小話1 |
こいつの突拍子も無い発言には、いいかげん慣れたつもりだった。 けど。 「珪くんの髪って、白髪が目立たなさそうだよね」 ――なんなんだ、それは。 「……なんだ、いきなり」 唐突極まりない発言に、俺はこの場で一番相応しいだろう言葉を述べた。 「え?あ、いきなりだった?」 「ああ、かなり」 それはそうだろう。だって、直前までしてた会話、ここのコーヒー美味いなって事だし。 「ああ、そっか、そうだね。珪くんの髪見てたら、何となく思い出しちゃって」 ……なんで俺の髪を見るのかが解らないけど。 「思い出したって、何を」 「えっとね、昨日の夜なんだけど」 聞けば、何でも彼女――飛鳥の母親が、美容室で白髪が増えた事を指摘されて、やたらと嘆いてたらしい。それを、何となく俺の髪を見てたら思い出した、という事だった。 「で、珪くんの髪って色素が薄いから、多少白髪が生えてもあまり目立たないだろうなって」 「……そうか」 ……やっぱりこいつの発想の飛び方って、解らない。多分、一生解らないと思う。 「それでその内に、私もやっぱり若白髪とか出てくるのかなーとか、出て来て目立っちゃったら嫌だなーとか、そう思って。思ったら、珪くんの髪が少し羨ましいなーって考えに至った次第です」 「…………」 俺にとっては、この色素の薄い髪、コンプレックスなんだけど。 「……別に、おまえの髪だってそんなに濃くないだろ、色。気にするほどじゃない……と思う」 「うん、そうかもなんだけどね。でも気になるんです、何となく」 「何となく」 「そう、何となく」 一応女の子ですから、そう言って飛鳥は手元のカップを引き寄せた。ふわりと漂った湯気ごと香りを吸い込む。 「いい香り〜。ここのコーヒー、やっぱり美味しいね。私も見習わなくちゃ」 まるでこの数分間の話題は湯気に溶けてしまったかのように、飛鳥は直前までしてた、コーヒーの事に意識が戻った。相変わらずくるくるしてるな、興味が。 そんな彼女を見ていて、俺はふと、考える。 女だから気になる、と言われればそうなんだろうとは、思う(実は洋子姉さんもこの前来た時、愚痴ってた)。 でも俺は男だからか、別に気になるってものではなくて。 (内面が変わるならともかく、外見が多少変わったくらいで、そこまで気になるとは思えないけど、俺) それはまあ、若ハゲの家系だったら多少気になるかも知れないけど。 けど。 (こいつに――飛鳥に、関しては) 「……やっぱり……」 「ん?」 「やっぱり、気にならないと思う、俺」 俯いて考え込んでた俺は、自分の答えがそのまま口を通って出て行くのを、なんだか紗幕の向こう側の出来事のように感じていた。 「え?何が」 「おまえに白髪があってもなくても、気にならないと、思う」 「白髪?あ、さっきの話題ね。そう?気にならない、かな?」 「ああ。だって……そう、髪の色で誰かを好きになったりするわけじゃないし」 「…………え?」 「むしろ……白髪になるまで一緒に居られるって、すごく幸せなことじゃないか?」 「――――!!」 少しずつの変化、それがすぐに判り、示される場所。 それは間違いなく、『その人』の傍に居なければ触れられない。 「………………」 「ああ、だとしたら、気にするとかそんな次元の話じゃないよな」 「………………」 そう、むしろ、それって。 「………………」 「どっちかっていうと、歓迎す…………飛鳥?」 突然黙ってしまった向かいの席に、俺は視線を戻した。 すると、そこに座っていたのは。 「…………どうした?顔、真っ赤だぞ」 「…………ない」 「え?」 「知らない!そういうことサラッと言っちゃう人なんか知らないもん!」 真っ赤な顔のままで、ブン、と顔を背けて。それでも、その顔は怒ってる風ではなくて、むしろ。 「そういうことって……、っ――――!!」 気が付いて、思わず手が口元を覆う。半ば独り言めいた、言葉の数々。思い返してみれば。 「あ、そ、そのっ……、…………」 熱くなる頬を隠すように窓の方に顔を向けると、ちらりとこちらを見た彼女が、やっぱり再び逆の方向を向いた。 「…………っ」 けど、その横顔には怒りとか、そんなものは見当たらなくて。 それでも、俺も、彼女も、言うべき言葉が見つからず。 二人、向かい合った椅子に腰掛けながら、けれど顔はお互い明後日の方を向けたまま。 「……その。コーヒー、美味いな」 「……うん。コーヒー、美味しいね」 そんな言葉をぽつぽつと交わしながら。 窓から差し込む光が、彼女の髪を淡く白く照らすのが、何となく楽しみような、気がした。 |