、妙に重いし!」
そう言って袋を受け取った姫条は、いぶかしんだ顔のまま、さっそく袋を開ける。
そして出てきた品々に、この上なく顔をしかめた。
「…………なんやコレ。塩せんべいに顔用冷却シートに……なして洗剤ィィッ!?」
「気が利くでしょー?チョコ食い過ぎて鼻血出した時のための冷却シート、ついでに服まで血に染まった時のための洗剤、おまけで口直し用の塩せんべい!実に今日という日のアフターケアとしてはふさわしい豪華セットじゃない!!」
「アホか、ジブンーーーっっ!!!」
「おーっほほほほほほほ!!」
怒鳴る姫条とは対照的に、アタシは思いっきり高笑い。
これでもさー、最初はまともに高級チョコでも買おうと思ってたんだけどねー。そのつもりで物色してたし。
でもやっぱ、合わないなーって。
合わないなら無理してみんなに合わせなくたってイイじゃん、とか思っちゃって。
そりゃそうだよ。アタシはさ、皆と同じ事してる自分を好きになって欲しいわけじゃないんだから。
義理じゃないからこそ、本命だからこそ、アタシらしくやろうと思って。
で、そしたらこうなった。
飛鳥に、そして珠美にも散々「本気?」って訊かれたけどね。アッハハハ。
「ホンマにジブンくらいやで、こんな妙な事考えるんは!」
「そりゃアタシは別格だし?カワイイだけのお嬢さん方とはひねりが違うもんねー」
「……アカン、なんや物悲しい気分になってきたわ……」
「なによ、せっかくの心遣いを無下にする気!?――ってヤバ、もう教室戻んなきゃ!そんじゃ姫条、くれぐれも食い過ぎに注意すんのよーっ!」
「しつこいっちゅーねん!!……あ、ちょい待ち」
まだ何か文句があるのか、引きとめられてアタシは姫条を振り向いた。
「なに?急いでんだけど」
「いや、洗剤、マジで助かるわ。ちょうど切れかけやった。サンキューな」
姫条の顔に、ほんの少しだけ見え隠れする表情をしっかり目に焼き付けてから、アタシは返事をした。
「そう、そりゃあ選んだ甲斐があったわ。感謝してよねー!」
「せやけど!せめてもう少し色気あるバレンタインを心掛けい!仮にも愛を贈り合う日がこんな生活じみてるんは、あまりに情けなくて許せへんわーッ!!」
姫条の心からの叫びを笑い飛ばしながら、アタシは教室を出た。
色気あるのも悪くないけど。ていうか、ホントはそれ、すっごく憧れちゃうんだけど。
でもさ。
サンキューな、って言った時の姫条、結構マジで感謝してるっぽくて。
アタシらしいやり方だからこそ、見られた顔じゃない、アレ?
こんなバレンタインだけど、アタシ的には成功かな。
なにしろ自分の顔、ゆるんじゃってんの、分かるから。
……まあ確かに、方向性が違ってる気はするけどさ。
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