小話2〜そんな放課後 |
「なんだこれ?……『はば学名物カップルに20の質問』?」 ある日の放課後、プリントを整理していた私の傍ら、机の上に見つけた数枚の紙を手に取って、尽君は首を傾げた。 その仕草を見て、私は首を伸ばして彼の手元を覗き込む。二・三回瞬きして何の紙だったか思い出した。 「ああそれね。はば学通信ガールズサイドの企画用。山田に渡されたの」 「はば通の?」 はば学通信、略して『はば通』とは、報道部が発行している校内新聞の一つで、ゴシップ記事を中心とした構成。隔週で男子向け・女子向けが発行されていて、当然ながらそれぞれ『Boy's Side』『Girl's Side』と呼ばれている。 安直にも程があるとツッコんだら、山田も同意を返してたのは余談。長年この名称で、今更変えても通じないって事で、廃刊になるまでは多分このままでしょう。 っと、閑話休題。 「山田曰く、『個人的にはどうかと思うベタネタだけど、はば通自体がそういうコンセプトだし、担当の子がウチの部入って初めて出した企画だから、勉強がてらやらせてみようって事になってね。ま、あんた達も一応名物カップルだし、暇な時にでもネタ出しついでに適当に答えてやって』だそうよ」 一言一句言われたそのままに答えると、尽君は軽く溜息を吐きながら眉を顰めた。 「ネタ出しって何だそれ。オレ達は漫才コンビじゃないっつーの。……なになに……『初めて逢った時、運命を感じた?』『告白は彼から?それとも彼女から?どんな告白?』……うっわ、ホントにベタ」 眉を顰めた割にはちゃんと読んでる辺りが彼らしい。『ネタ出し』する気満々じゃない、気づかれない程度に私はほくそ笑んだ。 「他にも『定番のデート場所ってどこ?』とか『相手の事、どれくらい好き?今ここで愛してるって言えちゃう?』とかあるわよ」 「覚えてんのかよ!」 「一読目で大爆笑したもの」 大爆笑の結果、思わず紙を破いたわよ。破かなければ裏を計算用紙に使えたのに、もったいない事したなあ。 「納得。……スゲー、数少ないとはいえ、よくここまでベタな質問持って来たなー。『相手が突然の事故で記憶喪失になっちゃった!あなたはどうする?』なんてのもあるぞ」 「医学部希望の人間に不謹慎なネタよね。とりあえず病院連れてくけど」 「合理的なご意見痛み入ります。って、それはここで期待されてる答えにはならないだろ」 「山田も言ってたわよ。ついでに『あんた達の事だから、はば通読者にウケるような回答が出るとは思ってないんで、別に必須じゃないから』って。山田の意見としては、だけど」 そう言うと、尽君は呆れたように苦笑した。 「それって企画持って来られる事自体間違ってないか?」 「まったくよねぇ。ま、ちょっとした暇つぶし程度にはなるんじゃない?」 「かもなー。オレにはこういうのに興味が向くってのは理解出来ないけど」 などと言いつつも、尽君はまだ少し作業に時間がかかりそうな私の前の席に横座りになって、手の中のプリントを眺める。理解は出来ずとも、女子の興味がどこにあるかに興味があるのは相変わらずらしい。 「えーっと。まずは……初対面の印象ってどんなだったっけ」 初対面と言えば、小学4年の春。尽君の転入時だ。 私はプリント整理の手を動かしながらあっさり答えた。 「明るいけど無駄に生意気そうだと思ったわね」 「オレは無駄に気が強そうだと思った」 沈黙。 「運命どころじゃないな」 「ないわね」 共に頷く。 「次。告白は――」 「私から平手打ち込みででしょ」 「……今思い出しても色気なかったよな〜。マジで痛かった。男前だったけど」 「何なら右ストレート付きでやり直す?」 「御免被るって」 「あら残念」 ちっとも残念ではなさそうに、私はひらひら手を振る尽君に笑う。 「定番のデート場所。……森林公園?」 「の、アスレチックコースね」 「デートって言うより昼飯夕飯かけてのサバイバルレースだよな、ありゃ」 「負けず嫌いと大食いはお互い様でしょ」 「男のオレに勝率五割を誇るおまえほどじゃないぞ」 半分負けてる事については相手が相手なだけに気にしてないらしい、これまたあっさり尽君は言った。 そんな感じで読み上げられる質問に対して、私達はサクサクと答え合う。山田が見たら「やっぱりネタにならないわね」と呆れる事請け合いだ。 「じゃあ次の質問。もしオレが記憶喪失でお前の事忘れたらどうする?あ、病院行った後な」 それまでは実にあっさり答えていた私だけど、何度聞いても不謹慎な質問だなーと思い、同時にふと、思い付いた事があった。 「そうねえ……ねえ」 「ん?」 私はプリントを置いて、改めて尽君に正面から向き直った。 「思うんだけど――――記憶無くしたからって、その人の本質ってそうそう変わるものじゃないわよね?少なくとも、こんなネタにされるくらいの軽度の症状なら」 質問の書き方からして、ほんの一時的なケースを想定してるんだろうし。 私が尽君の目を覗き込みながら訊ねると、尽君は虚を突かれたように大きく瞬きをして、それから少し考え込んだ。 「ん?ん〜……まあ、あんまり変わんないかもな」 まるっきり全部記憶喪失ってんじゃなければな、と言う尽君に、私は得たりとばかりに頷いた。 「うんうん。で、尽君?」 「ん?」 「尽君、私の事、好きよね?」 いきなり突拍子もなく直球に訊かれたせいか、尽君は思わず椅子から腰を浮かして後ずさった。……何もそんなに驚かなくてもいいじゃない。それはまあ、確かにかなり唐突だけど。 「!?そ、そりゃ……勿論……って、いきなり何だよ」 驚きついでに顔を真っ赤にして慌て出した尽君を見て、私は思わず吹き出す。そして言った。 「だったら大丈夫よ」 「?」 「だって、記憶失ってようがまた惚れさせる自信、あるもの」 「!!」 それはもうニッコリと。 極上の笑顔で断言すると、尽君は思いっきり目を見開いて、やがて力を抜いたように座り直してから苦笑した。 「……スッゲー自信。でも、そうかも」 「でしょ?」 本質が変わらないなら、好みだってそうそう変わらないはず。ただ忘れているだけで。 確かに『かつての想い人』が一番間近で面倒を見るようだったら分が悪いけど、今となってはその座をみすみす渡すような真似はしないもの。 だったら、大丈夫。忘れられてようが何だろうが、絶対に惚れさせてみせる。 何しろ、あのとてつもなく強敵だった『かつての想い人』を振り切らせたのは、この私なんだから。 ……なーんて、そこまではさすがに言わないけど。 「というか、尽君の方が大変よ?」 「へ?何で?」 いきなり話を振られた尽君がキョトンとする。やれやれ、解ってないのね。 「何でって、そうでしょう?今の私は過去のアレコレを乗り越えた尽君を見てて惚れたのよ?」 「――――――あ」 私の言葉を聞いて、尽君は思い当たる節があったらしい、瞬時に笑顔が消えた。 「そういう事。そういうの一切忘れてる私が、果たして今の尽君だけを見て惚れるかどうか――――ちょっと危ないと思わない?」 実際そうなったらそうなったで、多分ヘタレっぷりが気になって仕方なくなるんだと思うけど、まあそこはお約束。 ニヤニヤしながら訊く私に、尽君はしばらくの間放心して――――。 やがて、それはそれは大きな溜息を吐いた。 「…………今以上にイイ男になるよう努めます、姐御」 「そうそう、ぜひとも私の本質にバッチリ刷り込まれるくらいのイイ男になってちょうだいね?」 再び浮かんだ苦笑にそう答えると、尽君は何やら真剣に考え込むように机に突っ伏して、 「……氷室先生のテストより難しいかも……」 と蚊の鳴くような声で呟いた。 |