Coquettish Expression |
……また、やってる。 そう思うのも無理はないと思う。だって、ほとんど名物になってる気がするから。 そしてそのたびに何だかんだ言って付き合ってしまうのも、これまたいつもの事なのよね。 「それで、今日の言い争いの原因はなんだったの?」 学食でお昼を食べながら私が訊ねると、東雲さんはほっぺたを膨らませた表情のまま答えた。 「それがね、髪の毛なの」 「髪?」 「そう。私の髪、ずいぶん伸びたでしょ?でも暑苦しいし、邪魔だから高校の時の長さくらいに切ろうと思ったの。そう言ったら、突然機嫌悪くなって『駄目だ』だって」 口の動きにつれて、彼女の髪の毛がかすかに揺れる。胸元近くまで届くさらりとした髪。 「駄目?」 「そう!もったいないからとにかく駄目、の一点張り。だから私もつい意地張っちゃって。けど、べつに切ったって困らないと思わない?」 もったいない、という意見には私も賛成。 東雲さんの髪は、女の私でも羨ましいくらいにサラサラで柔らかくて綺麗だから、せっかくここまで伸ばしたのをバッサリ切るとなれば少し残念な気がする。 そう言うと、彼女はちょっと照れたような顔をした。 「そ、そうかな?……でもね、やっぱり自分ではちょっと鬱陶しいんだ。暑いっていうのもあるけど、長いとお手入れが大変だし」 「そうね、今年の夏は特に暑いし。……伸ばした事がないから、手入れについては解らないけれど」 「大変なんだよ〜。枝毛とかできないようにトリートメントしっかりやらなきゃいけないし、何よりシャンプー代とシャワーの水道代とドライヤーの光熱費を少しでも減らしたいの!」 ……変なところで堅実なのよね、この人。 「だったら切っちゃえば?あなたの髪はべつに彼の所有物ってわけじゃないんだし、自由意思で切る分には何も問題はないでしょう?」 「うぅ〜、そうなんだけど……。なんだか今の状態でそれやっちゃうと、ますますご機嫌ナナメになる気がするんだよね……」 さすが彼の恋人をやっているだけあって、よく解っている。 私以上に言葉が足りない彼――葉月くんと、早とちりや勘違いが人より顕著なこの東雲さん。 高校からの友人として同じ大学に進んだ後、何となくこの二人のフォロー役をメインでするようになってしまって、奈津実の苦労がよく理解できる。 お互いの性格ゆえにいろいろ感情のすれ違いを生じて散々周りをやきもきさせておきながら、結局のところベタ惚れなカップルで落ち着くんだもの。 「そうね……それじゃ、次に会った時にこういう風に言ってみたらどう?」 苦笑を多分に含んだ溜息混じりで耳打ちすると、東雲さんは目をぱちくりさせた。 「え、それって……――――――あ、珪と守村くんだ」 見れば学食の入口から葉月くんと守村くんが入ってくるのが見えた。手を振ると、先に気がついた守村くんが葉月くんを促して私たちの所にやってくる。……もっとも葉月くんの方は相変わらずムスッとした顔だったけれど。 そんな葉月くんを見て、東雲さんが訊ねる。 「まだ怒ってるの?」 「……べつに」 「怒ってる!そりゃ、私だってもったいないなーとは思うけど、でもまたすぐに伸びるんだし、切ったっていいでしょ?」 「駄目」 「どうして?」 「……とにかく駄目」 「もう!そりゃあ珪は短いからいいけど、長いと今の季節はつらいの!アップにしようとしても止めるんだったら、あとは切るしかないじゃない!」 不機嫌な葉月くんに感化されるように東雲さんも感情が高ぶってくる。 ……また、いつものパターンなのね。 思わず守村くんと顔を見合わせてコッソリ息を吐いた。それにしても、髪をアップにするのも駄目ってどういう事かしら。 「手入れだって大変だし、私はやっぱり前の長さが好きなの!だから切る!」 「手入れだったら、俺がやってやる。だから切るな」 「うぅ〜っ、切るったら切る!」 「切るなったら切るな」 しばらく堂々巡りの主張を繰り返した挙句、東雲さんがとうとうキレて叫んだ。 「髪を乾かすのに時間かかる分、ベッドにいる時間が短くなるけど、それでもいいんだねッ!?」 ……くれぐれも言っておくけれど。 私はこう耳打ちしたのよ? 『手入れに時間を取られる分、あなたにかまえなくなるけどそれでもいいの?』って言ってみたら、って。 ここまで露骨に言えなんて、誰も言っていないわ、ええ。 「東雲さん……声、大きいわよ」 「え?」 私の言葉でハタと気がついて、彼女は周りを見回す。 そう。ここはお昼時の学生食堂。学生のみならず教職員も多く休憩している、混雑した空間で。 そこに占められた沈黙に、東雲さんの顔色は一気に真っ赤になった。 「……あーーーっ!!って、えっと、その、今のは、その、言葉のアヤっていうか……!!」 慌てて言うけれど、時既に遅し。周囲の注目はすっかり二人の遣り取りに集まっている。 すると。 「……それは困る」 あたふたする東雲さんとは正反対に、葉月くんは表向き感情を抑えた表情でポツリと言った。それを耳聡く聞いて、東雲さんが完熟トマトのような顔で反射的に彼を見上げた。 「じゃ……じゃあ、切ってもいいよね!?ね!?」 「……仕方ないな。けど―――」 「けど?」 「切るの、俺」 「へ?」 葉月くんが視線を逸らせて言い難そうに口を開く。 「……おまえがいつも行ってる美容室の担当、男だろ」 「あ、うん。え……でも、美容師さん、だよ?すっごい上手だし」 「それでも。おまえの髪、他の男になんか触らせたくない」 そう言うや否や、彼はいきなり東雲さんの手首を掴んでスタスタと歩き出した。 「な、何!?どうしたの?」 「鋏、買いに行く」 「えぇ!?もしかして、今から?今から切るの!?」 「今から」 「で、でも、これから講義あるんですけど!?」 「講義、俺の方が終わるの遅い。その間に行かれるの、嫌だ」 「ちょ、ちょっと〜!!そんな今日中になんて行かないってば!志穂さん、なんとか言ってあげてー!!」 「……ノートは取っておいてあげるわ」 「そ、そんなぁ〜!!」 哀れ、市場に売りに出される子牛のように、東雲さんは葉月くんに連れ出されてしまった。 「フゥ……一件落着、ですね」 今まで黙っていた守村くんがしみじみとした声で零した。 「彼の事だからそういう理由だとは思ってたけど、本当にそうだったのね……」 という事は、東雲さんが髪をアップにするのを駄目だって言うのは、彼女のうなじを他の男に見せたくないから……といったところかしら。 周囲の苦笑や呆れ声をBGMに、私は目の前に置いてあったお茶を飲む。 「これが卒業まで続くのね……」 「多分一生続けるんじゃないでしょうか、あの二人」 守村くんが洒落にもならないセリフを言って、私はそれを想像して頭を押さえる。 ……東雲さんも葉月くんも大切な友達ではある。 あるけれど。 これに一生付き合わされるのはちょっと困るかも知れない。 そう言うと、守村くんは心から賛同してくれるように笑った。 「大丈夫、僕も一生付き合いますから」 |