Happy Happy Birthday −2004.10.16−
 
 AM6:50。
 枕元の目覚し時計が示すその時刻を認め、彼は呟いた。
「……参ったな」
 小さなため息と、言葉とは裏腹な楽しそうな苦笑が、カーテン越しの光に彩られた部屋に灯り。
 そして10分後に鳴り響くはずの目覚ましは、今日の己の職務を放棄させられた事を嘆くように、彼の手の下で名残惜しそうにチリン、と鳴いた。
 
 
 シャワーを浴びて、髪をごしごし拭きながら、葉月はカレンダーで今日の日付を確認する。
 2004年10月16日。
 土曜日という以外にこれといって何かあるわけでもない、普通の日。学校に行って、授業を受けて、体育館裏の猫に会って、帰宅した後はジグソーパズルやシルバーをいじる、そんな一日だ――――3年前までは。
『だって今日は、珪くんが生まれた特別な日でしょ?』
 2年前の今日、登校してすぐに「誕生日おめでとう!」の一言を贈られて、次いでプレゼントらしきものを差し出された。
 びっくりして呆然としていたらにっこり笑ってそう言った彼女。
 その日から、この日は自分にとって特別な日になった。行動は同じでも、そこに加わる気持ちが変わった。
「……どうかしてるよな」
 それにしても重症だ。
 普段なら目覚ましのスヌーズ機能が極限まで職務を全うして、それでようやく起き出せるというのに、今日はどうだ。10分前に起き出したばかりか、いつもは学校に着いてもぼんやりしてる頭が今はスッキリしている。
 更に言えば、昨夜はなかなか眠れなかった。原因は自明の理だ。
「もう少し落ち着け、俺……」
 まさに遠足前の子供のようにわくわくと、今日という日を楽しみにしている自分がいる。3年前までは縁のなかったその感情に、苦笑しながらもやはり楽しさを覚える自分もいて。
 無理にその楽しさを否定する必要もないか、そう思えるようになったのは確かに彼女のおかげだと、心から思う。
 朝食を食べて、コーヒーを飲んで、普段はザッと眺めるだけの新聞を少しだけゆっくり読んでから、葉月はいつも通りの時間に家を出た。
 この時間に出れば、朝一番であいつの顔を見られるから。一番に声を交わせるから。
 だからこの習慣だけは、守らなければ。
 
 
 外に一歩踏み出すと、外はこれ以上ないくらいの快晴だった。思わず細めた眼裏に、七色の残像がきらめいて踊る。
 30分近くかかる学校までの道のりをいつもの歩調でさらりと歩く。行き交う通勤通学途中の人々の波の中、葉月は何とは無しに高校に入ってからの誕生日を思い返していた。
 そのたびに浮かぶのは、必ずと言っていいほど彼女の笑顔と祝福。それと彼女がくれた大切なプレゼント。
(一昨年は確か……)
 一昨年は、猫の図柄のジグソーパズルだった。
「何にしようかすっごく迷ったんだけど、珪くん、前にジグソーパズルが好きだって言ってたでしょ?だから好きな猫の写真もセットだったら大丈夫かなって思って。良かった、喜んでもらえて!」
 どうしてか少し緊張気味に渡してくれたそれは、完成後の今は机の横に飾ってある。後日そう言ったら、その事をとても嬉しがってた。「うん、あれ、すっごくかわいいもんね!飾っておきたくなる気持ち、よくわかる!」って。
 そのテンションの高さに、実はおまえの方が気に入ってたんじゃないか?と訊いたら、あっさり「う、バレちゃった?」と言った。
 その上「だってかわいくてかわいくて一目惚れだったんだもん。それで、これはもう絶対珪くんにも見せなくちゃ、って思ったんだよー!」なんて言ってた。
 一目惚れしたほどの代物を、真っ先に俺に見せたい、俺に贈りたい、そう思ってくれた事が嬉しくて、もう一度お礼を言ったら、「何でお礼???」みたいな顔してたっけ。
(それで、去年は……)
 去年は、ネコ耳付きの枕。
「枕がそろそろ買い替え時だって聞いてたから。それにしても……かわいいなーとはもちろん思って買ったんだけど……珪くんって、思ってたよりユーモアあるよね」
 半分シャレで選んだんだけど、と1年の時よりずっと自然に渡してくれたそれは、開けた途端に喜んだ俺への複雑な笑い付き。今では俺の愛用品になってる。さすがに彼女が家に来た時には気恥ずかしくて隠してたけど。
 そしたら「あの枕、やっぱり気に入らなかった?それとも合わなかったとか?だったら違うものの方が良かったかなあ……」なんて言うから、結局口を割るしかなくて。
 気恥ずかしさは倍増したけど、くれた時よりも彼女が喜んでたから、まあいいか、と思ったりした。
 
 そして、あいつと再会してから3回目の、10月16日。
 どこかで期待してる自分がいて、やっぱり何だか笑えてしまう。
 期待する事は無意味だと、期待は裏切られる事だってあるんだと、心のどこかで囁き続ける自分がいる事も判る。
 欺き欺かれてきた過去が、そんな甘い期待をするな、といつも訴えているのを知ってる。
 けれど、どうしてか彼女はそんな傷を拭い去るかのように、期待してた以上の嬉しさをくれるから。
 だからつい、今日という日を楽しみにしてる自分に甘くなる。
 そしてまた自分の誕生日というさして特別でもない日を、特別な日と彼女が寿ぎ喜んでくれるなら、それを楽しむのも悪くない、そんなふうに感じている自分がいる。
 別に、有形のプレゼントが欲しいわけじゃない。
 生まれた事を心から祝ってくれるその気持ちこそが、本当に欲しているもので。
 それを何の計算もなく贈ってくれる彼女の存在が、何よりものプレゼントだと思う。
 今までの生の中で一番の贈り物が何かと問われれば、彼女との出会いだと断言できる自信がある。
「……重症だ、本当に」
 今日、起きてから呟いた言葉はどれもあまり明るい言葉ではないはずなのだけれど。
 乗せられた感情が楽しげに響いているからだろうか、こんな晴れた日にはかえってよく似合う。
「けど……楽しんだっていいよな」
 期待したって。特別だと思ったって。
 あいつがいればそれで十分だけど、1年に1日くらいは、調子に乗って浮かれてみたっていいよな。
『珪くんが最初に言ったんだよ?おまえが生まれた特別な日だろって。だから、ね』
 一呼吸置いて、そして晴れやかな笑顔。
『だから今日は、珪くんが生まれた特別な日、なんだよ!』
 特別な、大切な、そんな一日。
 なるといいな、そんな日に。
 ふと、聞き覚えのある音が後ろから聞こえて来た。
 パタパタパタ。
 必死に駆けて来る足音。まっすぐに俺に向かって来る足音。
 
 
「――――珪くん!」
 
 
 冬が近づく前の、涼しさを通り越した朝の空気を和らげる、楽しげに弾む声。
 呼びかけられて、振り向いて。
 風が小さく揺れるその先、そこに浮かぶ極上の笑顔を見つけよう。
 そうすれば、ほら。
 特別な一日が、きっとまた始まるから。
 
 
 〜Happy birthday and happy special day.
 
 
 

<あとがき>
片瀬篠さんのサイト『HappyC×2』の2周年に差し上げた作品です。…というか、押し付けたというか…(汗)。
王子誕生日と篠さんのサイトの開設日が同じだったので、他の生誕記念品と並行して仕上げました。捧げ物なのでしばらく経ってからアップしましたが、アップ時もこっそり加えただけに留めました。

3年ときめき状態の彼はこんな心情だったんでないかと思うくらいにソワソワしてますよね(笑)。

【GS】トップへ戻ります